オラリオの東と南東のメインストリートに挟まれた第三区画、通称『ダイダロス通り』と呼ばれる貧民層の広域住宅街を、三人の子供と一人の少年が歩いていた。
「だけど兄ちゃんスゲェな! ここってあんま花なんて咲かねぇのにポンポン見つけちまってよ!」
「ホントだよね。おかげであっという間にお花が集まっちゃった」
「お兄ちゃん、ありがとう……」
「ハッハッハ! 花を見つけるなどこの未来の英雄ベル・クラネルにとっては朝飯前だ! だが褒めたいというならもっと褒めてくれてもいいんだゾ!」
子供達の賞賛に満更でもない様子で頭を掻きながら胸を張るベル。
当初は日が沈むまでに間に合うか危ういと思われた花探しだが、ベルの活躍もあり無事日没を待たずして充分の量が集まった。
ダイダロス通りは建物が入り組み、さらには重層構造になっているため日差しが通りにくい。そのため植物が自生する事が非常に珍しくなっているのだが、ベルは太陽の位置と建物の配置から花が咲いていそうな場所に当たりをつけ、その予想が見事に当たった形だ。
「兄ちゃん冒険者なんてしないで花屋でもやった方がいいんじゃねぇか? そっちの方がよっぽど似合うぜ」
「それも楽しそうだが、残念ながら私は英雄になると決めている! いまに見ていろライ! 私の名はオラリオ中――いや世界中に轟く事になるぞ!」
「えー私もベルお兄ちゃんは剣とかよりお花が似合うと思うなぁ」
「僕も、そう思う……」
子供達から満場一致で似合わないと否定されるベルだが、そんな事は慣れたものとばかりに笑ってみせる。
「きっと私が戦う姿を見ればそんなイメージも吹き飛ぶさ! いやぁ、私の勇姿を見せられないのが残念だ!」
「アハハ、全然想像できなーい」
「兄ちゃんゴブリンにもやられちまいそうじゃんか」
「冒険者、危ないよ……」
ベルのひ弱な見た目にライとフィナが笑い、ルゥは心配する。
すっかり懐かれ、ベルに対し子供達も遠慮がなくなっていた。
「ベルお兄ちゃんは英雄っていうか、役者さんとかピエロみたい」
「あっ、分かる分かる! 兄ちゃんってオラリオにたまに来る旅芸人みたいだよな!」
フィナの例えにライがぶんぶんと頷いて賛同する。
田舎暮らしで旅芸人など見た事もなかったベルだが、
「旅芸人か。やはり世界の中心と呼ばれるだけあって、オラリオには色んな人が来るんだな」
「うん! でも実際にショーを見た事はないんだ。遠くから宣伝しているのを聞いただけ」
「知ってるか兄ちゃん、そうやって旅芸人してるのも神様のファミリアらしいぜ。色んな神様がいるよなぁ」
「旅芸人の人達、みんな楽しそうだったよ……」
好き好きに旅芸人の一座に対する感想を口にする三人。
それを微笑ましく思いながらベルも耳を傾ける。
「そういや母さんに聞いたんだけど、ピエロって道化なんて言うらしいぜ。そんで道化って言えばやっぱり――」
「ロキファミリア……」
「オラリオで最強のファミリアだね!」
ベルには聞き覚えのないファミリアの名前が出る。といっても田舎暮らしだったベルが知っているファミリアなど門衛をやっていたガネーシャファミリアくらいしかないのだが。
話の流れでロキファミリアがどんなファミリアなのかベルは聞こうとするが、その前に三人は熱を持って語り始めた。
「ロキファミリアってスゲェんだぜ兄ちゃん!
「そうなの! 遠征? っていうのから帰ってきたの見たんだけど、みんな格好良くて、それに綺麗だったなぁ」
「リヴェリア様、エルフの憧れ……!」
ライが早口に捲し立て、フィナが陶酔したように見た時の感想を語り、感情表現に乏しいルゥでさえ興奮気味に賞賛の言葉を口にする。
冒険者の街であるオラリオにとって、強いファミリアは子供達の憧れを一身に受ける存在だという事が良く分かる光景だった。
それを見て、ロキファミリアこそ現代の英雄と呼ばれる存在だと察してベルも胸を熱くする。
「なるほど、
「兄ちゃん話が分かるな! そうなんだよホントにやばいんだぜ、ロキファミリアの冒険者! なんたって――」
ベルの言葉に気を良くしたライが、身振り手振りを交えてロキファミリアが為した偉業を語り始める。
そして一方、そのロキファミリアの少女達はベルの妹であるレフィーヤと共にいた。
「じゃあレフィーヤはいなくなったお兄ちゃんを捜してたんだね」
オルナにそっくりなアマゾネスの少女――ティオナが人懐っこい笑みを浮かべて納得したとばかりに頷く。
突然のお姉様発言を慕っていた年上の女性に似ていたから思わずそう呼んでしまったと誤魔化したレフィーヤは、自己紹介を終えた後ようやく最初の問いに答え、兄であるベルの事をロキファミリアの少女達に話したのだった。
「そうなんです。兄さんってば離れないでって言ったのにいつの間にかどこかに行っちゃって……」
「アハハハ、面白い人だね。レフィーヤのお兄ちゃんって」
「そう? はた迷惑なだけでしょ」
「ティオネ、それはレフィーヤにもお兄さんにも失礼なんじゃ……」
「ハハ……いいんです。慣れてますから」
遠慮のないエルミナ――もといティオネの発言に、レフィーヤは諦めたように笑う。
実際に迷惑を被っているレフィーヤにその発言を否定する事は難しく、また否定したとしても実際に会ってしまえば意味がなくなってしまうのは目に見えていた。
「皆さんはどこかで見てませんか? 白い髪に赤い目をした、とっても騒がしいヒューマンなんですけど」
「うーんあたしは見てないかなぁ」
「私も。というか私達、さっきホームから出て来たばっかりだしね」
「ごめんね。レフィーヤ」
「いえ、謝っていただく必要なんてありません。逸れた兄さんが悪いんですから」
まったくこれだから兄さんは、と恨みがましく愚痴を零すレフィーヤ。
初対面でありながらすっかり打ち解け、四人はベルを捜しながらなんとなく流れで一緒に歩く。
「ねぇねぇ、レフィーヤはどうしてオラリオに来たの?」
ティオナが明るい笑顔を向け訊ねてくる。
その眩しい笑みに過去の友人の姿を思い出しながらレフィーヤは答えた。
「えっと、兄さんの付き添い……みたいなものですかね。兄さんは英雄を目指してるので、それで冒険者になるためにオラリオに来ました」
「英雄って……今時そんなのに憧れる男もいるのね」
バカにしてるというよりは意外そうにティオネが言う。
アイズは何を考えているか分からない無表情で三人の会話に耳を傾けている。
「私は憧れる気持ち分かるなぁ。英雄譚に出てくる英雄ってすっごい格好良いもんね!」
「ティオナさんも英雄譚が好きなんですか?」
「うん! 大好き!」
天真爛漫に頷くティオナ。
その表情は兄が英雄について語る時と同じく裏表のない素敵な笑顔だった。
「昔っから色んな英雄譚を読んでるんだー! レフィーヤのお兄ちゃんもそうなの?」
「多分、そうだと思います。理由があって兄さんと再会したのは最近なので、詳しい事は分からないんですけど」
1000年前の兄の言動からレフィーヤは半ば確信しながら頷く。
あの兄であればあらゆる英雄譚を読むのはもちろんの事、自分の英雄譚など暗記するほど読み込んでいるとみて間違いない。
「レフィーヤのお兄さんってヒューマンなのよね? 血がつながってないって事は同じファミリアなの?」
他種族を兄と呼ぶレフィーヤにティオネが訊ねる。
レフィーヤは純粋なエルフなのでヒューマンの兄と血がつながっているはずはない。となれば、一番可能性が高いのは同じ
「いえ、ファミリアにはこれから入ろうと思ってます。私の里や兄さんが住んでた村にも神様はいませんでしたから」
「ん? じゃあなんでお兄ちゃんって……」
「あっ、バカティオナ」
思わずといった様子で首をかしげるティオナの頭をティオネが小突く。それで初対面の人間が踏み込んでいいような話でない事に気付いたティオナは気まずそうに口を噤んだ。
その心遣いに感謝しつつ、レフィーヤは折角なので話の流れで気になっていた事を訊ねる。
「ティオナさんとティオネさんは血のつながった姉妹なんですよね?」
「う、うん! そうだよ。二人でオラリオに来て、ロキファミリアに入ったんだ」
些か慌てた様子でティオナはブンブンと首を縦に振る。
そんなに気にしなくてもいいのにと思いながら、レフィーヤはあえて触れるような事はしない。
「ロキファミリアって、確かオラリオ最大のファミリアの一つですよね。ティオナさん達って、そんなに凄い人達だったんですか?」
「そうだよー! あたし達これでも、Lv.5なんだから!」
「れ、Lv.5!?」
先程の話を誤魔化すように殊更大きな声でティオナが語る内容に、レフィーヤは目を丸くする。
兄と違って旅に出る前に軽くオラリオの事を勉強していたレフィーヤは、Lv.5の冒険者がオラリオでも一握りしかいない第一級冒険者である事を知っていた。
「え、えっと、おねえさ……アイズさんもLv.5なんですか?」
「……? うん。そうだよ」
恐る恐る問うと、アイズが首をかしげながらも頷いた事でレフィーヤは口を開けて絶句する。
オルナとそっくりのティオナが凄まじく強いという事も驚きだったが、それ以上にお姫様でありお姉様と慕っていた女性とそっくりのアイズがLv.5というのは、レフィーヤにとってとんでもない衝撃だった。
「……お、お姉様が、お姉様が兄さんよりも、私よりも…………強い?」
「おーい、レフィーヤ?」
深刻そうな顔でブツブツと何やら呟き出したレフィーヤにティオナが声を掛けるが、未だ衝撃が抜けきらない妖精はそれに気付きすらしない。
「ねぇ、レフィーヤってば!」
「ほぇ? あっ、どうしましたか、ティオナさん」
業を煮やしたティオナが肩を揺さぶる事で、ようやくレフィーヤは正気に戻った。
「レフィーヤとお兄ちゃんってこれからファミリアを探すんだよね?」
「はい。兄さんと相談しながら明日色々と回ってみようかと思ってます」
「ならさ、うちに入らない?」
「えっ?」
予想もしていなかった突然の提案にレフィーヤは目を白黒させ、それに構わずティオナは満面の笑みで自らの派閥を勧める。
「うちって都市最強って言われてるファミリアだし、英雄を目指すっていうならピッタリだと思うよ!」
「私と兄さんが、ロキファミリアに……?」
まさかの勧誘、それも都市最大派閥からのスカウトに頭がついて行かず、言われた事を繰り返すレフィーヤ。
「確かにそれも良いかもしれないわね。ロキなら絶対レフィーヤを気に入るだろうし」
「私達も、レフィーヤが入ってくれたら嬉しいかな」
ティオネとアイズも賛同し期待の眼差しを向けてくる。
アイズからも誘われた事で思わず頷きそうになるのを堪え、レフィーヤは先程から疑問に感じていた事を訊ねた。
「えっと、誘っていただけるのは非常に嬉しいんですけど、そもそもファミリアってどういうものなんですか?」
神などいない妖精の森で育ったレフィーヤには、まだファミリアの仕組みというものがきちんと理解できてはいなかった。
少しはオラリオについて調べはしたので、ロキファミリアやフレイヤファミリアが都市最大の派閥と呼ばれる凄いファミリアであるという事を知ってはいたが、そのファミリアというものが具体的にどういうものなのかまでは把握していない。
「ファミリアっていうのはねぇ――」
そんな無知を晒すレフィーヤに、嫌な顔一つせずティオナが丁寧に説明を始めてくれたのだった。
「そんなわけで、オラリオには色んなファミリアがあって、その中で最強って言われてるのがフレイヤファミリアとロキファミリアの2つってわけ。どうだ? 分かったかよ兄ちゃん」
「うむ。非常に分かりやすい説明だった。ライもフィナもルゥも、みんな話が上手いな」
「えへへ、そうかな」
「そんな事……ないよ」
ロキファミリアの話に関連して、オラリオのファミリア事情まで聞いたベルは語り手になった3人を賞賛する。
褒められたライは満更でもないように指で鼻を擦り、フィアナは嬉しそうに笑い、ルゥは謙遜しながらも頬を緩ませた。
実際に身振り手振りを交えて語るライの説明は勢いがあって胸を熱くさせ、ライが飛ばした細かい部分をフィナが語り、ルゥはベルが気になった部分をその都度補足してくれた。
お世辞ではなく心から、ベルは楽しくためになる話を聞けてご満悦だった。
「ロキファミリアとフレイヤファミリアか。私が英雄になるためには、そのどちらかのファミリアの門を叩くのが近道になりそうだな」
「いやいや兄ちゃん、オラリオ最強のファミリアだぜ。兄ちゃんなんか相手にもしてもらえないって」
「そうだよ。それにフレイヤファミリアは、女神様に気に入られないと入れないって噂だよ」
「お兄ちゃんじゃ、難しいと思う……」
相変わらず英雄云々は全く信じてもらえなかったが、ベルと子供達はその後も楽しく話しながら帰路を歩く。
そして数分後、ライが前に駆け出して一つの建物を指差した。
「ほら兄ちゃんあれだよ。あれが俺達が暮らしてる教会だぜ」
「ほぅ、あれが……」
ライが示す教会が、思っていたよりもずっと立派な建物だった事にベルは内心安堵する。
こういった場所で暮らす孤児が、まともな住処を得られていない事は多い。それを考えれば、孤児の中でも3人はまともな生活を送れている方なのだろう。
そんな感想をベルが抱いていると、ライの元気な声が聞こえたのか、教会の中から誰かが出てきてこちらに走ってくる。
「あっ、シルお姉ちゃん!」
「ただいまー! シル姉ちゃん!」
フィナとライも近付いてくる人物に気付いて明るく手を振る。
その人物はベルより少し年上の10代後半の女性だった。
鈍色の髪と瞳に、綺麗というよりは可愛らしい顔をしているが、その顔もいまは眉間に皺が寄り険しく顰められている。
「ただいまー、じゃない! こんな遅くまでどこに行ってたの。危ないからあんまり遅くまで出歩いちゃダメってマリアさんからも言われてるでしょ」
声が届く距離まで近付き、開口一番シルと呼ばれた女性は子供達を叱りつけた。
片手を腰に当て、指を立てて怒る仕草は近所のお姉さんという表現がしっくりくる。
「ごめんなさい、シルお姉ちゃん……」
怒られたルゥが言葉少なに素直に謝る。
フィナとライもそれに続いた。
「シルお姉ちゃん、ごめんね」
「悪かったよ。だからそんな怒んなくてもいいじゃん」
元気に立っていた犬耳を下げて項垂れるフィナと、どこか不貞腐れたように謝るライ。
彼らが誰のためにこんな遅くまで外出していたかを知っているベルは、あまり厳しく怒られるのも不憫と思い仲裁するため話に割って入った。
「すまない美しい人、彼らをそんなに叱らないでやってくれ」
よほど余裕がなかったのか、話し掛けた事で初めてベルに気付いた女性は不思議そうに首をかしげる。
「あら、あなたは?」
「私の名前はベル・クラネル。今日このオラリオにやってきた、ライとフィナとルゥの友人だ」
名前を名乗り身元を明らかにして、ベルはライとフィナの肩に手を置いて事情を語る。
「彼らは道に迷っていた私を助けてくれたんだ。だから帰りが遅くなってしまったのは私のせいであり、彼らに責はない。どうか寛大な心で許してあげてほしい」
ベルの説明に子供達が驚いた様子で振り返る。
そしてベルから経緯を聞いた女性は納得したように頷いて頭を下げた。
「そうだったんですね。事情も知らずに失礼しました」
謝り顔を上げた女性は、柔らかい微笑みをベルに向ける。
「私はシル・フローヴァ。この教会にたまに顔を出して、子供達のお世話をさせてもらっている者です」
名乗った後でシルはしゃがみ込んで子供達と目を合わせると、彼らにもきちんと謝った。
「みんなもごめんね。理由も聞かないで怒鳴ったりしちゃって」
シルからの謝罪に、子供達は一斉に気まずい顔になる。
本当は自分達の都合で帰りが遅くなったのに、謝らせてしまった事を後ろめたく思っている事が傍から見るベルにはありありと感じられる。
「ううん、その……気にしないで。シルお姉ちゃん」
「そ、そうだよ。俺達が遅くなったのはホントだし……な、ルゥ」
「うん。ライの言う通り……」
懸命に噓がばれないようにしながらシルを気遣う3人。
その言葉にシルは笑顔で頷くと、みんなの頭を順番に優しく撫でた。
「じゃあ3人はマリアさんに顔を見せて安心させてあげて。帰りが遅いから、マリアさん凄く心配してたんだから」
うん、分かった、と口々に頷いて教会に入っていく子供達。
その途中でベルに手を振って別れの挨拶を告げる。
「じゃあな兄ちゃん。今日はありがとな!」
「ベルお兄ちゃん、また遊ぼうね。約束だよ」
「バイバイ、お兄ちゃん……」
「ああ、必ずまた会いに来る。それまで元気にしてるんだぞ、ライ、フィナ、ルゥ!」
笑顔で手を振り合い、ベルは子供達が教会に入っていくのを見届ける。
いつの間にか隣に来ていたシルの視線を感じて、ベルは教会を見ながら彼女にも聞こえるように述懐する。
「良い子達だな。純粋で真っ直ぐな心を持っている。きっと育てられている方の人徳故だろう」
「そうですね。みんなとても良い子ばかりです」
貧民街の子供というのは貧しい生活故に性格が歪みやすい。なのにあれほど擦れていないのは、あの教会で彼らを育てているマリアさんという女性と、きっと目の前の鈍色の女性のおかげなのだろう。
子供達を見送ったシルは再びベルに頭を下げた。
「改めましてベルさん、ありがとうございました。あの子達を送り届けてくれて」
「なに、私の方こそ迷っていたところを助けてもらって感謝している! ここはまるで迷路のようで右も左も分からなかったからな!」
ハッハッハ、と情けない答えを声高に返して笑うベル。
シルもつられたように口元を緩めてにっこりと笑った。
「じゃあそんな風に庇ってくれてありがとうございます、って言い換えた方が良いですか?」
ニコニコと、屈託のない笑みを浮かべながら容易くベルの真意を突くシル。
おそらくは子供達の様子から事情を察したのだろう。
「バレてしまっていたか。ならばあの子達が出ていた理由については、できればきかな――」
「はい。教えてもらえるまで聞かないようにします。じゃないとベルさんの気遣いが無駄になっちゃいますもんね」
ベルの言葉を先取り、どこまで見透かしているのかシルは笑顔で頷く。
ライ達はサプライズで花飾りを渡そうとしているようだが、目の前の女性相手にそれはおそらく不可能だろうとベルは察する。きっと彼女はサプライズに気付いてる事にも気付かせずに驚いたふりをしてくれるだろうから、彼らが落胆するような結果にはならないのは幸いだが。
「出会ったばかりだが、あなたのような人には勝てる気がしないな。シル、と呼んでも?」
全てを見通された事に頬を掻きながら苦笑してベルは訊ねる。
「はい。是非」
「ではシル。あなたのように器量が良く、そして聡い女性に出会えた幸運に感謝を。今日この日、私がこの場所で道に迷ったのは、近いうちに私に恩恵を授けてくれるはずのまだ見ぬ女神のご加護かもしれない」
「は、はぁ……」
いきなりまるで舞台役者のように大仰な手ぶりを交えて語り出したベルにシルは目を白黒させる。
そんな彼女の様子にも構わず、ベルはキザっぽく片膝をついて手を差し出すと不敵な笑みを浮かべた。
「もしよければ、互いの親睦を深めるために一緒に食事でもどうだろう?」
「えっと、ごめんなさい。私も3人を送り届けていただいたお礼をさせていただきたいんですけど、これからお仕事に行かなくちゃいけないんです」
「ならば是非、このベル・クラネルに仕事場までのエスコートをさせてもらえないだろうか。もう日が沈む。あなたのような美しい人が一人で歩くのはとても危険だ」
「申し出は嬉しいんですが、私の方がお礼をしなくちゃいけないのに、そんな事までしていただくわけには……」
食事の誘いを断られ、しかしベルはめげずに連続アタックを敢行する。
それに戸惑いながらも恐縮して遠慮するシル。そこに警戒心や邪険する心がないのを見て取ると、ベルは大仰な身振りをやめて肩を竦めながら言った。
「というのは建前で、いくらライ達に道を教えてもらったとはいえ、こんな迷路みたいな場所から迷わず出るのは難しそうなので助けてはもらえないだろうか。先程も言った通り、私は今日この街に着いたばかりだから土地勘がまるでないんだ」
さっきとは打って変わって、情けなく助けを求めるベル。
聡いシルはその意図をすぐに察して、ふふっと吹き出した。
「分かりました。そういう事なら、エスコ―トをお願いしちゃいますね」
「ああ、任された!」
誇らしそうに胸を叩くベル。
その姿がおかしかったのか、シルはまた小さく笑う。
「シルはどんな仕事をしているんだ?」
並んで歩きながら、ベルは興味津々といった様子でシルに問い掛ける。
「『豊穣の女主人』っていう酒場のウェイトレスです。本当ならもうとっくに働いていなきゃいけない時間なんですけど、子供達を待っていたので完全に遅刻ですね」
「あーそれは面目ない……が、シルみたいな気さくで可愛いウェイトレスが給仕してくれるとは、夢のような酒場だな。冒険者として落ち着いたら私も一度行ってみたいものだ」
「是非いらしてください。うちの酒場は冒険者の方もいっぱいこられるんですよ。私の他にも可愛いウェイトレスもいっぱいいますから、ベルさんもきっと気に入ります」
「なんと、可愛いハーレムが私を待っているだと! これはもう今日の宿代を使ってでも飲み明かして、あわよくば誰かの家に泊めてもら――」
「ちなみにお店の人は大体住み込みで、もし手を出したら怖ーいドワーフのお母さんにぶっ飛ばされちゃいますよ?」
「と思ったが、妹に野宿をさせるのは忍びないので今日のところはやめておこう。いやー残念だなー!」
手のひらをクルクル返して誤魔化すように大声で笑うベル。
その様子にシルもクスクスと笑う。
「ベルさんはどうしてオラリオに来られたんですか?」
「良く聞いてくれた! 私は英雄になるべくこのオラリオの地を踏んだのだ! 見ていてくれ。いまはただのベル・クラネルだが、私はいずれ誰もが知る偉大な英雄になってみせよう!」
「ふふっ、なら私はベルさんのファン一号になりますね。この先ベルさんが有名になったら、みんなに自慢しちゃいます」
「任せてくれ! 私は決して女性を失望させたりしない男だ!」
天狗のように鼻高々にベルは胸を張る。
自らの英雄願望をバカにせず聞いてくれるシルの反応が嬉しく、いつも以上に口が軽くなる。
「私が英雄として名を馳せれば、シルが働く酒場も英雄行きつけのお店として大層繁盛する事だろう! いまからその時が楽しみだな!」
「私も楽しみです。その時は是非ベルさんの冒険の話を聞かせてくださいね」
「もちろんだとも! 存分に語って聞かせよう、この未来の大英雄ベル・クラネルの愉快痛快喝采の冒険譚を!」
気分良く喋るベルに、自分も楽しく言葉を返しながらシルは少しだけ驚く。
まだ出会ってほんの少ししか経っていないが、恐ろしく話しやすい。
話し相手としての相性が良いのもあるのだろうが、これならば短い時間しか一緒に過ごしていなかったはずの子供達とあんなにも仲良くなれるのも納得だ。
「ベルさんはもう入られるファミリアを決めてるんですか?」
「いや、実は冒険者になるためにはファミリアに入らなければいけないというのも、今日門衛の人に聞いたばかりなのだ。だから本格的なファミリア探しは明日からする予定だな」
シルの疑問にベルは首を振って答える。
本来なら今日ダンジョンの最初の層でも覗いてみようかと思っていたが、基本的にダンジョンは冒険者しか入ってはいけない規則となっているため、それはできなかった。
恩恵を受けるためにもいずれどこかのファミリアには入らなければいけないとは思っていたが、まさか冒険者になる最初の段階でファミリアの加入が必須とはベルも思っていなかった。
「オラリオには色んなファミリアがあると聞いている。どんな神が私に恩恵を授けてくれるのか、いまから楽しみで仕方ないな!」
「そうですね。でも気をつけてください。色んなファミリアがあるって事は、色んな神様がいるって事ですから。神様の我儘に振り回されて苦労する冒険者の方なんかも多いって話ですよ。私の酒場でもお客さんが良くそういった愚痴を零してました」
「なるほど。ファミリア探し――もとい神探しは、判断を間違うと痛い目に遭うという事か」
シルの説明に納得して頷くベル。
ライ達のファミリア講義もそうだが、ファミリア探しを始める前に良い事が聞けたと、ベルは己の幸運とライ達、それからもちろんシルに感謝する。
「つまりまずは、私に合ったファミリアを探すのが先決というわけだな」
「そうなりますね。でもオラリオには色んなファミリアがありますから、きっとすぐにベルさんに合ったファミリアが見つかりますよ。もし見つからなかったら、私が酒場で知り合ったファミリアの方に紹介して差し上げます」
「おおっ、それなら安心――と言いたいところだが、さすがにそこまで世話になるわけにはいかない。心配しなくとも、明日には素晴らしい神に巡り合い、私は妹共々その方の眷属になっている事だろう! より正確に言うなら、とても美しく、とても優しく、そして包容力のある美神の眷属に!」
調子に乗って願望のままに喋り、なんなら顔も分からない美神に膝枕されている自分を想像するベルに、シルがにっこりと寒気のする満面の笑みを返してくる。
「多分そういう方はベルさんを眷属にはされないかと思います」
「おふぅ! 手厳しい!」
そんなこんなで話していると、貧民街を抜けて元のオラリオの街並みに戻り、あっという間にシルが働いているという酒場に辿り着く。
空はもう夜の帳が降りており、酒場の光がオラリオの街を一角を彩っていた。
「それではベルさん、今日はありがとうございました。近いうちにお礼をさせてくださいね」
「私の方こそ、あなたのような美しい人と一時のデートを楽しめて非常に楽しい時間だった! お礼の意味でも、必ずや今度食事に来よう」
「ふふっ、じゃあ待ってます。絶対に来てくださいね、ベルさん」
「ああ、また会おうシル!」
手を振って酒場の中へと入っていくシル。
そしてすぐに「あーシルがやっと帰ってきたにゃー!」という騒がしい声が聞こえてくるのを背に、ベルはその場を後にした。
「だからね、うちのファミリアってロキの趣味で可愛い女の子ばっかり集められてるんだ」
「レフィーヤはエルフで美人だから、間違いなくロキも気に入るわよ」
「は、はぁ。そうなんですね……」
「ねぇねぇどう? レフィーヤもうちに入ろうよ。もちろんお兄ちゃんも一緒にさ」
話が一段落し、最強派閥の眷属になるための恐ろしく緩い選考基準にレフィーヤが曖昧に頷くと、ティオナが身を乗り出して再びファミリアに勧誘を始める。
グイグイとくるその距離感の近さに兄と同じ空気を感じながら、レフィーヤは考える。
懇切丁寧にファミリアの説明を受け、次いでロキファミリアの簡単な内部事情についても教えられ、そのおそらくは主要メンバーから勧誘されている。オラリオで冒険者になろうとしている者にとってこれほどの幸運はないだろうという状況だろう。
そんな恵まれた誘いに、しかしティオナから聞かされたある一点が気に掛かり、レフィーヤは一線を引いた態度を取った。
「えっと、ごめんなさい。兄さんとも相談しなきゃいけないので、私一人で決めるわけには……」
言葉を濁し、遠回しに勧誘を蹴るレフィーヤ。
自分でも勿体ない事をしているという自覚はあったが、どうしてもレフィーヤはその誘いに二つ返事で頷く事ができなかった。
つれない返事にティオナは少しだけ肩を落としながら、それでも朗らかに笑う。
「そっかぁ。ならお兄ちゃんも賛成してくれたらうちのホームに来てね。私達の名前を出せば、すぐに中に入れてもらえるように言っておくから」
「……はい。重ね重ねありがとうございます」
邪気のない笑みを向けられ、それに気まずい思いを感じながらレフィーヤは頭を下げた。
それからも一緒に歩いて話をしながら兄を捜したが見つけられず、日が沈み一行は解散となった。
「ごめんね。夜になったから私達もうホームに帰らなきゃダメなんだ。まだレフィーヤのお兄ちゃん、見つけられてないのに……」
「いえそんな、私の方こそ初対面なのにこんな時間まで付き合っていただいて申し訳ないというか、むしろ色んな話まで聞かせてもらって感謝しかありません! ありがとうございました」
なんの見返りも渡せないのに、ここまで一緒になって人捜しを手伝ってくれた3人にレフィーヤはお礼を伝える。
懐かしい顔に動揺していたのもあるが、少し兄に当てられて図々しくなってしまっていたのかもしれない。
ティオネ達は気にした風もなく手を振ってそれぞれ別れの挨拶を口にする。
「なんかあったら私達のホームに来なさい。面倒事じゃなければ手を貸してあげてもいいわよ」
「また会おうね。レフィーヤ」
「バイバーイ! またねー!」
ティオナとティオネとアイズ、三人から笑顔を向けられ――それがなんだかとても嬉しくて、レフィーヤは破顔しながら勢い良く頭を下げる。
「はい。みなさん本当にありがとうございました! 今度兄を連れてご挨拶に行くので、待っていてください!」
そうして三人と別れ、夜の街に再び一人となったレフィーヤ。
もう時間も経ち過ぎて兄がどこに行ってしまったかも見当もつかないため、いっそ宿に戻って待つのもありかもしれない。
そんな風に街角で考え込んでいると、聞き慣れた騒がしい声がレフィーヤの耳に届く。
「私の方こそ、あなたのような美しい人と一時のデートを楽しめて非常に楽しい時間だった! お礼の意味でも、必ずや今度食事に来よう」
その声が聞こえた途端、レフィーヤのこめかみに青筋が浮かび上がる。
こっちは必死に捜していたというのに、当の本人は女の人に声を掛けて遊び歩いていた事実が発覚したからだ。
怒りに拳を握りながら、レフィーヤは声の聞こえた方に駆けていく。
するとすぐに目立つ白い髪がどこかの酒場の前を歩いているのが見えた。
「兄さん! 何をまた節操なく女の人を口説いてるんですか!」
近付いて怒鳴ると、ベルはすぐに振り向いてレフィーヤに気付き、朗らかな笑顔を浮かべる。
「おおっレフィーヤ! どこへ行っていたんだ! 迷子になっちゃダメじゃないか」
「それはこっちの台詞です! 離れないでって言ったのに勝手にいなくならないでください! どれだけ捜したと思ってるんですか!」
レフィーヤの説教に悪かった悪かったと、まるで悪びれもせずに謝るベル。
ぷんすかと怒るレフィーヤだったが、しかし悲しいかな、この程度の迷惑は慣れたもので一通り怒りの言葉を吐き出すと、兄だったら仕方ないかという諦めが怒りを萎ませていく。
「それで、私を放ってまで兄さんは何をしていたんですか?」
「良く聞いてくれたレフィーヤ! お前と別れてから私は将来有望な子供達と友になり、それからなんと、この未来の大英雄ベル・クラネルに最初のファンがついたのだ!」
「兄さん……私が見てない間に幻覚まで見るようになったんですか?」
「おうふっ、疑うどころか信じる前から全否定とか酷すぎやしませんかレフィーヤさん!」
「子供達と友達になったっていうのはまだしも、冒険者にもなっていない兄さんにファンなんてつくはずないじゃないですか。ちゃんと現実を見てください」
普段の行いのせいで、ベルの発言は一切レフィーヤに信じられず切れ捨てられる。
その後何度ベルが本当だと言っても、妹はまるで聞く耳を持ってくれなかった。
「まったく、ホントに兄さんはどうしようもないんですから」
「妹の私への信頼感が低すぎる! これが前世と今世との間にできてしまった深い隔たりだというのか!」
「これは元からです。バカな事言ってないで早く宿に戻りますよ」
嘆くベルをもはや相手にすらせずさっさとレフィーヤは宿へと歩く。
立ち直ったベルにすぐに横に並んで歩き出した。
「ねぇ兄さん。私さっき、お姉様とオルナさんとエルミナさんにそっくりな人達に会いました」
宿へ戻る途中、唐突にレフィーヤが話し始める。
ベルは懐かしい知己の名前に、柔らかい笑みを浮かべ目を細める。
「そうか、あの三人と……」
「はい。私達みたいに記憶はなさそうでしたけど、三人とも元気そうで――笑ってましたよ」
彼女達が自分達のように生まれ変わりであるかは分からない。
もしかしたらそっくりなだけで、何も関係がないかもしれない。
それが分かっていながら、レフィーヤは彼女達があの三人と関りがあるものとして話す。
「オルナさんなんかすっごく明るくなってて、話している間もずっと笑顔でした。エルミナさんはオルナさんと仲良しで、いまは本当に姉妹になってて、とても幸せそうにしていました」
前を向いたまま、レフィーヤもベルと同じように懐かしさに目を細めながら語る。
「お姉様は物静かになってました。寡黙で、でも優しそうなところは変わってなくて、そして私達よりもずっと先輩の冒険者なんだそうです」
不意にレフィーヤが語りながらベルの手を握る。
その珍しい行動にベルは思わずマジマジと妹を見た。
「私とも初めて会ったのに友達みたいに話してくれて、とても気さくで、また仲良くなれたのが嬉しくて、なのに……なのに、わたし――」
「レフィーヤ……?」
語るにつれて、どんどんとレフィーヤの声が震えていく。
その様子が心配になってベルは妹の名前を呼ぶ。
それに答えるように彼女はベルの方を見ると、一筋の涙を零しながら己の素直な気持ちを吐露した。
「わたし……もうあの人達には会えないんだって、そんな事考えちゃって――――少しだけ、寂しいです」
ギュッと、握られた手が震えていた。
いつも気丈で明るい妹が流した涙にベルは一瞬呆け、そして同意するように少しだけ目を伏せる。
「そうだな、私も寂しいよ……」
この生を授かる前に共に歩んだ仲間達。
とても素敵な笑顔を浮かべていた女性達に、その笑顔を咲かせるために奔走した自分を助けてくれた友人達。
おそらく彼らに会う事はもう二度とない。
彼らとそっくりな人がいても、それはもう彼らではない。
ユーリ。ガルムス。リュールゥ。エルミナ。クロッゾ。オルナ。アリア。
仲間達との縁は、前世での死をもって閉じたのだ。
それを実感しながら握られた手を強く握り返し、ベルはもう一方の手を妹の頭に乗せた。
「だからこそ、こういう時は笑おう」
えっ、とレフィーヤが涙に濡れた瞳でベルを見上げる。
そんな妹に優しく微笑みながらベルは山吹色の髪の撫でた。
「彼女達はきっとなんの悔いもなく生き、天寿を全うした。そしていま生まれ変わり、多分つらい事もあるだろうが仲間と共に幸せな人生を生きている」
昔、よくこうして泣く妹の頭を撫でた事を思い出しながらベルは穏やかに語る。
「でも私達が寂しいなんて泣いていたら、彼女達が心配して戻ってきてしまうかもしれない。折角何もかも忘れて生まれ変わったというのに、それを邪魔するのは野暮というものだ」
肩を竦めておどけるように言いながら、ベルは口の端を曲げていつものように笑顔を浮かべた。
「だから笑うんだ、レフィーヤ。彼女達がなんの憂いもなく新しい生を謳歌できるように。彼女達が必死に生きて繋いでくれた、この時代に感謝を捧げて」
寂しくはあっても、それは悲しむ事ではない。
彼らが精一杯生きた事は、いまも語り継がれる英雄譚と、その英雄譚が3000年もの時を経て語り継がれた事実が証明してくれている。
目を閉じれば簡単に思い浮かぶ仲間達の笑顔を思い出しながら、ベルは頭を撫でてていた手で、さっきからずっと瞼から零れている妹の涙を拭う。
「何より花のようなお前には、涙なんか似合わない」
いつかのように、そう言って笑い掛けるベル。
それにつられてレフィーヤも笑みを零した。
「もう……! いつもそうやって誤魔化すんですから」
笑いながら拗ねたようにそう言って、レフィーヤは星が瞬く夜空を見上げる。
「でも……そうですよね。私が泣いてなんていたら、お姉様達に笑われちゃいますもんね」
「そういう事だ。愛しの妹よ」
頷き、ベルも天を仰ぐ。
二人で夜空を見上げ、いつものように笑い合った後、再び兄妹は歩き出した。
つないだ手は宿に戻るまで離れる事はなかった。
前作の『道化』VS『静寂』では《シリアス9・ギャグ1》くらいの割合でしたが、今作は御覧の通り《シリアス2・ギャグ8》くらいのノリで進んでいく予定です。
次回:
今月中には投稿したいところですが、もしかしたら厳しいかもしれない。