煙幽霊―SteamGhost―   作:キンピラゴボウ

1 / 1
SteamGhost

煙幽霊(スチームゴースト)――それはスラムに住む子供でさえ知っている、怖い話。悪い事をした人間のところへ真っ黒い煙の塊がやってきて、その命を吸い込んでしまうのだ。煙幽霊に襲われた人間は例外なく死んでしまう。

幼い頃、俺は煙幽霊を見たことがあった。必死に短い足で逃げた。背中に生えた羽は小さくて飛ぶことも出来ずに、必死でぬかるんだ地面を素足で走る。それでも追いつかれて、俺は死ぬんだと分かった。

短くて、最低な人生だったと思いながら、煙に覆われようとしたときにあの人は現れる。

『小僧、無事か』

腕を一薙ぎしたら、煙幽霊はまるで本当の煙のように霧散してしまって、何もなくなってしまった。ギチギチと歪な甲高い音が鳴り、合わさった目線のその人から、手が差し伸べられる。

訳も分からず、俺はその人を見上げた。巨人のように大きく逞しい身体。手袋に覆われたがっしりとした手。触れれば引き上げられて、肩の汚れを軽く払われる。

煤けた赤い髪、凜々しい顔立ち。宝石みたいな碧い瞳。

『あなたは、だれですか』

無礼にも問いかけた言葉に、その人はただ答えてくれた。

『エンジだ。連れて行かれなくて良かったな』

 

 

船室のベッドで目を覚ます。窓を見るとまだ朝日が顔を出す前だった。船が揺れて、深夜にもかかわらず目が覚めてしまったらしい。軽く伸びをして、揺られながら見た夢を思い出す。

あれから十数年が経った。世界大戦で貧困のまっただ中で親に捨てられた俺は、毎日生きるのに必死だった。必死だったから、悪いこともやった。だから、罰が当たったのだろう。煙幽霊に襲われて、死ぬ直前で助けて貰った。あの人は俺に少なくない金を握らせて、そのまま去ってしまった。

身分の高い人間か、それとも異国からの放浪人か。どちらにしろ、ただの気まぐれ。死にかけた子供を見捨てられなかった偽善だったのだろう。それでも俺はあの人に救われた。宝石みたいだったあの人に。

あれから俺の生活は一変した。いや、させたと言うのだろう。与えて貰った金を使って、正しく生きようとした。力を付けて、知恵を身につけ、そして――もう一度あの人に会いに行こうと決めていた。

煙幽霊に襲われた時、俺の人生は終わるはずだった。それをあの人が二度目をくれた。だから、この人生はあの人に会うために使いたいと思ったのだ。一度だけでいい。ただ感謝の言葉を伝えたい。そして出来ることなら、あの恩を返したい。

名前ぐらいしか分からない、霧の中を進むようなものだった。けれどそれでも俺は諦めなかったし、諦められなかった。そうして今、俺は人形商人として生計を立てながら各地を回っている。

人形商人――所謂、機械人形(オートマタ)を販売することを生業とする職だ。一世紀ほど前、とある数学者が階差機関、つまり機械式用途固定計算機を生み出し、自立機械の技術は飛躍的に進歩した。日常生活、医療、戦場。そのどれもにその技術は使用されていたが、その最も足るものの一つが機械人形だろう。

人の形を模した機械にパンチカードによるプログラムを書き込み、自立起動させるのだ。内部に小型の蒸気機関を内蔵し、熱エネルギーを電気に変換、動力源として稼働している。

小難しい話だが、簡単に言うと自立する人形を売っているだけだ。肉体労働から愛玩目的まで幅広い。といっても、人間的な思考が成り立っているわけではないので本当にただの『人型の機械』だ。機械の整備をして、プログラムを調整し組み込む。そして売りさばく。それなりに高性能な機械人形は高値で売買できる。俺の商売の元であり、命綱。

「今回も全部売れれば良かけど」

ベッドの隣、置かれたカゴに入れていた羽根を引き寄せ背に戻す。

元値が高いだけあって、売れなきゃ資金が減るばかりだ。俺にはあの人を探して世界を回るという目標があるので、金は多い方がいい。今でも貯めてはいるが、心許ない。

それに、腕っ節ももう少し鍛えなければならない。これは純粋に、命を取られる危険性があるからだ。詳しい統計は取られていないが、およそ世界人口の三割ほどが『異能』と呼ばれる力を持っていると言われている。その三割に入るのが俺だ。背から翼が生える異形。どうやら両親からの遺伝が主らしいが、捨てた親のことはあまり覚えていない。これが原因で、狙われることが良くあるのだ。誰しも貴重なものは欲しがる。目に見える異形は、その標的になりやすい。異能は高値で売れるため、異能者は常に危険と隣り合わせとなっている。

世知辛い世の中だ。直ぐにでも会いに行きたいのに、情勢がそれを良しとしない。

それでもその全てを躱しきって、あの人へ会いに行く。生きているかさえも分からない、宝石を持つあの人に。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。