霊能探偵笠沙技、今日もインチキ呼ばわりされながら事件を解決する。   作:ソナラ

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霊能探偵と変わらない二人の夜。

 私の学生時代、私の同級生には変なやつが居た。

 いいヤツでもわるいヤツでもなく、変なやつ。言うまでもそいつは霊能探偵笠沙技なのだけど、こいつはなんというか、本当にそう表現するのが適当なやつだったのだ。

 

 何を考えているかわからない、死んだ霊魂のような目をしている。そのくせ言っていることはまっとうな事が多く、ノリがわるいわけではない。かと言って、どうにも考え方が独特で、馴染めない。

 普通に話をすれば、いいやつなのだ。

 空気も読めるし、話していて面白いヤツ。決して嫌われる要素はそう多くない。

 

 ただ、一つ。あいつにはわかりやすい他人とは違う点があった。それはそうだ、私があいつと下校していた時――

 

 ――道端に猫の死骸が横たわっていた。

 

 車に轢かれたのだろう、痛ましいことに。

 その死骸を人々は遠巻きに眺めながら、足早にその場を立ち去っていく。誰だってそうだ、それを掃除したい人は居ない。誰かがやらなくてはいけなかったとしても。

 

 自分でなくてもいいだろう。それが普通の考え方だった。その中で笠沙技は動いた。他人と違う点、それはそうなんだろう。でも、ここで私が気付いてしまった異常はそこではない。

 笠沙技は、あまりに手慣れすぎていた。

 

 私は笠沙技に問いかける。一体いつから、こういうことをしていたのか――? と。

 

「たしか、記憶にある限りだと……四歳の頃だな」

 

 いいながら、作業を済ませて最後に黙祷をした笠沙技の姿は、どうしても私の中に強烈にこびりついていた。

 それから数年し、お互いに大学へ進学。

 そこで笠沙技から――霊の存在を知った、と相談を持ちかけられた。

 

 私が最初に思ったことは唯一つ。

 

 こいつ、まさか視えてなかったのか――? だ。

 

 てっきりそういうものが視えているのだとばかり思っていた。ホラー映画に対する恐怖耐性もそうだが、笠沙技は極端な体験に対する動揺をほとんど見せない。

 動物の一件でもそうだが、道端に人が倒れていて的確な指示を出せる人間を私は笠沙技以外に見たことはない。そういう恐怖耐性は、そういった異常存在との邂逅で培われたのだとばかり思っていたのだが。

 

 どちらにせよ、視えなかったものが視えるようになった時点で、こいつは異常だ。

 どうにもそれが、こいつが本来持っているはずのない――言うなれば前世の記憶のようなものから得ているらしいことを察したのは最近のこと。

 つまり、どっちにしろこいつは他人とは違う、生きている人間とは違う考えを持っていて、それを疑っていない。

 だから、異常だ。

 

 私、倉石はかりはそう思い直すのだった。

 

 

 ===

 

 

 霊能探偵笠沙技だ。

 ときに、何か事件が起きた時、報告書というやつが必要になるのは社会の常識。それを改善しなければならなかった場合の反省点の明確化。成果であった場合は、その成果を周知するための情報整理。良くも悪くも、何が起こったのかをきちんと把握するためには報告書というのは必須なわけだ。

 もちろん、我が笠沙技霊能探偵事務所においても、報告書というのは作成する必要がある。霊安本部や警察に事情を説明するためにも、事件解決の謝礼を受け取るためにも。

 

 しかし、なぜだかわからないのだが、ウチが報告しなければならない事件はこう、なんというか、報告するのに困る事件が多い。なぜだかわからないのだが。

 

「……それで」

「はい」

 

 俺と事務所の事務員であるところの倉石はかりは、依頼人をもてなすための席で向かい合っていた。腰を落ち着けて話さなくてはならないという俺とはかりの意思表明でもある。

 机の上には、資料とお菓子と飲み物。これらが6:3:1の割合で並べられている。別に資料は印刷しただけなのだから汚してもかまわないがお菓子を広げすぎだ。

 はかりはどれだけ食べても太らない体質だが。なお、代わりに背も伸びない。

 

「まずはこちら、先日のネクロプラズマの件」

「俺とあかりが御魂の生徒の戦いを見守ってたやつだな」

 

 ――先日、あかりがきれいな顔で戦場に吹っ飛んでいった事件。ほぼほぼ反射で動けるようになっていたせいで、直立して優しい笑みを浮かべている状態から瞬時に移動するという離れ業を見せたあの事件は、主に俺のせいで一部が台無しになっていた。

 一部、すなわちあかりの見せ場である。

 

「事の経緯は、ネクロプラズマの構成員が、ネクロプラズマの実験成果である御魂の学生を襲撃。これにその学生と仲間の数人が対応。あかりちゃんはそれから数分後に現着」

「本当は襲撃された生徒の一人のお兄さんが対応する予定だったんだが、生牡蠣にあたって病院に搬送されてたせいで、近くにいたあかりが急行することになったんだな」

「はいまずそこ」

 

 ツッコミどころにビシっとはかりが指を突きつける。メガネがキリッとなって、如何にもできるやつっぽいが指摘しているのは生牡蠣である。

 

「……そこ報告する?」

「……難しいところなんだよな」

 

 兄くんは御魂学園では十天に数えられる実力者。学園内での人気は非常に高く、クールキャラとして有名なのだそうだ。

 彼の名誉のために、これをうまく誤魔化すか。

 

「しるべちゃんはなんていってた?」

「誤魔化すとさ、他にもツッコミどころがあるから、そこでうまく誤魔化すと」

「つまりアンタのせいってことか」

「飛躍するな飛躍するな」

 

 まぁそのとおりなのだが、あいだの話を全てすっ飛ばすのはどうかと思うね、俺は。

 

「……そもそもどうして、あかりちゃんはすごい顔で生徒の前に姿を見せることになったのか。その後あかりちゃんが引きこもることになったのか、言ってみて?」

「はい、俺のせいです」

 

 ――文句なしに俺のせいだった。

 認めるしかなかった。だって目の前に霊障が転がってるんだもん、ハナビにぷちぷちしてもらわないと危険だ。

 

「じゃあ、どうしてそれを見つけたのか、言ってみて?」

「…………」

 

 沈黙。

 圧がはかりから飛んできた。だってこれ言うと、それはそれでお前圧飛ばしてくるじゃん! という抗議は当然ながら無視される。

 沈黙、そして傍観。俺は口を開いた。

 

「……ハナビとな? ファミレスに昼食を食べに行ってたんだ」

「うん、ハナビちゃん裏山……じゃない、それで?」

「隣の席が、犯人でな?」

「なんでそこでブッキングするの????」

 

 知るかよ。

 俺たちは二人で首を傾げながら話を続ける。

 

「犯人が席から立とうとした時に、ポッケから鍵を落としてな???」

「落とさないで???」

「それを指摘するだろ???」

「まぁうん」

「慌てて鍵を拾った犯人が、席に置いてあった荷物を取り忘れるだろ???」

「忘れないで???」

「それが霊障起こしてるだろ???」

「起こさないで!?」

 

 まさしく奇跡のようなブッキング。

 もしも隣の席がそいつじゃなかったら、鍵を落とさなかったら、俺が気付いて指摘しなかったら。多分そいつはちゃんと荷物を持って帰ったと思う。

 

「最初は忘れたって言うつもりだったんだよ、でもハナビが止めたんだ。んで、アレは霊障だって何気なく言った。めっちゃ呆れ顔でな」

「絶対半分はアンタに呆れてると思う」

 

 流石にそれは俺だって解ってる。ハナビは俺が霊障を持ち込んでくる度に呆れ顔をする。めちゃくちゃ呆れて半分くらい顔が伸びてるくらい呆れる。

 そんなハナビが、ついには自分で霊障を指摘してしまったのだ。俺が毎回よくわからない経緯で持ち込んでくる霊障を見つける現場に出くわしてしまったのだから、さもありなん。

 

「後はまぁ、関係者としてはそれに対処するのが正しいからな、結果として正解ではあったし」

「アンタの場合は、正解を引きすぎて色々と台無しにするところが一番の問題だ。私はあかりちゃんが不憫で不憫で……」

「ちょっと待て、考えてもみてほしいんだが」

 

 確かにあかりには悪いことをした。けれど、今回の事件で俺が悪くなかったことが一つある。そう、そもそもあかりがそうなってしまったのは、俺が現場に居合わせたというのもあるが、何より――

 

「そもそも生牡蠣に当たらなければあかりはあそこに行かなかったわけだから、あかりがああなった原因を俺だけに押し付けるのはどうかと思う」

 

 そうだ、たしかに俺は悪かったが、あかりがああなってしまった直接の原因はあかりがあそこに行かなくてはならなかったからだ。その後汚名を返上できなかったことが俺に責任があったとしても、あかりがあそこにいたことへの責任はない!

 ――責任転嫁である。まごうことなき責任転嫁である。相手は学生、大人として恥ずかしくないのか? と言わざるを得ないが、それはそれとしてここを忘れると完全に俺が悪いということになる。

 申し訳ないが、ここは社会の荒波に揉まれるという意味を込めて反省を促す他ないのではないか。

 

「はい、じゃあアンタのせいってことで書いとくから」

「はい」

 

 まぁ当然ながら子供を庇うのが大人の役目なので、全部俺が悪いということになる。言ってみただけというやつだ。相手がはかりなのもあって、お互い分かりきったように処理される。

 

「じゃあ次、こっちは直近の事件ね」

「はい」

 

 それではもう一つ。

 

「事件が起きたのは一昨日の夜、アンタは一人で近くの自販機に飲み物を買いに行っていた」

「どうしても喉が乾いてな……」

「その時、後ろからひたひた、ひたひたと足音が聞こえてくる。嫌に耳に残る足音で、それが霊障であると判断したアンタは、即座に逃げ出した」

「俺が霊障とバトっても勝ち目なんてないからな」

 

 相手はそこまで大したことはない霊障だが、俺の実力は三流以下。戦って勝てる相手でないのならさっさと逃げてしまったほうがいい、天才的な考えである。

 霊能業界での一般常識とも言う。

 下手に挑んで呪われると二次被害が出るからな。

 

 で、結果――

 

「アンタが交差点を渡りきって、その足音が交差点に差し掛かったところで、霊障化したトラックが突っ込んできて霊障が轢かれた、と」

 

 まぁ逃げても二次被害は出るんだが。

 

「なんで?」

「俺に聞かれても困る。どっちも一般通過霊障だ」

「まず一般通過霊障と同時に二つも出くわさない、霊能者でもだ!」

 

 しかも片方が片方を轢くとか。

 ピタゴラスもびっくりである。……が、しかし。

 

「ま、話はここで終わらないんだがな」

「自慢気に言うな!!」

 

 パシン、資料が飛んできて顔にぶつかる。ひんやりしている……

 

「……んで、霊障同士が干渉を起こした結果、激突したトラックが派手にスピンして」

「交差点の端にあった神社に突っ込んでいったんだ」

 

 本物のトラックだったら大惨事もいいところである。霊障なので実体はなかったが、それはそれとして霊障ではあるので、神社に突っ込めば当然霊障の連鎖反応が起きる。

 

「ちなみにその神社で祀られてたのは?」

「ママ」

 

 そこからはもはや見ていられない光景だった。俺を追いかけていた霊障と、霊障トラックが赤子のように神社の境内で寝かされていた。

 俺? 俺は境内でそれを横になりながら眺めていたよ? それ以外のことは覚えていない。

 

 結局、飲み物が届かなかったことでしびれを切らしたハナビがやってくるまで俺は神社に寝かされていた。恐ろしいのは、ここでやってくるのがハナビじゃなかったら更に被害が出ていたところである。

 勝てない相手と出くわすと、逃げ出しても被害が出る、貴重な教訓と言えるだろう。

 

「まずね、報告書を書かないと行けないのは私なんだけど!? ママが出てきちゃったじゃない! どうするの!? 下手すると今この場に現れてもおかしくないんだけど!」

「その時は――一緒に赤ちゃんになろう」

「きゅん……じゃない!」

 

 一瞬ときめいたはかりは普通に可愛かったが、完全にコントをしている空気なので口に出すことはなかった。昔からモテないのは俺係だったからと散々面と向かって言われてきたが、そういうとこだぞはかり。

 

「とにかく、どうにかして汚染を抑えるのよ! 結局解決したのはハナビちゃんみたいなものなのだから、そっち方面で行きましょう」

「万が一指摘されたときに説明しないとややこしいぞ?」

「……霊安本部もプロだから、きっと察してくれる」

 

 うん、まぁ“経験者”だから大丈夫だろう。忘れもしないアレは俺が霊能探偵になってから数年、たまたま霊安本部に顔を出したときのこと……ゔっ。

 やめよう、思い出すべきではない。四十代のおっさんがママに甘えている姿なんて!

 

「御魂学園の学生は……」

「きちんと学んでいる子なら察する、そうでない子にそこまでママは無体はしない」

「霊安本部は……?」

「彼らはプロだから」

 

 はかりの目は俺と同じ目をしていた。

 俺たちは二人して乾いた笑みを浮かべる。

 からからと、からからと。

 

 その時だった、どすん、となにか大きな音がする。

 

「うわあああああああああああああああああああああ!!」

 

 ――しまった、はかりは恐怖耐性が低い。こんな状況でなにか起これば即座に錯乱してしまう!

 

「落ち着け、ものが落ちただけだ! おちつ、おち……」

「やだああああああああ!! 甘やかさないでえええええええええええええ!!」

 

 ぶんぶんと、手にしていた資料を振り回すはかり。俺は慌ててそれを止めようと机を踏み越えて、

 

 ずるっと、

 

 二人纏めて体勢を崩した。

 

「あぶっ……」

 

 なんとかはかりを抱えて俺は倒れ込む。無事にはかりは守れたが、思い切りはかりを抱えるような状況になってしまった。小柄な体がすっぽりと俺の手の中に収まっている。

 そのまま、はかりは泣き出していた。よほど甘やかされるのが怖いのだろう。俺も気持ちはわかる、だが、今ははかりに落ち着いてもらわないと動くものも動けない。

 

「大丈夫、大丈夫だから、はかり。俺がいるから、何かあったら俺が守るから……」

 

 宥めるように呼びかける。

 はかりは声を潜めて泣いていて、俺はそれが落ち着くのを待とうとしていた。別に今は二人だけなのだから、気にする必要はない。ゆっくり時間をかければいいのだ。

 そして、この時。

 

 

『探偵さーん、ちょっと見たいドラマがあるんだけ……ど……』

 

 

 俺はまたしても、ふらふらと現れるねねちゃんのことを忘却してしまっていた。

 

『……』

「……」

『……あ、あのね?』

「……おう」

『探偵さんがそういう趣味でも、ねねは探偵さんのこと尊敬してるから……ね?』

「違うよ!!」

 

 だから俺はロリコンじゃない! 君がそういうこと言うと誤解がひどいことになるだろ!? あ、待ってくれ逃げないでくれ! 俺は手が離せないから逃げられると弁明もできなくなる――!

 

 ――結果、誤解を解くのに半日を費やし、その間はかりはママを畏れて極度の恐慌状態に陥ってしまうのだった。

 

 ちなみに落ちたものは神棚に飾られていた子犬の置物だった。……いつからこんなもの飾ってあったんだ?

 

 

 ===

 

 

 ――夜、ねねが見たいドラマを見て眠った後、俺とはかりはそのままの勢いで溜まっていた映画を消化していた。俺たちの共通の趣味に、アニメや映画の鑑賞がある。アニメは互いに好き嫌いが違うのでそれぞれ見たおすすめを話すのがほとんどだが、映画の場合はもっぱらホラー映画を見ている。

 意外、というわけでもないけどはかりはホラーがとても苦手だ。他にもホラーゲームやホラー漫画。とにかく怖いものが苦手である。

 

 ただ、どうしてかホラー映画だけは、昔から二人で視る事が多い。きっかけは――そうだ、学校の行事で全校生徒が集まって映画を視る機会があったんだ。

 それはなんてことのないほのぼのとした映画だったのだが、その中のワンシーンで子供心に恐怖を覚えるようなシーンがあった。

 ホラー映画と比較すればなんてことのない、ありふれた脅かしのシーンだったのだが、はかりはそれをえらく怖がって、泣き出してしまった。

 いや、今にも泣き出しそうだった。

 

 そのことに気付いた俺が、はかりは体調が悪そうだから、と保健室へ連れて行った。

 それが多分、きっかけだったと思う。はかりは当時俺のことが苦手で距離を置いていたのだけど、こればかりは俺も見過ごせなかったものだから。

 

「それにしても――」

 

 ホラー映画を視る時は数本纏めてみる。月に数回機会があればいい方な集まりなので、視る時はピックアップしておいたものを一気にガッと見てしまうのだ。これはその一本。今日で三本目、そろそろお開きだろうという時間だ。

 

「PVからは想像できないくらい手堅い作りのホラーだったな」

「絵面はどうしてもギャグになるけど、B級ならこれも味だよな」

 

 今見ていたのは、よくあるB級ホラー。脅かし役がとんでもなくインパクトのあるビジュアルをしているのだが、それを含めてもB級としてはとても手堅い作りで、想像の余地もあり作品としても完成度が高い。

 ここまで真面目に作っているとは思わなかった、というのは率直な感想。

 

「でもちょっとわからなかったんだけど、中盤に出てきた脅かし役とよく似た女の子はなんだったの?」

「アレはガチの怪異だろ、事件は結局全部人の手によって起こされていたわけだけど、あの瞬間だけはその執念が怪異を生み出していたわけだ」

「なるほどねぇ、そういう考え方もあるわけだ」

 

 映画の楽しみは感想戦。お互いに気付いたことを話し合い、ツッコミどころを笑い合う。もしもダメな映画を掴まされていたら、ビールでも空けて笑い飛ばす。

 楽しい時間だ。若い頃からずっとこうしてきたけれど、はかりとはこうして趣味の話をしているときが一番楽しい。もちろんアルコールは成人してからだけど。

 

「にしても、もうこんな時間なんだ」

「そりゃ、三本も夜中に纏めて見ればなぁ」

 

 そろそろ日付が変わるかという頃。

 ねねは別室で寝ているし、そろそろお開きという空気だ。明日も明日で業務がある。お互いに、これ以上夜ふかしをしていられる年でもないだろう。

 

「んじゃ、俺は寝るから」

「そ、おやすみ……明日は変な事件起こさないでよ?」

「無茶を言うな」

「開き直るな」

 

 そういって互いに苦笑すると、俺は立ち上がる。

 大きくあくびをすると、一気に眠気が襲ってきた。

 

「そういえば――さ」

 

 ぽつり。

 後ろからはかりの声が聞こえてくる。

 

「……アンタ、いつまで続ける気なの?」

 

 何を、と聞くまでもないだろう。

 ――霊能探偵を。

 実際、ずっととは言えない話だ。霊能者は歳を取ると霊質も衰える。俺は既に衰える霊質もないが、歳は当然重ねるものだ。

 だったら、いつまでそれは続くのか。

 いつまでも、ではない。それは当然解っているが、

 

「俺は別にいつだって、俺っていう生き方を続けているよ」

「それはそうかもしれないけどさ」

「……むしろ、はかりはいつまで続けるつもりなんだ?」

 

 俺は俺の望むように生きている。だからそれを迷う必要はない。でもはかりはどうだろう。はかりはホラーが苦手で、直接事件に関わることはないけれど、偶発的に知りたくないことを知ってしまうことは多々ある。

 そんな中で、はかりはいつまで今の自分を続けられる?

 それこそ、ずっとではないだろう。

 

「……私、怖いのが苦手なんだけど、なんでだと思う?」

「何にでも怖がるから、思い当たる節がない」

「うっさい。……人が死ぬのが怖いんだよ」

 

 とても、とても普通の感情だ。

 死と向き合うことが怖いというのは当たり前で、はかりの場合はそれが人一倍強かった。――なぜ?

 

「私、小さい頃から死ってなんだろうってずっと考えてきた。答えなんてなかったけど、隣に死んだ霊魂みたいなやつがいたせいで、考えるしかなかったから」

 

 俺のせいだった。

 俺が死んだ霊魂の目をしていたから、はかりはそうなったのか?

 

「でも――アンタが幽霊のことを私に相談した時、私は知った。死っていうのは終わりじゃないんだって。死んでもその“後”があるんだって」

「……」

「だから私は、死を怖いとは思わなくなった」

 

 だから大丈夫なのだと、はかりは言う。

 死を間近にみることで、感じ続けてきた恐怖は、意外にもあっさり片付いたとして――

 

「……ま、怖いものは怖いんだけど」

 

 それはそれ、これはこれ、だ。

 

「人はそう簡単に変われるものじゃないからな」

「私の人生、アンタほど劇的じゃないしね」

 

 そうやって互いに笑い合う。

 なんて、話し込んでいるとまた止まらなくなってしまう。俺はもう一度おやすみ、と言って部屋に戻るのだった。

 

 

 ===

 

 

 ――おやすみ、そう言ってあいつを見送る。

 いつものように、これからも変わらない挨拶をする。

 

 いつもそう、いつだってそう。あいつは自分の生き方を曲げない。生まれてきた時からそうだというなら、きっとこれまでだってそうなんだろう。

 私は人の死が怖い。

 あいつが隣にいなかったら、きっと今でも怖いままだった。

 

 ――いや。

 ふと、部屋の隅で何かが動いた“気がした”。

 ――――怖い。

 

 ふと、後ろで何かが動いた“気がした”。

 ――――怖い。

 

 ふと、振り返ればなにかがいる“気がした”。

 ――――怖い。

 

 怖い、怖い怖い怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 

 視覚が、聴覚が、嗅覚が、触覚が、幻覚が、錯覚が、死角が、全てが私に恐怖を押し付けてくる。何もかもが恐怖の根源に変わっていく。この場にある全てが、私という人間すらも恐怖を抱えているのではないかという錯覚をしてしまうくらい。

 

 私は恐怖していた。

 

 呼吸は荒くなり、視界はもはや薄暗さなど関係ないくらいに歪みきって何も視えない。自分がどこにいるのかという感覚も、平衡感覚も全てがぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、吐き気がこみ上げてくる。

 また、こうだ。

 

 いつも、恐怖を感じるとこうなる。

 幽霊など関係なく、心霊現象など関係なく、怖いと一度でも感じてしまうとこうなのだ。異常なほどに私は恐怖に弱い。克服しようとしてもできなかった。

 

 ただ、対処法はある。対処法というか、対症療法と言うべきか。

 私は即座に近くに置いてあった自分のスマホへ手をのばす。いつこうなってもいいように、スマホは持ち歩いている。

 

 そして、

 

 ――待受になっている、笠沙技の顔を見た。

 

 

 直後、猛烈な多幸感に包まれた。

 

 

「――あっ」

 

 幸福、至福、祝福。私の思考が、一瞬で上向いていく。ああ、幸せだ、幸せだ!

 大きく吐息を繰り返しながら、あいつの顔写真を眺めるたびに、胸が熱くなっていくのを感じる。恐怖が塗りつぶされて、幸福へと変わっていく瞬間を実感する。

 ――体中に、あいつの存在が染み渡っていく!

 

 ひとしきり、それを堪能した後、私は不意に周囲を見渡す。

 視線、気のせいであるはずなのに、どうしてかそれを感じてしまい、もう一度あいつの写真を見る。……うん、大丈夫、落ち着いた。

 

 もう一度、大きく息を吐く。

 

 ――こうなったのは、もう何年前だろう。あいつが隣にいれば、私は恐怖を乗り越えられると感じた時、同時に私はその一瞬に多幸感を覚えた。

 私が恐怖を感じている状態から回復するということは、“隣にアイツがいる”状態なのだ。そのことがどうしようもなく嬉しくて、気がつけば私はその感覚に囚われていた。

 

 恐怖も、あいつを間近で感じるためのスパイスなのだ。

 

 あいつはいつだって私の隣にはいない。あいつの隣はすぐ誰かが立ってしまう。でも、私が恐怖している時は私の隣にアイツがいる時なのだ。

 あいつは、そういうやつなのだ。

 

 だから――

 

「……ふふ、今日はあいつの声を聞きながら寝ましょう」

 

 私は、そう笑みを浮かべてその場を去っていく。

 今日はいい夢が見れそうだ。

 

 

 ――――なお、この時のことをねねちゃんが見ていたと、後にハナビちゃんに文句を言われて悶絶することになるのは、また別の話。




次回からねねの事件を処理する中編になります。
よろしくお願いします。
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