道化英雄譚   作:真黒 空

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15:君の笑顔はプライスレス

 

【ミアハ・ファミリア】が【ディアンケヒト・ファミリア】に借金していた事実が発覚した翌日の早朝。

 ベルとレフィーヤ、そしてナァーザの3人は都市を出て馬車に揺られていた。

 借金返済のために新商品の開発をするというナァーザの案を実現するべく、材料を取りに行こうと決めての事だったが、しかし――

 

「モンスターの『卵』、か……」

 

 目的とする素材を小さく呟くベル。

 珍しく憂鬱そうな気配を漂わせる兄に、レフィーヤは呆れたように声を掛ける。

 

「いつまでそうしてるんですか? 昨日作戦については散々話し合ったじゃないですか?」

 

 みんなで話し合った結論に不満を見せるベルを、我儘な子供に向けるような目でレフィーヤは見る。

 だが納得のいかないベルは猛然と反論した。

 

「とはいってもですねレフィーヤさん! 一歩間違えばモンスターに丸呑みにされる私の立場になっても同じ事が言えるんですか!」

「なんで敬語なんです? そもそも、囮作戦とか言って私をほっぽって一人だけ逃げ出した事が何回ありました? 自分がそんな事を言える立場だと思ってるんですか?」

「ベル……それ本当?」

「うぐっ、いやあれは考え抜かれた最も効率的な作戦というかそういうあれで……」

 

 自らの待遇に不満を訴えるが、腰に差す長剣よりも鋭い切れ味の返しを受けてベルは情けない言い訳を並べ立てる。

 ナァーザからも見下げ果てた奴を見るような目を向けられ、本来なら同情されるべき立場のベルの味方はどこにもいない。

 

「ともかく、いざとなれば私が援護しますから兄さんはただ全力で逃げてください。得意分野でしょう?」

「ふっふっふ、裏山の野良兎とまで呼ばれた私の脚力を見せつける時がきたよう……」

「そういうのはいいんで、食べられないようにだけ気をつけてくださいね」

「これから命懸けで身体張るのに扱い酷くない!?」

 

 開き直って調子に乗ろうとしたら、それも妹に出鼻をくじかれてベルは思いきり肩を落とす。

 その姿をさすがに憐れに思ったのか、ナァーザが申し訳なさそうにベルの肩に手を置く。

 

「無理言ってごめんね、ベル。でもこれしか方法がなくて……」

「いや、女性のために身体を張れるのは男子(おのこ)の誉れ。何も気にしなくていい。それに――」

「それに……?」

「両手に花で野外デートの機会なんて滅多にないからネ!」

「……」

「まずは二人。いやーこれは私のハーレムが築かれる日も近いのではないだろうか! いまから胸が高まるナ!」

 

 オラリオに来る前から祖父の影響もあってハーレムなどという(妄想)を抱いているベルは調子に乗って二人を自分の女扱いする。

 その言いように想い人のいるナァーザは一瞬眉をしかめたが、すぐにいつも眠たそうに細められている目を驚きに見開いて息を呑んだ。

 

「ん? どうしたのだナァーザ?」

「ベル、横……」

 

 自分の真横を指差され、ベルはその先を見るべく視線を動かす。

 そこに般若がいた。

 

「兄さん? 今度言ったらしばき倒すって言いましたよね?」

 

 なぜか満面の笑みでどす黒い殺気を漂わせるレフィーヤの姿に、これはいつもの冗談とは明らかに違うと悟ってベルは視線を泳がせる。

 

「あー……言われたような、言われてないような、どっちだったか……」

「【契約に応えよ、森羅の風よ】」

 

 まさかの逆鱗にこれ以上刺激しないようベルは言葉を探すが、その態度がレフィーヤの怒りに油を注いだ。

 いつもの暴力を飛び越えて、前置きもなしに魔法の詠唱を始める。

 

「【だい――】」

「やめて! お願いですからやめてくださいレフィーヤさん! 絶対死んじゃうから!」

「レフィーヤ、さすがにそれは冗談にならない。私も巻き込まれる……!」

 

 魔法の行使を躊躇わないレフィーヤに慌ててベルとナァーザが止めに入る。

 本気で命を危険を感じる事態だったが、二人が全力で制止した事もあって、なんとかベルが折檻という名のタコ殴りに遭うだけで収まった。

 そしてそんな事をしているうちに目的の場所へと到着する。

 

「ほぉ、ここが『セオルの密林』か」

「密林なんて呼ばれるだけはありますね。少しだけ故郷を思い出します」

 

 圧倒的な木々の密集率と樹高、野花や苔などの植物の繁殖にベルとレフィーヤは感嘆の声を上げる。

 馬車から降りた3人は荷物を下ろして、雇った御者に離れて待っているように伝えると、森の中に足を踏み入れた。

 

「じゃあベル……覚悟は良い?」

「一応確認しておくが、本当にブラッドサウルスなんかはダンジョンのオークより少し強い程度なんだよネ?」

 

 森の奥まで進み、作戦開始のためナァーザが問い掛けると、ベルは昨日聞いた事実をもう一度確かめた。

 それに頷き、ナァーザは昨日と同じ説明を繰り返す。

 

「地上のモンスターは迷宮のモンスターと比べて格段に能力が低いから、まともにやり合わなければきっと逃げられる」

「さっきも言った通り、もし危なくなったら私が魔法で援護しますから安心して囮になってください」

「……レフィーヤさん、気のせいじゃなければちょっと嬉しそうじゃない?」

「何を言ってるんですかそんなわけないじゃないですか。いつも囮にされていた私の気持ちをやっと兄さんにも味わわせられるなんてそんな事ちっとも考えていませんよ」

「……」

 

 どうやらベルの囮作戦は思っていた以上にレフィーヤの怒りを買っていたらしい。それともさっきのハーレム発言に対する憤りがまだ残っているのか。どちらにしても自業自得でしかなく、ベルはレフィーヤの満面の笑顔に何も言えなかった。

 

「……大丈夫? やっぱり、やめる?」

 

 沈黙したベルの態度を怖気づいたと勘違いしたナァーザが心配そうに訊ねてくる。

 借金返済のためにはモンスターの『卵』を諦めるわけにはいかないはずだが、おそらくは自分の都合に付き合わせているという罪悪感があるのだろう。

 まさか怖気づいているのはモンスターにではなく妹にだとは言えず、ベルは気遣いなど不要とばかりに明るく笑った。

 

「ここまで来ておめおめと帰るなら初めから来ていないさ! 始めてくれ、ナァーザ!」

「……うん、分かった」

 

 ベルの返事に少しだけ口元を綻ばせてナァーザは頷く。

 そしてベルの背負っていたバックパックの口を解放した。

 

「うっ……!?」

 

 途端にとてつもない刺激臭が鼻孔を襲い、ベルは思わず手で鼻を押さえる。

 その間にナァーザとレフィーヤはベルの傍を離れ、数十秒後にとてつもなく大きな足音が背中から聞こえてくる。

 恐る恐るベルが振り返ると、そこには5(メドル)はある恐竜の巨体が。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

 

 涎を垂らしてこちらを見るブラッドサウルスに息を呑んだベルだったが、すぐに気を取り直して大声を張り上げる。

 

「来るがいいブラッドサウルスよ! 私だけが命を懸けた追いかけっこの始まりギャアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」

 

 格好つけて宣言している途中でブラッドサウルスが巨大な顎を開いて食べようとしてきたため、絶叫を上げてベルは全力で逃げ出す。

 恐怖からいつにも増してとんでもない速さで走るベルを遠くから見て、ナァーザは驚愕から思わず呟く。

 

「すごっ……ベルって本当に冒険者になって半月程度なの?」

「そうですけど……ってそんな事よりナァーザさん、早く『卵』の回収を!」

「そうだった。レフィーヤ、こっちに」

 

 手招きをしてナァーザは窪地へと移動する。

 木々の生えていないその空間には、至るところに『卵』が点在している。その数は優に数十はくだらないだろう。

 

「良し、ベルが食べられる前に詰められるだけ詰めちゃおう」

「ナァーザさんまで縁起でもない事を言わないでください!」

 

 ナァーザのブラックジョークにレフィーヤが悲鳴のようなツッコミを入れる。

 だが漫才のようなやり取りをしていてもふざけてはおらず、二人は空のバックパックに急いで落ちている卵を詰め込んでいく。

 一心不乱に『卵』を乱獲していくナァーザとレフィーヤだったが、近くからベルの叫びのすぐ後に咆哮が聞こえてくる。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』

 

 顔を上げて見てみれば、さっきよりもさらに速く逃げるベルと、それを追う3匹のブラッドサウルス。

 数が3倍になっていた。

 

「ナァーザさん、増えてますよ!」

 

 見れば分かる事実を叫ぶレフィーヤに、冷や汗を浮かべるナァーザが神妙な顔で持ってきていた弓を手に取る。

 

「まだもうちょっと掛かる。こうなったら私が時間稼ぎを……」

「いえ、ナァーザさんはこっちを優先してください。兄さんの方には、私が行きます」

 

 卵の回収をやめて立ち上がろうとするナァーザに首を振り、レフィーヤは杖を取ってブラッドサウルスを見上げる。

 

「あの人を助けるのは、私の役目ですから」

 

 決意と共に呟きを残し、レフィーヤは窪地から出る。

 密林を駆けて援護できる距離まで近付くと、すぐに詠唱を開始した。

 

「【契約に応えよ、凍土の氷雪よ。我が命に従い狂気を凍らせ】」

 

 狙うはベルとブラッドサウルスの間の地面、距離とタイミングを計りレフィーヤは魔法を行使する。

 

「【アイス・フリージング】!」

 

 レフィーヤが魔法を放つと、足元の地面が凍りついていく。そしてそれは見る見るうちに範囲を伸ばしていき、一直線にベルが駆けた後の地面を凍らせる。

 本来なら地面を伝って相手を足元から凍らせる魔法だが、あれだけの巨体を凍らせる事ができるとはレフィーヤも考えていない。いまは進路を凍らせてブラッドサウルスの足を止められればそれで充分だ。

 ベルに夢中のブラッドサウルスは凍った地面など気に掛けず、レフィーヤの思惑通り兄を追ってツルツルの地面に足を踏み入れ――

 

「あっ……」

 

 思わず間抜けな声がレフィーヤの口から零れた。

 ブラッドサウルスは狙い通りレフィーヤの魔法によって凍結した地面の上を走った――が、それで足を滑らす事はなく、凍っている地面を踏み砕いてベルを追っている。

 そこにはわずかな足止めの効果もなく、そもそもあの巨体相手に足を滑らそうとした作戦自体が失策だったとレフィーヤは悟らざるを得なかった。

 

「レフィーヤさーん! 何も変わってないんですが!?」

「言われなくても分かってます! 兄さんはもう少し粘ってください! こうなったら全部吹き飛ばしますから」

「早くしてネ! じゃないと私がお肉になっちゃう!」

 

 割と本気で叫ぶベルの声を聞きながら、レフィーヤは小細工をやめて真っ向から全力の魔法をぶつける事に決める。

 あんな巨体に自分の魔法が通じるか不安に感じないといえば嘘になるが、ナァーザから聞いた通りオークより少し強いくらいならば問題はないだろう。

 

「行きますよ、兄さん!」

 

 その後レフィーヤが放った魔法により3匹のブラッドサウルスは行動不能になり、食べられかけたベルが涎まみれになるトラブルは発生したものの、無事新商品開発のための素材集めは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素材の収集が終わって『セオルの密林』から『青の薬舗』に帰ってきた3人を待っていたのは、地獄のような製薬作業だった。

 作るのは新薬のため、どれだけ時間が掛かってしまうか分からない。そのせいで連日ベルとレフィーヤは『青の薬舗』へと通って製薬作業を手伝い、そこにナァーザの主神であるミアハも加わり、最後にはヘスティアの手まで借りて【ミアハ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】の総力を費やした製薬作業はついに実を結ぶ結果を出した。

 

「できた……」

「おおっ、やっと!」

「やりましたね、ナァーザさん!」

 

 呆然と魂が抜けたように呟くナァーザの手には、1本の試験官。

 体力と精神力(マインド)を同時に回復する『二属性回復薬(デュアル・ポーション)』の完成だった。

 

「二人のおかげだよ……本当に、ありがとう」

 

 目に涙を浮かべ、ナァーザは協力してくれた二人への感謝を口にする。

 それに対しベルとレフィーヤはいつものように笑みを浮かべる。

 

「いやなんの! この店でこれからも買い物できるならなんて事はない!」

「ナァーザさんのポーションにはいつも助けられてますから、気にしないでください」

 

 大した事じゃないとばかりに笑う兄妹に、ナァーザの胸がピシリと痛みを訴える。

 純粋な善意から自分を助けてくれた二人に対する罪悪感が膨れ上がり、新薬の完成で綻んでいた笑顔が曇る。

 少し離れた場所でミアハとヘスティアが話し込んでいるのを確認して、ナァーザはわずかに声を震わせながら切り出した。

 

「ねぇベル、レフィーヤ……話したい事があるんだ」

「……どうかしたんですか?」

 

 いきなり神妙な顔になったナァーザの雰囲気の変化に、レフィーヤが心配げに首をかしげる。

 自分を気遣う視線に、ナァーザはそんなものを向けてもらえる立場に自分はないのだと、嫌われるのも覚悟していままでずっと隠してきた秘密を口にした。

 

「私ね……二人を、騙してたんだ」

「……えっ?」

「……」

 

 脈絡のない告白に、レフィーヤはなんの事か分からず目を丸くし、ベルは感情の読めない瞳で服の裾を握って震えながら話すナァーザを黙って見ていた。

 

「二人に渡してたポーション……元の溶液を薄めて作ってたんだ。ばれないように調味料で甘味を誤魔化して、低品質のものを売ってたの……」

 

 ぽつぽつと、目も合わせる事ができず、視線を地面に向けたままナァーザは自分がしてきた事を打ち明ける。

 その内心を示すように、彼女の頭の上の犬耳が小さく丸くなっていた。

 

「借金返済のために少しでもお金が必要で、だからオラリオに来たばっかりの二人は騙しやすいと思って、ずっと嘘ついてお金を騙し取ってた……」

 

 消え入るような声で、それでも隠す事なく自らの罪を吐露する。

 俯くナァーザの瞳から涙が零れ落ち、店の床を濡らした。

 

「本当にごめん……二人はこんなに良くしてくれたのに、本当なら全然……私はそれを受け取る資格なんてなかったんだよ……」

 

 悔恨に満ちた謝罪が静かに店に響く。

 その言葉と涙からは、素材の収集をしている時もずっとナァーザが自らの行いを悔いて、しかしそれを二人に打ち明けられずに苦しんでいた事が伝わってきた。

 

「ナァーザさん……」

 

 自らの行いを心の底から悔やむ姿に、レフィーヤがその名を呼ぶが、なんと声を掛けて良いか分からず続く言葉が出てこない。

 いつの間にか話す事を止めたヘスティアとミアハも気遣わしげに3人の様子を見ていた。

 そんな中で口を開いたのは、やはりというべきかベルだった。

 

「ちなみになのだが、私達が受け取っていたポーションは本来ならどれくらいの相場なんだ?」

 

 ベルにしては珍しく、ナァーザを慰めるのでもバカをやるのでもない、冷静に被害総額を確かめる質問を口にする。

 そんなベルの態度に、怒っているのだろうとナァーザは自らの唇を噛んだ。

 善意で助けた相手が、実は自分を騙していたのだと分かったのだから当然の話だ。

 

「200ヴァリスがいいところ、かな。薄めたせいで効能も半分以下だし、ポーション以外も同じように半額くらいの効能しかないものばっかりだよ……」

 

 ベル達が購入した代金は500ヴァリス。本来なら半分以下の金額だ。マジックポーションや他の薬剤に関しても似たようなものだった。

 騙していた分を補填しろと言われるのは当然、慰謝料も払えと言われたなら望む額を払う覚悟でナァーザは正直に答える。

 しかしナァーザの答えを聞いたベルは納得したように一度深く頷き、なぜか親指を立てて良い笑顔を浮かべた。

 

「うん、なら何も問題はないネ!」

「えっ……?」

 

 怒っていると思っていたベルの予想外の言葉に、ナァーザは意味が分からず目をしばたかせる。

 そんなナァーザを置いていつものテンションで笑いながらベルは声を張り上げた。

 

「ナァーザの笑顔には300ヴァリス程度では収まらない価値がある! 私も追加注文だけでは申し訳ないと思っていたところだ!」

 

 ガハハハハと騙されていた事などまるで気にした様子もなく笑うベル。

 その態度と言葉に涙も引っ込み、代わりに顔いっぱいに驚きを張りつけてナァーザは呆然と声を震わせる。

 

「何を言って……」

「そんなに気にする必要はないさ、ナァーザ。余分に払っていたいままでのお金は、君の笑顔へのチップだと思ってくれればいい!」

 

 いつもベルが買い物の後にナァーザにせがんでいた営業スマイル。

 あれを引き合いに出してベルはナァーザの悔恨を笑い飛ばす。

 しかしそんなもので騙していた本人であるナァーザが納得できるわけもなかった。

 

「……私の作り笑いに、そんな価値ないよ……それにもしかしたら、私が効果の低いポーションを渡したせいで……二人は死んでたかもしれないんだよ?」

 

 ダンジョンではわずかな差が命を左右する事など往々にしてある。

 そして元冒険者であるナァーザはそれを正しく理解していた。

 理解していながら、それでも低品質の薬品を売りつけた。

 もしかしたら、ベルやレフィーヤが自分が売った薬品のせいで死ぬかもしれない可能性があると知っていながら。

 

「でも生きてる。なら私は――君を許すよ、ナァーザ」

 

 自分が死んでいたかもしれないと告げられて、それでも笑顔を崩す事なく、ベルは目尻に浮かんでいたナァーザの涙を指で拭う。

 

「このままずっと黙っている事もできたのに、君は私達を騙していた事を打ち明けてくれた。責められる事も、詰られる事も覚悟して、それでも私達に誠実であろうとしてくれた。その事が私はとても嬉しいんだ」

 

 真っ直ぐと紺色の彼女の瞳を見つめ、そこに宿る憂いを取り払うようにベルはただバカみたいに明るく笑う。

 

「それにナァーザは自分の事を低く見過ぎている。君の笑顔は、君が思っているよりもずっと素敵だ。少なくとも私はナァーザの笑顔が見られないなら、わざわざ冒険者依頼(クエスト)に付き合ってまで新薬の素材集めに協力したりしなかったさ」

 

 臭い台詞を恥ずかしげもなく口にするベルに、ナァーザは照れから顔をわずかに赤く染める。

 鈍感で無自覚な女たらしの主神ですら、ここまで真っ直ぐで手放しな賞賛を自分に向けてくれた事はない。

 

「だから良ければ、これからも私達が冒険に行くのを笑顔で見送ってくれないか? 私達の友人として」

 

 それが何よりの代価だと、言葉にせずとも伝わる笑顔を持ってベルは問う。

 なんて、お人好しなのだろう。

 騙されていた事を一言も責めず、それどころか笑って許し、友人と言ってくれる。

 それを嬉しく思うと同時に、ナァーザは胸の奥でずっと感じていた痛みが和らいでいる事に気付く。

 

「ベル……」

 

 彼と出会った時、良い鴨だと内心ほくそ笑んだ自分を恥じる。

 和らいではいるものの、まだ残る胸の痛みを忘れないようにしようと心に決めて、セオルの密林に行く前に彼が力を貸してくれると笑った時に言えなかった言葉を、今度こそ感謝と共に口にする。

 

「ありがとう……それから、ごめんなさい……」

 

 そう告げる彼女の顔には、作り笑いではない輝くような笑顔が浮かんでいた。

 

「もし、何か困った事があったらなんでも言って。二人の友達として、私が絶対力になるから……」

 

 やっと見る事のできた彼女の心の底からの笑顔に、ベルとレフィーヤも自然と笑みを零す。

 

「心強いよ。ありがとう、ナァーザ」

「その時はよろしくお願いします」

 

 ナァーザの右手をベルが、左手をレフィーヤが握り、この時ようやくナァーザと兄妹は本当の友人関係を築くに至った。

 それを彼らの主神は少し離れたところで微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 製薬作業を終えて軽い打ち上げをした帰り道。

 ホームに向かう夜道を、兄妹は仲良く並んで歩いていた。

 

「ヘスティア様……ホントに置いてきちゃって良かったんでしょうか?」

「あの調子ではテコでも帰りそうになかったからな。これからは神の時間なんて言っていたし、少しだけ申し訳ない気もするが神ミアハに任せよう」

 

 新薬完成の打ち上げは【ヘスティア・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】の全員で行ったのが、連日の疲れもあり眷属3人は食事もお酒もそこそこに切り上げたのだが、途中から流れのとばっちりで付き合わされる事になったヘスティアはこき使われた鬱憤を晴らすかのように飲みまくり、完全に悪酔いしていた。己の眷属が帰ろうといくら説得しても、ヘスティアはミアハを巻き込んでまだ飲み続けると断固譲らず、そのため兄妹は先に帰路についている。付き合わさせれる男神は気の毒だが、これも製薬作業を手伝った見返りとして我慢してもらうとしよう。

 

「ヘスティア様って、あんなに酒癖が悪かったんですね……」

「ああいうところも可愛いじゃないか! 私としては断然ありだ!」

「兄さんの好みの話は聞いてません」

 

 レフィーヤから見ればどう贔屓目に見ても可愛いと言えるような酔い方ではなかったが、女性のどんな面を見ても魅力として昇華させてしまう兄の目にはどうやら違って見えたらしい。

 相変わらずの兄の言動に呆れてため息をつき、気分を変えるように夜空を見上げてレフィーヤは違う話題を口にする。

 

「新薬、完成して良かったですね。これでお店も潰されずに済みます」

「ああ。まさか誰も作った事がない新しい薬を生み出すとは、ナァーザは私達が思っていたよりもずっと凄い薬師だったんだな」

「それに良い人です。兄さんの突飛な行動にも引かないで普通に接してくれるんですから」

「私に対して引かない事が良い人の基準になってる!?」

 

 妹のあんまりな物言いにベルが過剰に反応するが、レフィーヤはいつもの事なので気にせず続けた。

 

「前に兄さんが言ってた事の意味が分かった気がします」

 

 そう言って、口元を綻ばせるレフィーヤ。

 長い付き合いとはいえ、それだけではさすがになんの事か分からずベルは首をかしげた。

 

「んー、どの台詞だろうか?」

「騙されている事に気付いていないくらいがちょうどいい、って台詞です」

 

 それはナァーザからの冒険者依頼(クエスト)の最中にダンジョンでベルが言った言葉。そして昔、他人から良いように使われているのを指摘された時に口にした言葉でもあった。

 あの時のレフィーヤはそんなベルを愚鈍だと注意した。だが今回は違った。

 

「もし騙されてる事に気がついて私達がナァーザさんを糾弾したとしても、きっと誰も救われなかったんじゃないかなって思うんです」

 

 言われてベルも、そんな未来を想像してみる。

 お金を騙し取られている事に気付き、それを責めて都市の憲兵(ガネーシャ・ファミリア)などに訴えれば、余分に払っていた分のお金は返ってきたかもしれない。

 しかし、それだけだ。

 お金は戻っても亀裂の入ったナァーザとの関係を修復する事はできず、ナァーザもベル達の詐欺の補填に奔走する事になるため新薬開発に割く時間は失われ、結果的に店は差し押さえられて【ミアハ・ファミリア】は崩壊していた可能性が高い。

 そして彼女はきっと、【ファミリア】を守れなかった事をずっと後悔する人生を送るだろう。

 関係者の誰も得をしない、悲惨な末路だ。

 

「だからこんな言い方も変ですけど、騙されて良かったです。たとえ嘘をつかれても、私はナァーザさんの事が大好きですから」

 

 満面の笑みで言い切るレフィーヤ。

 ベルも笑顔で頷いた。

 

「ああ、私も同じ気持ちだよ。妹よ」

 

 お金よりも代えがたい友人を得られた事を心から喜びながら、ベルもポツリと本音を零した。

 

「人を疑うよりも、人を信じて騙される方が、きっとずっと素敵な事だ」

 

 静かな夜道で笑い合い、兄妹はホームへと帰った。

 明日からまた、友の笑顔に見送られて冒険へと歩み出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道を歩いているとふと聞こえてきた会話に、その少女は思わず立ち止まった。

 小柄な体躯に小汚いフードを被った少女の表情は隠れて見えづらいが、その顔は心底不快気に歪んでいた。

 

「騙されている事に気付いていないくらいがちょうどいい?」

 

 振り返って、こちらに気付かず会話を続けている二人組の後ろ姿を見る。

 白髪のヒューマンと山吹色の髪をしたエルフ。

 立ち振る舞いからして、おそらく冒険者だろう。

 

「……」

 

 いますぐその背中にドロップキックでもかましてやりたい衝動を、少女は深呼吸して抑えつける。

 そしてその表情を笑みへと変えた。

 嘲笑と愉悦が入り混じった、陰惨な笑顔に。

 

「なら思う存分騙して差し上げようじゃないですか」

 

 内から湧き上がってくる暗い気持ちに導かれるように、少女は次なる標的を決める。

 そして邪悪な笑みと共に、少女は路地裏の闇の中へと姿を消した。

 





ちょっと駆け足でしたが、ナァーザさんの話はこれで終わりです。次回からは盗人小人族(パルゥム)の話が始まる予定です。
今回は話の性質上、話の中身が変わるだけで流れや結末自体は変わりませんでしたが、次回からの話は中身だけでなく展開自体も大きく変わっていく予定になりますので、ご期待いただければと思います。

またレフィーヤの最強魔法のお披露目は持ち越しです。だいぶ先に相応しい舞台と相手を用意しているので、それまでしばらくお待ちください。
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