亮が戦闘機に乗った際の気迫と殺気は化け物レベル。対人相手なら無敗の成績を残している。模擬戦の相手だったユニオンの若手のエースパイロットはその時の亮のことをこのように語った。
「ヘッドオンでは猛獣の如き睨み、真後ろを取られたら今にも大きな手で握りつぶされそうだった」
と、蛇に睨まれた蛙のように震えていた。
「えーと、着替え……そういえば無いじゃん。フライトジャケットも無いし……はぁ、このパイロットスーツだけかよ」
着替えが無い。今日はロイヤルの寮舎に訪問する日なのだが、肝心の着替えがない。有るのはパイロットスーツとヘルメットと数少ない下着類、ドッグタグだ。移民ではあるものもロイヤル出身である以上気品のある身だしなみが必要なのだ。
これから送る日常は大きく変わるだろう。あの寂れた基地とは違い多くのKAN−SENが住んでる。更に指揮官という役職を与えられた以上責任を全うしなければならない。元々は海軍出身ではあるが在籍していた頃にKAN−SENの存在は知らなかったし戦い方も分らない。そう全てが1からのスタートなのだ。
「しょうがない。このまま執務室に行くか、まあ何が起きても対応できるって言い訳すればいいか」
丁度良い言い訳を考えて自室を後にして執務室へ向かう。窓から差し込む光に照らされる廊下。非常にだが手入れされている。とても丁寧な仕事だ。細かい所まで掃除が出来ているというのは視野が広いという事だ。それは戦場でも役に立つ。
重くもなく軽くもない足取り、行進のように歩き執務室の扉を開けようとしている。自分の仕事部屋なのに何故か緊張する。それにいい匂いがする。それに釣られ開けてしまう。軍人なのに迂闊過ぎるのではと思い返してしまう。
「あ、ベルファスト? なぜ貴官がここに」
ぐぅ、と腹の虫が鳴った。まだ、朝食を取っておらずこんな食欲をそそるような香りでは耐えるのは歴戦の戦士でも実に困難だろう。セイレーンにだけ一回撃墜されただけで対人戦なら無敗のエースパイロットですらこの様だ。
自分でも分かるぐらいの赤面と手を口に当てふふっと上品に笑うのはメイド長のことベルファスト。昨日の戦闘で最初に助けたKAN−SENであり色々と世話をしてくれる。
「おはようございます。ご主人様、朝食を用意致しましたよ」
トースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダに紅茶。何だろう軍でこんなに美味そうな朝食は初めてだ。帰省中だとお袋の重桜の料理が定番であったため肌の色は白だが普通に米が好みであるがこれは
「美味そう、ていうか美味い」
「お口に合って何よりです。本日の予定ですが」
「そうだ。今日は訪問だな、一日ずつ見て回ろうと思う」
トーストを齧り付きながら今日の予定を確認する。
「まずは我がロイヤル陣営からどうでしょうか? 私たちメイド隊を始め女王陛下、KAN−SENたちもご主人様の訪問を歓迎しております。また、女王陛下は会合を望んでおります」
「会合ねえ」
「ベルファスト、俺はただの戦闘機乗りだよ。しかも死に損ないのね。皆、期待し過ぎじゃないのか?」
「今回の訪問でご理解頂けるでしょう。皆様がご主人様に期待する理由が、わたくしもご主人様が必要不可欠と思っております」
軍のタカ派は根拠もないある理論。クーデターにより生き残った敗者共の戯言が頭に響く、もし彼女たちが人類に敵対したならば? いや、よそうまだベルファストしか出会っていないがそんな考えは辞めよう。彼女たちを危険因子として見たくない
ロイヤルの女王陛下は何を思って会合を望んでいるのか。俺自身か人類のことか世間話か……ロイヤルのトップに君臨し政治でも軍でも最上位の決定権を持つ彼女がただの戦闘機乗りの俺に何の要件があると言うのだ。
一応は俺の国籍であるが、俺はある政策に惹かれたのだ。そもそも何故俺の国籍がロイヤルなのか? それは両親にある。父親は大手海運の社員で若くして地位を築いている。ある日取引の為、重桜にやって来て重桜の文化に触れたい父親は仕事の合間に観光に訪れた。その時、母親と運命的な出会いを果たしたのだ。
母親は有名な陶芸家の娘であり、偶々来店した父親と出会う。父親は一目惚れし重桜に長期出張を決意。そして、父親と母親は結ばれるのであった。ここまではいいがこれから大変だった。当時の重桜とユニオンは政治的に対立しており戦争に発展するのではないかと言われていた。両家はこれを懸念し二人を安全な国に移住させることを計画する。母方の祖父が知り合いでロイヤルの美術商の手引きによりロイヤルへの移住が決まった。
そして、ロイヤルへ移住し成長した俺はロイヤル政府が打ち出した政策により軍人として道を歩むことになる。ロイヤルは重桜とユニオンが緊張状態となり軍備を拡大する両国に追い付くため軍隊の増強に舵を切った。しかし、兵器の開発こそは順調であったが入隊者の減少という課題が壁になった。待遇と環境の改善に努めたがほんの少しの成果でしか得られない始末。そこで、思い切って移民者を対象したのだ。ロイヤルは移民や亡命者受け入れはするが選挙権が無かったり軍への入隊審査が厳しいなど制限が多かったが、移民者の緩和政策により多くの若者が軍へと入隊した。軍人になれば正式に国籍を修得できるのだから皆入る訳だ。
俺も参加し成績も収め空母エンジェルの艦載機乗りになったのだ。気がつけば指揮官になっていたという訳だ。人生何が起きるか分らないもんだな。さて、立派なスーツはないが振る舞いだけでもロイヤル紳士らしくしようじゃないか
「この朝食を頂いたらロイヤルの所に行くよ」
暫くして……
朝食を終えて本部を後にする。向かう先はロイヤル寮だ。遠目から見て豪華な建物に見え城のように見える。ロイヤルでもよく見かけるし家もあれ程ではないがまあまあ豪華だと思う。
門を潜るとKAN−SENが一人待っていた。俺を見かけるが否や
「初めまして! ジャベリンです! あなたが指揮官ですよね!」
確か駆逐艦の娘だったな。快活そうな娘っぽいな。
「ああ、お嬢さん。そうだ、亮・スウィートマンだ。よろしくなジャベリン」
ジャベリンの挨拶に敬礼して返す。ジャベリンも敬礼で返す。
「こちらは我がロイヤル所属の駆逐艦、ジャベリンさんです。本日はロイヤル寮の案内を担当致します」
「分かった。それじゃあジャベリンよろしく頼むよ」
「はい!」
ベルファストとは別れジャベリンの付いて行く、ここ母校は寮は別々であるが公共場所はどの陣営関係なく利用できる。それでも寮舎に厨房や浴場など設置されているのだという。やはり、24時間警戒しなければならない組織な上設備を充実させなければならない。
ジャベリンが色々と教えてくれる。同僚や先輩、メイド隊が作るお菓子や催しなどここはかなり活気に溢れているようだ。
紫のポニーテールをピョコピョコ揺らしながら案内してくれる彼女を見て微笑ましく思う。あんな戯言なんて嘘だってそう思う。
「何だか昨日の戦いが無かったような日だな。穏やかな海だ」
「あ、思い出した。指揮官、あの時はありがとうございました。お陰でこうして無事に指揮官とお話ができました!」
「気にしないでくれ。俺も昔、助けられたんだ。君たちKAN−SENにな……ジャベリン君には友人が居るかね?」
「はい。ラフィーちゃん、綾波ちゃん、23ちゃん、ユニコーンちゃんたちと仲良しですよ」
「そうか、ならジャベリンいいかい? 必ず守るんだ助けるんだ。俺は誰も守れなかったんだ」
この子は明るくて優しい子だ。友達も多い、案内されて多くのKAN−SENたちと交流がある。だが、それを失った時の代償は大きい。強大な力を持つKAN−SENとはいえ心は少女だ。
ジャベリンだけじゃない、他のKAN−SENも同じだ。心や感情を持つ彼女たちを導かなくてならない。
「ご主人様、準備が整いました。女王陛下がお呼びになられています。こちらへ」
「……分かった」
「もう行っちゃうんですか?」
「また今度な。その時は俺の戦闘機を見せてあげよう」
残念がるジャベリンの頭を撫でる。いよいよか……ロイヤルのトップに君臨するKAN−SENクイーン・エリザベス。思い出せば……任官式の時に遠目で見た覚えがある。よく見えなかったが
ベルファストに案内され扉の前に立つ。熟練した職人が作ったであろう木製の扉。この奥に彼女がいる。しかしながらこんな格好で出たくはなかったがしょうがない。割り切って背筋を伸ばし節度ある挙動でその部屋に入る。
「亮・スウィートマン中尉を連れて参りました。陛下」
ソファーの後ろ王冠が見える。彼女があの女王陛下か、ベルファストは一礼に続き敬礼する。
「スウィートマン中尉であります。女王陛下、このような格好で申し訳ありません」
「あらご丁寧にでも、あなたは指揮官で私よりも立場は上よ?」
「ロイヤル国民でありますので」
「へぇロイヤルとしての礼儀作法も身に着けてるなんてね。こちらに座りなさい」
士官時代に身に付けた教練動作。角度も歩幅も一定のリズムで進み静かにソファーへ座る。クイーン・エリザベスの素顔が明らかになる。金髪の幼い少女、しかし彼女がロイヤルのトップに君臨する女王陛下。
「なるほど資料通りね。ベルお茶を」
「かしこまりました。すぐに用意致します」
ベルファストが紅茶を用意してる間。クイーン・エリザベスともう一人のKAN−SENだけが残る空間になった。長くも短くもない沈黙が続き俺はある質問を投げかける。
「何故」
「何故、私のような者が指揮官なのでしょうか? ただ戦闘機乗りです。艦隊で指揮を執ったことのない男ですが」
「そういうことではないわ。あなたは私の忠実な下僕の1人に値する人間よ」
「……私が優秀……ですか。それはないかと」
「ウォースパイトよ。指揮官、陛下から話は聞いてるけどもあなたはセイレーンと度重なる戦闘で毎回帰還し戦果を上げる。何故そこまで自身を卑下するのかしら?」
「優秀ならば自分の船や同僚全員を失うようなことは無かったでしょう」
それにと、付け加える。俺みたいな人間は彼女の部下としては相応しくない。
「2年前に起きたクーデター軍の鎮圧に加わり泥にも血にも被った男。そのような私を女王陛下の下僕には相応しくは無いかと」
「それは間違いよ。指揮官、あなたは仲間を失ってもその不屈の闘志を持ちクーデターの鎮圧に貢献。殆ど一人で航空戦力壊滅させたそうね」
思い出すのはあの時の空戦。人と人の欲望が混じり合い憎しみが支配する戦場。セイレーンとの戦いに夢中になっていた俺は同じ人と殺し合うことになった。セイレーン相手に戦って来て俺は人相手では止めらなかったようだ。
その時は僚機を連れていたが俺の後を追えず、置いてけぼり。敵機の動きもどれも遅く見えた。そこで俺は理解した。
俺は死に損ないだと、あの海戦に一人だけ生き残ってしまい。敵にも味方にも化け物扱い。その内、俺に僚機が付かなくなった。一人だけで飛び続けた。クーデター終戦後もセイレーンが現れた際にも大佐と整備兵の二人だけで結託して出撃していた。
結局、俺は空でしか居場所が無い。戦うことでしか不器用な男だと
「……それほど多くの命を奪いました。将来有望な若いパイロットをこの手で落としました。それに私など……」
「ああ、もう!」
机を叩き身を乗り出すクイーン・エリザベスは俺に詰め寄る。寸前まで迫られ憤怒の表情しか見えない
「あなたは指揮官! 敬語は結構よ! まあこの私に指図するなど10万年早いけど、優秀だから免除してあげる。改めて私の忠実な下僕の1人となるのよ!」
「敬語……いや、こう見えてもロイヤルの兵士……」
「いいから! 敬語は! 結構よ! 女王の命令が聴けないの! あなたは!」
「ウ、ウィルコ……」
精一杯出せた言葉がこれだけだった。ベルファストが帰って来て紅茶飲んで今後の艦隊運営に議論して終わった。しかし、凄い剣幕だったな……
さて明日はユニオンか
「あなたは知らないでしょうけど……皆あなた助けられたのよ。昨日だけじゃなく。だからこそ信頼してるのよ、亮。陣営関係なくね。それにしても見つけるまで骨が折れそうだったわ」
「我が国の諜報部隊は優秀です。時間は掛かりましたが彼をアズールレーンに引き込むことができましたが」
「敵は多いわ。ぜっっったいに他の陣営には渡さないわよ。かくなる上は……どんな手を使ってもまでも」