○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか   作:ししゃも丸

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ボクとお兄ちゃん FINAL

 それは、突然の連絡だった。

 

 テイオーにすべてをうち明かし、今後ルドルフ達とどう関わっていけばと悩んでいる俺を知ったかのようなタイミングで、彼女──秋川やよいから呼び出しの連絡が入った。

 

 秋川やよいはトレセン学園の理事長であり、ある意味俺が現役時代苦労をさせられた張本人とも言えなくはない。だからと言って彼女を恨んでいるわけではないし、トレセン学園の理事長という立場にいる彼女を、むしろ尊敬していると言っても過言ではない。

 なにせあのトレセン学園の理事長だ。地方や一般の学校の校長とはその苦労は想像できない。

 

 理事長との関係はまさに上司とその部下のようなもので、特にこれといって特別な関係ではない。ただ新人トレーナでありながらシンボリルドルフのトレーナーを務め、数多の問題児達を引き受けていた意味では、確かに目をかけられていたかもしれないが。

 

 まあ、つまりはよくしてもらっていたということになる。それはトレーナーを辞めたあとでも面倒を見てらったという意味でもだ。だからそれなりに付き合いがある彼女のことは、人並みに知ってはいるんだ。

 そんな彼女が翌日待ち合わせ場所で、開口一番が「すまない」だったとは思いもよらなかった。

 

 突然の謝罪に驚きつつも、俺は理事長と一緒に高級セダンに乗せられた。いつもだったらいるたづなさんが、今回は同席していないことにも驚いた。

 

「あの、理事長? これからどこに行くんですか?」

「……これから向かう場所で伝えられることは、君が望んでいることではないかもしれない。私は今も昔も君の功績を知っているから、だから私も抗議はしたんだ。しかしダメだった。所詮私も彼らも、逆らうことなどできないんだ」

 

 俺の質問とは裏腹に彼女の返答は斜め上を言っていた。

 

「り、理事長? 一体なにを言って……」

「だが、これだけは言っておく。これは、君が招いたが故に起きた出来事なのだ」

 

 彼女の言葉は厳しいものであるが、その言葉とは裏腹に表情は複雑な形相をしていた。

 

 それから目的地につくまで理事長は口を閉ざしたままだった。どうして彼女がこのようなことをするのか。その理由に気づいたのは、目的地についた時だった。

 

 そこは、全国のトレセン学園およびレースを管理する機関ーUma-msumeRacingAssociation──通称URAの本部ビルだったからだ。

 

 別にここに来たのは初めてはない。むしろ今の仕事をするようになってから頻繁に訪れる場所でもあるからだ。

 

「さあ行こうか」

 

 理事長を先頭に俺は彼女の後ろを付いていった。

 道中考えていたのは、自分が何かとてつもない重大なミスを犯したのではないか。或いはもっと他の理由だろうか。考えつく内容を思い出してはみてもまるで見当がつかなかった。

 

 そして案内された場所はビル内にある会議室であった。ここも見覚えがあった。視聴する側として参加したこともあれば、錚々たる面々に対して意見を言ったりもした。

 

「……私も同席する。が、私はいないものと思ってくれ」

 

 そう言って彼女は会議室の扉を開けた。部屋の中に入れば、それこそ面識のある方々ばかりであった。

 

 なにせURAの会長から各部署のトップ一同が俺達を出迎えていたのだから。いや、この場合は俺だけだろうか。

 この錚々たるメンバー相手に意見を言っていたのに、とても怯えている自分がいる。

 

 何もわからないという恐怖が俺の心を支配していた。

 

「突然の呼び出し申し訳ないね。早急に対応すべき案件だったから」

「それに自分が関係する……と言うことでしょうか?」

「そういうことになるわね」

 

 笑顔で答えたのがURAの会長。彼女こそが日本のトレセン学園およびレース運営に関する一切を取り仕切るURAのボスだ。女性でありながらこの地位に長年座っていることから見ても、その手腕がうかがえる。話では現役時代は、当時ではまだ珍しかった女性トレーナーだったとも言われている。

 

「それでその案件とは……」

「そうね……単刀直入に言いましょうか。あなたにはトレーナーに復帰してほしいの。それも中央トレセン学園でね」

 

 仕事のミスとか解雇通告を言い渡されるかと思えば、まさかの台詞が出てきた。思わずのことで一瞬思考が停止してしまった。

 そんな自分に構わず周りの面々が次々に口を開いていく。

 

「君も知っての通り、ここ数年多くのウマ娘が中央に入学している。しかし、ウマ娘に対してトレーナーの数は少ない。これは特に中央のトレーナー試験が地方に比べて難関なのが理由ではある。その所為か、生涯担当トレーナーがつくことなく終えるウマ娘や学園を去ってしまうウマ娘もいる」

「これは我々も目下解決すべき問題だと考えている。それこそマスコミもそういった痛いところ突いてくるところもなくはないからね」

「は、話を区切って申し訳ありませんが! その事については前々から私が提出している例の計画が受理されたはずでは⁉」

「サブトレーナー制度およびチーム対抗レースよね。もちろん知っています。後者に関してはまだ既存のレースと兼ね合いもあるのでまだだけど、前者に関しては近々導入する予定よ」

 

 俺の問いに会長がまた笑顔で答える。

 先ほど出た問題は俺も昔から悩んでいたことだった。地方にサブトレーナーとして活動した時期が長かったから、中央に来てからその差というのをとても実感できたからだ。地方のトレセン学園というのは中央と比べれば在籍しているウマ娘は少ないが、かといってトレーナーも多いわけでないのだがなんとか間に合っている。逆に中央はウマ娘が多すぎてトレーナーの数が追いついていないのだ。複数人担当するトレーナーも多くはないが、それでもトレーナーを持てないウマ娘は多い。

 

 中央のトレーナーが不足しているのは試験が難問だからだ。さらに身元調査もされるということもあり、ウマ娘同様トレーナーにとっても中央トレセン学園は地方と比較するとレベルが違うのである。

 

 そんな不足しているトレーナーを増やすためにサブトレーナー制度を提案した。大雑把に言えば、これは試験に落ちたトレーナーを救済するもので、ある程度地方でトレーナーを勤めた者に対し、中央で活躍するチームのサブトレーナーとして活動することにより、次の試験のいくつかを免除することである。

 

 また、地方で優秀な成績を納めたトレーナーに対しても試験を免除或いはサブトレーナーとして活動して、担当したトレーナーと学園の推薦をURAに提出し受理されれば中央トレーナーとして認めるというものだ。

 

「また君が最近提案している地方レースを盛り上げるための計画も、チーム対抗レースと組み合わせて進行している」

「これもオグリキャップという実例がなければできないものだったわね。地方から中央に移籍して多くの勝利を納め、今なお多くの人達に愛されているオグリキャップは、地方のウマ娘からしたら希望の星ですもの。そういった意味では地方レースを今まで以上に盛り上げることにより、オグリキャップのようなスターを生み出すのも悪くはないでしょう」

 

 笑顔で俺を見ながら会長はまた言う。

 チーム対抗レースというのは仮の名前で、トレーナーを持てないウマ娘を救済するものである。内容はその名の通りシンプルで、各レースに対して3名までのウマ娘を出走させて、その順位によってポイントを競うものだ。短距離、ダート、マイル、中距離、長距離と計5レースに対して各3名なので、合計15人のウマ娘を担当するということになるが、その負担を補うためのサブトレーナー制度でもある。またそれを行うトレーナー対してはちゃんと給料諸々補償する準備もある。

 

「でしたら何故私を復帰させるのですかっ。自分で言うのもおこがましいですが、私の評価は担当したル……シンボリルドルフあってのものであり、私の実力では……」

「相変わらず自分を過小評価しすぎるわね。私達はあなたを高く評価しています。それは過去のものではなく、今のあなたの仕事ぶりを見てのことです。あなたが今日まで取り組んできた新人トレーナーへの講習、現地への指導および改善。また企画立案などを見れば、あなたの評価は当然のものと言えるわ」

「それに君が当時担当した多くのウマ娘らは、君が去ったあとほぼ全員が活躍をしている。特に三冠ウマ娘であるナリタブライアンにミスターシービーがそうだ」

「ですがそれは自分が去ったあとですし、ナリタブライアンに関しては東条トレーナーによるもので……」

「その下地を作ったのは君だろう?」

 

 彼らはそこに付け加えて妹のテイオー、ブラック、ダイヤの名をあげ、さらには地方で活躍しているウマ娘達の名前もあげていく。

 

 俺は無意識に抵抗していたのだと思う。しかし、ああ言えばこう言われてしまい、俺の意見は全く通らない。

 そして、そんな不可解な態度をとる自分に痺れを切らしたのか、会長が眼鏡を外して今まで見せていた笑顔ではなく、厳しい眼差しを俺に向けてきた。

 

「やれやれ。あなたにも困ったものね。どうしてそこまで復帰を頑なに拒むのかしら? 今のあなたの仕事ぶりは十分理解し評価をしているわ。でも、それ以上にあなたがトレーナーとして活動することの方が、我々は有益だと判断したわけだけど。担当したウマ娘が故に復帰するのは、当時を知る者からしたらあまりいい目では見られないでしょう。でも、それを気にするような男ではないと思っているし、あなたの妹でもあるトウカイテイオーも活動は落ち着いている。それ以上にあなたが復帰を拒む理由があるのかしらね?」

「それは……」

 

 言えるわけがなかった。

 もし、この話が感謝祭前にあったのならば、俺は多分この話を引き受けていたかもしれない。だけどあの日、ルドルフに告白されてしまった。

 

 

 

「ルナ、俺は……キミが三冠ウマ娘になったあの日、それを言われていたらたぶん、受け入れていたかもしれない。でも、今の俺の答えは……ノーだ」

「どうして……。ルナのこと、きらいなの?」

「そうじゃないんだよ、ルナ。キミは魅力的な女性だよ。正直に打ち明ければ、告白されて嬉しいとさえ思っている。でも、今の俺にとって一番大事なのは、やっぱりテイオーなんだ。あの子だけが今の俺のすべてなんだ。だから今は誰かと付き合うとかは考えていない」

 

 あの子に向けているこの感情は兄妹愛、家族愛に近いものだと思っている。小さい頃から両親の代わりに育ててきたから、その分だけテイオーに向ける愛情が深いのだろう。でも、この愛情が兄としてのものなのか、それをはっきりと断言が出来ない自分がいるのも確かだった。

 

「なら未来なら可能性はあるわけだね?」

「……そう、なる」

「なら──」

「っ⁉」

 

 顔を近づけてきたと思った瞬間、ルナが俺にキスをしてきた。それも一瞬ではない。思考が停止してしまったのもあるが、10秒以上はキスをしていたと思う。

 

「君が私に言ったんだ。我儘ぐらいがちょうどいいと。だから君を……手に入れるよ、皇帝らしくね」

 

 

 

 そのことがあって、今まで以上にルドルフをはじめとしたあの子達と会うのに抵抗があった。

 

 今思えば、アレをきっかけにルナが関係各所に働きかけたのだろうか。いや、流石のルナもそこまでのことはしない……とは断言できない。なにせこの状況だ。可能性はありうる。しかし、彼女一人でここまで動くのだろうか。もしかしてルナが他の子達を扇動するようなことを言ったのだろうか。

 

 ダメだ。疑心暗鬼になってる。この場に味方はいない。自分の意見すら自信をもって言える勇気もなくなりかけている。

 

 そして会長らが顔を見合わせると、何度目かわからぬため息をついた。

 

「ここまで強情だとは思わなかったわね。いいわ。では、はっきりと言いましょうか。今この状況を作り出したのは、他ならぬあなた自身だということは自覚できて?」

「理解は、できます。ですが、理由がわかりません」

「メジロ家、サトノ財閥、さらにはアイルランド王室……。これを聞いてまだわからないとは言わせないわ」

「メジロ家もサトノ財閥もURAとは深い関りを持っている。特にアイルランドの、それも王室となれば話は変わってくる。ただのトレーナーにしては関係が深すぎる。なによりいち個人の影響で外交問題まで発展するとなれば……」

「……自分がトレーナーに復帰しなければと、支援を打ち切るとでも言われましたか」

「人聞きが悪いことは言わないで。我々はあくまで優秀なあなたをトレーナーに復帰させてはどうか。そういう()()があったにすぎないの」

「……っ」

 

 見当はつく。ここまで情報を出されれば、一体誰が手を回したかなんて子供だってわかる。そしてその発端はあの子……ルナになってしまうのだろうな。

 告白を断ったから? いや、これが彼女が言っていた言葉通りの行動なのかもしれない。皇帝らしく自身の持てる力を使い、俺を手に入れようとしているのだ。昔の彼女を知る俺からすれば、それは別の意味では喜ばしい変化だった。

 昔からあの子は遠慮がちな子だった。ゴルシ程とは言わないけどもう少し我儘を言ってもいいのに、ルナが唯一お願いしてきたのはあの3つのお願いぐらいだったから。

 

 我儘でもいいとは言ったけど、これは想定外だ。いや、これがシンボリルドルフなのだろうか。教え子の変化を喜ぶべきか、それとも悲観すべきか。しかし、そんな暇はいまの俺にはなかった。

 

「見たところ、答えは決まったようね。では、もう一度聞きましょうか。中央トレセン学園にトレーナーとして復帰してくれるわね?」

 

 俺の返答は、「はい」という言葉以外選択肢はなかった。

 

 

 

 それからのことはあまり覚えていない。唯一覚えているのは、『それでも、また君があの場所に戻ってきてくれることを、私は心から感謝している』と、何か言っていたけど、その最後の方しか覚えていなかった。

 

 URA本社ビルをあとにしたあとは、自分でもどうやって帰宅したのかこれまた記憶にない。理事長に送ってもらったのか、それともタクシーか。或いは自分の足で帰ってきたのだろうか。わからない。

 

 気づけば俺は、リビングにあるソファーに座っていた。ただ真っ白な天井を見上げていた。どれくらい眺めていたのかはわからない。

 ただ突然、玄関の方が騒がしくなった。それがだんだんと近づいてきて、急に太ももに何か重たいものがのしかかった。

 

「──お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」

 

 聞き覚えのある声が、耳に届いた。首を前に倒せば、そこにはテイオーがいた。俺の妹が、そこにた。

 

「……テイオー」

 

 何故だろう。テイオーって口にしたら、何故だかうまく前が見えなくなってきた。

 

「おにい、ちゃん?」

「テイオー……お兄ちゃん……トレーナーに、復職することに、なっちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 お兄ちゃんがトレーナーに復帰する。たぶん、それはとても嬉しいことなんだと思う。だけど、目の前のお兄ちゃんを見てしまえば、そのことを喜ぶことなんてできるわけがなかった。

 

 そしてボクもまた理解したのだ。なぜここ最近みんながボクに対しての態度が一変したのか。恐らくだけど、きっとお兄ちゃんがトレーナーに復帰することを知っていたのだと思う。

 

 気持ちは……わからなくはないよ。お兄ちゃんと一緒に過ごしていた時間を思えば、しまい込んでいた想いが爆発してしまうのは。

 だけど、涙を流すお兄ちゃんを見てしまえば、それを到底受け入れることはできなくて。ボクにとっても複雑な気持ちでいっぱいになった。

 

「……大丈夫だよ、お兄ちゃん。ボクは、ボクだけは、お兄ちゃんの味方だから」

「ていぉ……」

「よしよし。大丈夫、大丈夫だから」

 

 お兄ちゃんの頭をそっと抱きしめながら、ボクはお兄ちゃんを励ます。いつもは逆なのに、こんなこと兄妹になってから初めてかもしれない。

 だからだろうか。さっきまで混乱していたボクの頭は、かつてない程冷静で、冴えているような気がするんだ。

 

 いや。これが母性ってやつなのかもしれない。

 

 よくスーパークリークがやっているようなこととを、ボクはお兄ちゃんが落ち着くまでずっとしてあげた。今までは彼女の行為は、ボクの中ではあまり受け入れらないものだったけど、今ならクリークの気持ちがわかる。

 

 これは、いいものだ。

 

 

 

 それからお兄ちゃんが落ち着くまで少しだけ時間を要した。気づけば寮の門限を過ぎていたけど、スマホは鞄に入れっぱなしでそれも学園にあるから、当然連絡が来るわけもなかった。

 

 ご飯を作る余裕もなかったので、久しぶりに二人してカップ麵を食べながらお兄ちゃんから事の顛末を聞いた。それはとても驚くべき内容だった。

 

 カイチョーが告白をしたのは、まあ驚いたけど不思議ではないかなって思った。だって一番お兄ちゃんに近かったのはカイチョーだからね。そりゃあ一番爆発しそうなのはカイチョーになるわけだ。

 

 そしてボクは一番肝心なことをお兄ちゃんに聞いた。

 

「お兄ちゃんはさ、トレーナーに戻るの……イヤなの?」

「嫌じゃないんだよ。やっぱり未練っていうか心残りはあってさ。だからこの話は、むしろ嬉しいはずなんだ。でも、ルドルフに告白されて、今回のことを思えば……あそこに戻って、どうみんなと接していけばいいかわからないんだ」

「みんなお兄ちゃんのことが好きだからね。お兄ちゃんがモテモテでボクも嬉しいよ」

「……」

「冗談だよ、じょーだん」

 

 お兄ちゃんの心底嫌そうな顔を見て、ボクは慌てて誤魔化した。まあ、今回のことがなければ、お兄ちゃんも内心は喜んでそうではある。お兄ちゃんも男だからね、仕方ない。妹のボクにはお見通しなのだ。

 

「真面目な話さ、これからどうすればいいんだろうな。これからみんなとどんな顔をして接していけばいいのか、俺にはわからないんだよ」

 

 お兄ちゃんを一番悩ませているのは、多分だけどカイチョーに告白されたということだと思っている。これが偶に会う程度の関係ならいいけど、これから学園で毎日のように会うわけで。向こうはいいけどお兄ちゃんからしたら、そりゃあ気まずくて仕方ない。むしろカイチョーはそんなお兄ちゃんを利用して、もっと……そう、今まで以上に迫ってくるに違いない。

 

 それはカイチョーだけじゃないのは明白で、他のみんなも同じようなことをしてくるだろう。なにせ、今まで遠い存在だった人が、手を伸ばせば届く距離までやってくるのだから。

 

 また問題なのが、お兄ちゃんにとっての一番は現時点でボクということだ。ボクのためにトレーナーをやめて、今日までボクのために多くの時間を費やしてくれた。これほど愛されている妹は中々いないよね、と自分でも思ってる。

 

 だから一番の解決策は、お兄ちゃん自身がボク以上に大切な存在を見つけることなのである。

 

 ……そう。それは、実に簡単なことだ。

 

 しかし、自分で言うのもあれだけど、ボクに以上に大切な人なんているのだろうか。いや、お兄ちゃんにとってボク以上の存在はいない。いるはずがないのである。ボクたち兄妹の関係は、絆はそう簡単に割って入れるものではない、裂くことも容易ではない。

 

 やっぱりそうさ。ボク以上に変わる女なんていないんだ。

 

 なら、ボクがお兄ちゃんにしてあげることは一つだ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。一つ、提案があるんだ」

「……提案?」

「うん。お兄ちゃんとボクが……恋人同士になればいいんだよ」

「──え?」

 

 それはとてもシンプルで、背徳的で、悪魔のような提案だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず報告するならば、俺は正式にトレーナーとしてトレセン学園に戻ることとなった。理事長をはじめたづなさんや交友のある人達からは、俺がトレーナーに戻ることを喜んでいるようだった。また彼らと一緒に仕事をできるというのは、やはり嬉しいと思える自分がいたのは間違いない。同時にそれを喜ばない者もいたのは確かであった。

 

 テイオーのおかげで何とか持ち直した俺は、気持ちを切り替えて新たな目標を作った。それは、再びルドルフ達のようなウマ娘を見つけ、その子の夢を叶えるというものだ。別にとてもありきたりなものだけど、やはりゼロからスタートするならこれが妥当なものだと思う。

 

 ……そう思っていたのだけれど、現実はそう甘くはなかった。

 

「君ぃ。いい加減紅茶を飲みたまえ。折角私が淹れてあげているんだぞ」

「お兄さんはコーヒー派なんですよタキオンさん。はい、お兄さん。コーヒーです」

「ねぇねぇトレーナー! トレーニングが終わったらラーメン食べに行こうよ! 新しいお店見つけたんだ!」

「ラーメンよりも我が家でご夕食はいかがですか? トレーナーさんのために私の手料理を是非とも食べていただきたいです」

 

 アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、ファインモーション、メジロアルダンの四人が目の前で俺をあの手この手で誘ってくる。

 トレーナーに復帰した当日。用意されたトレーナー室に行けば、すでにこの四人が俺を待っていた。どうやらすでに契約書類を書いておりそれを受理されていたらしい。

 四人の共通点はトレーナーがいないことだ。だからだろうか。四人に出迎えられても然程驚きはしなかった。

 

 また、彼女達の他にも当然のように、数日後にも新規にチームに加入してきたウマ娘がやってきたのである。当時俺が面倒を見ていたライスシャワー、ミホノブルボン、ミスターシービー、シリウスシンボリ、オグリキャップもこれまたトレーナーを持っていない子達が。

 さらに付け足すならば、数回程度しか会っていないカレンチャンもやってきた。本当に接点などないのに、彼女は俺のことを『お兄ちゃん』と呼び慕うのだが、全く見当がつかない。その所為でテイオーの機嫌が少し悪いというのに。

 

 チームの全員がトゥインクルシリーズを終えており、今はレースにもあまり出走していない子ばかり。なので必然的に件のチーム対抗レースをメインに活動することとになってしまったわけだ。そのレースもURAがアオハル杯と正式に発表したのも付け加えておく。

 

 こういったこともあって、新規にスカウト……主に新入生を主軸に活動をしていくという俺の新しい目標は早々に崩れ去ったのである。

 

 

 そして、俺がトレーナーに復帰したことにより、当然元担当であるシンボリルドルフことルナも動くわけで。

 

「……なあ、ルドルフ」

「ルナ、と呼んでくれと言っているだろう?」

「周りに他の子もいるのにか?」

「構わないさ。私と君の仲を見せつけるには丁度いいからね」

 

 場所は学園のトレーニングコース。チームのみんながトレーニングに励んでいる中、ルナは隣にやってきては腕を組んでくるのである。

 当然視線が痛い。チームだけではなくチーム外からも、様々な視線が主に俺に突き刺さる。

 

「キミは確かに俺の元担当だ。しかしだ。今は別々のチームなんだから、こういうのはあまりいいとは言えないよ」

「ふむふむ。確かに君の言うとおりだね」

「わかってくれるか」

「ああ。ならば仕事が終わったあとなら遠慮することはない、ということだろう? ふふっ。意外と君は照れ屋さんだな」

「……ああそうだよ。だから離れてくれ」

「ン~~~やだ」

 

 笑顔で言うキミはとても素敵だと思う。でも、この場合は元担当の成長を素直に喜ぶべきなのだろうか。いや、成長というよりかは吹っ切れてるようにも見えなくはない。

 生徒会長、皇帝と呼ばれる立場もあってか、あまり欲をというものを出してこなかった彼女が、今ではその逆でかなりアグレッシブになっている。これ程手ごわくて恐ろしいことはないだろう。

 

 また、告白をして自分の気持ちを伝えているからか、誰よりも遠慮がないと言えるのかもしれない。正直ここまであからさまなことをされては、いくら訓練を受けたトレーナーといえど耐えられない。

 

 少し前の俺だったら、きっと耐えらなかっただろう。ここまでされて正常でいられるのは、他でもない妹のテイオーのおかげだ。毎日のように降り積もる悩みや辛さを、俺はテイオーに吐くことで精神を保っている。

 

 いつもは逆だったのに、情けないことに大人の俺がテイオーに慰められている。どうやらいつの間にかあの子はとても成長していたようだ。

 だけど、本当にそれでいいのかって思う時があるんだ。

 

 俺は、妹であるはずのテイオーと付き合っているから。

 

 

 

 

 

 あの日、ボクはお兄ちゃんに恋人になろうと提案した。

 それは半分お兄ちゃんのため。もう半分は……誰でもないボク自身のためだ。ボクはお兄ちゃんが好きだ。これを人が聞けば兄妹愛から来るものだと思う。でも、少しずつ時間が経ち、心が大人に近づくにつれてボクのお兄ちゃんに向ける感情は、やっぱり一人の女の子から来るものだと気づいてしまった。

 

 もしお兄ちゃんに彼女がいれば、この想いはここまで大きくならなかったかもしれない。けど、お兄ちゃんは彼女を作ることも、結婚することすら考えてなどいなかったんだ。

 そしてお兄ちゃんの口から聞かされたカイチョーの告白の話は、ボクの中のお兄ちゃんに対する独占欲が発動するのには十分すぎるスイッチとなった。

 

 だからボクは恋人になろうと提案し、結果的にお兄ちゃんはそれに頷いた。いくら落ち着いたと言っても、まだ正常な判断ができなかったのかもしれないけど、こうしてボクらは付き合うことができたんだから、ボクとしては結果オーライってわけ。

 

 もちろん何度も言うようだけどお兄ちゃんのためでもあるんだよ? 誰かと付き合っているとなれば、まさか強引に寝取ろうとなんてしないと読んでいた。けど、それを実行しそうでもあるから怖いんだけど。

 

 でも、ボクはお兄ちゃんにあえてこう言ったんだ。

 

「付き合っていることは言わないでね。一応本当にヤバい状況だったら言っていいけど」

「どうして? 付き合っていると告白すれば、問い詰められるだろうけど抑止力にはなるんじゃないか?」

「まあそれはそうなんだけどさ。とりあえず、彼女からの最初のお願いと思ってさ」

「……わ、わかったよ。テイオー」

 

 お兄ちゃんはとりあえずボクのお願いを吞んでくれた。

 なぜボクがこんな真似をしたかと言えば、ボクらの関係を強固にする目的があった。現にそれは、お兄ちゃんがトレーナーに復帰してから予想通りのものとなった。

 

 トレーナーに復帰してからというものの、やっぱりみんなはお兄ちゃんに対してアプローチをかけてきた。それはカイチョーを筆頭にみんなが毎日のようにお兄ちゃんの周りに集まってくる。あんなアイドル顔負けの美少女達に囲まれれば、いくらお兄ちゃんだって辛いものがあるわけで。

 

 だからお兄ちゃんは毎日のようにボクに今日起きたことを話すんだ。やれアプローチが激しいとか、抱きついてくるとか色々とね。言ってしまえばそれは愚痴になるんだろうね。でも本当に何でも話すんだ。何でもない今日おきた日常を。それは今までボクがお兄ちゃんにしていたことが、今度はお兄ちゃんがボクになったわけ。

 

 悩みを打ち明けられるのはボクだけ。頼れるのはボクだけ。そういてお兄ちゃんの中のボクという存在が、今まで以上に大きなものになるんだ。

 

 

 そして今日もトレーニングコースでは、みんながお兄ちゃんを取り合っているのが見える。対してボクは、少し離れたところでそれを見ている。当然マックイーン達もそれとなくお兄ちゃんの所にいるんだけどね。

 

 そんなボクを見てか、ゴールドシップが不思議そうに言った。

 

「なあテイオー」

「んーなにさ」

「いいのかよ、アレ。妹としては、あまりいいもんじゃねぇだろ?」

 

 ゴールドシップの言うことは最もである。何より彼女は他のみんなと違い、なんていうかある一定の距離を依然保っている。それはいつもの距離感というべきなのだろうか。ボクは現役時代の二人の関係を詳しくしらないから、ただの憶測なんだけどね。

 

「別にゴールドシップが思っているようなことはないよ」

「ふーん。意外と冷静なんだな。普通は、お兄ちゃんとベタベタしすぎぃ! くらいは言うと思ったんだけど」

「ま、それだけボクも成長したってことかな。ただまあ……」

「ただ? なんだよ。教えろよ~」

 

 そう言いながらゴールドシップはボクの頬をツンツンと突っついてくる。彼女は勘が鋭いから、多分何か他に理由があるんだと睨んでいるのだろう。

 正直に言えば、それはまさしくその通りだ。ボクは、とても余裕なのである。ゴールドシップが言うようにあの光景を見ても、ボクは狼狽えるどころから至って普通なのである。それは、ボクがお兄ちゃんと付き合っているからというのもある。

 でも、これこそがボクが望んでいてかつ理想的な状態なんだ。ボクがお兄ちゃんに付き合っていることを秘密にしていてと言った理由がこれなのだ。

 

 ああ、早くそのことを口にしたくて堪らない。けど、いま明かしたらそれはそれで勿体ないと思えてしまう。

 そうだ。ゴールドシップにだけは教えてあげよう。

 

「ねえ、ゴールドシップ」

「なんだよ」

「みんなにさ、お兄ちゃんはボクと付き合っているって言ったら、どんな反応すると思うかなあ」

「……」

 

 ゴールドシップは大きく目を見開いた。彼女の反応はとても驚いてはいるんだけど、声に出さないあたりは冷静である。

 そうなのだ。ボクはこのことをいつかみんなの前で言う時を、今か今かと待ち望んでいるのだ。

 

 みんなが一番欲しがっているものを、ボクはすでに手にしているんだと。一番近かったカイチョーでもない。ライバルのマックイーンでもない。誰よりも権力を持っているファインモーションでもない。妹であるこのトウカイテイオーが、お兄ちゃんを手にしたんだと。

 

 言いたい。早く言いたいよ。みんながどんな顔をするのか、どんな反応をするのか早くみたくてたまらない。

 

 でも、その前にゴールドシップはどんな反応をするんだろうね。いや、彼女ならきっと──

 

「それは──実に面白れぇ話だなあ」

「でしょ?」

 

 ねぇ、お兄ちゃん。もうちょっとだけ我慢してね。大丈夫。もし、何かあったらボクが絶対に護ってあげるから。

 

 だってボクは、お兄ちゃんの彼女だからね。

 

 

 





なんで最後の最後でしっとりになってしまったのか。私にもわからんのです。

テイオーエンドということで次はお兄ちゃんエンドになると思われる。
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