○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか 作:ししゃも丸
お兄ちゃんの様子が変だったと気づいたのはいつからだっただろうか。
普段平日はボクは学校でお兄ちゃんは会社に行っているから朝ぐらいしかまともに話す機会はないんだけど、その日は特に変わったこともなくていつもお兄ちゃんだった。
だけど、その日の夜は違ったんだ。
なんでも会社の上司の付き添いでとあるパーティーに同席することになった、と前日の夜からそう聞いていたから帰りが遅くなるのはおかしなことじゃなかった。
そう、おかしなことではないんだけど、お兄ちゃんの様子はおかしかった。
「お帰りなさいお兄ちゃん!」
「……ああ。ただいま、テイオー」
「……?」
「……はあ……」
パーティーとは普通楽しいものを想像するものだ。だけど、会社が関わっているパーティーだから、ボクが想像しているよりも楽しいものではないんだろうと最初は思った。だけど、その割にはお兄ちゃんはひどく疲れているような、困惑しているような様子だった。
「お兄ちゃん大丈夫? お水持ってこようか?」
「うん、頼むよ」
ボクは台所に行ってコップに水を入れてお兄ちゃんに渡すと、それを半分ぐらい一気に飲み込んで、またため息をついた。
ウマ娘だから鼻がいいのでお兄ちゃんの身体から微かに香水やタバコの匂いはすれど、お兄ちゃんの息は別にお酒臭くなかった。酔っているわけでもないとなると、余程接待に疲れたんだろうか。幼いボクには大人の世界は分からないから、それぐらいしか思いつかなかったんだ。
「なあ、テイオー」
「ん。なに、お兄ちゃん」
「その、変なことを聞くけどさ。お互い初対面なのに、こう……ぐいぐい迫ってくる女の子ってどんな感じっていうか、何か下心とかあるもんなのかな」
「……パーティーで何かあったの?」
先に答えは言わず、ボクはお兄ちゃんから情報を聞き出すことにした。普段だったら誤魔化すところだけど、よっぽど堪えたのか素直に教えてくれた。
「相手は確か……うちの社長の友人で資産家をやっている人の一人娘だったかな。初対面なのに何故か気に入られて、挨拶が済んでも何故かずっと傍にいるし、もうずっと胃がキリキリしてたんだよ。上司や社長からも下手なことをすんなよ、って目でずっと睨んできてさ……。帰りだって色々言われて……明日もどうせ朝一で社長に呼び出されるんだぁ……」
弱々しい声を出しながら頭を抱えるお兄ちゃんを見て、ボクはそっと抱きしめながら背中を撫でてあげた。
「大丈夫だよ。ちゃんと説明すればきっと分かってくれるって」
「……会社行きたくねえ……」
「よしよし。お兄ちゃん疲れてるし今日はもう寝よ。ボクも一緒に寝てあげるからさ」
「……うん」
よしっ。
ボクは心の中でガッツポーズを決めた。酔ったり今日みたいにかなり精神的に弱っている時、ボクはいつもこうやってお兄ちゃんを誘導することをある日から覚えたのだ。ただ朝になれば当然素面になるんだけど、驚くのも最初だけで今ではもう慣れたみたいで驚くことはなくなった。
それはそれで寂しいけど、それだけお兄ちゃんはボクに対して抵抗がなくなった証拠でもあるので問題なかったりする。
え、パパとママは何も言わないのかって?
だって、ボクはママの子なんだからママが何か言う訳ないよ。パパはまあ……お兄ちゃんを何とも言えない目で見ていたのが印象的だったかな。
翌日。
トレーニングに入る前にいつものように体をほぐしていると、同じチームメイトで後輩のサトノダイヤモンドが何やら上機嫌でやってきた。
「どうしたのダイヤ。今日はやけに機嫌がいいね」
「あ、テイオーさん。実は昨日すごく良いことがあったんですよ」
「へえー」
ボクは適当に相槌を打ちながら、何だかうちのお兄ちゃんと正反対だなあと思うだけで深く追及はしなかった。
だけど後のことを思えば、この時ボクはもっと追及するべきだったんだ。
”昨日”というお兄ちゃんと共通していることを、この時のボクは気づいていなかった。
それから少し経ったある日の土曜日。いつも外に出かける時のような服装ではなく、まるでデートにでも行きそうなオシャレをしてボクに聞いてきた。
「なあテイオー。女の子って、お昼とかどういうお店に連れていったら喜ぶんだ?」
「エ゛!?」
これにはボクだけではなく、珍しく家にいたパパとママも驚いていた。つまりこれは、お兄ちゃんが誰かとデートをするということであり、結果的にお兄ちゃんが誰かと交際していることを意味している。
ボクは驚いた。なにせそんな兆候は今日までなかったはずなのだ。まさかボクが知らず、気づかないところでお兄ちゃんが彼女を作っていたなんて。
妹としては嬉しくもあり、だけど一人の女としては悲しかった。でも、お兄ちゃんが幸せになれるならそれでいいと思っていたらそこまでショックではなかった。
だからボクができる限りの助言をしてお兄ちゃんを送り出した。でも、ふとボクはあることに気づいたんだ。
「ん、女の子?」
お兄ちゃんぐらいの年なら普通『女』とか『女性』って表現すると思うんだけど、それが女の子と言っている……。もしかして、お兄ちゃんの相手って年下なのかな。それも近い年の子じゃなくてそこそこ離れている……。
そこまでボクはさらにあることを思い出した。
「そう言えば、あの夜も女の子って言ってたような……」
口に出した瞬間、ボクはゾッとした。
いや、まさかそんな偶然あるわけ……でも、もしそうだったらどうしよ。でも、まだボクの考えすぎなのかもしれない。
それから少し時間が流れて12月25日。今日は今年最後のレースである有馬記念だ。ボクだけではなくチーム全員がレースに出走するダイヤを応援しに来ていた。
まあ結果だけを言えば、ダイヤは見事1位を勝ち取った。ゴールラインを通過した瞬間ボクらはその場で飛び上がって彼女の勝利を喜んだ。
だけど、多分ボクだけがその時気づいたんだと思う。観客席に手を振るダイヤの目は、常に同じところを向いていたことに。それに気づいたボクもその場所を目で追った。
「……お兄ちゃん?」
大勢の観客の中、ボクの目は一瞬だけだけどお兄ちゃんの姿を捉えた。だけど、いまお兄ちゃんがここにいるはずがない。だってお兄ちゃんはレースに対する興味も人並みで、関心があるのはボクのレースぐらいだからだ。
だからきっとよく似た人だと思ってすぐにその場所から目を逸らした。
「皆さんごめんなさい。お父様がすぐに帰ってこいって言うのでここでお別れです。今日は本当にありがとうございました」
ウイニングライブを終えてみんなで一緒に帰ろうとしたら、ダイヤが手を合わせて謝りながら言ってきた。まあ、有馬記念に勝ったんだからそりゃあお父さんも嬉しいよなとボクも含めみんなも納得してダイヤを見送った。
そのあとボクも家に帰ると、いつもはもう帰っているはずのお兄ちゃんの靴がなかった。ママがいたから聞いてみると。
「お兄ちゃん今日遅くなるって」
「へえー珍しいね」
「友達と一緒に飲みにでも行っているんじゃない? 独り身同士傷をなめ合ってるんでしょ」
義理の息子とは言え辛辣なママの言葉にボクはお兄ちゃんの代わりに心の中で泣いてあげた。だけど、それを解決する方法がすぐ身近にあるということを、お兄ちゃんはまだ気づいていないのだ。
この時ボクはうっかり今日がクリスマスだということを忘れていたのだ。ボクもいい年だからあまりクリスマスに関心がなくて、ママが買ってきたケーキを見てクリスマスだと思い出したぐらいだ。
だからボクは夜中までお兄ちゃんが帰ってくるのを待った。ずっと待っていたんだ。今日のうちに帰ってくればお兄ちゃんにはまだ彼女はいないって。ボクはそれを願いながらずっと待った。
でも、お兄ちゃんはその日に帰ってくることはなかった。
それから半年後。
我が家のリビングで、ボクの目の前にはお兄ちゃんとその隣によく知っている女が一緒に座っていた。
「改めまして。彼とお付き合いしているサトノダイヤモンドです。よろしくお願いします、テイオーさん」
ボクは口を開けたまま放心してしまってその時のことはあまり覚えていない。唯一覚えていることと言えば、何かを話している時はいつもダイヤはお兄ちゃんの腕にその無駄に大きな胸を押し付けていたこと。
また、お兄ちゃんもお兄ちゃんで今日までのことを上手く説明できていなかったこと。だけど、責任をとるとかどうとか言っていたのが頭に残っている。
責任って、なんの責任だろう。
頭がパンクしていてまともに考える力もない今のボク。ただハッキリとしているのは、ボクは何もかも手遅れだったということだった。
ダイヤメインで何かやりたい。