道化英雄譚   作:真黒 空

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明確に区切ってるわけではありませんが、一応今話から新章スタートになります。


12:冒険者依頼(クエスト)

 

「ふあぁ~」

 

 朝日が昇ってしばらく経った早朝。

 日の入らない建物の中で、カウンターに頬杖をつく犬人(シアンスロープ)の女性の欠伸が響いた。

 相も変わらず店内は閑古鳥が鳴いており、本当ならまだベッドの中で眠っていたい心持ちだったが、この時間が一番の稼ぎ時である事は確かなので店を開けないわけにはいかない。

 それにいままでなら、かきいれ時とはいえ客が皆無という事も少なくなかったが、現在は少なくとも一組の客入りは約束されているようなものなのだ。

 

「たのもー!」

 

 店の扉が開き、朝から騒がしい声を響かせて入ってきたのは白髪のヒューマンと山吹色の髪を伸ばしたエルフ。

 主神同士の仲が良いため常連となった駆け出しの冒険者達だ。

 

「いらっしゃい。ベル、レフィーヤ」

「おはようナァーザ! 良い朝だな!」

「おはようございます、ナァーザさん。いつも兄さんがうるさくてすみません」

 

 定型の挨拶をすると、二人も笑顔で挨拶を返してくる。

 兄の方は朝だというのに相変わらずテンションが高い。これからダンジョンに行くのだから当たり前なのかもしれないが、それでも活発な方ではないナァーザはあの元気にいつも圧倒されてしまう。

 

「今日も来たんだね。私としてはありがたいけどさ」

「もちろんだ! 私達の冒険はナァーザの顔を見ない事には始まらないからな!」

 

 調子の良い事を言ってベルは笑う。

 普通の冒険者はある程度の買い置きをして、それが心許なくなったら補充するために店に来るので来店の期間は空くのだが、この二人は初めて店に来た時から毎朝前日の消費した分のポーションを買いに来てくれていた。

 

「じゃあこの店が臨時休業でもしたらベルはダンジョンに行かないの?」

「その時は前日にいつもの2倍ナァーザの顔を見るから問題はない!」

「意味が分からないんだけど……」

「すみません、聞き流してください」

 

 訳の分からない事を勢いのまま喋るベルに困惑するナァーザ。

 その様子にレフィーヤが申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「で、今日は何を買いに来たの?」

 

 挨拶のようなふざけたやり取りを済ませてナァーザが確認すると、ベルは必要な物を一つ一つ口にする。

 何も考えていないように見えて、メモを取っているわけでもなさそうなのにすらすらと商品と必要な数量が出てくる。

 

「ふぅん。結構使ったんだね。ダンジョン探索は順調なんだ」

「ああ、先日も到達階層を更新して8階層を踏破した!」

「8階層? ……ベルとレフィーヤって、まだ冒険者になって半月ちょっとでしょ。それなのにもうそんな下層に潜ってるの?」

 

 目を丸くしながらナァーザは問う。

 本来ベルとレフィーヤくらいの駆け出しでは、いくら優秀でも5階層くらいまでが限界のはずで、それ以降の階層に足を踏み入れるのは自殺行為に等しい。なのに既に8階層で探索を行っていると胸を張るベルにナァーザは半信半疑の視線を向けてしまう。

 

「ふっふっふ、私もレフィーヤも冒険者としての頭角をメキメキと現しているのだ。これはランクアップの日も近いかもしれないな!」

「何言ってるんですか。ランクアップなんてもっとずっと先の事ですよ」

「……そうだね。数年くらい先だって考えといた方が良いと思うよ。記録保持者(レコードホルダー)の『剣姫』だって、ランクアップには1年掛かったくらいだし、私も6年掛かったしね」

 

 調子に乗って大言壮語を吐くベルにレフィーヤが呆れてため息をつく。

 それに同意しながらナァーザも自分の経験を踏まえてランクアップの難しさを語るが、ベルが注目したのは別の部分だった。

 

「なんと! ナァーザは上級冒険者だったのか!?」

 

 大袈裟にリアクションで驚きを表現しながら、目を輝かせて問うてくるベル。

 それに若干引きつつも、ナァーザは正直に答えた。

 

「……昔の事だけどね。いまはもうダンジョンに潜る事なんてないし」

「それでも凄いですナァーザさん! 私達よりずっと先輩の冒険者だったんですね!」

「だからもう冒険者じゃないって……」

 

 ベルだけではなくレフィーヤにまで手放しに賞賛され、頬を掻きながら素気なくナァーザは返す。だがパタパタと揺れる耳が感情を隠しきれてはいなかった。

 

「はい、注文分の品物だよ」

 

 それを誤魔化すようにナァーザは集めた商品をテーブルに置く。

 ベルは用意された品物を確認する事なく頷いて、最後の注文を行った。

 

「助かる! それではナァーザ、いつもの奴を頼む!」

「……またあれやるの? 正直気乗りしないんだけど……」

「ははは……本当にごめんなさい」

 

 ナァーザの愚痴に、レフィーヤが苦笑しながら謝る。

 それでも撤回しようとしない兄妹に、ナァーザは一度ため息をついて気持ちを切り替えた。

 ベルの注文に気乗りしないのは確かだが、ナァーザとしても願ったり叶ったりの結果を招いてくれる事は間違いないのだ。

 これも商売と自分に言い聞かせ、普段あまり使わない顔面の筋肉を動かしてナァーザはにっこりと業務用の笑顔を浮かべた。

 

「いつもお買い上げありがとう。ベル、レフィーヤ」

 

「ん~! 素敵な笑顔だ! 良し、追加でポーションとマジックポーションを2つ!」

「また無駄遣い……」

「大変だねレフィーヤ。こっちはチョロく儲かって助かるけど」

 

 笑うだけで追加注文が入るボロイ商売に、ナァーザはレフィーヤに同情しながら今度は本心から小さく笑って商品を用意しに行く。

 レフィーヤのジト目を受けながら、まるで堪えた様子も見せずベルは思い出したようにナァーザに話し掛けた。

 

「そうだナァーザ。昨日ダンジョンでモンスターを檻に捕らえて運んでいるのを見たのだが、何か知らないか?」

 

 ベルから聞いた内容に思い当たる節があったのか、ナァーザは商品に手を伸ばしながら「ああ」と頷く。

 

「きっと怪物祭(モンスターフィリア)の準備だね。そっか、もうそんな時期なんだ」

「「怪物祭(モンスターフィリア)?」」

 

 聞き慣れない単語にベルとレフィーヤが揃って首をかしげる。

 二人が知らない事を察し、ナァーザはそのまま説明してくれる。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】主催の年に一度のお祭りだよ。ギルドも運営を手伝ってて、ダンジョンで捕まえたモンスターを闘技場で調教(テイム)するの」

調教(テイム)というのは確か……モンスターを従える技術だったか?」

「そう。ダンジョンのモンスターって地上のモンスターよりタチが悪いから調教(テイム)しずらいんだけど、都市の憲兵なんて言われるだけあって【ガネーシャ・ファミリア】は実力も折り紙付きだからね」

 

 だから問題なく調教(テイム)できるというナァーザの説明に、ベルは納得したように頷く。

 

「つまりモンスターを調教(テイム)する一連の流れを見世物にする祭り、という事だろうか?」

「そういう事。オラリオならではの催しだね」

 

 ただでさえ珍しい調教(テイム)という技術をお祭りにして楽しむなど、上級冒険者が多くいるオラリオ以外にできる場所はない。

 人類の脅威ともいえるモンスターを逆に従える様子が人々の関心を惹くのもある意味当然なのかもしれなかった。

 

「暇ならベルとレフィーヤも行ってみたら? 一日くらいダンジョン探索を休んだって平気でしょ?」

 

 話の流れでナァーザからそう提案され、ベルもレフィーヤもそれを脳内で検討する。

 しかしモンスターを調教(テイム)するという行為に二人が思い出すのは、鎖が巻きつけられた雄牛。『雷公』と騙られた獰猛なミノタウロスの姿で――

 

「い、いや、遠慮しておこう! モンスターはダンジョンで見慣れているし、わざわざ探索をサボってまで行く事はない! なぁレフィーヤ!」

「そ、そうですね。わざわざ手間を掛けて見るものでもありませんし、ダンジョン探索を優先しましょう!」

 

 大量の冷や汗を掻きながら頷き合う兄妹。

 態度のおかしい二人の反応に、ナァーザは不思議そうに首をかしげたが、元々興味もなかったのか深掘りする事はしなかった。

 追加注文分の薬品をまとめ、それをお代と交換してそれぞれの腰巾着にしまい、ベルとレフィーヤは店を後にしようとする。

 いつもならそれを「ありがとうございました」の挨拶と共に見送るナァーザだったが、今日は違った。

 

「あっ、待ってベル、レフィーヤ。ちょっとお願いしたい事があるんだけど」

「分かった! 任せてくれ!」

「兄さん! 話の内容を聞く前に安請け合いしないでください!」

 

 振り向きながら即答で自分を胸を叩くベルに、レフィーヤが抗議の声を上げる。

 その漫才に苦笑しながら、ナァーザはテーブルの下から丸められた羊皮紙を取り出す。

 

「それは?」

冒険者依頼(クエスト)の発注書。ここに書いてあるものを、取ってきてほしいんだ」

 

 羊皮紙を広げながらベルに手渡し、ナァーザは事情を説明する。

 

「誰かに頼むつもりで発注書だけ作ってあったんだけど、二人はもう8階層の探索を進めてるっていうし大丈夫かと思って」

 

 つまり元々はベル達に頼むつもりはなかったが、今日の話を聞いて任せても大丈夫だと判断したという事だろう。

 ベルは羊皮紙に書かれている内容に目を通し、それがいまの自分達の実力ならば問題ない事を確認する。

 

「なるほど、そういう事なら大船に乗ったつもりでいてくれ! すぐに見つけて持ってこよう!」

「ありがと。何も今日中に納品してほしいなんて言わないから安心して。でも、できるだけ早い方が嬉しいかな」

「オーケーオーケー、なるはやだな! 任せてほしい!」

「もう、勝手に決めちゃって……でもナァーザさんにはいつもお世話になってますもんね」

 

 どこから憶えてきたのか神々の言葉を使って親指を立てるベルに、ため息をつきながらレフィーヤも賛同を示す。

 そうして羊皮紙を懐にしまったベルとレフィーヤが店を後にする。

 二人を見送ったナァーザは、誰もいなくなった店内で閉ざされた扉を見ながら小さく呟いた。

 

「……ホント、疑う事を知らないよね」

 

 その声はどこか疲れたような、憂いの響きを宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ブルー・パピリオかぁ……」

 

 ギルドの面談用のボックスでレフィーヤから相談を持ち掛けられたミイシャは、その内容に頭を捻っていた。

 

「『稀少種(レアモンスター)』だしこうすれば見つかるっていうのはないんじゃないかな? 地道に7階層で探索しながら探すのが一番だと思うよ?」

「やっぱりそうですよね……」

 

 ナァーザからの冒険者依頼(クエスト)、『稀少種(レアモンスター)』のドロップアイテムを手に入れるためにブルー・パピリオの見つけ方を担当アドバイザーであるミイシャに相談するも、効率的な捜索方法がないという答えにレフィーヤは肩を落とす。

 やはり『稀少種(レアモンスター)』と言われるだけあって、そんな都合の良い抜け道はないらしい。

 

「それでも一応アドバイスするなら、正規ルートじゃなくて階層の奥まで探索するのがいいかも。『稀少種(レアモンスター)』って他の冒険者もドロップアイテム目当てで大体遭遇したら倒しちゃうから、人通りの多い正規ルート付近だと、よほど運がなきゃ見つからないと思うよ」

「あーなるほど。全然思いつきませんでしたけど、考えれみれば確かにそうですよね。参考になります」

 

 モンスターを見つける方法にばかり考えが偏り、他の冒険者の動向にまで思い至らなかったレフィーヤは、ミイシャのアドバイスに感心したように頷く。

 そんな素直なエルフの態度に、ミイシャは少しだけ不安になって踏み込んだ問いを投げる。

 

「でもでも、その冒険者依頼(クエスト)って本当に大丈夫? 親しいファミリア同士でも、ギルドを通してない冒険者依頼(クエスト)はあんまり信用しない方が良いよ? 私がギルド職員だから言ってるわけじゃなくて、そういう冒険者依頼(クエスト)関係のトラブルって頻繁に起きてるからさ」

 

 ギルドの受付嬢なんてやっていれば、たとえギルドが介入していない案件でもそういったトラブルの情報は耳に入ってくる。出会ってから半月程度、すっかりレフィーヤと仲良しになったミイシャは、友達がいらぬトラブルに巻き込まれないか不安でお節介な忠告をする。

 

「心配してくれてありがとうございます。でも、兄さんがもう受けちゃいましたから。ああなった兄さんには何を言っても無駄なので」

 

 冗談めかしてそう語るレフィーヤの態度に、ミイシャは彼女がもうクエストを引き受ける事を決めている事を察する。

 親しい間柄ならば断わるのも難しいだろうと、それ以上余計な口出しをする事をやめ、ミイシャは同じように冗談めかしに問う。

 

「もしかして、依頼主って女の人?」

「分かっちゃいますか?」

「やっぱりねー。だったらまぁ、仕方ないか」

 

 ベルの女好きをダシに笑い合う二人。

 一頻り笑ったミイシャは表情を引き締めて、これだけは言っておかなければと注意を促す。

 

「でもレフィーヤちゃん、親しくても報酬はちゃんと相応のものを貰わないとダメだよ。ダンジョン探索で素材を集めてくるっていうのは命懸けの事なんだから、変に遠慮して安売りしたりしないようにね」

 

 真剣な顔で告げるミイシャにレフィーヤも力強く頷く。

 

「はい。兄さんが見栄を張ってバカな事をしないように、そこのところはちゃんと私が見張っておきます」

 

 胸を叩いて宣言するレフィーヤ。

 ミイシャはそれに笑顔を返し、もうこの話題はおしまいとばかりに話を打ち切った。

 

「じゃあ今日は7階層を中心に探索だね。到達階層より一つ上の探索になるけど、油断しちゃダメだよ」

「もちろんです。それじゃあ行ってきますね」

 

 席を立って面談用のボックスを出ようとするレフィーヤの背中に、ミイシャはギルド職員としてではなく友達として声を掛ける。

 

「今日も頑張ってね、レフィーヤちゃん。あと、夜楽しみにしてるから」

「はい! 私も楽しみにしてます」

 

 ミイシャの言葉に首だけで振り返って返事したレフィーヤは、いつも通り待っていた兄と共にギルドを出ると弾んだ足取りでダンジョンへと向かって行った。

 





冒険者として走り出したベルとレフィーヤの話の序幕、といった内容でした。
次回は本編とは全く関係ないお遊び回になる予定です。
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