○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか 作:ししゃも丸
「ニャー」
公園のベンチに座っていると一匹の野良猫がエサをねだりにやってきた。どうやらこの猫は人懐っこいのか、人間が来ても平然と公園の至る所で寝ているここの常連らしい。
「ほらよ」
たまたま持っていた菓子パンをちぎって放り投げると、それを咥えてテクテクとこの場から離れて行ってしまう。何ともまあ現金な猫だろうか。人懐っこいと言う割には身体を触らせることは滅多にない。ただ見るだけなら何もしないのか、あの猫は毛並みも色もいいので写真映えするため多くの人があの猫を被写体にしている。
「──なあ、それは私のおやつじゃないか? いや、私のおやつだな、うん」
ほんの一欠けらすら分け与えることすら許さないのか、隣にいた俺の彼女であるオグリキャップが不服そうに言う。
オグリのおやつなのは間違いない。だが、お前が今その両手に持っているパンはなんだというのか。それで猫に分け与えるのに異議を申し立てるのはどうかと思う。それにそれでもう5個目ではないか。
口元を見れば甘い菓子パンを食べた所為か、クリームが付いていたのでハンカチで拭いてあげた。
これではまるで介護しているようだ、否、ある意味では俺はオグリの介護士なのかもしれない。主に食事面で。
「うぅ」
オグリは頬を赤く染めて照れていた。彼女はこういう何気ないストレートな行為に弱かったりする。そこが俺の彼女の可愛い所だ。
「そう言えばさ。お前と出会ったのもこんな感じだったよな」
俺はふと思い出しことを口に出した。対するオグリは気にせずまたモグモグとおやつを食べている。
「もぐもぐ……そうだっただろうか。私はあの猫のように食べ物を強請ったりはしていないぞ」
「どの口が言うんだ。この口か?」
「や、やめてくれっ」
オグリの頬を何度も摘まみながら俺は彼女に本当のことを白状させようとするが、これが中々吐こうとはしない。それが単に恥ずかしくて口に出せないだけなのか、それとも本当に忘れているのか。
俺は今でもハッキリと覚えている。
あの日オグリと出会った日、俺の昼飯を彼女に
俺の仕事は外回りがメインの仕事で、会社で過ごす時間よりも外にいる時間の方が多い。そのため自然と昼食も外で済ますことが多い。独り身ということもあるが勤めている会社の給料はいい方で、昼食はいつもちょっと奮発することが多い。
それに外回りということもあって動く方ということもあるが、これでも人並み以上には食べるからというのもある。
その日は何となくマックの気分だった。ちょうど期間限定メニューを出していたというのもあり、そのセットと普通のハンバーガーを5個ぐらい頼んだ。何ていうか、普通のハンバーガーはあのジャンク感が好きなのだ。
スーツを着た男が一人で店内で食べるというのは、これは何とも言えない孤独感がある。俺は気にしないのだが今日は外で食べたい気分だったので、近くで食べられる場所に向かうことにした。
平日でもそこそこの人がいる中で、一人でハンバーガーを食べるというのは中々特別な気分を味わえると思えないだろうか。
それも一つでなくたくさんのハンバーガーを食べる。うん。贅沢だ。
「いただきま……」
早速大きく口を開けて頬張ろうとしたその時、何かの視線に気づいて手が止まってしまう。俺は人の視線に敏感な方なので気づいてしまったのが運の尽きだったのだろう。その視線が向けられている方を振り向けば、一体いつの間にいたのだろうか。
何と一人のジャージ姿のウマ娘が目を朦朧とさせ、口から涎を垂らしながら俺を見ているではないか。見るからには腹を空かせているのは明白。
ウマ娘は人間より多くのカロリーを摂取するのは身を持って知っている。義理の妹であるテイオーも身体はあんなに小さく細いというのに、俺の学生時代よりも食べ盛りだったのは記憶に新しい。
なのでウマ娘によってはものすごくカロリー消費が激しい娘もいるということは想像がつく。きっとこの娘もそうなのかもしれない。
だが、よりによってなんで俺がこれから食べようとしている時に現れるというのか。
無視をしろ。目を合わせるな。午後もまた歩き回らなければいけないのだ。空腹のまま最後まで耐えられると思うのか。
そう何度も自分に訴えるが──
「た、食べるかい?」
「いいのかっ!」
俺は自分に負けてしまった。
まあ一つぐらいならと思った。例えそれが一個しか買ってない限定のハンバーガーだったとしても、俺にはまだ5個もある。これで腹を満たせばいい。
紙袋に手を入れて新しいの手にし、ラップを剥がして今度こそむしゃぶりつくのだ。
だが、またあの視線が俺に突き刺さる。
「……こ、これも食べる?」
「ありがとうっ」
そして俺は二つ目も彼女にあげた。
さらに結果から言えば俺は、本来食べるべきはずの昼食を全部この子にあげてしまう。なので俺は急いで近くのコンビニに向かうため、芦毛のウマ娘の名前などを聞くこともなくその場から立ち去ったのである。
これが俺とオグリキャップのファーストコンタクト……いや、ワーストコンタクトと言うべきかもしれない。
当時の俺はもう彼女と会うことはない、そう思っていたのだがどういう訳か週に一回以上は芦毛のウマ娘と出会うことになる。
それも毎回と言っていい程に彼女は腹を空かせていた。服装が毎回ジャージの所を見るに、きっとランニングの最中なのかもしれないが、それにしては燃費悪すぎだろって思っていた。
同じことを何回も繰り返していると人間どんな状況にも慣れてしまうわけで。気づけば野良猫にエサをあげるような感覚で彼女に餌付けをしていた。普通に野良猫にもあげると、何故か野良猫に対して目で威嚇するぐらいちょっと意地汚い部分もあったが。
尚、その野良猫は彼女の威嚇に臆することなく、むしろ逆に猫パンチで彼女を撃退するぐらい強かった。
そんな餌付けするだけの関係を続けたある日の休日、俺の可愛い妹ことテイオーが家に友達を招いてもいいかと尋ねてきた。
なんでと訊けば、
「いや、うちのお兄ちゃんって料理がすごく得意なんだっていう話になって、じゃあ食べたいってことになって。……だめ?」
「ダメじゃないけど、そんな友達の兄貴の飯を食いたいって思うかな、普通」
「うーん、オグリはちょっと食べ物に関してうるさいから……」
「まあ、いいけどさ」
とまあこんな感じで我が家にテイオーの友達に俺の手料理を振る舞うことになった。
元々両親が再婚してから二人の仕事の関係上家を空けることが多く、俺がテイオーにご飯を作っていた。育ち盛りだし、これを機にちょっと料理を勉強してみるかっていう軽い気持ちで今日まで続けてきた。
自慢ではないが一般的な料理なら普通に作れるし、それなりに美味いと自負している。ただそれを身内以外に振る舞うとなると、ちょっと緊張するし自信がなくなってくる。
なるようになる、そう思って当日料理の下ごしらえをして作り始めていると、テイオーがその友達を連れてきたのだが……。
そこには何と餌付けしていたウマ娘こと、謎のウマ娘がそこに立っているではないか。それは向こうも同じようで。
「お兄ちゃん連れてきたよ。彼女はボクの同じチームで先輩のオグリキャップ」
「あ」
「むっ」
「え、なに。二人とも知り合いなの?」
「いつも私に食べ物を恵んでくれるいい人なんだ。まさかテイオーのお兄さんだったとは」
「違うよ。ご飯をタカリに来る野良猫と同じだよ」
「どういう関係なのさ」
関係と言われても、餌を上げる側とそれをもらう側としかいいようがない。まあ、それは今はいいだろう。俺達の関係がどうであれ、彼女はテイオーの先輩であり友人で客人なのだ。兄として粗相な真似は出来ない。
で、腕によりをかけて料理を振る舞ったのだが……。
「おかわり」
「もう材料がありません……」
正直言って侮っていた。彼女はよく食べることは餌付けしているから知っているので、テイオーが食べる普段の量の数倍は用意した。
これならお腹一杯になるだろう、そう思っていた時期がありました。
まさか予想以上の食べっぷりで今日の夕食で使うはずの材料まですべて使ってしまうとは……。
「ねえオグリ。招いたボクが言うのもなんだけど、お客さんとはいえ遠慮って言葉を覚えた方がいいよ……」
「そ、それはすまない。しかし、本当にキミのお兄さんが作る料理が美味しくてだな」
それは素直に嬉しかったし、現にオグリは本当に美味しそうに食べてくれていたので、作る側としてもとても喜ばしいことだった。
だけど、まだ腹八分目にすらなっていないのは喜ばしいことではない。
「ま、まあ、本当に美味しそうに食べてくれたからとても嬉しいよ。身内以外に料理を振る舞ったことないから」
「そうなのか? これならお店を開いてもいいと私は思う。そしたら毎日私は通うぞ!」
「オグリはそう言って色んなお店出禁になってるでしょ」
「材料を用意しない店が悪いっ」
「まだ言うか!」
言い合う二人をを台所で洗い物を片付けながら見ていた俺は内心ほっこりしていた。
二人を仲を見るに、どうやらテイオーとオグリキャップはうまくやっているようだ。兄としてそういう所はどうしても気になってしまう。
しかしそれも杞憂のようでよかった。
とりあえず、俺とテイオーの晩御飯どうしよう……。
……さて。普通ならここで「テイオーのお兄さんの料理美味しかったんだよー」、みたいな感じで学園で話の話題になるのだろうが、オグリキャップは普通ではなかった。
オグリキャップに料理を振る舞った次の週の休日のことだ。先週直接ちゃんとした形で会ったのか、今週は外で会うことはなかった。
何だか寂しい気持ちにならなくもなかったが、自分のお昼ご飯がちゃんと食べられるというのは良いことだと思って自分の中で勝手に完結していた。
ピンポーン。
すると我が家のインターホンがなった。テイオーの荷物だろうか。そう思って玄関の扉を開ければ、何故かオグリキャップが我が家の前に立っているではないか。
「お、オグリキャップ?」
「こんにちは。お腹が空いたのでご飯を作ってくれ」
「ひぃいいい! 訳が分からねェ!」
まさに味を占めたとはこの事だろうか。
外で餌付けをしなくなったと思ったら、今度は自宅で手料理を振る舞う羽目になった。
それからというもの、オグリキャップは毎週のように我が家にやってきはご飯食べに来ていた。そして当然それにも慣れてしまった俺は、毎週のように大量な食材を買い込んでは料理を振るっている。
また、彼女がレースに出ると聞かされると。
「走る前に小腹が空くからお弁当を作ってれないか。きっとキミのお弁当を食べたらレースに勝てると思う」
「まあいいけどさ」
冗談半分にそれを真に受けた俺は、当日オグリ専用のお弁当を重箱で用意してテイオーに持たせた。流石に部外者なのでそこは同じチームであるテイオーに任せたのだが、当の俺はレースを見にはいかなかった。
レースにはいかず家でのんびり過ごしているとテイオーから電話がかかってきて……。
『お兄ちゃん。オグリ勝ったよ』
「マジで!?」
俺の作った弁当で勝利したのかは定かではない。きっとたまたまだろう、そう思ってまた次のレースでも弁当を作ってあげたらまた勝ってしまった。
どうやら俺の作る料理は凄いらしい。
そう自分で自分を褒めていたが、よくよく思い出せばテイオーもレース前はいつも俺の弁当を食べていたから、別に不思議なことではないことに気づいた。
それに知っている友人が勝って嬉しくない訳がない。俺はお祝いに今度デザートでも作ってやろうと、ネットでレシピを見ながら勉強するのであった。
さて。その日から俺とオグリキャップの関係は少しずつ進展していった。
どういう訳か、彼女からデートのお誘いがかかるようになったのだ。彼女曰く、レースに勝ったお礼らしい。だけど、デートと言ってもほとんど食べ歩きだし、最後はいつも家に来て俺が料理を振る舞って解散という流れ。
まあ嫌じゃないし、らしいといえばらしいのだが。
だが日に日にオグリが何て言うか可愛く見えるようになっていくのだ。服装もこだわるし、たまにはスカートも履くようになって、自信はないけど多分化粧もしているようにも見えた。
まあ、食べてばっかりのオグリだけど彼女も女の子だから当然だよな。
俺は俺でオグリが少しずつ女の子から女性になっていく姿を見てどこか楽しんでいると、デートから帰ってくるたびにテイオーが言うのだ。
「今日のオグリどうだった」
「ン? 今日も可愛かったよ」
「それだけ?」
「それだけだけど」
「……この場合どっちが悪いんだろ」
「?」
と、テイオーが不思議なことを言うようになった。
「わ、私と、付き合ってほしいっ!」
そんな生活を続けて1年とちょっと経ったある日、突然オグリから告白を受けた。顔を真っ赤にしながら言う彼女を初めて見る。それだけ告白をするにどれくらいの勇気を有したのだろうか。
「よろしくお願いします」
その想いに応えるべく、俺は彼女の告白を受け入れた。歳の差は……まあ、後になって思い出して、ほんのちょっぴり悩んだ。
で、告白を受けてオグリといいムードのままデートをしたあと、家に帰って俺はテイオーに彼女と付き合うことを報告したのだが。
「テイオー。実は俺、今日からオグリと付き合うことになった」
「ふーん。おめでと~」
「……なんか反応が軽くないか」
「そんなことないよぉ」
なんでこんなに軽い対応なのだろうと考えてみたが、全く見当が付かないままいつかし考えるのを止めてしまった。ただ間違いなく言えることは、テイオーはテイオーなりに俺達が付き合うことをちゃんと祝っているのは間違いないかった。
「相変わらずお兄ちゃんのご飯は美味しいや」
「もぐもぐ。テイオーは昔から彼のご飯を食べてきたのだろう? 本当に羨ましいな」
「えへへっ。いいでしょぉ~」
それからオグリと付き合い始めて数年が経ち、俺達の関係は相変わらず昔のままだった。ちょっぴり変わったことと言えば、テイオーが昔よりもご飯をたべる量が増えたことだろうか。
テイオーは今もトップで活躍するウマ娘の一人で、たくさん練習する分よく食べるのは当然のことなのだが、それにしても増えた。
まあ最初はオグリの影響なのかと思ったのだ。少し前からテイオーも一緒にデートに付いてくるようになって、俺はそこまで食べないのだが二人とも毎回たくさん食べるわけで。さらには家に帰っても俺の作った料理を食べるんだから、二人が摂取するカロリーはとんでもない数字だ。
オグリは食べても太らないというか、腹は出ても体重が増えない不思議な体質なのは今に始まったことではない。
対してテイオーは昔と変わらず背は伸びていないし、胸も大きくなったようには見えない。
ただ……変化した場所もあった。
「なあ、テイオー」
「どうしたのお兄ちゃん。もうデザート?」
「いや、デザートはあるんだけどさ。前から気になって言おうと思ってたんだけど、お前さ」
「うん」
「なんか顔がちょっと丸くなってないか」
「……え」
その日の夜。テイオーの叫びが地球に響き渡るのであった。
〇月〇日
ボクが所属しているチームにオグリキャップというウマ娘がいる。オグリは高等部なのでボクの先輩になるが、そんなの関係ないぐらいにはボクらは仲がいい。
オグリは何て言うか、トレセン学園の中で一二を争う大食いなのだ。ボクが聞いた限りでは、一度たりとも「もう食べれない」何ていう言葉は吐いたことがないのだという。
なのでオグリは周りから大食いとか腹ペコみたいなイメージが定着しているのである。
それはトレーニング中でもそうで。
学園内にあるトレーニングコースが使えない週が一度はあり、その時は学園の外でランニングをするのだ。これだけだったら特にありきたりな事だと思うけど、オグリは外に出るとよくふらっと消えてしまうのだ。
その理由は単純でお腹が空いて、いい匂いに釣られてどこかへ消えてしまうからである。ちゃんとボクらが目を光らせても、気づけば一瞬にして消えてしまうのだから手の施しようがないんだ。
だけどその時は決まっていつもボクらが学園に戻った少し後にオグリも戻ってくるのだが、腹の虫を泣かせながら今にも倒れそうな感じで帰ってくる。
でも、今日は違っていて、例えるなら腹三分目と言った様子で帰ってきた。
「もしかして拾った物を食べてないよね」
「当たり前だ。拾った物”は”食べてない」
何か妙に腑に落ちないんだけど、ボクを初めチームの皆は深く考えないようにした。
〇月〇日
おかしい。ここ最近外でランニングをする際、いつもオグリがすごくお腹を空かせて最後に戻ってくるのに、何故かちょっとお腹を空かせた様子で戻ってくる。
だからボクらはこう訊いた。
「もしかして買い食いしてないよね」
「買い食い”は”してないぞ」
これまた何か引っかかる言い方なのだが、ボクらにはいなくなった彼女を捕まえることすらできないので、これ以上はもうどうすることもできないのであった。
〇月〇日
今日は何故か手料理の話になって、ボクはつい自慢であるお兄ちゃんのことをオグリに話してしまった。
「そうなのか。なら、今度是非テイオーのお兄さんの手料理を食べさせてはくれないだろうか」
「え、い、いいよっ」
本当にボクのお兄ちゃんの料理は美味しいんだよとか、どんな高級料理でもお兄ちゃんには敵わないよ、などと言いふらしたのが原因。
断ればいいのについそれを了承してしまった。
まあご飯をご馳走するだけだし、別に変なことは起きないよね。
〇月〇日
今日は驚きの真実が発覚してしまった。
なんとここ最近妙にオグリがお腹を空かせてないと想ったら、まさか仕事中のお兄ちゃんから餌付けされていたらしい。
よく通報されなかったなって真っ先に思ったよ。
ただボク達の晩御飯まで食べつくすとは思わなかった。今度みんなでオグリに遠慮とか自重という言葉をキツク教えなければならない。
だけど、久しぶりにお兄ちゃんと外でご飯を食べられたから別にいいんだけど。
〇月〇日
まさかボクが家にいない時間にオグリが我が家にやってきて、お兄ちゃんにご飯を作ってもらっていたことをそのお兄ちゃんから聞かされた。
どうやらオグリはお兄ちゃんの料理に味を占めたのか、ここ最近は毎週のように通っているらしい。百歩譲ってそれはまあいいんだけど、問題なのは我が家の食費問題である。
だからボクはお兄ちゃんにそのことを聞いたんだけど。
「ねえお兄ちゃん。オグリって食べてるだけで、材料費とか払ってないんでしょ。ボクからキツクちゃんと言っておこうか?」
「お金のことなら心配しなくていいんだよテイオー。お金はね、稼ごうと思えばいつでも稼げるんだ。それにね、あんなに美味しそうに食べてるオグリの頼みを断るのも胸が痛むんだ。だから俺は全然気にしてないから大丈夫だよ」
餌付けをして懐柔されたのはオグリなのか、それとも彼女の不思議な魅力に憑りつかれたお兄ちゃんなのか、ボクにはちょっと分からなくなってきた。
だけど、一番気になったのはお金のことだ。
お兄ちゃんって普通のサラリーマンでしょ! 何か危ない仕事をしてるわけじゃないよね!?
〇月〇日
その日はオグリのレースがある日だったんだけど、出かける前にお兄ちゃんから風呂敷に包まれた大きな重箱を手渡された。それも二つも。
なんでもオグリに頼まれたらしい。いくら何でも知り合っただけの友人の兄にそこまで頼むものだろうか。
まあボクもレース前には、いつもお兄ちゃん特製弁当を食べてレースに挑んでいるから人のことは言えないんだけどね。
けど、これはボクの時の比ではない。まさにオグリ専用というべきか。
実際にお弁当を渡してあげたら、目を光らせながら子供のように喜んでいた。こういう所がオグリの可愛いところなのだ。
で、肝心のレースだけど。何て言うかいつも以上に気合いが入っていて、まあ見事に勝利をしたのだ。
ただ今日のレースを見た仲間からは、
「今日のオグリってテイオーみたいだね」
と言われた。
ボクはその意味が分からずただ首を傾げるのであった。
〇月〇日
最近学園内でとある噂が流れている。
それは、あのオグリキャップが休日に見知らぬ男といつも一緒にいる、というものだ。
まさかあのオグリキャップに彼氏が出来たのかと周囲は騒いでいたのだが、ボクは何か引っかかりつつも深くは考えずにいたら、まさかその噂の張本人から相談を受けた。
「な、なあテイオー。キミのお兄さんの女性の好みはどんな人だろうか……?」
「……はい?」
「そ、その、私はみんなみたいにおしゃれとか流行には疎い。やはり、こう……もっと女の子らしい服とかを買った方がいいのだろうか」
「ちょっと待って。オグリはうちのお兄ちゃんの事が好きなの?」
「う、うん。彼のことが好きだ……」
あまりに突然な事だったので、この時のボクは人には見せられない変顔をしていたと思う。
あと失礼だと思いながらもボクはあることを尋ねた。
「やっぱりお兄ちゃんのご飯が美味しいから?」
「否定はしない」
「しないんだ……してほしかったなあ……」
「だけど、彼のご飯を食べると、いつも以上に満たされるんだ。いつもはどれだけ食べても満たされなかった。でも、気づいたらあの人の事ばかり考えるようになって、これが好きだってことにようやく気づいたんだ」
……満たされる(オグリ比)といったところだろうか。ボクは思わずそんなことを思ってしまった。
それしてもこんなに身体をモジモジさせながら紅潮しているオグリは初めて見るし、何よりいつも以上に可愛い。
ボクは自分で言うのもなんだけどブラコンだ。お兄ちゃん大好きっ子だ。だけど、それは別としてお兄ちゃんにも素敵な恋人が出来て欲しいと思っている。
仮にその相手がオグリキャップだとしたら…………うん、ボクはイヤじゃない。オグリはとても純粋で、素直な人だ。それにお兄ちゃんもオグリのことを気に入っているし、何よりもご飯を美味しそうに食べてくれる所が好きだとも言っていた。
うん、いいじゃないかな。オグリが義理のお姉さんでも、きっとうまくやっていけそうだ。
「分かったよオグリ。このテイオー様がオグリの恋を叶えて見せるよっ」
「あ、ありがとう。テイオー!」
この日、ボク主導によるオグリ改造計画が始まった。
〇月〇日
長かった戦いが今日ついに幕を閉じた。
オグリの恋を叶えるためのオグリ改造計画。これは思いのほかうまくいった証だろう。オグリは何もしなくても可愛いから、ちょっと手を加えるだけでよかったんだけどね。
ただ、その本人が毎週デートに誘っておいて、肝心の告白をできなかったのが今日まで時間がかかってしまった原因なのである。
それにお兄ちゃんもお兄ちゃんで、オグリの日々の変化に気づいてはいたんだけど、その真意までは気づけなかったようだ。ボクはてっきり、お兄ちゃんから先に告白すると思ったんだけど。まあ終わりよければすべてよしってことでいいよね。
〇月〇日
お兄ちゃんとオグリが付き合い始めて早数年。いつしか二人のデートにボクも一緒に行くようになって、まだ結婚すらしていないのにオグリが我が家の一員のようなものになっていた。
何て言うかいつになったら籍を入れるのっていう感じかな。まあ二人が結婚しても、当然ボクも一緒に付いていくけどね。
そして今日もデートが終わったあと、我が家でお兄ちゃんのご飯を食べていたんだけどお兄ちゃんが顔が丸くなったって酷いこと言うんだよ。
いくら妹とはいえ酷いよね!
「その、久しぶり。元気だった? ……お、お手柔らかにお願いします……」
お風呂上り、ボクは久しぶり体重計さんに挨拶をしながらゆっくり足を置く。天井を見上げ、ほんの少しの間無になる。そして下を向けば、表示される数字が予想以上の数値を超えた瞬間、ボクは叫んだ。
「ぎゃぁああああああああ!!」
──結論 テイオーの体重が増えた。