「ただいまぁ」
「おかえりぃ」
おまえはなぜ俺の部屋にいるんだよ。真紀は水色のひらりとしたワンピースを着て俺の一人暮らしのマンションの部屋に座っていた。大学生になってやっと手に入れた俺の城だ。人づきあいが苦手な俺はとにかくワイワイするのが好きな自分の家族が嫌いだ。悪いやつらなわけじゃない。ただ、うるさい。部屋にガンガン入ってくる。エロ本読ませろ。そして大学生になったのを機に、一人暮らしを始めたのだ。
なのに。真紀はいつの間には俺の母さんに鍵を借りて勝手に来るようになった。真紀はふわりとしたショートカットだ。くそかわいい。くるりと丸い目で俺を見あげてくる。絶対に自分が可愛いことを自覚している。なんだその少し透けている服は。やわらからそうな体をふにゃっとよじって男の一人暮らしの部屋に来ちゃだめだろ。
「なんで来てんだよ」
「何で来ちゃいけないんだよぉ」
けちぃ~~! ごろんとそのまま転んでしまう。パンツ。パンツ見たい。けど、俺は見ない。俺の男としてのプライドがそんなことをしてはいけないと警告音を鳴らしてくる。なんたって、こいつは家の母ちゃんとも、近所のおばちゃんとも、むしろ俺のじいちゃんとも仲がいい。俺がパンツ見たりすれば言いふらすに違いない。拡散力がえげつないな。はあヤダヤダ。幼馴染なんてイヤだ。幼馴染じゃなかったらそっこーで告ってたわ。あー抱きしめてみたい。絶対やわらかいんだろうなぁ。匂いかぎてぇ。
ちなみに真紀は俺の隣の家に住んでいた。同い年で、ちょこちょこ話したりするけど、そのうちそんなに話さなくなった。けど、なんだかんだで近くにいる。腐れ縁だ。俺が人苦手なのは家族にも周りにも周知の事実で、頼まれているのかもしれない。ご苦労なこった。
真紀は短大にいった。家政科で料理ができるようになったらしい。俺は大学生。どっちも地元だ。地元なのに一人暮らしで大学のすぐ近くに住んでいる。バイトも始めたし、充実した毎日だ。金が手に入る。それでエロ本を買うのだ。ああ、幸せだ。
「おまえなんで俺んち来るんだよ」
「えーいいじゃん。何よ、彼女できたのぉ?」
「……」
「え、できたの!?」
がばっと勢いよく起き上がる。そんなの言わなくてもわかるだろ。俺に彼女ができるわけねぇだろ。泣くぞ。
「できてない」
ぷいっと顔を反らすと、
「そっか、そっかぁ」
と満面の笑みだ。人の不幸をそんな嬉しそうに笑うんじゃねぇ。ちょっとまじで、泣くぞ。まぁいいけど。
「あ、今日ね、魚のさばき方習ったんだよね」
「魚かぁ、いいなぁ」
「うん、がんばる!」
「おー」
俺はごろんと転がった。バイトをするようになってから、正直ちょっと体力的に疲れる。まぁ、ほとんどしゃべらずひたすらハンバーガーの肉を焼く仕事なんだが。人としゃべらなくていいっていいわぁー。就職したい。俺はうとうとしていた。
「きゃば」
真紀の声が聞こえて、驚いて起きた。狭いキッチンで背を向けて作業をしている。
「どうした?」
覗き込むと、魚が困った顔をしてこちらを見ているようだった。
「大丈夫か?」
手は小さくて細くて、力が足りないのか魚を落とせなかったのかと思って、俺は真紀の手の上から包丁を持った。
「ひ、ひゃ」
「ここ、切ればいいのか」
「う、うん」
なんか真紀熱いな。体温高いのか。なんかいい匂いする。すんすん。
「次、どうすればいいんだよ」
「こ、ここを、切って開く……」
「こう?」
「う、うん」
うんうんうんと何度も頭を振っている。おい大丈夫か。頭もげるぞ。
「なんか顔赤いけど、体調悪いのか、大丈夫か。無理すんなよ」
「そ、そりゃ」
至近距離の真紀の顔、大きな目が潤んでいる。うっわー。捨て犬だったら拾ってる目だわぁ。
「なに可愛い顔してんだよ」
「そ、そういう!」
「お、おい、包丁を振るな」
俺は手を放すと、魚がまな板の上で跳ねる。包丁を持った真紀の手をぐっとつかんだ。
「そういう、そういう!!」
「とりあえず、包丁を置けよ」
ふう、ふう、と目をうるうるさせながら、包丁を置いたかと思うと、勢いよく振り返って来た。
「そういう、そういう無自覚なところで、その気にさせといて――! す、好きになったってしかたないと、お、思わない、のぉ!!」
なぜか顔を真っ赤にして怒っている。なんで怒ってんのか、よくわからない。
「なんで怒ってんだよ」
「怒ってないよぉ」
怒っているようにしか見えないんだが。
「す、好きだって、言ってるんだけどぉ」
う、う、と涙を浮かべている。告白ってこういうもんだっけ? 俺は床に座りこんだ。
「じゃあ、聞くけど、どうして俺んちに来るの」
「そんなの、そんなの、好きだからに決まってるじゃん……そんなの」
「ああ、そう」
「ああ、そうって!! もっと言い方! ちゃんと考えて」
「うん」
俺はぎゅっと真紀の手を握った。
「付き合う?」
「うう、私が告ってんのにぃ!」
「うんうん」
「聞いてないじゃないぃ」
「聞いてる聞いてる」
俺は、うむ、と口元を隠した。立ち上がると、魚を眺める。
「もしかして、料理苦手?」
真紀が無言でうなずく。少し口をとがらせている。ああ、なんだそれ、めちゃめちゃかわいいじゃねぇか。ああ。もうなんで俺、ハンバーガーの肉焼いてばっかいたんだ。もっとやることあったじゃねぇか。
「なあ、とりあえず、抱きしめていい?」
「いいけど……」
「後、嗅ぎたい」
「それはいやぁ」
俺は念願の真紀の触感を楽しんでみた。想像どおりというか、想像を超えるやわらかさ。フニフニしている。ああ、なんだこの感触。かわいい。匂いも俺の汗臭いのと違って、甘い。綿菓子みたいなにおいがする。
「むう、むうう」
「かわいいわぁ」
しかも、あったけぇ。
「そういう、そういうぅ~~!! 今日はもう帰るぅ~~」
「え、飯は?」
「デリカシーー!!」
難しいな、女子。真紀は俺の頭を叩いて、カバンも持たずに玄関を飛び出していく。
「真紀!?」
いや、お前、靴も俺の靴履いて出るなよ。
「ただいま」
「おかえり」
すぐに帰って来た。
「追いかけて来てよぉ~~」
「ほら、とりあえず、魚焼いてっから」
「おなかすいたぁぁ」
「はいはい、彼女さん」
「……むう」
真紀がふくれっつらで、こちらを睨んでくる。顔が赤くなっていて、かわいいばっかりだな。ほら、とりあぜず、飯を食って、それからいろいろ楽しいことをしようか。