道化英雄譚   作:真黒 空

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ベルとリリの価値観の齟齬や疑心暗鬼を丁寧に描写していく事も考えたんですが、原作と似た感じになってしまいそうだったのでポンポン話を進めていく事にしました。


19:すれ違い

 

 リリがサポーターとしてパーティに加わってから1週間ほど。

 順調に稼ぎと【ステイタス】を伸ばしてきたベル達は、到達階層を10階層まで更新していた。

 視界を妨げる霧が発生するこの階層では前衛と後衛の連携が取りづらく、モンスターの察知もより困難になる。

 またオークやインプなどのモンスターが出現するようになり、より狡猾で強靭なモンスターと相対する事になるため、冒険者にはいままでよりも一段上の技量や実力が求められるようになる。

 ベル達のパーティもその例に漏れず、【ステイタス】基準では問題ないものの、難易度の上がったダンジョン攻略に苦戦を強いられていた。

 

「あっ、ちょ、レフィーヤさーん! ヘルプ! 助けてー!」

「こっちも手一杯です! そっちは兄さん一人でなんとかしてください!」

「そんな殺生な! あっ、こいつ、ちょこまかと……!」

「レフィーヤ様、右にバッドバットがいます! 詠唱を邪魔されないように気をつけてください!」

 

 霧のせいで直前までモンスターの接近に気付かず、不意打ちに近い形で接敵したベル達は叫びながらそれに応戦した。

 ベルはインプの群れを相手にし、レフィーヤは戦闘音につられて接近してこようとするモンスターを牽制し、リリは周囲を観察してベルとレフィーヤに的確な状況を伝達する。

 

「【契約に応えよ、大地の焔よ。我が命に従い暴力を焼き払え。フレア・バーン】!」

 

 レフィーヤの魔法によって炎の壁が立ち昇り、近付こうとしていたモンスターの接近を拒む。その間に逆側から飛んできていたバッドバッドはリリがボウガンで遠ざけた。

 ベルの方は自分を囲み、常に死角から攻撃してこようとしてくるインプに翻弄されていた。

 剣を振るえばすぐに間合いから離れ、その隙に仲間が後ろから奇襲してくる厄介な戦い方は、モンスターには似つかわしくない狡猾さを孕んでいる。

 

「くっ、私に小賢しさで張り合おうとは良い度胸だ! このベル・クラネル、悪知恵には幼い頃から自信があるぞ!」

 

 自慢できる事じゃない長所を大声で口にするや否や、いきなりベルは無造作に走り出した。

 咄嗟に止めようとしてくるインプを大雑把に剣を振ってどかせ包囲を突破すると、再び距離を詰めてこようとするインプに背を向けてすたこらさっさと逃走を始める。

 

「ハッハッハ! ついてこられるものならついて来るがいい! 逃げ足で私に勝る者などモンスターといえどそうはいない!」

 

 挑発するようにお尻を叩き、舌を出して、追ってくるインプを振りちぎらないようなギリギリの速度で追いかけっこを演じるベル。

 逃げる間も目敏く周囲の観察をし、レフィーヤ達に対するモンスターの攻撃が途切れた一瞬の隙を見計らってベルは急転回する。

 

「レフィーヤ! そっちは任せろ! だからこっちを頼む!」

「えっ!?」

 

 兄の声にレフィーヤが振り向くと、ベルが一目散に自分の方へと駆けて来ていた。後方にインプの集団を連れて。

 

「もう、何やってるんですか!」

「レフィーヤ様! 後ろからオークが!」

 

 文句を言いつつ、すぐに兄の意図を察したレフィーヤは詠唱を始める。

 リリが警戒を促したオークの方には目も向けず。

 

「【契約に応えよ、凍土の氷雪よ。我が命に従い狂気を凍らせ】」

「危ない、レフィーヤ様!」

 

 詠唱をするレフィーヤの後ろでは、オークが両指を組んで振りかぶっていた。

 食らえば一撃でレフィーヤの頭を原型も留めず破壊するであろうそれは、リリのボウガンなど物ともせず彼女に向かって振り下ろされる。

 しかしオークの一撃がレフィーヤに届くよりも早く、彼女の横を神速で通り過ぎる影があった。

 

「はああああああああぁぁぁぁぁぁあああ!」

「【アイス・フリージング】!」

 

 一瞬の交錯。

 レフィーヤを狙ったオークの両腕は、肘から先がなくなっていた。

 インプと追いかけっこをしていた時とは比べないほどの速度でオークの腕を切り飛ばしたベルは、痛みでモンスターが叫び出す前に剣線を走らせその身体を切り刻む。

 

『ブ、ブフォォ……!』

 

 絶命する直前にか細い雄叫びがオークの口から零れて消える。

 しかしベルの勢いはそれで止まらなかった。

 オークを倒したベルは再び駆ける。

 レフィーヤの横を通り抜けて向かう先には、彼女の魔法で足元が凍りつき身動きの取れなくなったインプの群れ。

 頭が回るとはいえ、一匹一匹の力は弱い上に機動力が封じられたインプなどベルの敵ではない。

 またたく間に全てのインプをベルは一刀両断にし、最後に魔法で足止めしていたモンスターをレフィーヤと共に掃討する。

 

「ふぅ、なんとか勝てたな」

「なんとか勝てたな、じゃありません!」

 

 周りにモンスターの気配がなくなった事を確認してベルが剣を収めながら大きく息を吐くと、怒りに顔を紅潮させたレフィーヤが詰め寄ってきた。

 

「おおっレフィーヤ! さっきは見事な連携だったな! 私達のコンビネーションも熟練の域に達してきたんじゃないか?」

「何がコンビネーションですか! 兄さんの無茶ぶりに私が巻き込まれただけじゃないですか! あんな無茶をして、失敗してたらどうするつもりだったんですか!」

「ハッハッハ、私とお前なら成功するに決まっているだろう! 何も問題はないサ!」

「調子の良い事を言っても誤魔化されませんからね! 大体兄さんはいつもやる事が突飛すぎるんです! 少しは付き合わされるこっちの身にもなってください!」

 

 すっかり説教モードに入ったレフィーヤが、ベルに口を挟む隙も与えずまくし立てる。

 勢いで乗り切ろうとしていたベルは目論見が外れ、リリが魔石やドロップアイテムを回収している間、ずっと説教を聞かされる羽目となった。

 

「レフィーヤ様、そろそろお話は終わりにしてください。回収作業も終わりました」

 

 大量の戦利品をバックパックにしまい終えたリリが近付いて来る。

 リリの提言にベルは妹に見えないように親指を立てたが、レフィーヤはまだ気が収まらないのか不満の気配を隠さない。

 

「仕方ありません。続きは地上に戻ってからにしましょう」

「これだけ言っておいてまだ続きがあるのか!?」

「当然です! 今日という今日はきっちり反省してもらいますからね!」

 

 ギロリとレフィーヤが睨みつけると、ベルは肩を跳ねさせて表情を引きつらせる。

 一緒に冒険するにあたってすっかり慣れてしまった光景に、リリは苦笑を浮かべながら先の戦闘を振り返った。

 

「それにしても、改めてお二人の力は凄いですね。囲まれてしまった時、リリはもうダメかと思いました」

 

 リリの賞賛に、レフィーヤに怯えていたベルが我が意を得たりとばかりにパッと顔を輝かせる。

 

「そうだろうそうだろう! レフィーヤを信じた私の判断は間違ってなかった! もっと言って少しでも私の説教時間を短くしてくれ!」

「それとこれとは話が別かと。リリもさっきのベル様の無茶ぶりは危なかったと思います。リリの小さな心臓は張り裂ける寸前でした」

「あっさりとはしごを外された!?」

 

 味方だと思ったリリからの援護射撃が、実は己の背中を射るボウガンだったと悟りベルは盛大に肩を落とす。

 そんな大げさなベルの態度に一々反応していてはキリがない事をこの一週間で理解していたリリは、フォローさえ入れずにレフィーヤの方に視線を移した。

 

「しかしレフィーヤ様も良くあの状況でモンスターに背を向けられましたね。ベル様が少しでも遅れていたら死んでいたかもしれないんですよ?」

 

 あの状況で背後に迫るモンスターを無視するというのは上級冒険者でも難しい。

 少なくとも命の危機に怯えない胆力とベルに対する絶対の信頼がなければ、魔法の詠唱は集中を欠いて成功しなかっただろう。

 

「それはそうなんですが……」

 

 リリの問いにレフィーヤは仕方ないとでも言うように苦笑いを浮かべる。

 そして視線を未だに落ち込んだ様子でいるベルに移しながら答える。

 

「兄さんなら何があったって絶対に私を守ってくれますから」

 

 その言葉には、呆れを滲ませながら絶対の信頼に裏打ちされた響きがあった。

 ベルに視線を送るレフィーヤの目はあまりに真っ直ぐで、それをリリは見ていられずに堪らず目線を地面に落とす。

 

「……信じていらっしゃるんですね、ベル様の事を」

 

 できる限り、声に感情が出ないように問う。

 その甲斐もあってか、レフィーヤはリリの態度の変化には気付かなかった。

 

「普段はあんな風でも、あの人は私の兄さんですから。信じられないかもしれないですけど、自分から口にした事は必ず守ってくれるんですよ?」

「……」

 

 その代わり私からの約束はあんまり守ってくれないんですけどね、なんて文句を言いながらも少し自慢げなレフィーヤの発言に、リリは言葉を返せなかった。

 不自然な沈黙にレフィーヤがリリに視線を戻そうとした直前、ようやく立ち直ったベルが声を掛けてくる。

 

「おーい、そろそろ次に行くぞ、二人とも」

「あっ、はい! それじゃあ行きましょうか、リリさん」

 

 小走りにレフィーヤがベルの元に駆けていく。

 その後ろ姿を見ながら、リリは誰にも聞こえないように小さく吐き捨てた。

 

「……羨ましいですね。簡単に他人を信じられるような、能天気な頭をしてるなんて」

 

 抑えきれず噴出した暗い気持ちを首を振って払う。

 これはサポーターのリリルカ・アーデが見せる感情じゃない。

 意識を切り替えて二人の元に駆け出そうとした時、切羽詰まった叫びがリリの耳朶を打った。

 

「リリさん! 後ろ!」

「えっ……?」

 

 指摘されたと同時に反射的に振り返る。

 するとそこには手の届く距離まで迫った豚頭人身のオークが立っていた。

 

「きゃああぁ!」

 

 オークが自分を殴ろうと腕を引く。

 リリは咄嗟に逃げようとしたが、足がもつれて尻もちをついてしまう。

 

「リリ!」

 

 絶体絶命の状況で自分の名前を呼ぶ声が聞こえるが、そんな事に意識を割く余裕はなかった。無駄だと分かっていながら両手を盾にして自らを庇う。

 良くて重傷、当たり所によっては即死すらあり得るオークの拳が迫る。

 防衛本能からリリが両目をきつく閉じた直後に、何かが自分を包み込む気配と、とんでもない衝撃が殆ど同時に襲い掛かってきた。

 

「があっ!」

「兄さん!」

 

 悲鳴のような声が聞こえる。

 何が起こっているかも分からないまま吹き飛ばされ、重力がどこにあるかも感覚がリリを襲う。

 しかしなぜか、痛みはどこにもなかった。

 

「【ロック・バースト】!」

『ブモオオオオォォォォォォ!』

 

 少し離れたところからレフィーヤの叫びとモンスターの断末魔が聞こえてくる。

 衝撃が収まってリリが恐る恐る瞼を開くと、自分の身体はベルに抱きしめられていた。

 オークの拳はリリの代わりにベルが受けてくれたらしく、元いた場所から数メートルほど吹き飛ばされた跡がある。

 しかし地面に身体を擦ったのはベルだけで、リリの身体には傷一つついていなかった。

 

「……大丈夫か、リリ?」

 

 痛みに顔を歪めながら、それでも口に端を吊り上げて無理やり笑みを作ってベルが問うてくる。

 その身体は吹き飛ばされたせいでボロボロで、呼吸音もおかしい事から多分オークに殴られた箇所の骨が折れている。

 

「べ、ベル様! 酷い怪我を……! なんで、こんな事……」

 

 ベルの状態と庇われた事実に、リリは自分でも驚くほど狼狽する。

 どうせ最後にはいつも通り罠に嵌めてやろうと考えていた相手のはずなのに、理由も分からない焦燥が頭を支配する。

 バックパックにポーションがある事も忘れて泣きそうな顔をするリリに、ベルは苦しそうにしながらも笑って見せた。

 

「なんでって……仲間を守るのは当たり前の事だろう?」

「っ……!」

 

 息を呑むリリ。

 そこでようやくオークを倒したレフィーヤが駆けつけてきた。

 

「兄さん、傷を見せてください! すぐに治療します!」

 

 レフィーヤが早口に詠唱を唱え、治療が始まる。

 その様子をリリはただ呆然と見ている事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。今日も無事に生還できたな!」

「半日もダンジョンに潜っていると、陽の光がとても心地良く感じますよね。なんだかホッとした気持ちになります」

「……」

 

 いつもよりも少し早い、まだ日が赤くもなっていない時間に地上に戻ったベルとレフィーヤが、ダンジョンと違って澄み渡った空気を大きく取り込んで感想を言い合う。

 しかしその横では、二人とは対照的に沈痛な面持ちをしたリリが地面に落としたまま黙り込んでいた。

 それを横目で見て、ベルとレフィーヤはあえて気遣う事をせずいつも通りに振舞う。

 

「それにしても、10階層の霧があんなに深いとは思わなかったな」

「エイナさんから話だけは聞いてましたけど、あんなに見えなくなるものなんですね。モンスターとはまた違うダンジョンの怖さを、改めて思い知らされた気分です」

 

 ベルの新たな階層に対する感想に、共感するようにレフィーヤも頷く。

 ダンジョンの脅威はモンスターだけに留まらない、というのは冒険者になった直後から何度も聞いていた事だった。様々なダンジョンギミックや、まるで生きているように冒険者を追い込む『異常事態(イレギュラー)』。

 あるいはモンスター以上に、ダンジョンこそが冒険者の最大の敵だと口にする者もいると聞く。

 

「そうだ! レフィーヤの魔法で霧を吹き飛ばせば安全に探索できるんじゃないか?」

 

 名案を閃いた、と動作でアピールするように指を鳴らして対策を口にするベル。

 しかしレフィーヤの反応は芳しくなかった。

 

「階層全体に霧が掛かってるんだから無理ですよ。一部を一時的には吹き飛ばす事はできるかもしれませんけど、すぐにまた見えなくなっちゃいます」

「なら見えなくなる前にまた魔法を使えば?」

「そんなの私の精神力(マインド)が持ちません。すぐに枯渇して精神疲弊(マインドダウン)を起こしちゃうのが関の山ですよ。もっと現実的に考えてください」

「では逆転の発想で、こちらも黒い霧を発生させるというのはどうだ!」

「余計見えなくなるだけに決まってるじゃないですか! 思いつきでバカな事を言わないでください!」

 

 本当に実行すれば全滅すらしかねないとんでもない対策を口にするベルに、レフィーヤが雷を落とす。

 その後もああだこうだと話し合うが、妙案が出てくる事はなかった。

 

「やはり結局はいつも以上に警戒して探索するしかなさそうだな。リリはどう思う?」

 

 肩を落として、ベルが隣を歩くリリに話を振る。

 しかし――

 

「えっ? ……あっ、はい。それでいいと思います」

 

 話を聞いていなかった事が丸分かりの空返事に、ベルとレフィーヤは心配げな視線を送る。

 それでも何も聞く事はせず、二人は再びいつも通りの会話に戻った。

 やがてギルドに到着し、今日の収穫の換金を終えて三人はその分配に移る。

 

「リリ、今日の分け前だ」

 

 そう言ってベルが差し出すのは、きっちりダンジョンで得た稼ぎを3等分した金貨の袋。

 サポーターに正当な――それどころか過分ともいえる破格の報酬を渡され、初めはリリも困惑したものだった。

 1週間も経ったいまはもう戸惑う事はなくなったが、しかし今回ばかりはベルの渡そうとした報酬をリリは差し戻した。

 

「それは……受け取れません」

 

 神妙な面持ちで首を振るリリ。

 彼女がそう口にした理由はベルとレフィーヤにも明らかなものだった。

 

「今日はリリの注意不足のせいでベル様を危険な目に遭わせてしまいました。それにベル様もレフィーヤ様もまだ余力があるのに、リリを気遣って探索を切り上げてくれた事は分かっています」

 

 ベルに庇われた後から、自分は目に見えて集中力を欠いていた。

 普段ならしない小さなミスが増え、サポーターにあるまじき失態を繰り返した。もしこれがベルとレフィーヤではない、普通の冒険者パーティとの探索だとしたら、袋叩きにされていてもおかしくない体たらくだったと、自らの働きぶりをリリは厳しく評価する。

 

「ご迷惑ばかりお掛けして、図々しくも分け前を貰う事はできません。今日の分の稼ぎはお二人で分けてください」

「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。兄さんだって無事だったんだし、ダンジョンから早目に戻ったのだって、新しい階層に慣れてなかったからでリリさんのせいってわけじゃ……」

「お気遣いはいりません。今日のリリは、サポーター失格でした」

 

 レフィーヤの気遣いも頑として受け入れず、リリは悔いるように俯く。

 サポーターとしての歴が長いリリは、ベルやレフィーヤよりもずっと重く今回の醜態を受け止めていた。

 ダンジョンという命の掛かった場所で、あまりにも自分は迂闊だったと。

 

「分かった。そういう事なら今日の稼ぎは預からせてもらおう」

 

 消沈するリリの様子から、きっと無理に報酬を渡しても彼女を傷付けるだけだとベルは判断して、金貨の袋を懐にしまう。

 しかしそれはそれ。これはこれ。

 落ち込む少女をそのままにはしておけないと、ベルは明るい笑みを向ける。

 

「だがレフィーヤも言っていたが、気にする事はないぞ。仲間なら、迷惑を掛けるのも掛けられるのもお互い様だ。私だってこれまで何度もリリに助けられているんだからな!」

 

 それは紛れもないベルの本心だった。――が、リリは気落ちする自分に向けられた分かりやすい気遣いだと受け取る。

 長年の反射から自然と浮かんできた笑みを顔に張りつけ、リリはベルの心遣いを無碍にしないように感謝の言葉を返した。

 

「はい、ありがとうございます。リリはこれからもお二人を支えられるように頑張りますね。今日のような失態は、二度と犯しません!」

 

 決意を表明するかのように拳を握って宣言するリリ。

 微妙にベルが言っていた事が伝わっていないような気もしたが、それを突っ込む野暮はベルもレフィーヤもしなかった。

 

「それでは、今日のところはリリはこれで失礼します。明日は朝も話した通りファミリアの会合がありますので、明後日からまたよろしくお願いしますね。ベル様、レフィーヤ様」

 

 すっかり普段の笑みを取り戻し、元気いっぱいにリリが別れの挨拶を告げる。

 ブンブンと手を振って去って行く彼女の後姿を見送りながら、レフィーヤは表情を曇らせる。

 

「リリさん、大丈夫でしょうか? 無理をしているように見えましたけど……」

 

 最後はいつもの態度に戻っていたとはいえ、そのあまりに急な変化こそが取り繕っていたためだろうと危ぶんで、レフィーヤは隣にいる兄を見る。

 しかしベルはレフィーヤの言葉を聞いていなかったのか、リリの後ろ姿を凝視しながら珍しく険しい顔をしていた。 

 

「やはり、嫌だな」

「……兄さん?」

 

 思わずといった様子で零れた呟きに、レフィーヤが兄を呼ぶ。

 それにも反応を返さず、ベルは静かに拳を握り締めた。

 

「あんな笑顔は、許せない……」

 

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