霊能探偵笠沙技、今日もインチキ呼ばわりされながら事件を解決する。   作:ソナラ

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霊能探偵と、籠の中の乙女達。(前)

 霊能探偵笠沙技だ。

 俺は基本的に大きな霊障事件には関わらない。俺の戦闘スタイルは霊障を引き連れてハナビの神社まで連れていくこと。ハナビに滅してもらう以外に俺が霊障を撃退する方法はない。

 そんな俺だから、例えば俺の住む街以外で事件が起きても、どうこうすることはできないし、そもそもどうこうするつもりもない。

 

 俺が住むこの街は御魂学園があることもあって非常に霊障が集まりやすい、向こうからやってきてくれるなら俺一人にできることとして、ハナビ運送は十分な成果である。

 もっぱら俺がやることと言えば、霊障になる前の霊魂を成仏させることなわけで、それならあのトンネルに霊魂を連れていけば問題ない。

 つまり俺は大きな霊障事件に関わるまでもなく、既に俺個人のキャパシティでこなせる範囲の仕事をこなしているというわけだ。

 

 ただ一つ、そんな枠組みを越えて、霊安本部が俺に依頼を持ってくることがある。別にこっちの仕事をパンクさせるようなものではないし、俺にしかできないことを本部は頼んでいる。謝礼もいいから、当然この依頼は受けているわけだ。

 何の依頼か、“調査”である。御魂学園の有力な生徒と組んで、戦闘をそいつらが、調査を俺が行う。

 

 俺には他の人間に視えない霊魂が視える。そうすると霊障事件の調査に赴いた場合、俺は他の人間とは違う視点で状況を観察できる、ということになる。

 これが案外バカにはならず、しるべとの現場調査デートもそうだが、俺の調査能力は大分霊安本部に信頼されているらしい。わからないことがあればとりあえず笠沙技、という程度には、調査案件は俺に回ってくるのだった。

 

 そして、ここに帯同する御魂学園の生徒は必要だ。俺に戦闘能力はないのだから。かつて、それは当然のようにしるべがこなしていた。そしてしるべが卒業し、霊能者でなくなった今は、あかりとくらいがそれを担当している。

 まぁ、御魂学園で一番縁の深い人間が帯同するのはとても自然なことなのだが、そのたびに周りからなんというかこう、生ぬるい目で見られるのはどうしたものか。

 

 ともあれ今回の依頼は俺も無関係ではない。

 鼓子実事件。

 ねねの母親が起こしたその事件は、大本と呼べる部分は解決したと言ってもいいのだが、そこから波及した事態が何も解決していない。

 古くからいる猫の霊魂が霊障化しかけたことで、霊安本部はこの現象が他の霊魂にも起きているのではないかと考え、実際各地で霊障となった猫の霊が見つかっている。

 一つ一つはそこまで厄介な霊障ではない。儀式自体が起こらなかったのだから当然だが、同時に霊安本部はこれが人為的なものである可能性も考慮。なにせねねの母親を誑かした下手人は未だ捕まっていないのだから。

 

 苑恚が事件を起こす時、大抵の場合は知らず識らずの内に実行犯となる人物とコンタクトを取り、その人物を唆して犯行に及ばせる。

 例えばそれは復讐であったり、憎悪であったり。ねねの母親の場合は後悔だ。娘を喪った後悔。そこにつけこんで事件を煽った。

 そして、事件を起こした時、実行犯はそれを唆した苑恚の顔を忘れている、なんとも厄介なことに。

 

 だから犯人が捕まらないというのはおかしなことではないのだが、今回。なんとそのアジトと思われる場所を御魂学園の生徒が発見した。

 経緯はネクロプラズマを追っていた少年たちが偶然迷い込んだというものだったのだが、逆にそれが不意を突く形となったのだろう。

 ともあれ、即座に俺と保土棘姉妹の動員が決定され、俺達はそのアジトへと向かっていた。

 事件はそんなアジトで起こる。

 

 これが全ての始まりであるなどと、その時の俺たちは考えもしなかったのだ――

 

 

 ===

 

 

「よし、霊質の気配はなし。苑恚は今ここにはいないみたい」

「前にここに来た人たちも気配はなかったって言ってたから、もう使われてないのでしょうか?」

「だったらそれはそれで、じっくり探索できていいだろ」

 

 口々に言葉を交わしながら、苑恚のアジトに入り込んだ俺たち。一番前があかり、次がくらいで最後が俺だ。

 俺を挟んで護衛してもいいのだが、流石に護衛されるほど俺も鈍くはない。あくまで戦闘ができないだけで戦場に紛れ込んだ経験くらいはある。

 

「部屋って言える部屋は、ここだけですね」

「生活の痕が微かだけどある。ここは時たま使うセーフハウスって感じだな」

 

 部屋の隅に放置された寝袋やゴミ袋から、ここで誰かが時折寝ていることは間違いない。他にも今この場にはないが、霊質の痕跡は見て取ることができるから、霊能者がここに来ていたことも確定だ。

 ここらへんはネクロプラズマを追っていた少年たちの報告からも解っている通り。

 

 でもって――

 

「その少年たちは、“これ”を見てすぐに退散したんだったのよね」

 

 三人の視線が一斉に“それ”へと向けられる。

 “それ”は籠だった、もしくは鐘。形状は金属製の鐘と思しき形状をしているのだが、扉が取り付けられており、中に入る事ができる。下が空洞に成っていないことから、用途として考えられるのは“籠”だ。見た目はどこから見てもお寺にある鐘なんだが。

 どっちにしてもそれは――

 

「……呪具ですね」

 

 呪具。

 書いて字のごとく。呪われた道具。名前から想像できる用途で使われる代物で、これは何かしらの儀式に使うものらしい。

 

「形が鐘に視えるってことは、鳴らすのか? 中に何かを入れて」

「多分そうね。何を入れるかっていうと……猫?」

「なるほど、鼓子実様は儀式を行うとおっしゃっていましたが具体的な方法は覚えていません。ありえますね」

 

 つまり、鼓子実氏が儀式に使うはずだった鐘だ、というのが俺たちの見解。

 コレ自体は写真で見ただけでもなんとなく想像できる部類。とするとここはセーフルーム兼物置で、使われなくなった鐘が仕舞われているのだ、というのが俺たちが来る段階での霊安本部の見解だった。

 そして、俺達はそれを実際に検証するための部隊。

 

「お姉ちゃん、報告にあったとおり地面に魔法陣が」

「西洋のもの、ね。ネクロプラズマから提供されたと視るのが妥当よ。……インチキ、そっちは?」

「俺か?」

 

 鐘は魔法陣の上に載っていた。魔法陣は西洋で使われる儀式の道具なわけだが、苑恚の連中はネクロプラズマからその技術を譲り受けて使おうとしていたらしい。

 これに関して、俺はあまりネクロプラズマとの関わりがないのでピンとこないが、そうした理由はむしろそこにあるだろう。

 俺がピンとこない術式を使おうとしているのだ。彼らの最近の行動は俺を追い詰めるための物らしいから。

 

 それはそれとして、俺の方でも調査はする。周囲に幽霊が居ないか、の探索だ。結果は――

 

「まったくだな。逆に異常なくらい、この辺りには霊魂の姿が見えない」

「そうなんですか?」

「街を出歩いても、一日歩けば一体くらい霊魂を見かけるもんなんだが、ここに来るまでには何もなかった。呪具が置かれていて、霊障が溜まりやすいにも拘らず」

 

 呪具は存在するだけで霊障を引き寄せる。それなのに、霊障も霊魂もどこにもない。心霊スポットと呼ばれる場所は、霊魂が集まりやすいから心霊スポットなのだ。

 ここも、そうなる要件は満たしているにも関わらずなにもない。

 ということは――

 

「既に儀式に使われたと視るべきだろうな」

 

 そう言って、扉が開け放たれた籠の中を覗き込む。中からは、なんとも言えない不気味で、すすり泣くような声が聞こえてくる。

 霊障だ。呪具の一部となっているため、これ単体で霊障とは呼ばないが、そこに霊障が存在していることは間違いない。

 いやまて、これすすり泣きじゃないぞ? 霊障のせいでそうなってるだけだ。

 

「……中から蛙の鳴き声が聞こえてくる」

「なんて?」

「いやだから蛙の……」

 

 霊障を前にすると、人は恐怖からその認識を誤る。というよりも、正しく霊障を認識できないために、自身のイメージで霊障を補完する。この時、そのパターンがある程度一定化するのは、人の想像力に限界があるからだ。

 俺の場合、きちんと観察すると問答無用でその原因が分かる。

 今回の場合、すすり泣きのように聞こえたのは蛙の霊魂の鳴き声だった。けろろろろろろ。

 

「……うわほんとだ蛙だ。幽霊の正体見たり蛙面とか、何の冗談よインチキ」

「俺に言われても困る」

 

 これが、俺が霊障事件の現場や、敵のアジトの調査に駆り出される理由。この正体がわからないまま鐘の中を調査すると、もれなく呪われて霊死したりする。

 それだけで済めばまだいい方で、相手を罠にはめるつもりのトラップは大抵の場合、相手を苦しめることに特化しているか、操って自分たちの戦力にすることを目論んだものである。

 

 今回の場合は、中に入れば儀式の餌になっていただろうが、手品の種が解ってしまえばなんてことはない。あかりが代表して中に入ると、ぽつりとつぶやく。

 

「……うわぁ」

「どうしたんですか、お姉ちゃん」

「えっと、中に突っ込まれてる霊魂がね、蛙、蟻、蝸牛、蛾、この辺りよ」

「節操なさすぎだろ!?」

 

 よほど霊魂に余裕がなかったのだろう。手当たりしだいにあちこちから霊魂を持ってきて、結果としてそれを見た別の霊魂に逃げられた、というのがこの辺りに霊魂のない理由か。

 ちなみに普通の霊能者でも、霊障を祓えばそこに何の霊魂がいるかくらいは分かる。

 なので俺が罠を解除したら、後は自衛ができるあかりかくらいに任せたほうが効率的だ。

 

「察するに、儀式が霊能探偵様によって頓挫してしまったものの、術者の方はどうしても儀式を遂行しなくてはならなかったのではないかと」

「遂行しなければ死、みたいな呪でもあるんだろうな」

 

 そういう呪で、術者を縛って動かすのは苑恚の常套手段だ。ということは、ここで動いてるのは苑恚の幹部クラスではない一般の術者ということになる。

 苑恚は百年と少し前の老人たちが死にたくないからと作った組織だが、その構成員には彼らの親類も含まれる。あかりとくらいもその一人。

 

「んで、どうするー? このくらいの霊障ならアタシたちでもぶっ壊せそうだけど」

「念の為破壊しておいたほうが良いかと」

 

 なんて話をする双子姉妹。というかそれ以外に方法はないだろう。この大きさを持ち出すのは至難の業だ。それを他に輸送――破壊するならハナビの社、保存するなら霊安本部――するとなると、三人ではどう考えても手が足りない。

 やってやれないことはないが、今の所問題となる呪具がこれしかなく、そこに仕掛けられた霊障も大したことがないとわかれば、さっさと破壊してしまったほうがいい。

 

「じゃあ準備するから、インチキはちゃんと見張ってなさいよ」

「解ってるっての」

 

 そうなると、破壊工作は姉妹の仕事だ。俺が手伝えることはせいぜいチョークで呪文を書き込んでいくくらいだが、これを破壊するだけならそう大したものを書く必要もなさそうだ。

 なので、しばしの間周囲の警戒、とあってもなくてもほとんど変わらない霊質を探知に回した――その瞬間だった。

 

「……まずい、ふたりとも、霊障が近づいてくる!」

「なんですって?」

 

 霊障。この場合は苑恚の術者が持ち歩いている呪具から漏れていると考えるのが妥当だ。すなわち、ここを根城にしている術者が帰ってきた。

 選択肢は――

 

「どうするお姉ちゃん? 逃げる? 戦う?」

 

 迎撃か、逃走だ。

 

「……まって、インチキが探知できるってことは……やっぱり、こいつの持ってる霊障、乙級よ、なんてモンもってるのよ!」

 

 乙級霊障。

 霊質と同様に、霊障の強さも十干で表現されるが、その中でも上から二番目。

 

「今の装備で戦うのは無理! かといって逃げるにも、どこから逃げたって探知されるわよ!」

「逃げる場合はハナビの社に逃げ込むしかないな。大分遠いが、行けるか?」

「できない、とは言いません、プロですから。ですが……」

「危険なことには変わりない!」

 

 基本的に、霊障と霊能者では、同じ階級なら霊障の方が圧倒的に強い。人の身で人ならざる者に勝利するには、何よりも必要なのは強さではなく数だ。つまり複数人で相手するのが最低条件。

 保土棘姉妹なら、全力で挑めば乙級の霊障を倒すことは可能だ。ただ、今回は調査に特化して身軽になっている。乙級なんて、平時であれば大ボス級の相手と戦う準備はしていない。

 

「第一、なんでそんなもん持ってるのよ!」

「おそらくは、あの籠にいれるためではないかと」

「無理やり生贄をどこかから確保してきた、ってわけだ」

 

 そう、あの籠のなかに入れて鐘を鳴らし、強引に儀式を開始しようという算段に違いない。そうなってしまえば、中断されたはずだった儀式が再開し、鼓子実事件は、次なるフェーズへと進んでしまう。

 それこそ、どうにかしてその霊障を無効化しなければ――

 

「…………ん?」

 

 そう、無効化しなければ――――してしまえばいいんじゃないか?

 

「二人共、ちょっと耳を貸してくれ」

 

 俺は思いついた策を二人に話す。結果――

 

 

 ==

 

 

「ちょっと、なんか胸にあたってるんですけど!?」

「ご、ごめんなさいお姉ちゃん、それ私の手です……」

「…………」

 

 

 俺たちは今、籠の中にいた。

 

 

 無念無想無念無想無念無想。煩悩退散煩悩退散煩悩退散。

 

 籠の中に入ることは、姉妹もすぐに同意してくれた。理由が明確で、そうする必要性が分かりきっていたからだ。しかし、入ってから問題が起きた。

 籠が思ったよりも小さかったのである。

 

 結果、俺たちはぎゅうぎゅうにすし詰めになっていた。

 

 お互いの体がお互いに触れ合う。柔らかな感触が体にのしかかる。そんな状態に俺は居た。

 ここが地獄か、天国か。どちらかと言えば地獄だ、相手は自分のよく知る妹みたいな存在なのだから。特に片方は俺をインチキと呼んで憚らない狂犬である。

 

 ここを出たら俺は死ぬ。

 そんな心持で、無我夢中に無念無想煩悩退散と脳内で唱えていた。

 なお、二人は思い切り口を開いているが、現在籠の中はあかりが展開した静謐の霊能で、周囲に音が漏れないようになっている。ここで何をしても、聞こえるのは俺とあかり、くらいだけ。

 それがより一層まずい状況なのではないかと思わなくもないが、それはそれとして――

 

「――来た!」

 

 気配を察知して、あかりが叫ぶ。

 俺たちは籠の中から外をうかがうことができるように展開した術式を通して、外を見た。苑恚の術者がやってきたのだ。

 

 しかし――

 

「……何だあれ」

「え、ええ……?」

 

 困惑。

 なぜなら、苑恚の術者は――

 

 

「ね、猫ちゃんの被り物をしています、ね?」

 

 

 自分の顔を、猫のきぐるみですっぽりと覆い隠していたのだ。




首から下は普通の服です、よろしくおねがいします。
ねこです。

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