三人で食事に行く事にした一行は、ひとまずギルドで換金を済ませて身支度を整えた後、その足で目的の店に向かった。
まだオラリオに来てそれほど月日が経っていないベルが自信を持ってリリに紹介できる酒場は一つだけ。
初めて訪れた時からちょくちょく来るようになった『豊穣の女主人』の前でベルは胸を張る。
「ここですか……」
「ああ! 冒険者の間では有名らしいのだが、リリは知っているか?」
「そうですね。実際に入った事はないですが、名前くらいなら」
「とても良いお店ですよ。ウェイトレスの方はみんな良い人ですし、食事はどれも美味しいんです」
兄と共に来ているおかげで常連になりつつあるレフィーヤも『豊穣の女主人』を賞賛する。
それに相槌を打つリリを連れ、弾む足取りでベルは店の入り口をくぐった。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると近くにいた店員がすぐに挨拶を向けてくる。
見覚えのある愛想のない顔とぶっきら棒な声音に、ベルは満面の笑みで返した。
「やぁリュー! 夕餉を楽しませてもらいに来たぞ!」
「こんばんはリューさん。席は空いてますか?」
レフィーヤはともかく、ベルの声は近くの席に座る客が思わず目を向けるような声量だったが、リューと呼ばれたエルフは大して気にした様子もなく軽くお辞儀をする。
「どうも。クラネルさん、ウィリディスさん。まだ早い時間なので席は問題ありません。いつも通り厨房に近いカウンター席にしますか?」
慣れた調子でリューが問うと、ベルは後ろにいるリリを示しながら首を振った。
「いや、今日は彼女もいるのでテーブル席で頼む。それとも、カウンター席しか空いていないか?」
「問題ありません。ではご案内します」
お皿を持ったまま先導するリューに三人はついていく。
しかし席に着く前に、リューと同じ制服を着た猫耳のウェイトレスがベルに気付いて声を掛けてきた。
「おっ、少年! また来たかニャ! 今日こそミャーにお尻を許す覚悟が出来たかニャ?」
ニュフフ、といやらしい笑みを浮かべてベル(のお尻)を見つめる
常人なら思わず一歩下がってしまいそうな視線だったが、当のベルは逆に目を輝かせた。
「ふむ。私がお尻を許すという事は、クロエも私にお尻を許すという事だな! ぐふふふ、これはめくるめく甘くも苦い一夜の予感!」
「ニャニャ! 少年はミャーのキュートな尻尾が目当てだったのかニャ! しかし少年のお尻のためなら、ミャーは大事な尻尾を振る事も厭わないニャ!」
テンション高く自らの欲望を叫ぶ二人。両手をワシワシと中空で開いては閉じてを繰り返しながら、獲物を見る猛禽類のような目を互いに向け合う。
いまにもお互いに飛び掛かりそうな危うい空気だったが、しかしそれは第三者の手によってあっさりと終わりを迎えた。
「こらバカ猫! 仕事中に何アホやってんだ!」
「兄さん! 公共の場で女性になんて事を言ってるんですか!」
「ニャー!」
「ぐぱぁ!」
その間に空席に案内されたリリは先に席についていた。
「それでは注文が決まりましたらお呼びください」
一礼して、エルフのウェイトレスが去って行く。
未だ蹲るベルを置いて、レフィーヤもさっさと席についた。
「なんだか、凄いところですね……」
目の前の一幕に圧倒されて思わずリリが呟くと、苦笑しながらレフィーヤも答える。
「兄さんのせいで変な事をなっちゃいましたけど、良いお店ですから誤解しないでくださいね」
そうなんですねと返事をしながら、リリは絡んできたのはあっちのウェイトレスからじゃなかったかとも思ったが、口に出す事はしなかった。
少しして回復したベルも席につき、頼んだ飲み物がやってきたところでパーティのリーダーであるベルが音頭を取る。
「それじゃあ私達の契約記念に、カンパーイ!」
「「カンパーイ!」」
ジョッキをぶつけ合い、一斉に口へと運ぶ。
お酒とアルヴの聖水が乾いた喉を潤し、それと同時に一日の疲れが落ちていくような錯覚を憶え、自然と三人の顔からは笑みが零れる。
「今更こんな事を訊くのは野暮かもしれませんが、確認だけさせてください。ベル様とレフィーヤ様は、リリをサポーターとしてこれからも雇っていただけるという事でよろしいのでしょうか?」
ジョッキを置き、リリが改まって二人に訊ねる。
それにベルは鷹揚に頷き、レフィーヤは困ったように首をかしげた。
「ああもちろんだ! 今日はリリのおかげでダンジョン探索が思った以上に捗った! ありがとう!」
「一応私達の主神にも確認を取るので、正式な契約は明日の朝になってしまうんです。ごめんなさい」
お互いに反対の答えを口にし、ベルとレフィーヤは顔を見合わせる。
「細かい事は言いっこなしだ! もう決まったようなものなんだからネ!」
「兄さんは大雑把すぎるんです。まったくもう……」
能天気な兄の発言に、レフィーヤは肩を落とす。
普段からのやり取りが垣間見える二人の様子に、リリは苦笑いを浮かべる。
「アハハ、レフィーヤ様も大変そうですね」
「そうなんですよ。契約したらリリさ……あなたにも兄さんが迷惑を掛けてしまうとは思いますけど、私ができる限り制御するので、よろしくお願いしますね」
「兄を暴走した馬車馬のように言うのやめない!?」
酷い評価に物申すベルを見て、レフィーヤとリリは揃って笑い声を上げる。
本来なら契約をするのはもう少し慎重に判断すべきなのだが、兄が言ったら聞かない事を理解しているレフィーヤは既に諦め、開き直っていた。
彼女のそんな思いもあってか、夕食の席は非常に盛り上がった。
運ばれてきた料理に舌鼓を打ち、ベルがバカな事を言ってはレフィーヤに窘められ、リリがおだててベルが図に乗ったところをレフィーヤに怒られる。
テーブルには笑顔が絶えず、考え事をしたり暗い気持ちになる暇などベルが与えなかった。
「お二人は本当に仲がよろしいですね。こちらに来る前からの関係なのですか?」
「その通り! 私とレフィーヤの間には切っても切れない、それはもう語るも涙、聞くも涙の強固な兄妹の絆が――!」
「恥ずかしいからそんな風に話すのはやめてください! 食事の席で話すような事でもないでしょう!」
そんな具合に騒がしく食べ飲みしていた三人だが、ベルはふと思いついたように指を鳴らすとリリに視線を向けた。
「そういえばリリは
「はい。こう見えてサポーター歴は長いですよ。自慢できる事でもありませんが」
「いやいや、経験豊富なのは誇るべき事だ! 自信を持っていい」
「私達もあなたの経験に助けられたんですから、謙遜なんてする必要ありませんよ」
「そんな風に褒められると、なんだか照れてしまいますね……」
ベルとレフィーヤの惜しみない賞賛に頬を掻くリリ。
小動物のような可愛らしい姿を見つめながら、ベルは話を続ける。
「熟練のサポーターであるリリから見て、私とレフィーヤは冒険者としてどうだろう? 是非とも率直な意見を聞きたい」
「あっ、それは私も気になります。【ヘスティア・ファミリア】の団員って私達だけなので、指導してくれる人も比較する人もいないんですよね」
ベルの質問にレフィーヤも大いに関心を示す。
もちろんエイナやミイシャからの評価は聞いていたが、実際に冒険者と一緒にダンジョンに潜ってきた人間でなければ気付けないところもあるだろう。
興味津々な視線を二人から向けられ、悩むようにリリは首をかしげた。
「うーん、その前に一つ確かめさせていただきたいのですが……」
「ああ、なんなりと聞いてくれ!」
「では率直に。お二人は本当に駆け出しの冒険者なのですか?」
思ってもなかった確認に、ベルとレフィーヤは揃って頭に疑問符を浮かべる。
「もちろんだ。ダンジョンでも話したが、私とレフィーヤはオラリオに来てからまだ1月も経っていない」
「【ファミリア】に入ってヘスティア様に
「確かに、冒険者になって1か月はまだ駆け出しと言えますが……」
う~んと、何か納得のいかない顔で捻るリリ。
チラリと二人を一瞥するが、本当に何も分かっていなさそうな表情に疑っても無駄だと悟り、ひとまず頭に浮かんだ疑問をリリは脇に置く事にした。
「ごほん、そうですね。リリが見た限りお二人は、非常に優れた冒険者だと思います」
「「おお~!」」
「普通冒険者になって1か月であれば精々4層まで潜るのが精一杯です。なのにお二人は既に8階層まで到達しています。正直リリはお二人がまだ駆け出しだと聞いていたので、もっと上層で探索するものだとばかり思っていました」
その成長速度はサポーター歴の長いリリの常識からしても異常の一言に尽きるのだが、あえて言及はせずにリリはダンジョンでも思った事をそのまま告げる。
「8階層でも危うげはありませんでしたし、下手なパーティよりも連携が取れていました。稼ぎも正確なところは存じませんが、申し分ないどころか二人組パーティにしては破格の儲けでしょう。こんな風な言い方はあれですが、リリはベル様とレフィーヤ様に声を掛けて正解だったと自分を褒めてあげたい気持ちです」
「稼ぎに関してはリリがいてくれたからこそだがな! 非常に助かった!」
「それに連携もリリさんがさり気なくサポートしてくれたおかげで息を合わせやすかったです。ありがとうございました」
思った以上の高評価に笑顔を浮かべながら、ベルとレフィーヤはリリの仕事ぶりを称える。
それで話が終わればベルもできた紳士と言えるのだが、残念ながら褒められて受け取るだけでは済ませないところがベルのベルたる所以だった。
「でもそうか~優れた冒険者か~。これは私が英雄になる日も近いな!」
「またすぐに調子に乗って……ナァーザさんもランクアップには時間が掛かるって言ってたじゃないですか」
指で鼻の頭を擦りながら胸を張り、分かりやすく図に乗るベルをレフィーヤが窘める。
正面に座っていたリリはベルの発言にこてんと首をかしげる。
「ベル様は英雄になりたいんですか?」
朝に自己紹介をされた時にも聞いてはいたが、リリはあれを冗談のようなものだと思っていた。
今時、英雄なんてものに憧れるのは子供くらいのもので、大半の冒険者だってただ日銭を稼ぐためにダンジョンに潜る。
夢を持っていても、それは一攫千金だったり冒険者として名を上げるくらいのもので、英雄なんてこっぱずかしい大言壮語を口にする者など少なくともリリは見た事がない。
しかしベルはそんなリリの内心には気付かず堂々と胸を張る。
「その通り! 何を隠そう私がオラリオに来たのは誰もが知るような英雄となるためだ!」
周囲の席にも聞こえるような大声で自信満々に告げるベル。
レフィーヤは仕方ないなぁ、とばかりに笑みを浮かべ、話が聞こえていた他の客はバカにするように笑っている。
そしてリリは――
「英雄、ですか……」
「ん? 何か言ったか、リリ?」
わずかに俯いて、表情が分からないリリが小声で何かを呟いた気がしてベルが問い掛ける。
しかしすぐに顔を上げたリリは笑顔で首を振った。
「いいえ。きっとベル様なら素敵な英雄様になれますよ!」
それはあからさまなおべっかだったが、リリの言葉に気を良くしたベルは鼻高々に、酒の力も相まって再び調子に乗る。
放置すれば際限なく暴走しかねないベルを窘めるためにレフィーヤは小言を口にし、その様子をリリはにこやかな笑顔を浮かべながら見ていた。
その笑みの裏に、軽蔑しきった視線を隠して。
食事も終わって店の前でベルとレフィーヤと別れたリリは、二人の姿が視界から消えると静かに人目のない路地へと入った。
薄暗く狭い路地に誰もいない事を確認すると、懐から本日の戦利品を取り出す。
それは財布だった。中には飲み食いしただけでは使いきれなかった金貨がたんまりと入っている。
「英雄なんて、どこにもいないんですよ……」
吐き捨てるように、リリが呟く。
しかし直後に、とびきりのジョークでも思いついたかのように笑声を漏らす。
「いえ。確かにあなたは、リリの英雄様かもしれませんね」
財布の中にあった金貨を手に取り、リリは暗い笑みを浮かべた。
予想した通りのお人好しな人柄と警戒心のなさに、しばらくはおいしい思いをできそうだと舌なめずりする。
「でも満足ですよね。騙されてる事に気付いてないくらいが、ちょうどいいんですから」
愚鈍な英雄の登場を、嘲笑を以て心の底からリリは歓迎した。
アンケートの投票ありがとうございました。
結果はフィン、リオン、リリの本編が3強でしたね。
とりあえず上位になったフィンとリオンの話はやりたいと思います。
ただフィンの話は1部2部の内容を見るに、5周年の話を全て見終わってから作らないと矛盾が生じる可能性もありそうなので、リリの本編が終わった後にやろうかと思います。
だいぶ時期がずれてしまいますが、そこのところは申し訳ありません。ご了承ください。
とりあえずはリオンの閑話、リリ本編、フィンの閑話という予定で書いていきます。
どのキャラクターと閑話が読みたいですか?
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フィン
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ライラ
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ラウル&アナキティ
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ガリバー4兄弟
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ノイマン
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リオン
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そんなのいいからリリの話を進めろ