とある剣士のミステリオ道中記   作:アーバンシー

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1.出会い

 私が異世界『ミステリオ』に身を落ち着けてから早くも三ヶ月の時が経過した。

 

 まだまだ各国の地理、歴史、文化に疎いところはあるが、この世界の空気には概ね慣れたと言ってもいいだろう。中立国『アルカレイア』に腰を据えてからは、日銭と将来世界を巡るための路銀を稼ぐべく傭兵稼業に精を出す日々である。

 

 朝を迎えた私は先方に失礼がないようにしっかり身支度を整えて、今回の依頼人である美食家の屋敷を訪ねた。

 

「内容は依頼書に記した通りだが、改めて私の口から説明させてもらいたい。マンドラゴラを期日までに最低一本、可能ならばそれ以上の数をある分だけ納入してくれ。そろそろ新たな味に挑戦してみたいのでね」

 

 ……美食家の『シュージン』は、私に会うなり開口一番そう言った。

 健啖家らしく恰幅の良い御仁で、なぜだかよくわからないが立派に蓄えたカイゼル髭を見せ付けるように指先で引っ張っている。密かな自慢なのだろうか。

 

 都市職員から手渡された依頼書に目を通した時は記述ミスを疑ったが、クライアント本人がこう言っているのだ。どうやら間違いないらしい。

 

 マンドラゴラをふんだんに使った料理はたしかに存在する。

 驚くべきことに、漬け酒にまで用いられているという話だ。

 

 私には到底理解できそうにない。あの不気味な植物を食材に利用してしまうとは。

 事実、どのように調理しても見た目が醜悪この上ない仕上がりになるそうで、とても奇食の域を出ないらしい。

 

 内心の動揺がほんの少し顔に出てしまっていたのだろう。

 努めて平静を装ったつもりだったが、目の前の酔狂なグルメは「やれやれ、わかってないなあ」とばかりに肉付きの良い肩をそびやかした。

 

「総じて食通というものはだね、キミ。それがどんなに身体に悪いと判っていてもつい口に運んでしまう、そんな悲しい性の持ち主なのだよ」

 

 ……やっぱりよくわからないこだわりだ。

 「なぜ山に登るのか?」と問われた登山家が「そこに山があるから」と答えるようなものだろうか。

 

 まあ、どうでもいいか。

 私としては、どんなに奇怪な依頼であろうと、ちゃんと報酬さえ支払ってもらえればそれでいい。依頼人の趣味嗜好に口出しするつもりは毛頭ない。

 

 美食家のポリシーにさしたる興味もない私は、ご機嫌を損ねない程度に話を聞き流して邸宅を後にした。

 

 事前の調べによると、マンドラゴラを採るなら教国『ユグドラシル』のリブロの森に向かうのが最適とのことだった。

 生憎、期限に余裕があるわけではない。滞在先の宿に戻ったら速やかに遠出の準備を整えて、まだ船が出ている内にこのアルカレイアを出国した方が無難だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 信じられない。

 

 目的の品を求めて教国に渡った私は歓喜に打ち震えていた。リブロの森に足を踏み入れて早々、労せずして数多のマンドラゴラが群生する夢のような採取スポットを偶然発見してしまったのだ。

 せいぜい一本か二本、運が悪ければ収穫無しということもあり得る、と悲観的な予想をしていた私にとって、これは望外の結果だった。採取した分だけ基本の報酬に金額を上乗せする取り決めだったから、たった一度の依頼で度肝を抜くような大金が舞い込んでくることになる。傭兵稼業に手を出して以来の大成功じゃないか。

 

 悦に浸るのもそこそこに、私はそこいら中の土から顔を覗かせるマンドラゴラを片っ端から引っこ抜いていった。

 

 ……うん、やはり気味が悪い。

 植物のくせに時折ビクビクと打ち上げられた魚のように痙攣するし、巨大な根茎に刻まれた人面は今にも何かしらの言語を発してしまいそうだ。しかもそれらが抱え切れないほど手元にたくさんあるわけで、精神衛生上とてもよろしくない。

 

 私は気が触れない内に収穫物を詰められるだけ荷物に放り込み、意気揚々と帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 草木だらけのあぜ道を軽やかな足取りで闊歩する。

 

 今の私はすこぶる機嫌が良かった。

 思わず「フンフーン」と鼻歌を刻んでしまいそうになるくらいには。

 

 驚愕の色に染まった依頼人の顔が目に浮かぶ。まず迅速な依頼の遂行に仰天し、それから大量の依頼品を目の当たりにして腰を抜かすことだろう。

 自然と口元が綻ぶのも無理からぬ話だ。森を抜け出るまで油断大敵だというのに、今夜の夕食は少し豪勢にしようかな、なんて暢気なことまで考え始めている。

 

 そんな時だった。

 調子付いて辺りへの警戒を疎かにする私を叱り飛ばすかのように、突如甲高い獣の咆哮がどこからか轟いたのだ。

 

 背筋がピンと伸びたのは言うまでもない。

 夢見心地の世界から一気に引き戻された私は、はたと足を止めた。弛緩していた意識と筋肉が引き締まり、肌の表面がぽつぽつと粟立つような感覚に見舞われる。四方に全神経を集中して、ぐるりとこうべを巡らした。

 

 おそらく、声の主は『ウルフェン』だろう。

 このリブロの森は狼種が多く生息することで有名な場所なのだ。

 

 念入りに、何度も何度も周囲の様子を確認する。ウルフェンの姿は見当たらない。私の姿を視認して威嚇の遠吠えを上げた、というわけではなさそうだ。

 それ自体は喜ばしいことだし、ほっと胸を撫で下ろすところだが、だからといって張り詰めた緊張の糸を緩めるわけにはいかない。声の大きさからして、割とすぐ近くにいることは明白なのだ。

 

 よく耳を澄ませてみると、種類の違う唸り声が折り重なってエコーのように反射している。

 案の定と言うべきか、やはり狼は一匹だけではないらしい。

 

 気になるのはそこだけではなかった。

 吠え猛る雄叫びの中に、時々複数の人間の声と争うような物音が混じっているのだ。

 

 これは思う以上に切迫した状況なのかもしれない。

 

 ただならぬ雰囲気を察知した私は、喧騒の方角に向かって脱兎の如く駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に馳せ参じた私はいきなり飛び込むことはせず、少し離れた茂みの陰に身を潜めて事の成り行きを見守ることにした。鋭敏な狼達に存在を悟られないよう、息や気配を出来る限り殺してこっそり様子を窺う。

 

 視線の先には、概ね想像通りの光景が広がっていた。

 

 まず目に映るのは、やはり何と言ってもウルフェンの大群だ。

 ワインレッドの立派なたてがみに黒ずんだグレーの毛並み。誰も彼もが目を血走らせ、鋭い牙を剥き出しにしている。

 

 そんな殺気立った狼連中に対峙するのは、武装に身を固めた四人組の一団だった。

 男性一人、女性三人という構成で、おそらく彼らもまた傭兵なのだろう。私と同じように依頼の関係でこの森にやって来て、その最中に運悪くウルフェンの群れに出くわしてしまった。そんなところか。

 

 戦況は傭兵側が圧倒的に不利だった。

 

 無理もない。

 なにせ、敵の数は優に二十を超えるのだから。

 

 ヤツらは個々の力こそ大したことないが、素早い身のこなしと息の合った連携が非常に厄介だ。

 徒党を組めば、その脅威度は二倍、三倍に跳ね上がる。

 

 数の暴力に圧された傭兵一団は完全に包囲されていた。撤退しようにも退路は既に絶たれており、逃げ場はない。

 飛び掛かり、肢体に牙を突き立てようとする狼をそれぞれの武器でなんとか迎撃しているが、見るからにジリ貧だ。彼らは押し寄せるような物量から迫り来るプレッシャーと手数に心底辟易している様子で、肉体的にも精神的にも摩耗が激しい。その間にも包囲の輪はゆっくりと、着実に狭まっている。

 

 先日森に入った猟団が連中の襲撃を受けて壊滅の憂き目に遭った事件はまだ記憶に新しい。

 その道のプロでさえ不覚を取る場合もあるのだから、彼ら傭兵団の苦戦は何ら不思議なことではない。

 

「まずいぞ、社長! このままじゃ……」

 

 桃色の頭髪をボブカットに整えた『刀士』が自身の業物を振るいながら、あまりのピンチに堪え兼ねて弱音を口にし始めた。機動力を重視しているのだろうか。薄手の甲冑を身に纏っているために、肌の露出が多い。

 

「……分かってる!」

 

 『社長』と呼ばれたパーティー唯一の男性は、これといった打開策を見出せないまま、悔しそうにギリッと歯噛みした。

 その肩書が示す通り、彼が一団の司令塔なのだろう。戦場全体を俯瞰的に観察し、その都度必要な指示を各員に飛ばしている。白いワイシャツにマントという一風変わった出で立ちで、眼鏡を掛けた優男といった感じの外見だ。あまり腕っ節は強そうに見えない。

 

 どうやら本当にその通りらしく、彼自身は全く前に出なかった。

 傷付いた仲間に回復魔法を掛けたりと、忙しなく後方支援に終始している。

 

 私は首を捻った。回復魔法は回復魔法だが、聖職者(クレリック)が対象の傷を癒すために行使する神聖魔法とは根本から原理が異なるようだ。あの手の治癒術は未だかつて拝見したことがない。

 

 疑問を一旦頭の片隅に追いやって、再び戦いの様相に注視する。

 他の三人は背中合わせに輪を作り、その中に社長を押し込めて狼の群れに応戦するという形を取っていた。

 

 なるほど、アレなら背後からの一撃を恐れる必要は無くなるし、これといった防衛手段を持たない社長を狼の凶牙から守ることができる。

 

 だが、それも現状を維持し続けられるだけの体力が保てば、の話だ。

 言うまでもなく、一行は少しずつ確実に疲弊している。もし誰か一人でも力尽きて布陣に穴が開いてしまえば、その先の展開はどうなるか。想像に難くない。坂道を転げ落ちる石ころのように、後は崩壊まで一直線だ。

 

 事実、陣形の一角が今にも崩れ去ろうとしている。

 

 双剣を操るお下げ髪の少女が危うい。力量は他二人に劣るのか、元々動きの拙さが目立っていたが、休む間もない長期戦を強いられていることでそれがより一層顕著になってきた。もはや次々に打ち出される連撃を受け切るだけで精一杯の有様だ。苦悶に満ちた表情は汗と疲労の色が濃く滲んでいる。

 

 彼女の苦戦に気付いた社長が声を張り上げた。

 

「モニク、ロヴィーサが危ない! フォローに回ってくれ!」

 

 『モニク』と呼ばれたブロンドの少女は、私と同じ『剣士』だった。裕福な家庭の生まれなのか、仕立ての良い赤のドレスに身を包み、白銀の手甲とブーツを装着している。

 まだ十歳になったばかりといった感じの小柄な女の子なのに、その剣捌きはピンク髪の刀士と同等か、あるいはそれ以上の練度と精密さを感じさせた。きっと、物心付いた時から日々欠かさず鍛錬を積んできたのだろう。

 

 だが、そんな彼女でも数の差だけは如何ともし難いようだ。

 モニクは進退窮まった状況に四苦八苦しながら、社長の要請をにべもなく撥ね付けた。

 

「無理よ! こっちはこっちで手一杯だし、それに私がロヴィーサの援護に回ったら社長が無防備になるじゃない!」

 

 私は草陰から音を立てずに半歩進み出た。

 いつまでも静観に徹している場合じゃない。彼らがこの絶体絶命の窮地を脱する道は唯一つ。第三者からの加勢だ。即ち、私がその役目を請け負うしかない。

 

 腰に差した得物に手を掛け、飛び出すタイミングを慎重に窺う。

 

 この『グラディウス』は訓練用に広く活用されている片手剣で扱い易さが一番の利点だ。しかし、その分切れ味や強度は劣悪そのものでお世辞にも実戦向きとは言い難い。

 なぜこんな代物を使っているかというと、ミステリオに到着して早々、今まで使い古してきたサブ用をついにお釈迦にしてしまったのだ。当然代わりの新品を求めることになったのだが、なにせ新しい世界に来たばかりで資金繰りに苦労していた時期だ。かろうじて手が届く武器はこれしかなかった。あくまで第二ウェポンだから武器としての機能を最低限果たしていれば最悪それでいい、という風に考えていることもあって、結局今でもコイツの世話になっている。

 

 私はもう片方の手で首からぶら下げた()()()()()()()()()()に触れた。

 

 メインの武器はこっちだ。一筋縄ではいかない強敵と相対した時に、この長年連れ添った『愛剣』を引っ張り出すことになる。共に数々の艱難辛苦を乗り越えてきた相棒で、とても頼りになるヤツだった。

 おそらく、今回も愛剣の出番はないだろう。片手に携えるグラディウスは武具店の片隅で埃を被っていたナマクラ同然の安物だが、ウルフェン程度ならこれで事足りるはずだ。……たぶん。

 

 私は自身から最も距離の近い個体に狙いを定めて、疾風の如く大地を蹴った。狼の鋭い知覚が反応するその前に一瞬で間合いを詰めて、グラディウスの切っ先を体毛に覆われた胴体に突き立てる。そのまま横薙ぎに振り払うと、三日月状に大きく抉れた傷口から大量の鮮血が舞い上がった。

 

「ガッ……!?」

 

 短い断末魔を上げた狼は四肢の力を失い、ドサリと地に身体を横たえた。

 幾度か小刻みにピクピクと震えて、命の灯が潰えたのか、それっきりもう二度と動くことはなかった。きっと、自身の身に何が起こったのか分からないまま息絶えたに違いない。

 

「なんだ……!?」

 

 予期せぬ第三者の参入に、社長は瞠目して驚きの声を上げた。

 彼だけではない。他の傭兵や狼達も攻めの手を止めて、一斉にこちらを振り向いた。皆一様に何事かと目を丸くしている。

 

「グルルルッ……!」

 

 やがて、呆気に取られていたすぐ近くの二匹がハッと我に返り、低く唸り出した。殺意の籠った目付きで私を睨み据える。凶刃に倒れた同胞の仇討ちか、それとも狩りの邪魔立てをした者への制裁のつもりか。

 どちらにせよ、並々ならぬ敵意を孕んでいるのは確かだ。地を這うように身体を屈めて、今に飛び掛からんとする姿勢を作った。

 

 程無くして、鋭利に尖った牙を剥き出しにした二匹は大地を跳躍する。

 

 私は半歩身を引いて、手早く剣を縦に振り下ろした。

 刀身が一匹目の眉間に食い込み、脳と頭蓋骨を断ちながら頭部を一刀両断する。次いで間髪入れずに手首のスナップを利かせて、得物を一回転させた。鋭い弧を描いた剣閃が二匹目の首を輪切りにした。

 

 無残な骸と化した二体があっけなく地に堕ちる。

 

 仲間三匹が惨殺されて心中穏やかでいられるはずがない。

 群れの半分ほどが憤怒と復讐心に燃えながら、こちらにジリジリと近寄ってきた。

 

 これでいい。敵の頭数が半減したことで、傭兵一行も随分と楽になるはずだ。

 

 私は目顔で社長にこう伝えた。

 半分はこちらが受け持つから、残りの半分はそちらに任せた、と。

 

 どうやらこちらの意思がはっきり伝達されたようだ。

 さっきまで途方に暮れていたはずの彼は引き締まった顔で力強くこくりと頷いた。

 

「皆、あと少しだ! もう少し頑張ってくれ!」

 

 社長の鼓舞と思わぬ助っ人が現れたことで、萎え掛けていた闘志が蘇ったのだろう。

 他三人の士気が一気に向上した。

 

 これが私と彼ら『傭兵会社』の最初の出会いだったのだ。

 

 

 




・ミステリオ

かんぱに☆ガールズの主要世界。
中心地のアヴラッハ島を取り囲むようにして中立国『アルカレイア』、教国『ユグドラシル』、公国『レマルギア』、異民国『ルナエント』、王国『クオリア』の島国がそれぞれ点在する。
空気中に漂う魔法反応物質『エーテル』は火薬の威力を減少させる特性があり、ミステリオに銃火器や爆弾が根付かない一因になっている。

・中立国アルカレイア

ミステリオの西に位置する国。
傭兵稼業が盛んであり、社長が立ち上げた傭兵会社もここに存在する。主人公達の活動の拠点となる場所である。

・教国ユグドラシル

ミステリオの南西、中立国から見ればすぐ南に位置する国。
こちらは魔法研究が盛んであり、将来有望な魔法士を育成するための魔法学校が存在する。
魔法都市『ミトラ』が首都。

・美食家『シュージン』

傭兵会社に度々珍しい食材の調達を依頼する美食家。
同じ美食家の『エルビス』とはライバル同士。

・マンドラゴラ

不気味な植物。
顔があり、時折微妙に動く。モニクはこれが大嫌い。
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