○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか   作:ししゃも丸

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ボクとお兄ちゃん 修羅場編 その3

 

 ゴルシによる咄嗟の行動によってナリタブライアンを拘束。その後簡単な説明をしつつ謝罪の形ではないが、ゴルシの焼きそばを差し出すことでとりあえずこの場は収まった。俺は焼きそばを食べているブライアンをテーブルに肘をつきながら眺めていた。

 

「もぐもぐ……っ」

「野菜も食わんか」

「チッ」

 

 ブライアンが比較的大きめにカットされたキャベツを容器の蓋の上に置くのを見て注意をすれば、表情を隠すことなく俺を睨みながら舌打ちをする。それでそのキャベツを口に運ぶかと思えば、残念ながらキャベツはそのまま。

 

「相変わらずだな。お前は」

 

 俺はそれを見て怒る訳でもなく、ただ懐かしそうに言った。

 

「フン。私が食べたいものを食べる。それの何がいけない」

「ダメじゃないんだが、こうバランスっていうか……いかんいかん。またつい癖で言っちまった。すまん」

 

 ウマ娘の多くは人参が大好物だという子が大多数を占める。もちろんそれはブライアンも例外ではない。ないのだが……彼女からすれば人参は食べられる野菜程度の存在で、ブライアンは野菜よりも肉が好物なのだ。

 

 ブライアンには姉であるビワハヤヒデがいるのだが、彼女と一緒にブライアンの野菜嫌いを克服をしようと試行錯誤したのが本当に懐かしい。意外と食べれそうなカレーでも、一般的なものよりかなり細かく野菜はカットするし、玉ねぎ至ってはそれはもうこれでもかというぐらいきざんだものだ。

 

「謝るぐらいなら口を出すな。……」

「ごめんって……ぁ」

「……もぐもぐ」

 

 また機嫌を損ねてしまったと思っていると、蓋の上に弾いたキャベツを目にもとまらぬ早さで口に入れた。キャベツを食べたことにも驚いたが、まだ抵抗があるのかすぐに麺を口に入れて舌を誤魔化している。

 

 素直にブライアンも成長しているんだと思うと、何だか胸がほっこりした。久しぶりにあった自分に対して見栄を張っていたとしても、野菜嫌いだった彼女がこうして野菜を食べていることは、とても嬉しいことだ。

 

 ハヤヒデのやつ相当頑張ったんだろうなあ。

 

 そんな光景を見て惚けていると、ブライアンの隣に座っていたゴルシが彼女の頬を突きながら笑みを浮かべて言った。

 

「今じゃ少しだけ野菜を食べられるようになったんだよなぁ。ブライアンちゃんは」

「馴れ馴れしいんだよお前はっ」

「へぇ! ちなみに何が食べられるようになったんだ?」

「ほらあれだよ。焼肉屋であるだろ? こう肉を巻いて一緒に食うやつ」

「ああサンチュね。らしいといえばらしいな」

「文句あるか?」

「ないって。ただあれだな。ブライアンもちゃんと成長してて、なんていうか嬉しいよ。こいつと違って」

 

 指でその当人を指す。ここには三人しかいないので必然的にその相手はゴルシということになる。

 

「はあ!? 見るからに成長してるだろ!」

「どこが?」

「カーッ! 見てわからないのかよ。ほれほれ」

 

 そう言って椅子から立ち上がると、ゴルシはモデルのようなポーズを取ったり、くるっと一回転してはその成長した何かをアピールする。しかし、一体なにを伝えたいのかわからないので思わずブライアンに視線を向ける。どうやら彼女も首を横に振るところを見るにわからないらしい。なので正直に言った。

 

「全然わからない」

「同じく」

「いやどう見たってわかるだろ! このゴルシ様の美しさが!」

「変わってないだろ。むしろ前より騒がしくなっただけだ」

「正直に言うとさ。ウマ娘って俺達と違って老けにくいから、ぶっちゃけ昔のままにしか見えんぞ」

「けっ。つまらないやつらだぜ……あ」

「どうした?」

 

 するとゴルシは何かを思い出すと、見慣れた顔を俺に向けた。それは何て言うか、そう。悪巧みを思いついたときによくしていた表情だ。それに気づいた時には、ゴルシは腕を前に組んで胸を強調しはじめた。

 

「実は昔よりちょっとだけ胸が大きくなったぜ」

 

 思わず目がゴルシの胸に行ってしまう。見た時間はたったの数秒。その間に昔の彼女と比較するが……元から大きいゴルシの胸が成長したと思えなかった。

 

 ──ブラフか。これがテイオーならすぐにわかるのだが。

 

 俺は自然に目を正面に向けた。しかし、その数秒の瞬間を二人は見逃さなかったらしい。

 

「……」

「ぷぷっ」

 

 視線が痛い。特にブライアンの。対してゴルシは、罠にはまった俺を笑っているのが余計に腹が立つ。

 

 ブライアンのやつ……怒ってるよな? いや、アレは普通に軽蔑の眼差し……のわりには目だけで口が出てこないのが意外だ。

 

 とりあえず俺は急場しのぎの言い訳を口にした。

 

「……俺も男だから、つい反応してしまうことだってあるんです」

「いや。別にそれは気にしていない」

「え、マジ?」

 

 意外だった。ゴルシはわかっててやるからいいのだが、ブライアンや普通の子だったら軽蔑すると思う。ウマ娘はみんな美人だし可愛い娘達ばかりだから、男というのはどうしても上から下へと目を向けてしまうものだ。

 

 例えそれがトレーナーとして訓練された彼らであっても。

 

「昔のあんたは……兎に角クソ真面目で、超がつくほどのお節介焼きだったからな。だから昔は枯れてるんだろうって勝手に思ってた」

「枯れてるって。もっと他にこう……言い方あるよね。ね?」

「そう思われるぐらいには、あんたは受け入れられてたってことだ」

 

 ウマ娘に限らず女性というのは視線に敏感らしい。実際に地方でサブトレーナーとして働いていたときに、そういった話を俺をからかいながら教えてくれたものだ。だからというわけではないのだが、ウマ娘達に対していつしか自然に目を見て話せるようになっていたと思う。

 

 まあそれでも初対面の子に対して思わず何とは言わないけど、ついつい目で追ってしまうことはあった。

 

「いや、コイツは意外とムッツリだぜ。アタシ達のいないところで結構苦労してたし。な?」

 

 折角いい雰囲気のまま話が流れると思ったらこれだよ。そんなことを言われてしまえば、俺はまた正直に話すしかないではないか。

 

「まあ……スキンシップが激しい娘がそれなりにいたし。それでも顔には出さなかったんだぞ。俺は」

「それは大変? だったな」

「俺が女性の苦労を理解できないように、お前らも俺の苦労を理解はできないんだよ」

「胸が当たっただけでそんなに辛いのか?」

「男はね。思ってる以上に単純な生き物なんだ」

「おめぇさんも苦労してたんだなぁ。うんうん」

 

 まるで年上の先輩が後輩を励ますように、ゴルシが俺の肩をポンポンと叩く。そんなゴルシを俺は横目で一瞬だけ睨み、ついつい口が出そうになったがなんとか堪えることできた。

 

 言える訳があるまい。現役時代で一番スキンシップが激しかったのはこいつだったなんて。ただ、それはいい意味でも悪い意味も含まれるのだが。

 一体どこにレース一番になって喜びながら近づいてくると思ったら、急にドロップキックをかますやつがいるんだよ。その所為で俺は胸筋やら反射神経が鍛えられ、無駄に受け身もうまくなってしまったんだぞ。

 

 だけど、そんなゴルシが一番危なかったというのはここだけの話だ。無自覚なのか、それとも意識してなのかは定かではないが、たぶん一番俺に対してスキンシップが多かったと記憶している。

 

 こいつスタイルだけは無駄にいいから大変だったんだよ。いや、マジで。

 

 昔のことを思い出した途端、急に嬉しくも辛い記憶が蘇ってしまい頭を抱える。

 

「はぁ……。久しぶりに会ったと思ったら、どうしてこう昔の暴露になるんだ。ただ俺はテイオーのライブを見に来ただけなのに」

「……テイオー? どうしてそこでテイオーの名前が出てくるんだ」

「ん? ああ、ブライアンは知らないのか。テイオーは俺の妹なんだよ。義理のだけど」

「おいおい。言っていいのかよ」

「別にいいだろ。お前のチームの娘達は知ってるわけだし」

「それもそうだな……あれ。どうしたんだよブライアン?」

 

 今明かされる衝撃の真実──ではないのだが、それなりに驚く内容の割にはブライアンの反応は薄かった。どちらかと言うと、どこか腑に落ちたような顔をしていた。

 

「お前がテイオーの兄貴だと聞いて、妙に納得してしまった自分が憎いだけだ」

「どうして?」

「別に。深い意味はない」

「……ああ。お前も妹だもんな」

「言っておくが、私はあいつほど姉自慢をしていないからな」

「そうだったか?」

「ん~どっこいどっこいだろ」

「おい!」

 

 出会った頃のブライアンの基準というのは、だいたいが姉であるビワハヤヒデだったような気がする。姉貴のがすごい、姉貴の方がお前より速いだとかそんな感じだっただろうか。確かにあまり口にはしていないけど、そういう雰囲気は纏っていた気がする。

 やはりブライアンはブライアンでちょっぴりシスコンだと思う。言ったら絶対に怒るから言わないけど。

 

 

 それから俺は二人と色んな話をして盛り上がった。昔のこと、今のことも含めて。だからなのか、少し羨ましいというか後悔とまではいかないのだけど、あのまま現役を続けてたらどうなっていたのかと考えてしまった。

 

 きっとあの日々の延長で、毎日が楽しくもありながら頭を悩ませられているのは容易に想像がつく。もしかしたら新しい担当を持ったりするかもしれない。付き合いのある子達で言うならマックイーンやご近所のブラックもだろうか。それこそ妹であるテイオーの担当になっていたかもしれない。

 

 だけど所詮それは”もしも”の話。俺のことを知っている人間からよくこの手の話題を振られることがある。その度に俺は家庭の都合、一身上の都合により……つまりはテイオーを理由にしていた。

 

 我ながら酷い兄だと思う。

 

 でも、それを聞いた人は口を揃えて言うんだ。それなら仕方ないよねって。特に結婚して所帯を持っている人は、俺の気持ちを理解しているように思えた。俺はそれを聞いてすごく心が楽になった。

 

 けど、今でも恐れていることがある。それはテイオーだ。いつかあの子に聞かれるんじゃないかと怯えている。俺がトレーナーをやっていてたことを知ったとき言うだろう。

 

 ──お兄ちゃんがトレーナーを辞めたのは、ボクの所為なの? 

 

 テイオーも薄々は気づいているだろうけど、でもそれが現実に起きて直接そう言われたとき、俺は正直に答えられるだろうか。

 

 

 ……やめよう。これ以上深みにはまると、きっと心の奥底にしまい込んでいた気持ちが溢れ出てきそうだ。

 

 テイオーには悪いけどもう帰ろう。久しぶりに長くここにいたせいでとても感傷に浸ってしまった。もう十分だ。今までのように適度な距離で、週末に帰ってくるテイオーから話を聞くだけで満足だ。

 

 ルドルフ──ルナにも本当は挨拶ぐらいしたかったけど、もうそれどころではない。今の状態でルナには会えそうにない。

 

「そろそろ帰るよ」

「まだいいだろ~。どうせ暇なんだしよ」

 

 俺はそれとなく時間を確認して二人にそう言うと、ゴルシは不満そうに言う。まあここで喋ってるだけだから仕方ないとは言えば仕方ないのだが。

 

「お前よりは忙しいよ」

「なにを!? こう見えてゴルシちゃんは多忙なんでい!」

「はいはい」

「……おい」

 

 適当に相槌をうって俺は部室を出ようとすると、黙っていたブライアンに止められた。彼女の方に振り向くと、俺とは別の方向に目が向いていた。

 

「たまには……遊びにこい。会長……ルドルフやみんなも喜ぶ」

「……考えておくよ。じゃあ、またな」

「ああ」

「気を付けて帰れよ~」

 

 二人を手を振りながら俺はその場を後にした。久しぶりにたくさんのことを話して、聞いて、変わらないこともあれば変わったことの方が多かった。特にブライアンは以前と比較すれば格段に成長していた。

 ゴルシはまあ……いい意味で変わっていないが。

 

 だからだろうか。変わっていないのは俺の方なのだと気づかされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ボクは待っていた。

 

 敷地内にあるベンチに座りながら、ボクはずっとお兄ちゃんを待っていた。ゴールドシップに連れ去られてしまったお兄ちゃん。なんでゴールドシップが……と、思わなくもなかったけど、それでもボクはお兄ちゃん探して結局見つからずこうしてずっとベンチに座って待っていた。

 途中ゴールドシップからメッセージがあって、いまお兄ちゃんはゴールドシップと一緒にいるらしい。すぐに戻るから待ってろと言われたというのもある。

 

 だけどそれは、たった一通のメッセージによって終わりを告げた。

 

 ──ごめんなテイオー。お兄ちゃん帰るから、この埋め合わせはまた今度に。

 

 と、普段よく使うスタンプを最後に添えて送られてきた。

 

 ボクは激怒した。お兄ちゃんにも怒っているのだが、帰るならもっと早く教えてほしい。

 

「あーあ。待っている時間ムダになっちゃったよ。はあ……」

 

 別にお兄ちゃんとはいつでも連絡できるし、会おうと思えばいつでも会える。だって家に帰ればいいんだからね。だけど、こういう学園の行事という貴重な催しを一緒に過ごしたいだもん。いわゆる青春の思い出ってやつだよ。ボクはお兄ちゃんとの思い出を作っていきたいんだ。

 

 それなのにお兄ちゃんはさ。まったく。妹心ってやつがわかってないんだよ。

 

「あ、テイオー! こんなところにいましたのね!」

「探してたんですよテイオーさん」

「そうですそうです!」

 

 ボクが黄昏ていると鬼の形相というのは大袈裟だけど、まあそんな感じの雰囲気を纏ったマックイーン、ブラック、ダイヤがやってきた。

 

「どうしたのさ。そんなにカリカリしちゃって」

「当然です! 一人だけお兄さんと感謝祭を過ごして!」

「テイオーさんのあとで私達と兄さんと過ごす約束でしたよね!?」

「あーそうだったね」

「そうだったね、じゃないです! 兄さまはどこにいるんですか!?」

「お兄ちゃんなら帰るってさ」

 

 ボクは不貞腐れながら素直に答えた。隠す必要はないしこのイライラを口に出して誰かにぶつけたかっただけかもしれないけど。

 ただ当然三人はボク以上に納得できるわけはないのである。

 

「な、なんでですの!? 約束と違うじゃありませんか!」

「しょうがないじゃん。それにボクだって急にゴールドシップがお兄ちゃんを連れ去ってデートどころじゃなかったんだからさ。本当だったら最後まで一緒にいる予定だったのに」

「テイオーさん最初からそのつもりだったんですね!」

「やっぱりみなさんを出し抜いて兄さまを確保すべきでした……」

「だ、ダイヤさん?」

「ちょっとダイヤちゃん。二人で一緒に兄さんと見てまわろうって約束したよね?」

「え、私なにか言ったかな?」

「ダイヤちゃん!」

「はぁ……」

 

 何度目かもわからぬため息をついた。こういうことを見越してボクは三人を出し抜いたというのに、肝心のお兄ちゃんがもう帰っちゃったからムダに終わってしまった。

 

 そんな時だ。ボクの耳が何かを感じ取った。

 

「……? ねえ。なんだか校門の方が騒がしくない?」

「はて……そう言われるとそうですわね」

「ふぉうれすか!?」

「ひこぉえまへん!」

 

 当然だ。互いにほっぺをつねっているブラックとダイヤには聞こえるわけがない。ボクはそんな二人を無視しして騒ぎがする方へと歩き出した。方角としては校門だから迷うことはない。そして目的の場所へと近づくほど人だかりが増していく。たぶん、帰ろうとしている一般の人達なんだと思う。中には学園の生徒や関係者らしき人も見える。みんなもボクみたいにその騒動の発端となっている場面を一目見ようとしているのだろう。

 

 これは難関だ。この人ごみの中をどうやって進もうか。

 ま、賢いボクには裏技があるのだ。

 

「通してくださーい。生徒会でーす。通してくださーい」

 

 腕章はないけど、そう言えば学園の関係者以外には十分通じるのだ。結果としてはボクの予感は見事的中。すんなりとはいかないけど、それなりに苦労せずにボクは目的地へと向かうことができた。

 そしてボクはついに人混みという名の樹海を抜けたのだが……。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 そこにはお兄ちゃんの背後から抱き着いているアグネスタキオンが。そんな彼女をお兄ちゃんから引きはがそうとしているカフェさん。さらには見知ったかウマ娘の顔がちらほらと。彼女達の表情はなんと言ったらいいだろうか。笑っているのか、それとも怒っているのか、はたまた複雑そうな顔もしている子ばかり。

 

 そんな混乱しているボクの耳に聞きなれた声が届いた。

 

「生徒会だ、通してくれっ」

 

 当然、校門の前でこんな騒動に本物の生徒会が駆けつけないわけがなくて。モーゼの十戒のごとく海が割れ、そこからカイチョーが現れて……そんなカイチョーの異変をボクは見逃さなかったし、聞き逃さなかった。

 

「……トレーナー、くん」

「や、やあ……ルドルフ」

 

 互いにたった一言だけど、ボクにはそれだけで二人の関係が深いものだと察してしまった。僕には何故かそう思えてならなかったんだ。

 

 

 

 

 油断していたわけじゃなかった。

 

 時間的にはまだ少し早いとはいえ、感謝際のメインであるライブも終わったし、あとは生徒の出し物を見て回るぐらいしかないから、俺のように帰路につく来場者は多いと踏んでいた。現に俺の予想は当たっていて、校門の方に向かっていく人達が多くいたから俺はそれに紛れて学園を出ようと試みた。

 

 ただ帰るだけなのに警戒する必要なんてどこにもない。俺は帰りにどこか寄ろうとか、夕飯はどうしようとか、そんなことを考えながら歩いていただけだった。目は前を向いているけど、意識はどこか違うところにあった。

 

 でも、そんな状態でもよく聞こえたんだ。大勢の人達で賑わっているのに、俺の耳はウマ娘並にはっきりとその声を聞き取っていた。

 

「みぃ~つけたぁ~」

「ん?」

 

 最初は気のせいだと思った。だけどいきなり背後から抱きつかれれば、それが気のせいではないということはわかるものだ。俺は咄嗟に目を下に向けた。腕が見えた。それも女の子の手をしていて、見覚えのある制服を着ていた。首を後ろに向けようにも、生憎俺の首は自分の背中を見れるほど回らない。

 だけど犯人はウマ娘だということはすぐにわかった。

 

「すぅ~~~~~~はぁ~~~~~~~」

「うぉ!?」

 

 するとそのウマ娘は突然の俺の背中に顔をうずめたらしい。ついでにぐりぐりと背中に顔を押し付けて匂いを嗅いでるようだった。

 

「いいねぇ。やはりオリジナルはいい。極上の匂いとはまさにこのことだねぇ」

「あ、アグネスタキオンか⁉」

「やあ。久しぶりだねぇきみぃ。ン~~昔よりも少し筋肉をつけたのかい? お腹周りががっしりしていて、これが中々いいものだねぇ」

 

 抱きつきながら俺の体をペタペタと触ってくるタキオン。俺は咄嗟に逃げようとしたけどまたすぐにガッチリとホールドされ、さらにはまた顔を押し付けては匂いを嗅いでいた。

 

「お、お前、そんなキャラだったか……? ていうか今すぐやめろって。周りの視線が……その……」

「こうなったのはキミの所為さ。だから私はわるくない、そう悪くない。別に視線なんて気にするから気になるのだから、最初から気にしなければいいだけの話だろ? しかしだ。キミは相変わらず反応が薄いねぇ。こうして私に抱き付かれても心拍数が変わらないとは。もしかして小さいのが好みなのかい?」

「誤解を招くような言い方はやめて……あ、違うんです。あの、このウマ娘さんと私は無関係なので、その、やめてください……」

 

 数名ほどスマホのカメラで俺達を撮ろうとしていたのでなんとか説得を試みるが、まあ駄目だということはシャッター音ですぐにわかった。問題は一般の人だけではなく生徒らもこの光景を見ていることだった。

 

 何とかタキオンの拘束から逃れようと足掻いていると、聞きなれた声が聞こえた。

 

「タキオンさん、何をしているんですか……!」

 

 現れたのはマンハッタンカフェ。長い黒髪がとても綺麗なウマ娘で、トレーナーを辞めたあとでも交流が続いている娘でもある。

 見たところ一緒にいたこのタキオンを追いかけてやっと追いついたところのようだ。

 

「やあ、カフェ。何をしているかと問われられたなら答えよう。彼の匂いを摂取しているところだ」

「律儀に答えんでいい! カフェ助けてくれ!」

「……」

「か、カフェ……?」

 

 てっきりすぐに助けてくれると思っていたのだがどういうわけか、カフェは俺の方をジッと見て……いや、睨んでると思う。こんなことはとても初めてでちょっと……怖い。

 

「お兄さん……このまま帰る、つもりだったんですか……」

「え、あーうん」

「そうですか。そういうこと、するんですね」

 

 そういうこととは一体なんのことだろうか。いや、心当たりはある、俺はカフェには感謝祭に行くことを伝えていてたが、時間が合えばカフェとも合流すると、軽い気持ちで約束してしいたのだ。けして忘れていたわけではないんだ。

 

 しかし、目の前のカフェの様子を見るからにそう言っても簡単には受け入れてはくれないだろう。だから俺はこう言うしかない。

 

「そのことについてはすまないとは思ってる! だ、だから今度この埋め合わせをするから、とりあえずコイツを引きはがしてくれ!」

「……! いつでもいいので、一日私に付き合ってくれるなら……考えなくもないです」

「それでいいからっ、だから助けてください!」

「……約束ですよ?」

「約束する!」

 

 ああ。またその場の勢いで約束してしまった。最低だな俺……。

 

「なーんで私を放置した状態でめんどくさいカップルみたいな会話を聞かされなきゃいけないんだ……。そもそも話を聞くに、二人の関係は妙に近くないかい⁉」

「別に普通です。ほらタキオンさん、離れて……くだ、さいっ!」

「いーやーだー!」

「いででで! こ、腰がぁ!」

 

 ウマ娘は脚が速いという印象が第一にあるが、腕力も我々とは比較にならない。一見ただ普通に抱きついているだけに見えるけど、タキオンは絶対に俺を離すまいと物凄い力で俺に抱きついているのだ。

 

 そしてこんなことをトレセン学園の、それも感謝際というイベントで繰り広げているのだから、どんどん人もウマ娘も集まってくるわけで。

 

「ねえ。あの男の人ってもしかして……」

「あの人、だよね?」

 

 ま、まずい。高学年の生徒は当然俺のことを知っている子が多くいる。だからこのようにタキオンやカフェとの関係を見れば、俺の正体などすぐにばれてしまうのは必然と言える。何より一番最悪なのは、気づけばどんどん見知った顔がちらほらと見え始めたことだ。

 

「……マスター?」

「え。あ、お兄さまだ……」

「なあタマ。あれはトレーナーではないだろうか」

「そんな訳あるかい……って、ホンマにトレーナーやないか!?」

 

 もうダメだ。こうなった以上はもう逃げられない。そう悟ったときには、俺はもうタキオンを引きはがそうとはせず、ただ立ち尽くしていた。

 そんな俺を見て、下からタキオンが言ってきた。

 

「もう逃げられないねぇ」

「お前の所為だろ……」

「そうでもあるが」

 

 何でこんなことになってしまったのだろうか。ただ俺は、テイオーのライブを見に来ただけだというのに。

 

 これは、いわゆる罰なのだろうか。トレーナーを辞めて、彼女達との交流を避けてきた自分への。

 

「生徒会だ、通してくれっ」

 

 どこかからか聞きなれた声が聞こえた。それは、いまとても聞きたくない声だった。周りにいた人達はその声を聞くと、後ろに下がり道を作った。そしてその奥から彼女がやってきた。

 

「トレーナー、くん?」

「や、やあ、ルドルフ」

 

 シンボリルドルフ。俺が担当していたウマ娘がそこにいた。

 

 

 





忙しくてやっとできました。
とりあえず中途半端はアカンと思うのでテイオー編で一旦落ち着かせようと思います。
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