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「……ああ、言っとくが逃げようなんざ考えんなよ?少しでも妙な動きをしてみろ、その瞬間に法術でぶち抜く。死にゃあしねェが、相当キツいぞ。比良坂一門の対人符術って言えばわかんだろ」
狩衣の男は、警戒した様子でこちらを見つめている。その手には何か……札のようなものが握られていた。比良坂一門、というのに聞き覚えは無いが。
『……厄介な相手じゃな。陰陽家の中でも戦闘に特化した一族じゃ』
男を視認した時点で憑依していた狐暁に補足される。陰陽師というのが現代に存在していたことに驚いたが、今はそんな場合ではない。
「さて、もう一度聞くぞ。手前らは何者だ?ここで何をしていた」
この状況をどうにか切り抜けようと、僕は口を開────
「あのさ、いい大人が子供に対してそんな殺気向けないで欲しいんだけど。彼、怯えちゃってるじゃん」
「あァ?」
────く前に、遮られた。
このシリアスな空気の中で呑気な発言をかましたのは、やはりあの人だった。狐暁も「マジかこいつ」と言っている。ていうか殺気?殺気って言ったこの人?あの強さといい、少なくとも一般人じゃないだろう。謎は深まるばかりだ……。
「手前、状況わかってんのか?守護結界が壊され怪異が出現、そんなとこにいた異能者と不審者。警戒して当然だろォが」
「俺が不審者に数えられてるのは納得いかないけど……少なくともこっちに敵対の意思は無いんだよ。なのにそんな睨まれちゃ怖くて話もできないね」
いや、あなた実際普通に話しかけて……。まあ、僕に気を遣ってくれているだろうことはわかるからありがたいんだけど。
あくまで自分のペースで話し続けるあの人に毒気を抜かれたのか、陰陽師の男は溜息を吐く。
「……チッ。釈明があるならさっさとしやがれ」
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「つーことは、何だ?そこのガキがこの神社に封印されてた怪異を解放しやがったせいで……」
『何者かに細工され、妾の封印と紐付けられていた結界が破壊された。憶測に過ぎんがな』
「いや……当たってんだろォな。そもそもこの神社に結界を張ったのは俺の一族だが、資料にゃ紐付けなんぞ書いてなかった。クソガキが触れたっつー魔法陣も知らん。ったく、よくもまァ面倒なことしでかしてくれやがったな。あの祠に施された封印術式は相当に高位のモンだった。つまり、その女狐はそれほど危険な怪異ってこったよ」
「す、すみません……」
煙草の煙を吐き、じろりと僕を睨みつける陰陽師の男────
『神じゃと言っておるじゃろうが!怪異呼ばわりするでないわ!』
「黙っとけ。ちゃんとした神なら祀られてんだよ。封印されるってこた悪行三昧したんじゃねェか。んなもん怪異で十分だボケ」
『むぐぐぐぐぐ』
狐暁が言い負かされている……。というか、悪行三昧って。ということは、僕は騙されて契約したことになる。泣きそうになった。
「はいはい、そこまで。話が進まないだろ」
『お主がまともなこと言うと腹立つな……』
手を叩き、言い合いを止めたライダースーツの男。…………この人結局名乗らないしヘルメットも取らないな。まあ、それはいいとして……これ幸いと、ずっと気になっていたことを聞く。
「あの……そもそも、封印ってそんなに簡単に解けるようなものなんですか?僕、そういう知識とかがあるわけじゃないんですが……」
『……ありえんじゃろう。妾が内部から干渉し続けても破れなかった封印じゃ、只人に解けるようなものでもない。ユキオの触れた魔法陣が何か悪さをしたんじゃろうが……陰陽師の、お主は本当に知らんのか?』
「あァ?知らねェよ。陰陽師だってわかってんなら、魔術が専門外だってこともわかるだろォが」
心底面倒そうに言う比良坂さん。いや、僕は陰陽師のことも初めて知ったし、その"魔術"というのは陰陽師が使うのとは別の力だというのも知らないのだが……。
「チッ、結局……その神主を騙ったっつーふざけた野郎に吐かせる必要があるか。となれば……」
「ストップ、そっちの話は今はいい。少なくとも今、この場で聞かなきゃならないことがある」
「え?それって……」
「手前らの処遇、か」
あ、と思った。
そうだ。僕は狐暁の封印を解いて、緊急時とはいえ契約まで結んだのだ。このままお咎め無しで帰れるはずもない。
「ま、そうだね。明らかに隠されてるだろうオカルト絡みで、しかも神サマと契約したって言うんだ。俺はともかく、ユキオくんは流石に何かしらあるんだろ?」
『お主も大概じゃと思うがの』
「ハァ……。ったく、これだから無駄に頭の回る奴は面倒臭ェ。適当に言いくるめる気だったのによ……。綾樫幸雄、手前には俺と来てもらう。端的に言やあ連行だ」
連行。
比良坂さんのような陰陽師が所属する組織がある、ということか。比良坂一門か、あるいは他の陰陽家も集まって一つの大きな組織になっているのか。
どっちにしろ、餓鬼やあの化物のような怪異から平和を守るような組織なんだろう。なら、ここで抵抗する理由はない。
たぶん僕は、もう平和な日常に戻ることはできないんだろうと思う。そう思うと、少しだけ逃げ出してしまいたくなるが……狐暁と契約した以上、ここで逃げたところでまたこういうことに関わらざるを得ないはずだ。それならば、少しでも信用できる人と、知識を増やしておいた方がいいと思う。
それに、やっぱりあの神主のことも気になる。あの人に騙され、あわや大惨事を引き起こしかけた僕は……あの人を見つける責任があると、そう感じる。
「……はい。そうなるだろうとは思っていました」
『十中八九、首輪を付けられることになるじゃろうがな。ユキオごと滅ぼされるよりは何倍もマシじゃ』
「素直でいいな、手間が掛からないところが実にいい。こっちとしちゃ野良の異能者、それも怪異との契約者を野放しにしておくわけにはいかねェんだ。……で、怪人ヘルメット」
「怪人ヘルメット!?」
この空気の中で急に変な言葉が聞こえたせいで、いろいろ考えていたことが全部吹き飛び、急に力が抜けてしまった。
言った張本人である比良坂さんは、さも当然のように煙草を踏み消していた。……いや、流石にダメだと思うんだけど。突っ込んじゃいけないのかな。
『怪人ヘルメット……』
「……それ、俺のこと言ってる?」
「手前しかいねェだろうが。で、手前の処遇だが。事情聴取は終わったからもう帰っていいぞ」
え。
てっきり、この人も一緒に行くことになると思っていたけど。
「俺は行かなくていいの?」
「あァ。話聞いた限りじゃ、俺個人としちゃお前のが即戦力になると思うんだが……面倒なことに、組織の規則ではそうもいかねェ」
『……そういう事か。こ奴は異能者ではないからの。信じ難いことに』
「基本的に、うちは陰陽師の集まりだ。何人か野良上がりの異能者もいるが……大抵は身内で固めてる。一応ちゃんとした後ろ盾のある組織だからな、適当にはやれねェ。で、そこに所属する以上、異能者じゃねェ手前は門前払いだ。ついでに連れてった俺までペナルティを食らう」
どうやらいろいろと面倒なことがあるらしく、新しい煙草に火を点けながら話す比良坂さん。この人何本吸う気なんだ?
「ええと……どうしてですか?この人、僕より強いと思うんですけど……」
「今はな。異能ってのは、簡単に言やあ外付けのブースターだ。持ってる奴と持ってねェ奴じゃ、
「限界性能……?」
「ああ、なるほど。つまり身体能力が同じなら、それに加えて異能を持った人間の方が
「あァ。つーかそもそも、怪異ってのは異能で対処するもんだ。手前が異常なだけで、普通は怪異とステゴロでやり合ったりはしねェ。……一応、異能を組み合わせた格闘術で戦う筋肉ダルマもいるがな」
ただ、と一度言葉を切る。
「いくら手前が異常っつっても組織のしがらみってのは面倒臭ェ。一度例外を許しちまうとその後に影響があるんだよ」
「理解した。俺は別に異常じゃないんだけどね」
「異常だろ」
『異常じゃの』
「えっと……普通はあんなに動けないと思います」
全員から袋叩きにされ、流石に少し思うところがあったらしく。肩を竦めて、咳払いで誤魔化した。
「……まあ、ともかく。俺は力になれないってことだな」
「あァ。ま、心配すんな。結界も張り直しておくし、ほとんどの怪異は
カタギ…………?
『のうユキオ、こ奴本当に陰陽師かのう?さっきからヤクザにしか見えないんじゃが』
「うん。僕も本当について行っていいのか不安になってきた」
「誰がヤクザだコラ」
怖い。こういうところがヤクザっぽく見えるんだと思う。
「はは。結構打ち解けてるみたいだし、その分だと心配無さそうだね。じゃ、俺はそろそろ行くよ。忘れかけてたけど、一応人を待たせてる……うん、たぶん待たせてるんだ」
と、外へ歩いていく男。そういえばこの人、この服装ってことはバイクで来たんだろうか?
「あ……その、いろいろとありがとうございました!」
何にせよ、今僕が生きているのはこの人のおかげだ。
この人に助けてもらえていなければ僕は餓鬼に殺されていた、と思う。
その後に現れた異形だって、僕一人では太刀打ちできなかった。
去っていく男に頭を下げる。
「ま。縁があったら、いつかまた会おうよ」
そう言って、こちらを振り返らないままひらひらと手を振り、去って行った。
その後ろ姿は、やがて夜の闇へと消える。ただ、特徴的なオレンジのヘルメットだけが、まるで人魂のように最後まで浮かんでいた。
『本当に変な奴じゃったのう』
「うん。最後までヘルメット取らなかったしね」
「ケッ……俺としちゃ二度と会いたく無ェな」
あ。
結局あの人の名前聞いてない。