○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか 作:ししゃも丸
トレセン学園に入学してからの私は、まさに抜山蓋世といった感じだった。まだ一度も出走すらしていない小娘が──と誰もが思うかもしれないが、私にはそれだけの力があると自負していたし、ここトレセン学園で生徒会長を任せられているということがそれを証明している。
また各分野で活躍する天才と呼ばれた人達のように、それを本能で感じとっていた。
それだけの力が私にはある。
誰もを導く頂点となり、皆を導くウマ娘になりたい。そう思い始めるのは、ある意味では必然だったのかもしれない。
しかし、そうは言っても己一人の力だけでそれを成すことはことはできないことは重々承知していたよ。
それこそ私にとっても、レースで頂点を目指すウマ娘なら誰もが欠かせない存在である──トレーナーという杖が必要なのだと理解していた。
トレーナーと契約し約三年間トゥインクルシリーズを戦い抜く。トレーナー選びは簡単に決めていいものではない。自分の選手生命を左右し、私達ウマ娘にとっては人生最大の選択と言っても過言ではないだろう。
トレセン学園では年に4回開かれる選抜レースがある。一言でいえば、まあ自分という存在を売る場だろうか。誰よりも速く走り、一番でゴールする。これほどシンプルなものはないだろう。勝者の元には多くのトレーナーが我こそがとスカウトをしに訪れ、敗者は次の機会を待つか、或いは才能を見出したトレーナーによってスカウトされるか。
私の夢とは相反するが、レースの世界とは想像しているよりも残酷で過酷だ。本心は拒んでいても、頭では納得してしまっている。
そして私の前には大勢のトレーナーが駆け寄ってきた。見るからにベテラントレーナーから一縷の望みにかけてやってくる新人トレーナーもいた。
言い変えれば、この光景こそが私の力を表しているのだろう。しかしだ。正直に言って……これだけ大勢の人間を相手にするには骨が折れる。それもその日だけではなく、数日も続けば流石の私も疲れるというのものだ。それでも疲れた様子を一切顔に出さないのだから、そんな自分を褒めてくれてもいいのではないだろうか。まあ、そんな相手はいないのだが。
そんな時、彼は私の前に現れた。
「あーシンボリルドルフ? 少しいいですか?」
声の方に振り向けば、優しい声に反して大男がいた。背は180センチはあるだろうか。その風格と雰囲気も相まってか、まさにベテラントレーナーとは彼のことを指すのではないかと思ったほどだ。その割には本当に優しい声をしているし、及び腰というか……かなり印象深い割にはあまり覇気が感じられなかった。
それでも私は今までと同じように対応した。そして誰もが私の走りに目を奪われたとか、自分ならより確実に君を一番にできるなど等々。
実力は確かにあるのだろう。意気込みも自分こそが一番だと伝わってくる。だけど、それでは私の心は動かなかった。惹かれなかったのだ。
そして私は、彼らと同じように目の前の彼にも同じように問う。どうして私のところに来たんだと。
「シンボリルドルフのトレーナーという特等席で、誰よりもキミの走りを見ていたいと思ったから、かな」
「っ!」
心を打たれるとはまさにこのことを言うのだろうか。年甲斐もなく……いや、年相応に彼の言葉が私の胸に響いた。まるで少女漫画のような、恋愛ドラマのような台詞にグッと来てしまったのかもしれない。
つまりはなんだ。私も……年相応に乙女なのだと気づいたんだ。
「だから……あー。シンボリルドルフ? 大丈夫か? 顔が赤いようだが……」
彼はそれからも続けて何かを語ってくれているのだが、今の私の耳には届かなかくて、まともに彼の顔を見れなかったのは不覚だった。
「ン、ンンッ! いや、すまない。大丈夫だ。気にしないでくれ」
「そ、そうか。で、その……返答は?」
「合格だよ。あ、すまない。小娘の私にこんな言い方をされては不満だろうね」
「そんなことはないさ。シンボリルドルフに認められたんだ。これ以上ない名誉だよ」
「そう言ってくれると助かる。これはもう性分みたいなものでね」
「構わないさ。それではルドルフ。これからよろしく頼む」
「私と共に頂点を目指そう、トレーナー」
私達は共に握手を交わした。彼の手は大きく、何というか掴み心地がある手だった。今思えば、両親や幼少の頃を除けばこれが男性との初めて触れ合いだったと、あとになって気づいた。
これは余談なのだが。このことを友人であるマルゼンスキーに話してみれば、「夕日をバックにしていたら最高だったわね!」と親指を立てられたのだが、彼女のこういう感性はよくわからない。ただ後日、マルゼンスキーらしくないというか、私のように年相応な初々しい態度で「ルドルフの気持ちわかっちゃった。私でもグッときたわ……」とのこと。
彼はどんな口説き文句を言ったのだろうか。
ウマ娘はトレーナーと契約すると部室のようなものを学園側からあてがわれ、逆にトレーナーと契約していないウマ娘には共同の更衣室が用意されている。トレーナーからその知らせを聞いた私は早速荷物をそちらに移動させようと向かうと、見知らぬ芦毛のウマ娘が私を出迎えた。
「オッス。アタシ、ゴールドシップ。よろしくな!」
「……自己紹介は助かるのだが、君は誰だ? ここはチーム──といっても私とトレーナーだけだが、それ以外の者は基本入室禁止だ」
「それなら問題ないぜ。なんてったって今日からアタシもこのチームの一員だからな。な、トレーナー!」
ゴールドシップと名乗るウマ娘が彼を呼んでから、すでにトレーナーが私の後ろにいたことに気づいた。昨日の今日で二人目のウマ娘をスカウトするとは、まさにベテラントレーナーと言ったところであるが、こういうことはちゃんと報連相が大事だと私は思っている。
「トレーナー? これは一体どういうことだい?」
私は可能な限り笑顔を装いながら彼の方に振り向けば、意外なことに彼の反応は予想していたものとは真逆のものだった。
「俺も訳がわからねぇんだよぉ……!」
「えぇ……」
彼曰く。急に声をかけられて、気づいたら彼女のトレーナーにされたらしい。うん、私も訳がわからない。
「まあまあ。細かいことは気にするなって! さーて。今日もトレーニングがんばろーぜ! まずは怒りの千本ノックだ!」
「なんで甲子園を目指すんだよ⁉」
「真に受けるなって。ただのジョークだろ?」
「……さてと。ルドルフ。気が早いがデビュー戦に向けたトレーニングメニュー考えてきたから、キミの意見を聞きたい」
「あ、ああ」
思考放棄あるいはただ切り替えが早いと言うべきか。さすがはベテラントレーナーもとい大人と言ったところだろうか。これは私も見習わなければならないと思った程だ。
「無視すーるーなーよ!」
ただ彼女は不服そうで、それはまるで遊んでもらいたい犬のようだと私には見えた。
しかしだ。私はこれからゴールドシップと共に切磋琢磨していくと思うと、やはり気が重くなったのは隠しようがなかったのである。
まるで告白のようなスカウトを受けたものの、彼のトレーナーとしての実力はその時はまだ未知数だった。ベテラントレーナーとしての力量はあるのだと思ってはいたが、それは彼の指導を受けてから身をもって知ることができたし、現にデビュー戦を勝利することで確固たるものになった。
「トレーナー。やはり君となら頂点を目指せると確信したよ」
「大袈裟だよ。俺は当たり前のことをしただけだ。すごいのはキミだよ、ルドルフ」
謙遜は美徳というが謙遜しすぎるのもよくはない。私、シンボリルドルフが言うのだからもっと胸を張っていいと思うのだがね。
「ならばこそ、君が自信をもって自分の力で成し遂げた、そう言わせられるぐらいの結果を出さなくてはね」
「そう言ってくれるなら、俺も期待してその時を待つよ」
「そーそ。期待して待ってろよな」
と、私達の会話にゴールドシップがしれっと割って入ってくると、トレーナーは彼女の頭をグリグリし始めた。
「──お前はすぐに調子に乗る癖を直そうな!」
「いだだだ!」
「……むぅ」
最近、私には一つ気に入らないことがある。それはトレーナーの私への態度についてだ。彼は一言でいえば誠実な男だ。トレーナーなら当然なのであるがそれでも彼は男性である。多くの男性トレーナーの視線は私たちの身体に向けられることが少なからずある。けれど彼は常に私たちの目を見て話してくれる。これだけでも彼に対する評価はあがるというものだ
しかしだ。問題なのはそこではなく、彼の私に対する対応が不服なのだ。トレーナーはゴールドシップに対し今のように感情を露にしながら叱っているが、私に関してはなんていうか……淡々としている。
なんていうか、私だけハブられている感じがしてちょっとこう……不満なのである。私にだってもう少し感情を見せてほしいし、トレーニングやレース以外の話題をもっと振ってほしいのだ。
べ、別に仲間はずれにされているからだなんて思っていないぞ。
ただ……まさかこのモヤモヤを来年まで引きずるとは思ってもみなかった。
なにせ私がどうやってトレーナーとの関係を進展させればいいかと悩んでいる中、彼は時が経つにつれて日に日に私のモヤモヤを増加させていったのだからね。
それは生徒会の仕事が早くに終わり、折角だからトレーナーを昼食に誘おうと思いトレーナー室に入ったときのことだ。
「トレーナー。仕事が早く終わったので、一緒に食事でも……どうだ、ろう……」
「──はーやーく。その卵焼きをよこしたまえ」
「自分で食えよ……。ン? ああ、ルドルフか。お疲れ。どうかしたのか」
入り口を開ければ、トレーナーは見知らぬウマ娘に餌付けをしていた。そのウマ娘はただ座って口を開けていて、それは雛が親から餌をもらうかのような光景だ。そしてその弁当は見るからに彼の手作り弁当だということは一目瞭然。
混乱しながらも私はトレーナーに訊いた。
「と、トレーナー。彼女は一体だ、誰なんだい?」
「知らないウマ娘」
「見知らぬ子に餌付けしているのか君は⁉」
「話すとそんなに長くないんだがな? 廊下を歩いていたらこいつが倒れていて、なんでも空腹で倒れたらしくてな。まあ無視しようと思ったんだが見事に目が合ってしまい、こうして俺の昼飯を分け与えてるというわけだな」
「な、成程。しかしトレーナー。わざわざ君の弁当を分けなくても、カフェテリアにつれていけばよかったんじゃないか?」
「すぐにこうして空腹を満たせることができるのだから、わざわざカフェテリアに行くなんて非合理的だろ? ほら、次はその生姜焼きを食べさせてくれ」
「なんで君はそんなに偉そうなんだ……」
正直に言って私は彼女に対する不満よりも、彼のお弁当を食べているのが気に入らなかった。トレーナーは普段から自炊しているのか、毎日弁当を持参してきている。それは、私から見てもとても美味しそうだし、たぶん自分で作るよりも上なのが見てわかる。だからなのか、まだ私でさえ食べたことがないものを、見知らぬウマ娘が食べていることが気に入らなかった。
……まあゴールドシップは遠慮なく食べていたが。
「ところで。お前の名前は?」
「ああ。そういえば自己紹介がまだだったねぇ。タキオンだ、アグネスタキオン。まあ今後ともよろしく頼むよ」
「……はい?」
こうしてアグネスタキオンは翌日からトレーナー室に入り浸るようになり、気づけば私達のチームに名前が入っていた。
トレーナーは誠実だと私は言ったが、同時に彼は超が付くほどのお節介焼きだということを嫌というほど長期に渡り私は知ることになる。
話せば長くなるのであまり多くは語れないが、異常に自分を責めてしまうウマ娘を救ったり、自分の夢がトレーナーの方針と合わないウマ娘に助言をしたり、野菜嫌いの生徒会副会長のために彼女の姉と一緒に野菜嫌いを克服させたりしたり……。
私がトレーナーとの距離を縮めたのは、トゥインクルシリーズの二年目のクラシック三冠の二冠目である日本ダービーを制したあとのことだ。
実を言えば、皐月賞を前に私はトレーナーにある約束を取りつけた。それはもし三冠ウマ娘になることができたら、三つお願いを聞いてもらうというものだ。トレーナーもそれを了承してくれたので、私はかつてない程気合が入っていた。
その日本ダービーを終え丁度夏合宿に入る前だろうか。トレーナーから話があると言われたと思えば、急に頭を下げて謝ってきた。
なんでも家庭の事情でしばらく午後のトレーニングを早く切り上げて帰宅せねばないらしいとのことだった。
実をいうと私は、彼と初めて会った日から彼のことを勝手に既婚者なんだろうと思い込んでいた。理由としてはそれなりの年齢で落ち着きがあるし、私以外……のウマ娘と接するときはまるで子供と接しているようだと思ったからだ。だからああも世話好きなんだと。
だから私は自然とこう返した。
「家庭の事情なら仕方ないさ。トレーナーもその年になると、多くのプライベートな悩みを抱えることぐらい察することはできるよ。やはりあれかな。子供の送り迎えとかかい?」
「子供? 俺に子供なんていないぞ」
「……ん? てっきり君はすでに家庭を持っていると思っていたのだが……」
「ないない。だって俺はまだ二十代だぞ? ほら、結婚指輪だってしてないし。ここ最近は彼女だっていないよ」
「……初耳だぞ、それは」
「言ってなかったか?」
「言ってない!」
まさかの二十代ということに驚いた。それにしたって老けすぎではないだろうか……。
このことをチームの一員でもあり同じ生徒会の仲間に聞けば。
「え、会長は知らなかったのですか……?」
「むしろなぜエアグルーヴは知っているんだ」
「それはその、トレーナーが母の日に何を贈ったらいいのか聞かれて、今まで一度も自分の母親に感謝したことがないのか! このたわけめ! と、つい口を出してしまったら、その……幼いころから父子家庭だったと聞かされてしまいまして。その、我ながらデリカシーがなかったと後悔し反省しました。その時に今の家族のことを聞きまして、はい」
「な、成程な。ブライアン、君もか?」
「いや、私はただ時折姉貴と一緒に妹自慢してくるから、絶対に恋人なんていないだろうと思っていただけだったんだが……」
「妹⁉ 彼には妹がいるのか⁉」
「え、ええ。両親が再婚した際に年の離れた妹ができたそうです。そのこともご存じなかったのですか?」
なんだ、これは。まるで私が間抜けみたいではないか。そもそもなんで私だけが知らないんだ。こんなのフェアじゃない……。
だって、私は彼の最初のウマ娘なんだぞ? それなのにみんなより知らないことが多すぎる。ん? ちょっと待て。この流れでいくともしかして……。
「も、もしかしてゴールドシップも知っているのか?」
「みたいだな。似たような話題があって、その時ゴールドシップのやつがトレーナーに聞いたら普通に教えてくれたと言ってい──」
気づけば私は、話を最後まで聞かずにトレーナーの元へ歩き出していた。そしてその日のトレーニングは彼との交流に時間を割くことになったのは、言うまでもないだろう。
そして私は、その日を境にトレーナーに対して特別な感情を抱いているのだと自覚した。
11月下旬。ジャパンカップが開かれた会場の控室で、私はただ天井を見上げていた。
なぜ? 簡単だ。私は、負けたからだ。初めての敗北。
先の菊花賞で念願の三冠を達成したウマ娘の無敗記録は、見事敗れたわけだ。この世に絶対はない。けれど、その絶対が私にはあるのではないか、そんなことを心の片隅で思っていた。
多くの人が私に期待していただろう。無敗の三冠を達成し、このまま無敗記録を続けていくのではないかと。
だが現実はこれだ。実際にこの目で見たわけじゃない、耳に聞こえるわけじゃない。なのに敗北した私に冷たい視線を向け、あられもない言葉を浴びせてくるのだ。
存外、私の心は弱いらしい。
そんな私だろうと彼には関係なくて、ウイニングライブが終わったあとにようやく私のところにやってきた。
「お疲れさま、ルナ」
──ルナ。両親以外には許していない私のもう一つの名前。三冠を達成したら三つお願いを聞いてもらう約束をして、それがその一つ目。二つ目は二人だけで記念写真を撮り、最後のお願いはまだ果たしてもらっていない。
トレーナーからその名を口にするたびに私の心は満たされていた。二人でいる時は本当の自分をさらけ出せた。
なのに今はそんな気分になれなかった。
「トレーナー……わたし、負けちゃった」
「そうだな」
「失望、したよね」
「いいや。むしろ逆、かな。多分ルナは怒るだろうけど」
「逆? どういう意味なの」
「無敗という極上の甘美を誰だっていつまでも味わっていたいと思うのは、別におかしいことじゃない。俺だってそうさ。でも、ルナが負けて俺はこう思ったよ。ああ、これで君はまたさらなる高みへと至ることができるって」
「負けてよかったと、君は言うんだね。酷いトレーナーだ」
トレーナーと会話してだんだんと落ち着きを取り戻したのか、口調がいつものように戻っていた。
「……いいかいルナ。敗北はけっしてダメことじゃない。キミにとってこの敗北は将来価値のあるものになるはずだ」
「それはどういう意味だい?」
「ルナ、キミは強い。まさにその名の通り皇帝と呼ばれるに相応しいほどに。シンボリルドルフにとって勝利とは当然のモノだと俺は思っている。だからこそ、敗北が語りたくなるウマ娘になれ。他のウマ娘にはない絶対が、キミにはあるから」
「……絶対か。実はね、私も心の奥底ではそう思っていた時があるんだ。でも、それは傲慢じゃないかって」
「キミは皇帝なんだから、我儘でいいのさ」
彼の言葉は、私の不安や重圧を簡単に吹き飛ばしてくれた。だから思ったよ。もし一人でここにいたら、きっと私は潰れてしまっていたかもしれないと。だから、彼が私のトレーナーで心の底からよかったと感謝した。
「我儘、か。ならば一つ頼みがある。頭を撫でてくれないだろうか。そしたら次は絶対に勝って見せるよ」
「わかりました、皇帝陛下」
トレーナーと一緒に過ごすようになって、初めて私は彼に甘えた。いや、甘えることができた日だった。
彼の大きな手が私の頭を撫でてくれる。それは照れくさくて、少し懐かしい感じがした。幼少のころ父に頭を撫でてもらったあの感覚に似ていたからだ。
私はこの先二戦ほど勝利を逃すのだが、その度に彼に甘えることができるから、敗北しても左程辛いと思うことはなかった。
トゥインクルシリーズも三年目に入るころには、私とトレーナー君の距離は最初に比べればかなり縮まっていると思う。だけどいまだに気に入らないのは、彼の私に対する対応は依然変わりないことだ。それでも二人きりの時は違うのだが。
そんなトレーナーを私は独占したいと思っていても、彼は人気者だ。トレーナーには不思議な魅力があるのだろう。超がつくほどのお節介焼きなのもあるのだろうが、それにしても彼の周りにはウマ娘が集まる。
特に私達のチームは自分で言うのもあれだが、とても異常なチームだと思う。何が異常かと言えば、トレーナー自身がスカウトした子よりも、気づいたらこのチームにいるウマ娘が多いということだろうか。
私ことシンボリルドルフの次にゴールドシップが所属していたわけだが、気づいたらマルゼンスキー、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、エアグルーヴ、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、フジキセキ、タイキシャトル、ライスシャワー、ミホノブルボン……他多数がいる。
しかし、全員が彼のチームというわけではなく、このメンバーの一部は何故か一緒にトレーニングしていて、何故かトレーナー室にもいるという認識が正しかったりする。彼曰く、ゴールドシップの時点で申請なんてしていないのに勝手に担当にされていたとのこと。ウマ娘が増えるたびに彼は首をかしげていたのがとても印象に残っているよ。
友人であるマルゼンスキーが来るようになってから私は思わず彼女を問い詰めた。すると、「あんなこと言われたら嫌でも来るわよ。それに彼の傍にいれば飽きることなんてないし」らしい。あんなこととは一体何なのだろうか。私はトレーナー君を問い詰めたい気持ちをグッと堪えた。
また友人であるミスターシービーに幼馴染であるシリウスシンボリも現れるが、二人はどちらかというと彼自身に会いに来ている節がある。
「ねえトレーナー。君はマックとモスだったらどっち派なのかな」
「え、マック」
「じゃあマックとバーキンだったらどっち?」
「バーキン」
「そうかい。ならこのビックマックはいらないよね。だってトレーナーはバーキン派、だからねぇ」
「待ちなさい。また勝手に外出したのか。それはよくないので没収する」
「あはは。欲しいなら欲しいって言えばいいのに。素直じゃないんだから」
何とも言えない絶妙な距離感、と言えばいいだろうか。そんな二人を見て私はいつもモヤモヤしているのだ。
シリウスシンボリ。彼女は……私はあまりよく思っていない。別に嫌っているわけではないが、気づけばシリウスは何かあるたびにトレーナー君にちょっかいをかけてくるからだ。
まず第一声は決まって私を下げるような発言をしたあと、自分のモノになれとかそういったことをしてくる。さすがの私も堪忍袋の緒が切れるところなのだが、私のトレーナーはいつもシリウスを受け流している。
だから私は彼に言った。
「トレーナー君。もしシリウスが迷惑をかけているのであれば、私からキツク言っておくよ? ていうか言っていいかな」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。当たりは強いけどああ見えてシリウスは正直だから、かなりわかりやすい方だ」
「正直? 彼女が?」
「自分の欲望に正直って意味ではだけどね」
不思議なのだが、担当である私よりもシリウスの方が彼に理解されているようで、なんだがとても腹が立った。それは今でも変わらない。
別のパターンとしてトレーナーが地方から連れてきたウマ娘もいる。そのウマ娘はオグリキャップという。なんでも地方にいた時の先輩から声がかかり、実際に現地に行って彼がオグリキャップをこっちに連れてきたらしい。
別に……そう、それは別にいいのだ。私のトレーナーが評価されているということであるし、才能あるウマ娘が中央にやってくるというのは、生徒会長という立場から見ても喜ばしいことなのだ。
気に入らないのは、オグリキャップが編入して暫くは彼が常に面倒を見ていたことだ。
「な、なあトレーナー。やっぱりジャージではだ、ダメか? 足がスースーしてその、慣れないんだ」
「あーそういえば向こうじゃいつもジャージだったな。その、セクハラ発言として受け取らないでほしいんだが、スカートはあまり履いたことないのか?」
「な、ない。だって、スカートでは走れないじゃないか」
「あ、うん。それはそうだな。でも、制服にはなれてくれないと困る」
「う~。こ、これが中央か。なんと厳しいところなんだ」
「いや、向こうでもそれが普通だからな? まーあれだな。その反応を見るにあまり荷物も持ってきてなさそうだし、今度の休日に日用品とか買うか。男の俺じゃあわからんからみんなを連れていけばなんとかなるだろ」
「いいのか? 私にはそんな大金返せるかわからないぞ……」
「返さなくていい。これからこっちで過ごすことになるんだから必要経費だ。ついでにこっちで安くたくさん食べれるお店も教えておくか」
「本当か⁉ それは助かるぞ!」
「あ、やっぱりそっちのがいいのか」
あざとい……あざとくないか? 無自覚天然ウマ娘はこれだから危険なんだ。
それにしたってトレーナー君が連れてきたからといって、なんで彼が担当になるんだ。意味が分からない……。
あと遠目から見ているだけ細かいことは知らないのだが、ビワハヤヒデとアドマイヤベガの三人でよく何かを話している時がよく見受けられる。その時のアドマイヤベガはとても楽しそうに二人の話を聞いているのが印象的だったよ。
トゥインクルシリーズを駆け抜けた三年間は、自分が思っている以上に濃かったと思う。それは彼も、仲間である彼女達もそう思っていたに違いない。
だけど、それは本当に三年だけで終わってしまった。
「自分で決めたことだけど、もう少しでこの生活が終わるっていうのはあまり実感がわかないな」
「なら続けてくれ──そう言っても、ダメなんだろ?」
「まあね。みんなには……特にルナ、キミには悪いと本当に思ってる」
「それは何度も聞いたさ。だから謝罪は不要だ。自分の意思を最後まで貫いてほしい」
トレーナーは今月末で学園を去る。転属ではなく、彼はトレーナーを辞めるからだ。以前から彼は家庭の都合で早く帰宅することがあったけど、ある時期からはそれは落ち着いてた。でも、話に聞いていた義理の妹のために退職を決めたようだった。
ただ退職というよりは現場から一線を退くだけで、学園を去ってもトレーナーとして別の形で関わっていくらしい。話では学園に来ることも多々あるかもしれないとのことで、それは私にとって朗報ではあった。
彼が学園を去るという話は三年目の早い段階から聞いていた。でも、そのことを話したのはまだ私だけで。どうしてって聞いたら、「最初の担当であるルナに話すのは当然だと思ったから」だそうだ。
それを聞いて思わずにやけそうになったが、私は必死に堪えていたのは秘密だ。
他のみんなには私が聞いた数日後のミーティング中に話したが、まあ案の定酷かったよ。阿鼻叫喚というか地獄絵図だった。ゴールドシップを筆頭に数名の子達が彼に関節技をしていたけど、私はそれを止めなかった。それだけ彼は、みんなに愛されていたのだから。
それからトレーナーは頭を掻きながら数秒悩んだ末に、ポケットから一枚の紙切れを私に渡してきた。
「あとこれ」
「これは……電話番号かい?」
書いてあるのは携帯の番号のようだった。
「俺のプライベート用のね。いつものは学園から支給されてるやつだから、辞めたら返さなきゃいけなくなるからさ」
「いいのかい。私にこれを渡して」
「なんか俺のほうが未練たらたらだからやめようかなって思ったんだ。でも、ルナは一人で抱え込むタイプだし、それに俺になら気軽に相談できるだろ? だからルナだけには教えておこうって思ってさ」
ルナにだけ──ああ、なんと心地よい言葉なのだろうか。誰でもない私にだけ。つまり、私はトレーナー君の特別というわけだ。
「ありがとう。でも、君に頼ることのないよう努力するよ」
悲しいかな。本心とは裏腹に私の口は正直になれなかった。
「遠慮しなくていい。いつでも連絡してきていいから」
「……うん。ありがとう、トレーナー」
結論から言えば、私は結局彼に電話をかけることはあまりなかった。思った以上には私は、とても意気地なしであった。
そしてトレーナー君は学園を去った。代わりに彼の後輩で三年目からサブトレーナーとして所属していた東条ハナが、トレーナー君から私達のチームを引き継いだ。
だが、彼が学園を去ると同時にチームを去ったウマ娘もいた。それは当然で、一部のウマ娘は彼だからここにいただけで、その人がいなくなればここにいる意味はないからだ。ゴールドシップを筆頭に彼女達はチームを去り、それ以来トレーナー室にも足を運ぶことはなかった。
これは私も知らなかったのだが、どうやら私達のチームには名前がなかったらしい。担当が一人だけならともかく、複数のウマ娘を担当しているとなるとそれはもうチームとして見なされるから、普通はチーム名があるものだ。
しかし、彼はチーム名を付けていなかったようだ。忘れていたのか、それとも意図的なのかは今となっては謎であるが、東条トレーナーが引き継いだあとは〈チームリギル〉として再始動することとなった。