電子掲示板怪異譚   作:C'lore

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高熱で寝込んだりしていたので初投稿です。副反応には気を付けよう!(2敗)

遅ればせながら、誤字報告ありがとうございます。


(ex) 幕間、その後何かが変わったか

1."浦菊"上層部は難儀する

 

 

「……以上が、昨晩の結界破損及び妖魔型怪異出現の詳細です。昨晩不在でいらっしゃった方のため、再度説明させていただきました」

 

とある施設の、会議室。沈黙に包まれたその部屋にいる人物は、全員の注目を浴びながら説明を終えたスーツの男以外、全員が時代錯誤な狩衣に身を包んでいた。その数は四人。

国家機関たる異能者組織"浦菊"。陰陽寮を起源とし、所属する異能者の大半が陰陽師であるその組織の幹部は当然の如く良家の陰陽師で埋められている。伝統を重んじる彼らにとって、古来から続くように陰陽師の装いとは狩衣であるとされている。……実際、浦菊には特に服装規定は無い。幹部が狩衣を着ているというだけで、一般の構成員はスーツ等の洋装を着ていることがほとんどである。

現在この場に集まっているのは陰陽家でも最高位に位置する、"家元"たる家系の当主達。……厳密に言えば、比良坂家だけは現当主の代理として長男が列席しているが。

 

「……なるほど。封印の解かれた妖魔が野放しである、という事実は気にかかるが……契約した人間に首輪を着けた以上、簡単に処理するわけにもいかん、か」

 

沈黙を破ったのは、年季の入った皺と白い髭を貯えた、歴戦の戦士の風格を纏う強面の男。その鋭い視線は、対面に座る比良坂通路に向けられていた。

常人なら竦み上がるほどの眼光。しかし、対する通路はあくまで自然体で口を開く。

 

「あァ。そっちとしても、"使える"怪異をわざわざ処理する為に一般人を殺す意味は無ェだろ。アイツを浦菊で管理してる間は、少なくとも好き勝手はできねェよ」

 

男……式神の行使を得意とする流派・幽谷(ゆうこく)家の当主は、内部で『怪異殲滅派』と呼ばれる派閥の実質的なトップである。共存可能な怪異であろうが、怪異という存在には変わりない為に処理しようという、過激派。しかし、そのトップである男自身は、そこまでの過激思想は持ち合わせてはいなかった。そもそも、浦菊の最高幹部という立場上、そのような過激な思想を実現することは不可能であるということを理解し、あくまで組織……ひいては日本の利の為に行動している。

むしろ、真に過激派と呼べるのは彼の部下達である。男は、部下達の行き過ぎた行動を監視・抑制する目的で派閥のトップの座にいるに過ぎなかった。

 

「ふむ。まあ、妥当なところか。……では、本命の問題に移ろうか」

 

そう言うと、ちらと別の人間に視線を移した。この場にいる唯一の女性、結界術を得意とする黄泉(よもつ)家の当主と、先程から何か考えこんでいる"加護"を得意とする常世(とこよ)家の当主。

黄泉家の女は、一つ頷いて話し始める。

 

「ご存じの通り、結界は我々黄泉一門が責任を持って作り、定期的に整備も行っています。少なくとも、高位の怪異であっても簡単に破れるものではありません。ましてや、一部にだけ穴を空けるなどと。尋常なものでは無いでしょう」

 

あなたはどうお考えですか、と常世家の男に尋ねる女。常世家の男は、難しい顔のまま話す。

 

「……話によれば、祠に刻まれた魔法陣に触れたことで封印が解かれ、さらに結界に穴を空けた。その話が正しいのならば、魔術が用いられたということになるが……。そんな魔術が記された魔導書は見つかっとらんであろう?それに、顔が思い出せんといったな。となれば……未知の魔術を用いる、極めて高い知能を持つ魔術師。或いは怪異よな。どちらにしろ、最優先で処理しなければならぬ手合いよ。それに、相手の目的もわからぬ。わざわざ子供を唆して妖魔の封印を解かせる理由とは何だ?自分でやればよいだけの話ではないか」

 

それに続き、通路が補足する。

 

「魔術絡みだってんで"例の連中"にも調べさせたが、成果はゼロだ。連中、痕跡も無いのにどうやって調べろってんだとキレてたよ」

 

それを聞き、室内の空気はより一層重苦しいものになる。

 

「……そうか。手段も不明、目的も不明、正体も不明……完全にしてやられたな、我々は」

 

「しかし、それほどの力を持ったものを放置しておくわけにはいきません。とにかく、まずは情報がなくては……。後手に回らざるを得ませんが、少しでも関係のありそうな情報は全て集めさせるように手配しましょう」

 

「それしかあるまいな、今は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.綾樫幸雄は修行する

 

 

あの夜を境に、僕の日常はまるきり変わった。

比良坂さんに連れてこられた先……対異常存在特別機関"浦菊"で、僕は厳しい尋問を受けた。

神主と話したこと、狐暁の封印を解いたこと、あの人と協力して怪異と戦ったこと。神社であったこと全てを洗いざらい話した。

その結果として、僕は浦菊の管理下に置かれ、実働部隊として働くことになった。

比良坂さんに聞いたところによると、これはかなり甘い処置で。本来、僕は危険因子として狐暁ごと殺されてもおかしくなかったそうだ。

では、なぜ今回はそうならなかったのか。それは、狐暁と僕が最初から浦菊に協力する姿勢を見せていたことが大きい。ちゃんと言う事を聞くならまぁ……ということだ。

それでいいのだろうかと若干心配になってくるが、狐暁は『妾は神じゃからの、この力が惜しいんじゃろ』と言っていた。なんであんなに気楽なんだろう。

 

両親や周囲には、国が主催するボーイスカウトのような団体に所属することになった────と説明している。自分でもかなり無理のある設定なんじゃ、とは思ったが。その時付き添っていた人が実際に国家公務員としての名刺を出したので、両親をなんとか納得させられた。というか、これ僕も国家公務員って扱いになるんだろうか?まだ中学生なんだけど、児童労働とか大丈夫なのかな。

それにしてもあの付き添いの人、狐暁に「頼む、比良坂のヤクザに写真のこと言わないでくれ。マジで殺される」とか言ってたけど……何のことだろう?狐暁に聞いても、面白そうにしてるだけで教えてくれなかった。

 

まあそんなこんなで、僕は浦菊の一員となったのだ。

しかし、いきなり実戦というわけもなく。しばらくは訓練として、怪異や異能についての知識を深める座学であったり、基礎体力や狐暁の力の使い方を鍛える日々が始まった……のだが。

 

 

 

「聞いてンすかァ?さっさと立てっつってンですよォ」

 

 

 

なぜ、僕は同じくらいの歳の子供にボコボコにされてるんだろう?

 

 

 

 

思い返してみる。たしか僕は、いつも通りトレーニングをしていたはずだ。

その時に訓練室に誰か入ってきたのが見えたので、挨拶しようとしたら……()が飛んできた。

咄嗟に腕で防御したものの。それは目の前で爆発し、僕は衝撃で吹き飛ばされた。

当然痛いし、何がなんだかわからない。倒れたまま混乱していると、いつの間にか再び飛んできていた札の爆発をもろに受けた。再度吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

『ユキオ!大丈夫か!?』

 

大丈夫じゃない。

かき乱される思考の中で、なんとかそれだけははっきりと答える。

いったい何が……?少しだけ思考が追い付いてきたところで、今まさに僕を襲った人物のものだろう声が投げかけられた。

 

「何寝っ転がってンすかァ?さっさと立ってくださいよ」

 

そんなこと言われても。僕をこうしたのは君だし、そもそも君は誰なんだ。なんでいきなりこんなことを。

いろいろ言いたいことはあったが、激痛でうまく声が出せない。

何とか顔だけをそちらに向けると、そこにいたのは僕と同じくらいの年齢だろう、ニット帽の少女。もちろん初めて見る顔だけど、なぜか僕に敵意に満ちた目を向けている。

 

「聞いてンすかァ?さっさと立てっつってンですよォ」

 

……と、冒頭に戻る。ダメだ、本当に何が起こっているのかわからない。

 

 

 

 

「立てるでしょうよ?威力は弱めてあるンすから。馬鹿にしてンすか?」

 

なおも僕に催促を続ける少女。なんでこんなに怒ってるんだろうか?僕、ほんとに何もしてないよね?

 

「……だ、誰……きみ」

 

「ア?」

 

なんとか声を絞り出す。……けど、焦って内容を間違えたかもしれない。少女の声色に含まれる敵意が濃くなった気がした。

 

「アタシみたいな木っ端は眼中にないってンすかァ?さすがエリート様は違うンすねェ」

 

ほんとに何を言ってるんだ、この娘?もしかして何か勘違いしてるんじゃないか?

いや、勘違いでこんな目に遭わされるのはたまったものじゃないんだけど。

 

「何、言ってるんだよ……?なんで、こんな……」

 

「はー。なンで、アタシがこンな奴を……。通路さんは何考えてンだか」

 

通路さん……?比良坂さんのことだろうか?

 

「比良坂、さんが……何かした、の……?」

 

「…………ア?アンタまさか、何も聞かされてないンすか……?」

 

必死で何度も頷く。僕は完全な被害者であるはずなのだが、なぜか気まずい沈黙が流れる。

 

「……チッ。そういうことすか」

 

そう呟くと、少女は僕に数枚の札を飛ばしてきた。

また爆発するのかと目を瞑ったが……それらが四肢に貼りつくと、途端に痛みが和らいだ。まだ身体が痛みこそするが、動くこと自体はできそうだ。

ゆっくりと立ち上がり、腕についた札を見る。

 

「これは……?」

 

『治癒の法術か。簡単なものじゃが、まあ気休めにはなるじゃろうな』

 

「治癒?そういうのもあるんだ」

 

「流石に知ってンすか。応急処置程度しか使えませンけど、十分でしょ?」

 

あ、そうか。狐暁が僕に憑依している間は、僕にしか声が聞こえないんだった。

 

「それで、君はいったい……?」

 

「マジで何も聞いてないンすか。……師匠役ですよ、アンタの。異能を用いた戦闘術のね」

 

「へ?」

 

師匠……?それって、いわゆる教師と生徒みたいな──────

 

「いや、というか僕、いきなり攻撃されたんだけど。師匠とかって、そういうものじゃないよね」

 

「そうしろって指示されてたンすよ、通路さんに。偶然異能を手に入れただけで自分を選ばれた人間だと勘違いしてイキりまくってるガキがいるから、力の差をわからせてやれって」

 

「えぇ……?」

 

『完全にデマ流されとるのぉ……。ユキオ、お主あ奴に嫌われておるのか?』

 

いや、そんなことは……無いとは言い切れないけど。それでも、こんなことをされる謂れはない、と思う。

それに、比良坂さんとまともに話したのはあの夜くらいだけど……。それでも、あの人が意味もなく新人いびりみたいなことをする人じゃないことくらいはわかった。

ということは、僕は何か理由があって襲撃されたことになる。理由があってもいきなり襲われるのは勘弁してほしいが。

 

「……まァ、通路さんのやり方、雑っつーかヤクザのそれですからね。アタシも疑うべきだったっすわ。すいませンね」

 

……この子もヤクザって言ってるな。やっぱり、比良坂さんについては「ヤクザ」が共通認識なのかもしれない。

どうでもいいけど、あれだけボコボコにしておいてすいませんで済むのはこの子が図太いのか、浦菊ではよくあることなのか。後者だとちょっとこの先不安を感じるので、前者であることを願いたい。

どっちにしろ、この子が僕の師匠、というのは確定事項のようだ。自分と同じくらいの歳、それもいきなり攻撃された相手に師事するというのに思うところが無いではないが、まあ、なんとかなるだろう。少なくとも、この子が僕よりも強いのははっきりしている。

 

『うむ。妾の力があるとはいえ、今のお主は弱っちいからな。戦闘慣れした者に師事するのも良いじゃろう』

 

狐暁もこう言っているし、あとは僕がどれだけついていけるかだ。

 

 

 

と、少女は一つ咳払いをした。つられて、僕もなんとなく姿勢を正す。真面目っぽい雰囲気になり、少し緊張してしまう。

 

「つーわけで……通路さんの部下、比良坂一門・境界(さかい)彩里(あいり)。これからアンタの師匠役を務めますわ。どーぞヨロシク」

 

「ええと……浦菊の戦闘員見習い、綾樫幸雄です。……よろしくお願いします?」

 

『ユキオ、いまいち締まらんぞ……』

 

自分でもわかってるから言わないでほしい。

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「比良坂さん、なんでアイリちゃんにあんなこと言ったんです!?死ぬかと思ったんですけど!?」

 

「あァ?……あー、アレか。そりゃ手前、異能を手に入れたガキってのはイキるモンだろ。俺とかアイツみてェに。じゃあ早いとこ鼻っ柱叩き折るべきだろォが。イキらなかった手前がおかしいんだ」

 

「実体験による思い込みから責任転嫁された……!?」

 

『本当に大したこと考えてなかったようじゃのう…………』

 

という具合に、今回のオチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.或る大学生は思案する

 

 

「……ってことがあってさ」

 

目の前の男が、まるで世間話でもするかのように軽い調子で語っていたこと。

それは怪異だの異能だの陰陽師だの……。少なくとも、現代の科学社会に真っ向から喧嘩を売るようなオカルトじみた話だった。

 

「……はぁ。で、なんだ?そんな話、私が信じると思ったのか?君は」

 

バカバカしい、と吐き捨ててコーヒーに口をつける。美味い。淹れたのは彼だ。腹立たしいことに、好みは完璧に把握されている。

件の男は、私が睨みつけるのにも構わず、あっけらかんと答えた。

 

 

 

「え、うん。信じてくれてるんでしょ?」

 

「──────……」

 

 

 

溜息を吐く。

こういうところだ。

この男は、ごく自然にこういうことを言ってくるから……困る。

 

まあ、言い当てられた通り、信じてはいる。

わざわざこんな意味のない作り話をする奴ではない、というのが一つ。彼が考えた設定にしては()()()()()()()というのが一つ。

何にせよ、少なくとも嘘をついているわけではないだろう。

 

「ま……君が嘘をついていないのはわかっているが。だからって、君がその名も知らぬ誰かに騙されている可能性が無いわけではない。……君は、変なところで抜けているからな」

 

えー、そんなこと無いと思うけどなぁ……などと言っているが。君のその性格のせいで、私がどんな思いをしたことか。私は、君よりも君に詳しいのだ。

 

「まったく……。わかっているだろうが、君。もう関わらないでくれよ?そんなモノには」

 

下手に興味本位だの、正義感だので関わってしまっては……最悪、命を落としかねない。嫌な想像が頭を過ぎる。

それを振り払うように、忠告も含めて釘を刺しておく、のだが。

 

「大丈夫だよ。俺は死なない」

 

当然のようにそう言い放ち、やっぱ君の家に置いてあるコーヒー美味いよね、などと続ける様を見て額に手を当てる。どうせこうなるだろうと思ってはいたが。

つまるところ、こういう男なのだ。

こちらの言葉の意味を汲み取ることはできるのに、自分の意思は曲げない。他人を気遣いはするくせに、自分の危険を顧みない。たぶん、万が一再び怪物に遭遇しても、他の誰かの為に立ち向かうのだろう。

そんなだから……と考え、目の前で呑気にコーヒーを飲む男を改めて見る。

私が小柄な方であることを考慮しても高めな身長。癖のある黒髪に、まあ悪くはないであろう顔立ち。特段目立つものでもない服装。どこにでもいるような男の姿だ。

……痛々しい火傷の痕と、左右で色の違う瞳さえ無ければ。

 

彼が他人に素顔を晒すことは、殆どない。常にフルフェイスのヘルメットを被っているし、そうでない時でも仮面や包帯で顔を隠す。

10年前の"あの事件"で身体の大部分に火傷を負って以降、ずっとそうやって生きてきた。周囲から恐れられたり、不気味がられたり。そのように見られている内に辛くなって……ではなく、「周囲に気を遣って」顔を隠すようになったのだ。

彼が素顔でいるのは、それこそ一人の時か家族の前か……それか、私といる時だけだ。「私を信頼してくれているから」、などと言えれば良かったし、今はもうその通りなのだろうが。しかし、元は私が頼み込み、外してもらうようにした。

そうした理由は、親しい私にすら気を遣う彼の姿が痛々しかったから、というのもあるが。また別の理由に依るところが大きい。

 

また、その瞳。火傷痕の無い右眼は黒。彼の元々の瞳の色だ。対して、左眼は金────私の瞳と同じ色。そして、私の左眼は眼帯に覆われている。……左眼のあった場所、と言うべきか。

 

そう。彼が本来持っていた左眼は、10年前に失われた。今その位置にあるのは、元々私の左眼であったモノだ。

勿論、彼がそんなことを望んだわけではない。全ては私の我儘で、事件直後、彼が意識を失っている間に処置をした。……せめて、それくらいはしてやれなければ。私は罪悪感に押し潰されそうだった。

 

 

 

彼は、私のせいであの事件に巻き込まれたのだから。

 

 

 

と。私が見つめているのに気付き、マグカップを置く。

 

「まーた変なこと考えてるな?何度も言ったけど、アレは君のせいじゃないよ。ただの事故だ」

 

ただの事故。彼は心の底からそう思っている。

 

「……君にとってはそうなのだろうが」

 

私にとっては、と言いかけて、やめる。わざわざ過去を掘り返すよりも、もっと有意義に時間を使うべきだ。

 

「それはそうと、君、一限来なかっただろう。そんな事があって疲れていたのはわかるが、学業を疎かにするのは感心しないな」

 

意趣返しのつもりで少し意地悪くそう言うと、彼はわかりやすく気まずげな顔をした。

……彼の身を案じた時よりもしおらしくされるのは、まあ、気に入らないが。

 

「それを言われると。……ノート貸してくれない?」

 

もう慣れてしまったし、なんだかんだ私は彼に甘い。こんなものかと流してしまう。

 

「鞄に入っているから好きに使うといい。私はコーヒーを淹れてくる……ほら、君の分も淹れてやるから。マグカップ」

 

「ありがとう。ほんと助かる」

 

そうして、いつも通りのくだらない日常に彼を引き戻すのだ。

 

 

 

 

 

 

コーヒーを淹れながら、考える。

彼の話に出てきた、少年を怪異に触れさせた神主を名乗る男。

その人相は思い出せず、ただ笑っていたように思えたらしい……という話だ。

 

又聞きにも程がある為に定かではないが。私の思い浮かべている通りのモノならば、非常にまずい。

浦菊もアレを追っているのだろうが、あの組織のやり方では期待するだけ無駄だろう。人であることに拘っている連中に、アレをどうこうすることなどできはしない。

アレは……文字通り、世界の全てを嘲笑うような。"悪意"そのものの化身だ。そして、私の──────彼の人生を歪めた存在。

マグカップを握る手に力が籠る。

 

ちらり、と彼を見る。私は自然に振舞えていただろうか。疑念を持たれてはいないだろうか。

彼にあの事件の記憶を取り戻させてはならない。ただの事故だと、そう思わせ続けなければ。

彼の存在が私を繋ぎ留めているように、私が彼を、日常に繋ぎ留めておかなければならない。

 

 

 

もう二度と、君が怪異に魅入られないよう。私が君を守るから。

他の全てを犠牲にしようと、君だけは幸せにしてみせる。

10年前のあの日から────────────私は、君の為だけに在るのだから。

 

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