○○と付き合ってるって言ったらテイオーはどうなるのだろうか 作:ししゃも丸
誰しも人生最大の過ちと言うのがあると思う。
それは人によってはほんの些細な小さいことであり、誰かにとっては想像を絶するような大きな出来事でもあるだろう。
今日までのことを振り返れば、ボクはあの時最大の過ちを犯してしまったのである。それはごく普通のことで、特に何の変哲もない行動だった。
ただボクは……友達であるカレンを自宅に招いただけなんだ。
それがボクにとって人生最大の過ちであり、カレンにとっては人生最大の幸運となった。
ボクはカレンとお兄ちゃんを出会わせてしまった。
将来、きっとその話を聞いた人がボクに言うだろう。
テイオーは二人を巡り合わせた恋のキューピットだって。
屈辱だ。
かつてないほどの怒りだ。
だけど、それはまだ我慢できる。
一番我慢ならないのは、カレンがお兄ちゃんと付き合い始めても、ボクのお兄ちゃんを”お兄ちゃん”と呼ぶことだった。
俺は現在付き合っている女性がいる。その子は義理の妹であるテイオーとあまり年が違わない子である。それもまだ高校生にもなっていない年齢なのだ。
まあ、言ってしまえばかなり黒に近いグレーなのであるが、俺達は付き合っているのだ。
ここで問題なのは二人の歳の差ではなく、重要なのは互いの呼び方である。言ってしまえば呼称だ。同年代なら呼び捨て、少し歳の差があるなら「さん」付けで呼んだり、あるいはもっとフランクに愛称で呼び合うこともあると思う。
では、俺はどうかと言えば、普通に名前を呼び捨てで呼んでいる。俺の方が年上であり、何か特別な愛称で呼ぶことはない。
で、肝心の彼女の方なんだが……。
お兄ちゃん。
そう、お兄ちゃんである。
俺の彼女である、カレンチャンは俺の事を何故かお兄ちゃんと呼ぶのだ。いや、別にこれがただの友人の兄であるならばそれで問題はないが、俺達は友達のお兄さんと、妹の友達という関係ではなく、恋人なのだ。
それなのにお兄ちゃんは流石に違和感がある。
俺も付き合い始めてからそのことをカレンに訊いたが──
「やっぱりね、お兄ちゃんはカレンのお兄ちゃんだから。それに、その……まだそういう呼び方は早いと思うの……きゃっ。想像したら止まらなくなっちゃうよー」
真っ赤になった顔を隠す素振りはとても可愛いのだが、これが誰もいない所ならまだしも、デート中にお兄ちゃんと呼ばれるのは危険すぎる。
さらに何が困るのかと言えば、妹のテイオーも俺のことをお兄ちゃんと呼ぶことである。それは別段不思議なことではなく、知人やご近所も周知のこと。故に知っている人間に俺のことをカレンがお兄ちゃんと呼んでいる所を聞かれたりしたら……。
一言でいえば……俺は変態になるのだろう。
ま、もう半分ぐらい手遅れなんですけどね!
ぶっちゃけてしまえば、俺自身もその呼び方は仕方ないと割り切っているし、周囲の懐疑的な目で見られるのも慣れてしまったのだ。
さて。
俺はカレンと付き合っているわけだが、はじめから上手く言っていたわけではないのである。いや、俺とカレンの間に問題があったわけではなく、問題があったのは妹であるテイオーなのだ。
そもそもどうやってカレンと出会ったかといえば、そのキッカケは誰でもないそのテイオーなのである。
あれは確か、テイオーがトレセン学園に入学して少し経ってからのことだった思う。あの子はあの性格なので友達が多いのか、よく休日には友達を連れてくることが多かった。その中の一人がカレンだったのだが……。
「──お兄ちゃん?」
「は?」
「いや、俺の妹はそこのだけなんだが」
「あ、ご、ごめんなさいっ。ちょっと知り合いの人に似てたものですから」
「アハハ。だよね。じゃなかったらボクどうにかなっていたところだったよ~」
「お前は何を言っているんだ……」
これが俺とカレンのファーストコンタクト……だと思っていたのだが、どうやら俺達がこうして会うのは二度目だと、彼女から聞かされたのである。
親父たちが再婚してからしばらくして、俺とテイオーは二人でとある遊園地に一緒に遊びに行ったのだ。その頃は歳の差を乗り越えて、ようやく兄妹と呼べる仲にまで発展した頃だっただろうか。そこでそろそろ帰ろうとした時に、テイオーと同じく歳ぐらいの迷子のウマ娘と出会ったのだ。俺達はその子の両親を一緒に探してあげただけの関係だったのだが、どうやらその子がカレンだったらしい。
で、カレンと再会してからちょくちょく向こうから連絡が来て、何ていうか知り合いの友達のお兄さんから仲のいい男友達ぐらいに発展した辺りでカレンからデートのお誘いがあって、デートの場所が件の遊園地で、そこで告白されて今に至るというわけである。
話を戻すのだが、俺は真っ先にテイオーにカレンと付き合うことを伝えたのだ。
伝えたのだが……。
「なあ、テイオー。実はお兄ちゃん、お前の友達の……カレンと付き合うことになったんだ。その、色々と問題があるかもしれないけど……あの、テイオー? テイオーさん?」
「……」
アレはきっと二度と忘れることのできない光景だった。
あの時のテイオーは、俺のことをまるで汚物を見るような、あるいは見下すような目つきをしていた。だが、今にして思えばアレはそんな生易しいものではなかったに違いない。
現にテイオーは1ヶ月程口を聞いてくれなかったのだ。まあ、平日のほとんどは寮にいるから実質休日帰ってくる日だけなのだが。
それでも電話をかけても出てはくれないし、メールもLineのメッセージも見てはくれず、家に帰ってきても顔を合わせることもなかったのだ。
で、1ヶ月経ったある日テイオーが言った。
「ねえ、お兄ちゃん。ボクも正直大人げないって思ってる。だけど、ボクの怒りはまだ収まらないんだ。やっぱりお兄ちゃんと口を聞かないのは辛いって改めて気づいたよ」
「お前がなんで怒っているのか、その理由は何となく予想はしているつもりだ。俺もお前と一言も会話できないのは辛いし寂しかった」
「うん。ごめんね、お兄ちゃん。だから、お兄ちゃんの今日一日をボクに頂戴」
「それでお前の気が済むなら構わないよ」
「ほんと? じゃあ、ボクをお兄ちゃんの膝の上に乗せて、ずっと頭を撫でながらボクのことを褒めて」
「なんだそれだけでいいのか。ほら、来なさい。撫でてやろう」
「うんっ」
俺とテイオーの関係を知らない人が見たらきっと混乱してしまうかもしれないが、お兄ちゃんパワー
を持ってすれば容易いことなのだ。
「テイオー可愛い。テイオー超可愛い。俺の妹のテイオーってマジで可愛いよな。だってさ、テイオーなんだぜ。そりゃあ可愛いに決まってるよな」
「ぬへへ」
ただし、翌日筋肉痛になる。
このように休日を一日捧げたことで1ヶ月のテイオーの機嫌がようやく治り、交際してから改めてカレンをテイオーに紹介することにした……のだが。
「あのさぁ! いい加減カレンはお兄ちゃんのことをお兄ちゃんって呼ぶのを止めたらどうかな!? 付き合っているのにその呼び方は、ボクはどうかと思うんだけどっ」
「うん、テイオーの言いたいことも分かるよ。だけど、何度も言うようにお兄ちゃんはカレンにとって大切なお兄ちゃんなんだ。だから、それをいきなり変えることはできないの」
「ボクの大切なお兄ちゃんなんですけどぉおおお!!」
このような会話をカレンと会う度に繰り広げてもう何十回目だろうか。当事者故にあまりの光景に慣れてしまい、いつしか数えることすらしなくなってしまった。
そして、こうなる度に俺は貴重な休日をテイオーを宥めるために捧げるのであった。
〇月〇日
今日は久しぶりに懐かしい夢を見た。
アレは確か、ボクとお兄ちゃんがようやく今のような形に落ち着いた頃だったと思う。夢の中のボクは、とある遊園地にお兄ちゃんに連れて行ってもらったんだ。懐かしいなあと思いつつも、この事は今でも覚えているつもりだった。
お兄ちゃんの手を引っ張ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり。ボクはお兄ちゃんとなら家でも十分楽しめたけど、こうしてどこかへ連れて行ってもらえるのはやっぱり年相応に嬉しかったんだと思う。
だけど、突然ボクが覚えていない場面に切り替わったのだ。
お兄ちゃんと手を繋ぎながら歩いていると、前の前に泣いている女の子がいた。年はボクとそう変わらなくて、あとウマ娘だった。
「キミ、どうしたんだい。お父さんとお母さんとはぐれちゃったのかな」
「……うん。パパとママ、きづいたらどこかにいっちゃったの」
「そっか。じゃあお兄ちゃんが一緒に探してあげるよ。とりあえず、迷子センターに行くべきなのか」
そう言いながらお兄ちゃんが近くにあったら地図を見ながら探している中、ボクは迷子になったウマ娘に挨拶をしていた。
これもお兄ちゃんの教育の賜物であった。
「ボク、テイオーって言うんだ。きみのなまえは?」
と、大事な所でボクは目が覚めてしまったのだ。
起きた直後だったので意外にも夢の内容を鮮明に覚えていたのだが、今まであの事を忘れていたのは何故だろうか。
それにあの迷子のウマ娘だけど、なーんか見覚えがあるんだよね。
〇月〇日
今日、生まれて初めて人生をやり直したいって思った。いや、ゲームみたいに途中セーブした所からやり直したい。
ていうかマジで後悔しすぎて死にたくなった。
ただボクは友達のカレンを家に招いただけなのに、どうしてああなるんだよ。
「ただいまお兄ちゃん。今日は友達を連れてきてるんだけど、大丈夫?」
「うん、平気だぞ」
「いいって……えーとね、彼女はボクの友達のカレンチャンのカレン」
「カレンちゃんのカレン?」
「もう、とりあえずカレンでいいよ。ほら、これがボクのお兄ちゃん」
「これって、お前なぁ」
「──お兄ちゃん?」
てっきり自己紹介すると思ったら、何故か『お兄ちゃん』なんて言い出した。ボクのお兄ちゃんセンサーがレッドアラートを鳴らしていたから、これが何らかの意図があって口にしたのだとボクには理解ってしまったのだ。
まあ、すぐにカレンも訂正してちゃんと自己紹介したけど、何だかイヤな予感がしてきた。
〇月〇日
ボクの予感は的中した。
最近、というかカレンを家に招いて以来、何かある度にあのメ──カレンがお兄ちゃんのことを聞いてくるようになった。
特に昔の話を訊いてくるのだ。
○○遊園地に行ったことないかって。
確かに行ったことがあるとも。それも一回ではなく、幼い頃はたくさんお兄ちゃんに連れて行ってもらった。
だけど、ボクは行ったことはないってウソをついた。
当然だよね。だって、本当のことを教えたらどうなるか。想像するのは難しいことではないけど、それを避けるためだ。
カレンには悪いけど、ボクはお兄ちゃんのためにそうせざるを得ないんだよ。
〇月〇日
やられた。
まさかボクが知らない所で、カレンがお兄ちゃんと接触していたなんて思いもよらなかった。
流石のお兄ちゃんもボクと同じ年の子に落とされるなんてことはないと思うけど、お兄ちゃんも男だからわからない。
きっとあの手この手で、それらしいこと言われたら簡単に落ちてしまうかも。
本当にどうしよう……。
〇月〇日
先日、カレンの様子が妙によかった。例えるなら幸せの絶頂期だろうか。
それを見たボクの額には冷汗が流れていた。
そしてボクは最悪の未来を想像してしまったんだ。
〇月〇日
あの悲劇からもう1ヶ月が経とうとしていた。
ボクはあの日、キレた。
まさか本当にプッツンするとは思わなかった。
分かっていたことだけど、お兄ちゃんの口からカレンと付き合っていると告げられ、ボクの心は深く、底の見えない所まで堕ちてしまい、さらには大好きなお兄ちゃんに対して終始無言でいた。
そしてまさかそれを今日まで続けているのだ。
電話もメールも無視。家に帰っても視界には入れないし、兎に角お兄ちゃんを避けていた。
だけど、それも限界。
だって大好きなお兄ちゃんを無視するなんて、やっぱりボクにはできないよ。
〇月〇日
お兄ちゃんがカレンと付き合い初めて早数ヶ月。
ボクは海よりも広い寛大な心をもって、お兄ちゃんとの交際を許してはいた。
そう。交際は許しているのだ。だけど、それ以前にまだ納得というか、頭にくることがある。
それは……。
「お兄ちゃんっ」
「ん? どうした」
「えへへ。呼んだだけ」
「そっか」
「……」
なんで付き合い初めてから今日までずっとカレンはお兄ちゃんのことをお兄ちゃんって呼ぶのさ!
いくらなんでもそれはおかしいよ!
カレンに何度も説明してもお兄ちゃん、お兄ちゃんだし。お兄ちゃんはボクのお兄ちゃんなんだから、そこだけはボクだけのモノなのにィ!
お兄ちゃんもお兄ちゃんで、もうそのことについて諦めているようだし……。そんなに年下の彼女がいいの? そんなにボク以外の女にお兄ちゃんって呼ばれて嬉しいの? それともアレか、胸か。そんなにおっぱいが大きい女のがいいっていうの!?
最低だよ、お兄ちゃんっ。
「お兄ちゃんはボクのお兄ちゃんなんだから、カレンはもういい加減お兄ちゃんって呼ぶのやめてよ。ていうかやめろ!」
「でも、カレンにとってお兄ちゃんはお兄ちゃんだから。それは変えられないの」
「意味わかんないよぉおおお!」
とりあえず、ボクとカレンの果てしないお兄ちゃん戦争はまだ終わらないのは確かだ。
──結論 テイオーの戦いはこれからだ!