道化英雄譚   作:真黒 空

1 / 28

???「現れたか、道化め!」


1:再会

 

 

 

『アルゴノゥト』

 

 

 それは神々が天上から地上に降り立っていない古代に存在した、滑稽な男の名前。

 英雄になりたいと夢を持つ青年が、牛人によって迷宮(ラビリンス)へ連れ攫われた、とある国の王女を救いに向かうお伽噺。

 

 時には人に騙され。

 時には王に利用され。

 多くの者達の思惑に振り回さる道化者。

 友人の知恵を借り。

 精霊から武器を授かって。

 なし崩しに王女を助け出してしまう、滑稽な、英雄の名前。

 

 英雄譚というよりも、喜劇として語り継がれる物語。

 彼の冒険は、そんな滑稽な王女救出のたった一度しかない。

 最後には助けに行った王女にさえ助けられた英雄は、次の冒険であっさりと命を落とした。

 

 それが彼の人生。アルゴノゥトの生涯。

 死んでしまった彼に新たな希望を生み出す事はできず、残るは滑稽な生き様が語り継がれたお伽噺だけ。

 アルゴノゥトの物語を聞いた者が上げる笑い声だけが、彼を供養する鎮魂歌。

 それだけのはずだった。

 それだけでいい、はずだった。

 

 

 

 

 

 これは、とある滑稽な男の話。

 田舎の農村に生まれついた少年が、祖父から聞かされた英雄譚に目を輝かせ、自らも英雄になりたいと無邪気に願う。そんなありふれた子供の夢想。

 本来なら成長するにつれて壁にぶつかり、誰もが自らの器を知り、手を伸ばす事をやめようとしてしまうそれに、決して届かないと分かっていながら笑って手を伸ばし続ける、愚かな道化の軌跡。

 

 けれど、私達は歓迎しよう。

 そんな愚かな道化が紡ぐであろう物語を。

 歴史上のどんな英雄よりも多くの笑顔を生み出した、滑稽な笑い者の喜劇を。

 誰よりも非力でありながら、誰よりも英雄であった、一人の男の帰還を。

 私達が愛した、真の英雄の再誕を。

 

 

 おかえりなさい、アルゴノゥト。

 

 いいえ。ベル・クラネル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが儂のお気に入りの英雄譚『アルゴノゥト』じゃ」

「おおっ、これが!」

「こいつは凄いんだぞ。何があってもそれを笑いに変えてちまう。とんでもない男だ」

「ハッハッハ、そんな事はない事もないが、とても照れるネ!」

「なんでお前が照れるんじゃ、ベルよ?」

 

 

 

「男ならハーレムを目指さなきゃな!」

「ああ、もちろんだ! ハーレム! 美しい美女に囲まれる格好良い私! それは男の夢! ロマン!」

「その通り! やはり話が分かるのぉベルよ!」

「ハハハハハ! 英雄、色を好むと言う! 英雄を目指す私にとって、いや男子(おのこ)としてハーレムは当然譲れない!」

「良いぞぉ、ベル! 夢を語れ! たとえそれが身の丈に合わぬ大言でも、そんなものを語れん奴が英雄になどなれるものか!」

「もちろんだとも! 見ていてくれおじいちゃん! 私は必ず世界に轟く英雄になってみせる!」

 

 

 

 

 

 古代の時代、大陸の最果てに存在する『大穴』より生まれた魔物により人類は絶滅の危機に瀕していた。

 魔物により多くの都市は落ち、多くの命が奪われ、いくつもの種族が住処を捨てる選択を強いられた。

 人々は魔物の影に怯えて笑う事すらなくただ身体を震わせ、いつか訪れるであろう最期の時が今日ではない事を祈って日々を過ごす。

 古代において、それこそが人類の在り様だった。

 

 それがいまや、モンスターに生活を脅かされる者は殆どいない。

 約千年前、天界から神々が降臨し、恩恵を授かって神の眷属となった人類がモンスターに対抗しダンジョンへと封じ込めたからだ。

 その奇跡のような人類の進撃を、神々が恩恵を授けてくれたから、という者もいるだろう。

 それは間違いなく正しい。

 しかしそれまでモンスターと懸命に戦い食い止めてきた者達がいなければ、きっと神々もこの下界に降りてこようとは考えてくれなかったのではないだろうか。

 そしていくら神々が恩恵を授けてくれたとはいえ、恐ろしき怪物に立ち向かう勇敢な者達がいなければ、結局人類は滅ぼされてしまっていたはずだ。

 

 人の身でありながら凶悪なモンスターと戦い、人々に笑顔を齎してくれる存在。

 人はそれを、英雄と呼ぶ。

 だから私は、英雄になりたい。

 素質がなくても、器でなくとも、資格がなくとも、英雄になりたい。

 

 そんな分不相応な夢を見た。大願を抱いた。

 アルゴノゥト――いやベル・クラネルは、誰をも守り、人々に笑顔を齎す英雄になる。

 だからきっと、これはそのための試練というやつなのだろう。

 

「……もしかして君、お腹空いてる?」

 

『グゴオオオォォォォォォォォ!』

 

 絶体絶命の状況にあって顔を引きつらせながら絞り出した質問に答えたのは、返事としては失格だったが受け取る側には100%その意図が伝わる満点のものだった。

 

「ですよねぇ~」

 

 お前を食らうとばかりに叫ぶモンスターに、ベルはアハハと乾いた笑みを浮かべる。

 普段はこの森にモンスターなど出ないはずなのだが、なんの因果か目の前には飢えた目でこちらを見つめる獣蛮族(フォモール)が。

 見た目は人型の狼と言えば分かりやすい。鋭利な瞳がベルを獲物として見ているのは我慢しきれず口から垂れている涎が証明していた。

 そんな獣蛮族(フォモール)の前に立つベルは、そこらへんの獣を相手にするために鉈くらいは持っていたが、そんなものがモンスター相手に武器になるはずもなく。

 ベル・クラネルは命の危機に瀕していた。

 

「事ここに至っては、私にできる事はただ一つ!」

 

 警戒しているのか動きがない獣蛮族(フォモール)にビシッとベルは人差し指を立てる。

 そして大きく息を吸うと、踵を返して全力で走り出した。

 

「お~~~た~~~す~~~け~~~!!」

 

 情けない悲鳴を上げてなりふり構わず逃げる。

 戦えるわけがない。もしベルが鉈を振り回して獣蛮族(フォモール)に向かっていったとしても2秒で殺されるのがオチだ。

 

「無理無理無理無理! いずれ英雄になるとはいえ私はまだ非力な農民だヨ! 試練を課すのが早すぎるって!」

 

 誰に向けたわけもない文句を言いながら必死に走る。

 顔だけ振り返って後ろを見れば、獣蛮族(フォモール)は二足歩行から四足歩行になって猛スピードで後を追ってきていた。

 

「ヒイィィィ! ジュピター! いるなら出て来て私を助けてー! もう一度雷霆の剣をこの手に!」

 

 かつて自分を助けてくれた精霊の名前を持てる限りの全力を持ってベルは叫ぶが、当然答えはどこからも返ってこない。

 

「こうなったらなんとしても逃げ切ってやる! 裏山の野良兎とまで呼ばれた私の逃げ足についてこられるものならくるがいい!」

 

 挑発するように叫んで一心不乱にベルは逃げる。

 村には戻れない。ただの農村である村に獣蛮族(フォモール)を倒せるような戦士はおらず、このまま村に逃げ込んでしまえば戦えない村民が獣蛮族(フォモール)に蹂躙され殺されてしまう。その混乱に乗じて自分だけは逃げられるかもしれないが、それは人の道を外れた外道の所業だ。断じて選ぶわけにはいかない。

 

 ベルと獣蛮族(フォモール)の追いかけっこは熾烈を極めた。

 何度その牙が身体を貫きそうになったか。何度その爪が身を切り裂きそうになったか。

 服はボロボロ。肌は獣蛮族(フォモール)の攻撃はもちろん、険しい森の中を走り回ったせいで裂傷がない場所を探す方が難しいほど傷だらけ。

 それでもなんとか致命傷だけは回避してベルは必死に逃げ回った。

 体力はとっくに限界を超えていて、もはや足を動かすどころか息をする事すらやめたくなるほどの極限状態だったが、ここで走るのをやめれば即座に亡き両親の後を追う事になる事は明白だった。

 

 しかし、そんな追いかけっこにも終わりが訪れる。

 散々逃げ回ってベルが辿り着いた先にあったのは、登る事は到底不可能な岩壁だった。

 慌てて振り返れば、すぐ近くまで迫った獣蛮族(フォモール)は獲物を追い詰めた事を見て取ったのか、走るのをやめて立ち上がり、じわりじわりとゆっくり近付いてくる。勢いに任せて飛び掛かってこないあたり、頭の切れるモンスターなのだろう。

 

「はぁ……はぁ……ちょっと君、しつこ過ぎない?」

 

 息を切らし、汗だくになって膝に手をつきながらベルは獣蛮族(フォモール)に問い掛ける。

 当然答えは返ってこなかった。

 

「まさしく絶体絶命というやつか。短かったな、私の人生……」

 

 空を仰ぎ、14年間の己の人生を振り返る。

 生まれる前の生もカウントに入れて良いのであれば倍以上にはなるが、それでも少ないと言っていいだろう。

 

「などと世を儚んでる場合ではない! 私は英雄となるために、生きてオラリオまで行かなくてはならないのだ!」

 

 ブンブンと首を横に振って、ベルは己に喝を入れる。

 命の危機にあって、その瞳は欠片も諦めを宿してはいなかった。

 

「ならばこの状況も神々が私に下された試練! まだ下界へ降り立っていない神々よ、ご照覧あれ! 未来の大英雄ベル・クラネルの最初の戦いを!」

 

 大仰に言い放ち、ベルは鉈を構える。

 そして覚悟を決めると、雄叫びを上げて獣蛮族(フォモール)へと飛び掛かった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 突然自分に向かって駆けてきたベルに獣蛮族(フォモール)は驚いたのか目立った反応を見せない。

 その好機に感謝し、ベルは獣蛮族(フォモール)の首筋に目掛けて全力で鉈を振るった。

 

「――!」

 

 しかしその結果にベルは目を見張る。

 ベルの鉈は狙い通り獣蛮族(フォモール)の首を捉えた。

 だがその獣毛にまるで刃が入らず、首を絶つどころか肉にすら届いていなかった。

 

「グゴオオオォォォォォォォォ!」

 

 獣蛮族(フォモール)の雄叫びに、とっさにベルは腕を振り上げる。

 直後、とてつもない衝撃に襲われた。

 何をされたかも分からないまま吹き飛ばされ、止まらぬ勢いに地面を転がって背中から岩壁に叩きつけられる。

 そこでようやくベルは獣蛮族(フォモール)の一撃を食らったのだと理解した。

 

「がはっ――!」

 

 血を吐き、地面に倒れる。

 あまりの衝撃と痛みに視界が明滅する。

 その中でも、まるで灼熱を帯びたかのように激痛を発する右腕を見て、ベルは言葉を失った。

 ベルの右腕は肘の先が曲がってはいけない方向に曲がっていた。それだけならまだしも、肩口からは真っ赤な血が止めどなく流れている。おそらくは獣蛮族(フォモール)の爪によって抉り取られたのだろう。その血の量は素人のベルが見ても致命傷である事が分かる量だった。

 一撃だ。

 たった一撃で、右腕が完全に死んでいた。

 この傷では、もはやまともに動かすどころか、逃げるために走る事さえ危ういだろう。

 

「ハハッ……まさか、これほどまでとはな……」

 

 ダンジョンから出て地上に進出したモンスターは格段に弱くなっているという話を聞いた事があるが、とんでもない。それはあくまで迷宮都市(オラリオ)の基準であり、ただの農民でしかないベルにとって地上のモンスターは人の力を遥かに凌駕する化け物だった。

 

「とてもではないが、私が太刀打ちできるようなモンスターではない。村から遠ざけた選択は、無駄ではなかったというわけだ」

 

 自らの好判断に脂汗を掻きながら笑みを浮かべるベルに、獣蛮族(フォモール)はゆっくりと近付いてくる。

 それを見て、ベルは痛みを堪えてなんとか立ち上がった。

 

「私を食らうか、モンスターよ。だが覚悟しておくがいい。私は諦めが悪い。ただで食らわれはしない」

 

 強がって、笑う。

 先程の一撃で鉈は落としてしまったベルは素手だったが、それでも左腕だけで構える。

 ここに至ってもまだ、ベルは自らの生を諦めてはいなかった。

 右腕を折れられたとはいえ、左腕はまだ動く。走る事すらできないのならば、相手が自分を食らおうと近付いてきたところを反撃すればいい。

 狙うは眼球。いくら獣蛮族(フォモール)の獣毛が鉈の刃を通さないほど固くとも、生物の眼球は脆い。おそらくは素手でも潰す事くらいはできるはずだ。

 しかし獣蛮族(フォモール)の攻撃を潜り抜け眼球を狙うのは至難の業であり、たとえ眼球を潰せたとしても、傷付けた事に怒り狂われ逆襲を受ければ確実にベルは死ぬだろう。

 反撃を受けた事で警戒し逃げてくれればいいが、そこはもう完全な運任せだ。

 

 それでも、諦めるという選択肢はベルにはなかった。

 英雄になるためにも、こんなところで死んでなどいられない。

 決死の覚悟で、ベルは涎を垂らし近付いてくる獣蛮族(フォモール)と向かい合う。

 

「【契約に応えよ】」

「!」

 

 突如、聞き慣れた声が響き渡った。

 それはあまりに懐かしい声で、ベルは絶体絶命のピンチでありながら、幻聴が聞こえたのかと錯覚し呆けてしまう。

 

「【森羅の風よ。我が命に従い敵対者を薙げ】」

 

 獣蛮族(フォモール)の後ろから聞こえてくる力強い声が耳慣れた歌を唱える。

 何度も間近で聞いてきた歌声に、ベルは窮地だというのにどこか安堵してしまう。

 だがそれも仕方のない事だった。なぜならその歌が聞こえた後はいつだって、ベルの周囲から危険はなくなっていたのだから。

 

「【ゲイル・ブラスト】!」

 

 魔法名が告げられた直後、圧倒的な風の奔流が獣蛮族(フォモール)を飲み込んでいく。

 鉈では傷一つつける事すら叶わなかった獣毛をあっさりと切り裂き、獣蛮族(フォモール)は突然の魔法に抵抗すらできず、痛苦の叫びを上げる。

 

「グガアアァァァァァァァァァ!」

 

 それが獣蛮族(フォモール)の断末魔となった。

 魔法によって身体中を切り刻まれた獣蛮族(フォモール)が力尽き地面に倒れる。

 自分を食らおうとしていたモンスターが息絶えるという突然の事態に、ベルは痛みも忘れて目をしばたかせた。

 

「危なかったですね。まったくもう。弱っちいのに、無理をしちゃダメじゃないですか」

 

 自分に向けられたであろう、誰よりも聞き慣れたその声に顔を上げれば、そこには一つの人影が。

 

 頭の後ろで一つに束ねた山吹色の髪。

 こちらを見つめる優しげな色を湛えた翡翠の瞳。

 そして花のような彼女に良く似合う、ちょこんと尖った耳。

 

 その姿はベルの――アルゴノゥトの傍にずっといてくれた、唯一の家族のもので。

 

「…………フィーナ……なぜ……」

 

 今生では会えないと思っていた妹の名前を呆然とベルは呟く。

 しかし問われた少女は、とてもおかしそうにベルの問いを笑った。

 

「何を言ってるんですか? あの日と同じように、空は青いじゃないですか。だったら私は、あなたに会いに来ますよ。アル兄さん」

 

 それが当たり前の事だと、その昔、兄に言われた言葉をなぞって少女は答える。

 そして未だに呆けるベルに屈託のない笑みを向ける。

 

「どうしたんですか? いつも笑ってる兄さんには、呆けた顔になんて似合いませんよ? ほら、兄さんらしく唇を曲げて笑いましょう?」

 

 そう言って少女はベルの目の前まで近付いてくる。

 上目遣いに自分を見つめてくる瞳に、その顔に浮かぶ笑顔に、なぜだかベルは泣きそうになる。

 だがなけなしの意地でそれを堪え、誤魔化すようにベルは彼女の言う通り笑った。

 

「……ハハッ」

 

 自分らしくない、小さな笑いだった。

 だがそれも仕方ない。

 大声を出したら、つられて涙も出てしまいそうなのだから。

 空を見上げて一度心を落ち着かせ、ベルは視線を戻してもう一度自分を助けてくれた少女を映す。

 真正面から自分を見上げてくる少女の懐かしいその顔を、万感の思いと共に見つめる。

 

 あの日と同じように。

 彼女に初めて兄と呼ばれた、あの晴れた日と同じように。

 

「久しぶりフィーナ。我が妹よ」

「お久しぶりです、アル兄さん。兄さんが心配で、こんなところまで来ちゃいました」

 

 冗談交じりに告げる妹と、ベルは目尻に涙を浮かべながら笑い合う。

 3000年の時を経て、何も変わらぬ青空の下で、兄妹は再び巡り合った。





ダンメモ4周年記念。
私のダンまちアルゴノゥト作品の前作である『道化』VS『静寂』をお読みいただき待っていてくださった方はお待たせしました。
並行して書いているギアス小説がメインなので、最初の数話以降の更新はかなりのんびりになると思いますが、末永くお付き合いいただけると幸いです。

次回:迷宮都市(オラリオ)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。