霊能探偵笠沙技、今日もインチキ呼ばわりされながら事件を解決する。   作:ソナラ

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霊能探偵と、籠の中の乙女達。(後)

 ようするに、こうだ。

 霊障には二つの特性がある。物理的に周囲を傷つける特性と、霊的に周囲を呪う特性だ。この二つを総合的に見て霊障の階級は決定するわけだけど、後者が強い霊障は俺と相性がいい。

 霊障が呪いを振りまくのは、霊障の理解できない部分が存在しているだけで人に悪影響を与えるからだ。常に毒ガスを振りまいているようなもので、その毒は感覚全てを通して他者に呪いを与える。対して俺はその霊障の正しい姿を視認できるから、霊障の呪いという影響を受けないし、それを他人に伝えると他人も同じように感じ取ることができるようになる。

 

 今回、苑恚の術者が持ち込む霊障は呪いとしての特性が強いものであると俺たちは判断した。なにせ儀式の生贄に使う霊障だ、物理的に強い必要はない。つまり呪いさえなんとかしてしまえば見かけよりも弱い。俺はその呪いをなんとかできる、ということ。

 しかし、当然ながらそんなことは苑恚の術者だって把握しているはずだ。仮にも俺を攻撃しようと術式を用意しているヤツなのだから。だから正面から相対している状態で霊障を表に出したりしない。なので俺は、絶対にそれを視認できる状況で相手を迎え撃つことにした。

 

 霊障はカゴの中に投入されて生贄となる。であれば籠の中で待ち受ければいい。そういう単純な理由で籠に隠れたのだが――誤算があった。

 籠が思ったより小さくて色々と当たる。至福と呼ぶにはこの後が怖すぎる状況に、俺はもはや傍観の気持ちが悟りの域まで達していた。

 

 そして、何故かやってきた術者は猫のきぐるみを頭だけつけていた。下はスーツ姿で、それはもう怪しさしかない不審人物である。

 とはいえ霊障の気配は本物、俺たちは緊張を強めなければならない状況にあったのだが……

 

 

 ===

 

 

「――あー、かったるいニャア」

「ぶふぅ!!」

 

 術者の第一声にあかりが決壊した。

 術者は妙齢の女性だった。ハリのある低音ボイスで、女性ながらにイケボだと言わざるを得ないボイスでかったるいニャアとかほざきやがった。

 これがめちゃくちゃイケオジのイケボでもそれはそれでシュールだが、この状況でイケオジボイスが聞こえてくるのはある程度覚悟ができる。

 しかし、女性のイケボだったのは想定外だったようだ。あかりが決壊し、ぷるぷる震える。当然その間は無防備なので色々と大変なことになっているむにゅが、はしたないのでやめてほしい。

 

「どぉしてアタシがこんなことしなきゃいけないニャア」

「そして、どうして私達はそんな愚痴を聞かなければならないのでしょう……」

「やめてくれ、自然に掛け合いをしないでくれくらい」

 

 この状況で至って真面目なのがくらいだ。

 一人だと途端によわよわになるが、俺かあかりがいると、途端に図太くなるのがくらいである。図太いというか、脳死で行動をはじめるというか。

 結果向こうの発言に対して天然で事態を認識させてくるくらいは相性が悪い。先程からあかりは抱腹絶倒して痙攣したままだ。

 

「これが終わったら、ユナイテッドミストのキリアきゅんに会いに行きたいニャア」

「ユナイ……なんだって?」

「ええと」

 

 隣でくらいちゃんがスマホで調べている。いや調べなくていいから。

 

「ホストクラブの店名のようですね」

「キリアきゅんに癒やしてもらいたいニャア!」

「貢いでんじゃねぇ――ッ!!」

 

 こちらからの声は聞こえないというのに、言葉よとどけと俺は叫んでいた。やめろ、それ以上あかりを笑わせるといろいろと大変な事になる――!

 

「……んじゃ、始めるかニャア」

「は、早くしてくれ……これ以上はあかりが持たない……」

「頑張ってお姉ちゃん。もうすぐ猫さんがドンペリタワーで乾杯してくれるよ」

「んぐぅ!」

「くらいはあかりをどうしたいんだよ!?」

 

 だめだ、くらいは何か楽しんでる。さっきから俺の腕に痙攣するあかりの胸が当たっていることに多分くらいも気付いてるはずなのに気にせず追撃してくる。

 助けてくれ……誰でもいいから……!

 

 ……ママ以外なら!

 

「よし」

 

 と、そこで猫術者の霊質が変化する。術式を行使するために霊能を使っているのだ。こうなれば後は早いもので、すぐにでも霊障を取り出して籠のなかに入れようと……

 

「……ん?」

「げほっ、げほっ……な、何よどうしたのよ」

「いやなんか俺たち、浮いてない?」

「浮いてるのはどう考えてもあいつのきぐるみよ!!」

「いやそうじゃなく……物理的に」

 

 へ? と首をかしげるあかり。ようやく正気に戻ったというか、仕事モードにスイッチを入れたのだろう。こういう切り替えが得意なのはあかりらしさか。

 とはいえ、浮き上がる。というのはなんとも嫌な予感がする。

 

「籠が浮いているみたいです」

「で、見た感じ――」

「……あの猫女、何かハンマーみたいなもの持ってない? 何に使うのよ」

 

 そして観察した結果、解ったことを確認しつつあかりが分かりきったことを聞いてくる。そう、もはやここまでくればなんとなく想像はつく。

 

「――――これは籠でもあり、鐘でもあります。一緒にそう考察しましたよね? お姉ちゃん」

「……やめて! この後を想像させないで!!」

 

 そして、

 

「んじゃ、いっくニャア!」

 

 ――鐘は、鳴らされた。

 

 

 ===

 

 

 ゴーンゴーン。鐘としての形状は存在しないにも拘らず、いい感じに鐘の音が室内で流れる。同時に足元の魔法陣が活性化して、なにか術式が発動し始めたことも分かる。

 しかし、それはあくまで感覚的に分かる、というだけ。

 

 鐘の中は現在、大混乱だ。

 

「ぐ、おお……」

「ちょ、どいて、どいてインチキ! 重い、重いから!」

「解ってる。けどすまん、体が動かん……!」

 

 すごい勢いで揺れたせいで、俺たちは鐘の中で変な態勢になっている。今はあかりを俺が押しつぶしてしまいそうな状況だ。とはいえそれもすぐに変化するだろう。

 

「もう一発ニャア!」

 

 ゴーンゴーン。

 俺たちの悲鳴とともに鐘は鳴る。

 今度は俺の位置が入れ替わり、くらいへと体が傾く。今度はなんとか押しつぶさないように態勢を整えて――停止。

 

 結果、俺はくらいに、いわゆる壁ドンをしていた。そして残念ながら態勢は整えきれず、片手は胸に添えられていた。

 

「あっ――」

「……ま、」

 

 ぽっ、と頬を染めるくらいに、俺は後ろから飛んでくる殺気を感じつつ弁明を開始する。

 

「待ってくれ!」

「いえ、あの、承知しております霊能探偵様……」

「そ、そうか?」

「はい――どうぞ」

 

 ――そしてくらいは俺に全てを委ねるべく力を抜いた。

 違う解ってない、あかりも不可抗力とその場のノリであることを理解してくれ! もう胸から手は離して――ゴーンゴーン。

 

 揺れる。

 揺れる中で、また態勢が入れ替わる。

 

 ――今度はあかりを押し倒していた。

 

「…………」

「…………」

 

 あかりが一瞬呆けた顔をする。ああ、これは物理的になんか飛んできても文句は言えないな。

 ……いや、あかりはあまり手を出してくるタイプではなかった。

 

「……何よ」

 

 ぷいっと、顔をそらして照れ隠しをする。

 反らしたところで顔が真っ赤なことには変わらない。心拍数は、不思議なほど高まっている。ちらりと向けられた視線は、こちらをじっと見つめていた。

 

「いや……その」

 

 悪い、というのは違う気がする。こんなつもりじゃなかったと弁明するつもりもない。最終的にどんな罰だって甘んじて受けるが、今この瞬間。

 俺は何と口にするのが正解なのだ?

 

 鈍いというのはこういうときに損だ。意識して相手に言葉を贈ろうとすると、途端に言葉が出てこなくなる。そもそも俺が普段からキザったらしいこと口にしているつもりはないが、それはそれとしてこの場では、その、困る。

 

「……あんたって、どうしてそういうとこばっかりずるいの?」

「いや、急になんだよ」

「別に、自分が恨めしいってだけ。ああ、顔がアツイ、どうしてこいつのことなんか……」

 

 ぶつぶつと、最後の方は聞こえなかった。

 後ろの方ではニコニコとそんな俺達の様子を見守っているくらいちゃんの気配がある。この子はこの子で、今何を考えているか解らなくて、俺は怖い。

 

「ふふ、お姉ちゃんは純朴な人が好みなのですよ」

「俺は純朴じゃないだろ……?」

 

 流石に、この場でこいつが俺を意識していないとは思わないが、それはそれとしてこいつの好みと俺が一致するとも思えない。

 しかし、

 

「……ん」

 

 観念したように、あかりが瞳を閉じてこちらを向いた。

 沈黙。くらいは何も語ってくれない。

 

 俺は、俺はどうすればいいんだ――?

 

 ――と、

 

 

「……あ、猫術士様が霊障を取り出しましたよ」

 

 

 俺は九死に一生を得るのだった。

 ――なお、取り出した霊障は猫じゃらしだった。

 

 

 ===

 

 

 霊障の呪いさえなんとかしてしまえば、やつが手にしているねこじゃらしはやたら霊質がこもった呪具でしかない。それにしたってシュールな光景だが、なんとか仕事モードに意識を切り替えたあかりとくらいが不意を打つ形で飛び出して術士を制圧した。

 霊障の霊質を使えればいい勝負になっただろうが、残念ながら流石に鐘の中にいるとは思わなかっただろうから仕方がない。結果は一方的なものである。

 

 で、持っている呪具を引っ剥がし、動けないように縛り上げ、術式でも封印をして無力化した後、俺たちは猫のきぐるみを引っ剥がそうとして――失敗した。

 

「やめておくニャア、こいつは呪われてるから取れないニャア、一生ニャア」

「ふ、不憫な……!」

 

 流石に同情してしまった。まぁ呪いに関しては後でなんとかするとして、今はこいつの話を聞くべきである。下手をするとどこかから呪われて話を聞く前に殺されてしまうかもしれないのだ。

 そうなったらときに、基本的に俺は何ができるわけでもない。俺が呪いを無効化するには、呪いの出処を視認する必要があるからな。

 

「まさか鐘の中にいるとはニャア……絶対狭かったニャア、むふふがあったに決まってるニャア……若いっていいニャア」

「真面目に話をしろ」

 

 あかりがキレた。

 手にしている杖を突きつけると、すごい形相で睨む。さすがの猫術士も恐怖したのか、色々と話してくれた。

 

「そっちの霊能探偵のせいで作戦が全部破綻したニャア。起死回生の一手があの猫じゃらしニャア。……どうしてここがバレたんニャア」

「ネクロプラズマの術式を使ったからですよ、今、彼らはとある御魂の学生さんに追われていますから」

「……そいつは失敗したニャア」

 

 本気で悔しそうだった。絵面以外はどこまでも真面目に仕事をこなすつもりだったのだろう。多分そうすると終わった後の酒がうまいからな気がするが。

 酒がうまいところまで含めて、気持ちは分かる。もちろん口には出さない。

 

「ニャアたちがやろうとしてたのはそれだけニャア。それ以上の事は教えてやらないし、教えるくらいなら死んでやるニャア」

「……ふん」

「ただ、いいことを教えてやるニャア。今回の件、私達だけでやってるわけじゃないニャア」

 

 そりゃあネクロプラズマが噛んでるんだから当然といえば当然だが、この場合こいつが言いたいのは外様のネクロプラズマではなく、同盟関係にある――

 

「……霊障神霊ですか」

「そうニャア。そもそも、最初に話を持ちかけてきたのはあっちニャア。霊能探偵をハメないかって」

「えっち!」

「そういう意味じゃねぇ」

 

 思わず反応したあかりに、俺は突っ込む。

 やめろ、いかがわしい意味じゃない。

 

「……この術式、どうせ全部霊障神霊が準備したんでしょ」

「何の事かニャア、ウチの事情を話すつもりはないニャア」

「霊障神霊は術式やリソースの準備に長け、苑恚はそれを実行する術者を有する。霊障神霊と苑恚の典型的な利害関係の形、ですね」

 

 この辺り、あかりとくらいは苑恚の事情に詳しい。

 そんな彼女たちが、苑恚の事情をおおよそ察したようだ。そして、彼女たちの発言から俺もなんとなく状況を把握する。

 霊障神霊は苑恚を一方的に利用したのだ、下準備を全て自分が受け持つ代わりに。

 そうなると、苑恚が提供するのは人材――つまり目の前の術士だけで良い。苑恚にとって幹部以外の術者は全て消耗品。それを一人提供するだけで効果があるなら、喜んで人材を提供するだろう。

 

 あそこは、そういう場所だ。

 

「……ま、いいわ」

「とにかく、詳細はわかりましたから、貴方はこれから霊安本部に輸送します」

「……ふん、ニャア」

 

 吐き捨てるだけでもニャアって言わなきゃいけないのかこいつは。

 

「――にしても、これでハッキリしたわね」

「……だな」

 

 そう、解ったことが一つある。

 この下らなさのほうが勝る事件でも、解決したことで得られた情報は至って真面目なものだ。

 

「――まだ、鼓子実事件は何も終わっていない、ということですね」

 

 黒幕がいる。

 未だ、俺達が補足できていない黒幕が。

 

 そいつをどうにかしない限り――そして、

 

 

 ねねを向こうの世界に、連れて行かない限り。

 

 

 事件はまだ、終わらない。

 

 

 ===

 

 

 保土棘あかりが人を呼びに行って、保土棘くらいと霊能探偵笠沙技が部屋の隅で縛られた猫術士を監視しながら、呪具破壊の準備をすすめる中、内心猫術士はほくそ笑んでいた。

 

 ――知ったところで、あいつをどうにかすることはできない。

 

 猫術士が協力した霊障神霊は、神霊として侮れない力を有している上に、ある策があった。

 霊能探偵を追い詰めるため、霊安本部を壊滅するため、自身を甲級神霊へと昇華するための策が。

 

 既に種は蒔かれている。いずれ“それ”は神霊によって発見されるだろう。それが発見された時、霊能探偵にそれを止める術はなくなる。

 神霊は勝利するのだ。

 

 そう、

 

 

 ――この地に古くから存在するという、甲級霊質を有する猫の霊魂を、見つけることができれば。

 

 

 その瞬間を夢見て、猫術士は神霊の健闘を祈るのだった。




色々間違えたので名前変えます。
失礼しました。

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