大変お待たせしました。
遅れる事一月半、ようやく投稿です。
翌日。
早朝から宿を出たベルとレフィーヤは、早速オラリオの冒険者となるべくファミリア探しを始めた。
ベルが持ち前のハイテンションで派閥のエンブレムが飾られたファミリアの
普通なら物怖じしてしまうような厳つい門番がいる大手のファミリアにも笑顔で突っ込んでいき、手当たり次第にベルとレフィーヤは入団交渉を持ち掛けていった。
その結果は――全滅であった。
英雄になるためにオラリオに来たと堂々と宣言するベルに、殆どのファミリアが嘲笑を返し、一部のファミリアがドン引きをして追い返した。
中にはレフィーヤだけなら入れても良いと受け入れるファミリアもあったが、二人一緒でなければ冒険者になどなるつもりがないレフィーヤが応じるはずもなく。
20を超えるファミリアに売り込みを掛け、その全てから断られる頃にはお日様がすっかり二人の真上へと昇っていた。
「そろそろ昼餉の時間だな! 何か食べたいものはあるか? 妹よ」
「……あれだけ歩き回ったのにどうしてそんなに元気なんですか? 午後からもファミリアを探すんですから、何か体力がつくものを食べたいです」
「よし! ならば昼は豪華に焼き肉でも食べようか!」
「どこにそんな無駄遣いするお金があるんですか! 私達冒険者になれなかったら、いまあるお金も減っていく一方なんですよ!」
そんないつものコントを交わしながら適当な店に入り、二人で昼食を取る。
「はぁ……朝からずっと探してるのに、どこのファミリアも話を聞いてもらうどころか門前払いばっかりですね」
料理を一口食べて呑み込んだ後、大きなため息をついたレフィーヤが愚痴る。
しかし正面に座るベルは、気落ちした様子などまるで見せずオラリオの料理に舌鼓を打ちながら笑った。
「そんな事もあるさ。それよりレフィーヤ、眉を寄せてばかりじゃお婆ちゃんみたいに皺が取れなくなっちゃうゾ!」
「余計なお世話です! それに門前払いされてるのだって、兄さんがいらない事ばっかり言うからなんですからね」
ファミリアの
なんとなくこんな顛末になる事を予想していなかったと言えば嘘になるが、それでもこの先も待っている徒労のようなファミリア探しを考えるとレフィーヤの憂鬱が晴れる事はなかった。
なのに目の前の兄はいまも呑気にバカな事を呟いている。
「うーむ、この未来の大英雄ベル・クラネルの真価を見定められないとは……意外と神々の目も節穴かもしれないな」
「こんな街中で堂々と不敬な事を言わないでください。誰がどう見ても神様の目の方が正しいですよ」
ジト目で兄を睨みながら目の前の食事を口に運び、それを咀嚼して飲み込むと、レフィーヤは午前中から疑問に思っていた事を話題に上げた。
「でも兄さんの奇行を抜きにしても、私と比べて兄さんの扱いがぞんざいでしたね。旅の途中でヒューマンと
身体が頑丈なドワーフや魔法に長けたエルフと違い、ヒューマンや
「なに、まだ20やそこらのファミリアしか回っていないんだ。きっとまだ私の魅力に気付いてくれるファミリアに当たってないだけで、午後には美しい女神様が私を見初めて勧誘してくるに違いない!」
「一体どこからそんな自信が来るんですか? ぜ~ったいあり得ませんよ」
いつもの戯言を繰り返す兄に、いつも通り突っ込みを返す。
そんな風にして昼食を終えた二人は、店を出てファミリア探しを再開する。
「よし、行くぞレフィーヤ! 気を取り直して後半戦の始まりだ!」
「はい。でもあんまり張り切って引かれないように注意してくださいね」
午前中に全敗した事などなかったかのように張り切るベルに、頷きながら釘を刺すレフィーヤの二人は再びファミリアを探すために街へと繰り出す。
しかし案の定――
「帰んな。誇大妄想野郎の戯言に付き合ってやる暇なんてうちにないんだよ」
「英雄? そんなもんになりたいなら、ガキと混じってチャンバラでもしてろ」
「うちに入りたいってんなら、金でも持ってくれば考えてやるぞ? ハハハハハッ」
もはやまともに取り合ってくれるところすら珍しい有様だった。
人員募集の張り紙があったファミリアにも行ってみたが、あっさりと他の入団希望者と比較して落とされる。
そして今回もまた――
「帰れ帰れ。お前みたいな田舎臭いガキなんざお呼びじゃないんだよ」
「失敬な! 私は確かに辺境の農村出身だが、子供はもうとっくに卒業している! 近いうちにハーレムを築く予定もあるしネ!」
「ハーレムだぁ? そんなひょろいナリして何言ってやがんだ。お前がハーレム築けるんなら俺だって今頃モテモテだよ」
「ハッハッハ、ナイスジョーク!」
「テメェ喧嘩売ってやがんのか!」
良い笑顔でサムズアップするベルを威圧するファミリアの男。
一触即発の様子に慌てて後ろにいたレフィーヤは二人の間に割って入る。
「け、喧嘩はやめてください。兄さんに悪気はないんです」
「あっ? なんだお前、こいつの連れか?」
「は、はい。レフィーヤ・ウィリディスと言います」
「ほぅん」
答えを聞いた男は顎に手を当ててレフィーヤの全身を不躾に眺める。
その視線に居心地の悪さを感じ、眉を顰めながらレフィーヤは身体の前に腕を持ってくる。
「エルフか。魔法は使えんのか?」
「えっ? はい。使えますけど……」
「なるほどな」
何に納得したのか、男は満足そうに頷いてニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「お前も一緒なら、そこのガキも一緒にファミリアも入れてやらん事もないぜ。ちょうど
さっきまでは門前払いだった態度が一転し、あっさりと入団を許可される。
しかしまるで兄を自分の添え物のように扱う男の物言いに、レフィーヤは顔を真っ赤にしてかぶりを振った。
「いいえ結構です! 私も兄さんもあなたみたいな人とファミリアになるなんて真っ平です! 行きましょう、兄さん!」
「へ? あっ待ってくれレフィーヤ! 私の腕はそんな方向に曲がらないから引っ張らなギャアアァァァ!」
珍しく怒りを露わにして兄の腕を引っ張るレフィーヤだが、人体の構造を無視した力の入れ方にベルは悲鳴を上げて引きずられていく。
その後もファミリア探しを続けるが、何度か同じようないざこざがあり、ベルの隣に歩くレフィーヤの可愛い顔には深い皺が刻まるようになった。
「あー……レフィーヤさん? どうしてそんなにご立腹なの?」
「なんでもありません」
「だけど明らかにほっぺたが膨れているよ? つついたら破裂しそうなくらいに」
「なんでもありません」
「でも――」
「な、ん、で、も、あ、り、ま、せ、ん!」
「あっはい」
これ以上しつこく踏み込んだら街中で魔法をぶっぱなしかねない迫力にベルはなす術なく引き下がる。
しかし、とベルは首を捻る。
なぜレフィーヤはこんなにも怒っているのか。
ファミリア探しが原因だという事は分かるが、妹がこれほどまで怒りを露わにする事など滅多にあるものではない。
こう言ってはなんだが、自分がバカにされたり笑われたりする事などいつもの事だろうに。
――ドン!
そんな風に頭を悩ませていると、向かいから歩いてきたフードを被った人と肩をぶつけてしまう。
咄嗟にベルは振り返り、謝罪の言葉を口にした。
「おっとすまない。考え事をしていたらぶつかってしまったようだ。怪我はないだろ――」
「いいえ、気にしないで。私も不注意だったわ」
口だけは回るベルが、ぶつかった際にフードが取れ露わになった顔を正面から直視し言葉を失う。
艶めかしい銀色の美髪と、同じ色をした蠱惑的な瞳。触れる事すら躊躇われるような滑らかな白い肌。この世の言葉を尽くしても語れないほどの美が、そこにはあった。
「美しい――」
「あら?」
思わず零れたベルの呟きに、嬉しそうな声が返る。
その声すら妖艶の色を伴ってベルの耳朶を震わせた。
目の前の女神の圧倒的なまでの美に、ベルは数瞬心を奪われる。
「どうしたの? 坊や」
呆けるベルに竪琴を奏でたかのような麗しい声が問い掛けてくる。
そこでようやくベルは自失から立ち直り、いつもの大仰さ仕草と共に謝罪の言葉を口にした。
「これは失礼! あなたのあまりの美しさに私の全神経が虜になってしまい、些か呆けてしまっていたようです。ぶつかってしまった事も合わせ、寛大な心で目を瞑っていただければ幸いです」
「まぁ。嬉しい事を言ってくれるのね」
大仰な動作で賛美の言葉を連ねるベルに、女神は笑顔で頷きベルの粗相を許す。
本来なら女神とベルの邂逅はそれで終わるはずだった。道端ですれ違った他人でしかないのだから挨拶でもして別れるのが一般的だ。しかしベルがこれほどまでに美しい女性を前にしてその程度で済ませるはずもなかった。
「ここで出会ったのも何かの運命。よろしければ、あなたの名前を教えていただけないでしょうか?」
慇懃でいながら舞台のように所作でベルは女神の名を訊ねる。
それに戸惑った様子も不快に感じた様子もなく、あっさりと受け入れて女神は名乗る。
「私はフレイヤ。美の女神よ。あなたは?」
「私の名前はベル・クラネル! 英雄になるべくこの地に来た冒険者の卵です! ちなみにこっちは妹のレフィーヤ」
ついでのように紹介されるレフィーヤ。
いつもならその扱いに文句を言うところだが、美の女神を前にさすがのレフィーヤも普段通りとはいかず、畏まりながら頭を下げる。
「は、初めましてフレイヤ様。レフィーヤ・ウィリディスと言います」
「ええ、よろしくね。二人とも」
自己紹介に対しニコリと笑顔を返すフレイヤ。
その美しさにノックアウトされそうになりながら、レフィーヤは兄の袖を掴むと自分の傍に引っ張って小声で早口に話し始める。
「兄さん兄さん兄さん、フレイヤ様といえばオラリオでもロキファミリアと並んで最強のファミリアの主神様ですよ!」
「ああ、知っているとも。あの美しさでファミリアもトップクラスとは恐ろしい。天は彼女に二物を与えたという事か!」
「二物を与えられる以前にフレイヤ様は神様です!」
「そうだった!」
混乱して訳の分からない事を話す兄妹。
割といつも通りの光景だった。
「どうかしたの? あなた達」
「い、いえ! なんでもありません!」
二人の様子を不審に思ったフレイヤに訊ねられ、条件反射で背筋を正しながらレフィーヤは返事をする。
未だ緊張でガチガチのレフィーヤに対して、ベルは誰が相手であろうと悪い意味で物怖じする事はなく、既に絶世の美女を前に女好きのスイッチが入っていた。
「ゴホン。改めまして神フレイヤ、よろしければ私とお茶でもいかがでしょう?」
「あら、デートのお誘いかしら?」
「その通りです! あなたのような美しい女神と出会えたというのに、このまま何もせず別れてしまうなど私の沽券に関わる! もし時間が許すのならば、是非とも私と素敵な時間を共にしていただけないでしょうか?」
「兄さん! 初対面の女神様になんて不遜なお誘いをしてるんですか!?」
「ふふっ、正直な子ね」
一瞬の迷いもなく口説き始めるベルの不敬に悲鳴を上げるレフィーヤだが、当の女神は神の寛容さ故なのか意外に乗り気だった。
これはいけるか、と血迷うベルの腕を再び掴んで引き寄せ、レフィーヤはまた小声で兄を怒鳴りつける。
「相手はオラリオ最大派閥の主神様ですよ! 忙しいに決まってるじゃないですか! それに私達だって入れてくれるファミリアを探している最中なのに!」
「バカを言うなレフィーヤ! ファミリア探しなんて後でいくらでもできる! しかしいまこの時を逃せば美神との甘美な一時は永遠にやってこないかもしれないんだぞ!」
「兄さんは何をしにオラリオに来たんですか!」
「少なくともいまこの時は、女神との逢瀬を楽しむためだ!」
「このバカ兄さ~~~ん!」
女神の前だというのにいつものどつき漫才を繰り広げる兄妹。
レフィーヤボディブローを食らい悶絶するベルを眺めながら、話が聞こえていたのかフレイヤは片手を頬に当てながら首をかしげた。
「あなた達、ファミリアを探してるの?」
その問いに妹に殴られた事などなかったかのように、ベルは俊敏に立ち上がって女神の疑問に答える。
「ええ。先程も話した通り、私は英雄を目指す身。冒険者になるために、いまは私達を入れてくれるファミリアを探している最中なのです」
女神の前で痛みに耐え精いっぱい格好つけようとするベルを、レフィーヤはジト目で睨みつける。
一方ベルの答えを聞いたフレイヤは人差し指を顎に当てて少しだけ考える様子を見せると、二人が思いもしていなかった提案をした。
「なら私のファミリアに入らない?」
「「えっ?」」
まるで予期していないファミリア入団の誘いにベルもレフィーヤも揃って目を丸くする。
そのままそっくりな表情、同じタイミングでまばたきをする二人は、傍から見れば確かに兄妹のようだった。
「もしかして……いま私、勧誘されてる? 麗しき美神のファミリアに? えっ、これ…………マジ?」
「ええ。マジよ」
衝撃が大き過ぎて女神の前だというのに言葉が崩れるベル。
それをベルの言葉をそのまま使いフレイヤは肯定した。
「は、はは、ハハハハハハ! 聞いたかレフィーヤ! オラリオ最大派閥、超絶綺麗で超絶魅力的な美の女神が、私の英雄の器を見抜き見初めてくださったぞ!」
「そ、そんなまさか、女神様の方から兄さんに声を掛けてくるなんて……」
驚きながらも笑っているうちにいつもの調子を取り戻したベルが自信満々に胸を張る。
レフィーヤの方は未だに信じられないとばかりに慄いていたが、それでもなんとか正気を取り戻すと再三ベルの腕を掴んで内緒話を始めた。
「兄さん、このお誘い受けるつもりですか?」
「当然だろう! オラリオで最も強いファミリアの眷属――英雄目指す私にとってこれほど望ましい環境はないと言っていい!」
「何言ってるんですか、ちゃんと考えてください! 女好きの兄さんがフレイヤ様のファミリアになんて入ったら、英雄になる前にフレイヤ様の美しさに骨抜きになって、ダンジョン探索なんか手につかなくなるに決まってるじゃないですか!」
「おうふっ! それはあまりに私に対する信用がなさすぎないか妹よ!」
「いいえ! 絶対そうなるに決まってます! 兄さんは英雄になる事と女神様の美に溺れる事、どっちが大事なんですか!?」
「くっ、まさかこんなにも唐突に究極の二択を妹から迫られる事になろうとは! だがしかし、あえて言おう! どっちにしたって最高だよネ!」
「こんのっ、ドクズ兄さーーーーーーーん!」
「げぽぉ!」
妹からの渾身の一撃を食らい冗談のような勢いで吹き飛ぶベル。
派手に地面を転がるベルが目を回している隙に、レフィーヤはフレイヤに向き直って深々と頭を下げた。
「ごめんなさいフレイヤ様。大変心苦しいんですが、今回のお誘いは、お断りさせてください」
「嗚呼、レフィーヤ! そんな無体な!」
勝手に勧誘を断るレフィーヤにベルが愕然とした声を上げるが、彼の妹はまるで取り合ってくれなかった。
「いいから! 行きますよ兄さん! それではフレイヤ様。失礼します」
「待って、待ってくださいレフィーヤさん! くっ……美しき女神フレイヤ! またお会いしましょう! 運命の導きがきっと、私とあなたを再び引き合わせる事を信じて!」
妹に引きずられながら精一杯格好をつけてベルは別れの口上を告げる。情けない有様でありながらキザな態度を貫くベルは、誰が見ても失笑を誘う道化そのものだった。
しかしそれを見送る女神は、滑稽さを笑うより前に呆気に取られ言葉を失っていた。
美の女神たる自分の誘いをあんなふざけたノリで断られたのは、彼女としても初めての事だった。
「ふふっ……残念ね。勧誘は失敗みたい」
自失から立ち直った女神は笑いながらも唇を尖らせ、自身の思惑通りに話が進まなかった事を嘆く。
しかしそれも仕方のない事だったのかもしれない。
ベルはともかく、妹の方は出会った瞬間から自分の事を警戒しているようだったから。
「私のものにするのは簡単だけど……」
まだどのファミリアにも所属していない、しがらみのない子供二人。攫って自分のものにしてしまう事は容易い。これまでもフレイヤはそうやって眷属を増やしてきた。たとえ少しばかり強引に眷属にする事で反感を抱かれたとしても、その後でゆっくり心酔させていけばいいのだから。
しかし――
「また会いましょう、ベル。あなたの言う、運命の導きを信じて。ね」
口元を愉悦の形に曲げ、フレイヤは再びフードを被って雑踏に紛れる。
彼女の神意は誰にも知られる事なく、その美の中に潜み、覆い隠された。
「レフィーヤ? レフィーヤさーん? 一体どこまで行くおつもりで?」
一方ベルは、いつまで経っても早足で自分の腕を引っ張る妹に困惑していた。
「そんなにむくれてどうしたというんだ。さてはレフィーヤ、生理だな?」
デリカシーのない発言にいつものようにキツイ折檻が来ると身構えていたベルだが、レフィーヤは何も言わず俯いたままだった。
これは本格的におかしいと、少し強引にでも話を聞こうと声を掛けようとしたところで、不意にレフィーヤは人気のない路地裏で足を止めて振り向いた。
しかし顔は伏せられており、その表情を窺い知る事はできない。
「兄さんは、フレイヤ様のファミリアに入りたかったですか?」
小さく、呟くような問いがレフィーヤの口から零れ落ちる。
その問いの真意は分からなかったが、ベルは一先ず素直に答えた。
「それはもちろん入りたかったが、レフィーヤは違うのか?」
自分達はファミリア探しをしている最中であり、フレイヤのファミリアはオラリオでも最大の戦力を誇る派閥である。ベルとしてはそんなファミリアから勧誘を断る理由はないと考えていたが、こんなにも強引に入団を固辞した事からも妹の考えは違ったのかもしれない。
ベルに問われたレフィーヤは俯いていた顔を上げ、沈んだ表情でぽつぽつとその理由を話す。
「昨日ロキファミリアの人達から聞いたんですけど、フレイヤ様のファミリアは団員同士で殺し合いをしているんだそうです。主神様の寵愛を授かるために、毎日のように」
「っ……!」
「フレイヤ様の眷属になれば、私達もきっと同じように殺し合いをしなきゃならなくなります。私は……兄さんとそんな事したくありません」
主神の美しさとは掛け離れたファミリアの凄惨な内情を語り、泣きそうな顔でレフィーヤはそれに忌避を示す。
美とはそれだけで人を狂わせるとは良く言われるものだが、まさにそれを体現したかのようなファミリアの在り様にベルも能天気な態度を引っ込め、深刻な面持ちとなる。
「そう……だったのか。すまないな、レフィーヤ。そんな事とは知らず、一人で勝手にはしゃいでしまって」
「いえ、大丈夫です。兄さんがそういう人なのは分かってますから」
ベルの謝罪に、レフィーヤはブンブンと首を横に振る。
彼女だって兄が自分と殺し合いをしたいなどと、そんなバカな事を考えているとは思っていない。
だが兄の答えを聞いた後も沈んだ表情が晴れる事はなく、不安を滲ませたままベルに問い掛けた。
「兄さん、私達に合ったファミリアなんて……本当に見つかるんでしょうか?」
「……何がそんなに不安なのか、聞いても良いか?」
妹の不安がフレイヤファミリアの件だけではなく、その前から様子がおかしかった事にもつながっているのだろうと察し、ベルは安易な慰めを口にするより先にその真意を問い返した。
レフィーヤは再び俯きながら、それでも兄の問いに沈黙を返す事はなかった。
「……私、
遠い昔の事を思い出しながら、レフィーヤは自らの思いを語る。
ファミリアの概念、それは自分達兄妹の在り方を肯定してくれているようで、とても心が温かくなったのだと。
しかしその実情は、レフィーヤが思い描いていたものとはかけ離れていた。
「フレイヤ様のところは特殊なんだと思います。でも昨日ティオナさん達に聞いたロキファミリアも、入団するのに大事なのは容姿が整っているかどうかだって言ってました」
「……」
「さっきまでだってそうです。みんな兄さんには見向きもしないのに、私には入団を勧めてきて……。私がエルフだから、
ギュッと、レフィーヤは着ているスカートを両手で握り締めた。
そうして口から出た思いの丈は、怒りを露わにしていた先程よりもよほど痛切な感情が込められていた。
「でも家族ってそうじゃないじゃないですか。顔が良いからとか、魔法が使えるからとか、そんなの家族になるために関係ないじゃないですか。だって兄さんは、ハーフだった私にも笑って手を差し伸べてくれました」
前世において、まだ子供と言える時分に両親を失い、その直後に血がつながらなくとも兄と呼べる相手を慕ってきたレフィーヤにとって、家族という言葉はとても大切な意味を持っていた。だからこそ、この神時代における
「私は嫌です。そんな風に能力や容姿で差別する人と家族になんてなりたくありません。ましてや同じ家族同士で殺し合うなんて、真っ平です」
そこまで語り、レフィーヤは顔を上げてベルの服の裾を掴む。
その翡翠の瞳は悲しみの色に濡れながら、とても綺麗にベルの顔を映していた。
「兄さんは、どう思いますか?」
不安そうに訊いてくるレフィーヤ。
その表情からは3000年以上の時を経て変わった価値観に対する明確な忌避と嫌悪が滲んでいた。
だがその拒絶は当然の事だったのかもしれない。
神々の降臨によって、『古代』以前の常識や考えは変わる事を余儀なくされた。
それは長い年月を培い下界に馴染み、いまや誰もが変化した価値観を当たり前のものと認識しているのだろうが、自分達だけはその過程を辿らずにこの時代に生まれ落ちてしまった。
そこに齟齬が生じるのはある種の必然と言える。
かくいうベル自身も、表には出さないが戸惑う事も多く、全てを受け入れられているとは決して言えない。
だがベルは、それを拒絶するつもりなど毛頭なかった。
「私もお前と同じ気持ちだよ、レフィーヤ」
安心させるように、優しい笑みと共に山吹色の髪の上に大きな掌がポンと乗る。
その手は流れに沿ってきめ細やかな髪を撫で、レフィーヤの心に直接温もりを届ける。
「でも決めつけるのは良くない。それぞれのファミリアに事情がある以上、神が眷属にする者を選ぶのはある意味当然の事だ」
「それは……! そうかもしれませんけど……」
妹の意見を全肯定するのではなく、ファミリア側の立場の事も考慮してベルはレフィーヤの考えを窘める。
反射的にレフィーヤは反論しようとしたが、兄の言葉に理がある事を悟り意見を引っ込める。
しかし頭では理解しながらも納得いかない様子を見せる妹に、ベルは己の考えを語って聞かせる。
「きっと大事なのはどんな理由で家族になるかじゃない。家族になってどう接するかじゃないだろうか。お前の目にはロキファミリアの人達が本当は仲が悪くギスギスしているように見えたか?」
「……いいえ。ティオナさんとティオネさんは姉妹で仲良しでしたし、アイズさんとも本当の家族みたいに笑い合ってました」
「だとすれば、それも一つの
相手を大切にできるのであれば、家族になる理由は重要じゃないとベルは笑う。
家族と言ってもその形は様々であり、他人が口を出すような事ではないのだと。
「それに誰でもかれでも家族に迎え入れるというのも節操がない。お前だって良く知りもしない誰かと無条件に家族になりたいわけではないだろう?」
「それは――はい。確かに、兄さんの言う通りです」
諭すようなベルの問いに、反論する言葉が見つからずレフィーヤは頷く。
「でも――」
だが沈んだ表情は変わらず、その思いを形にするべく再び口を開く。
そんな妹の気持ちを察して、ベルはレフィーヤが続きを口にする前に微笑みながらその先を引き継ぐ。
「分かっているさ、妹よ。それでも譲れないものはある。しかし納得できないなら、納得できるまで私達に合ったファミリアを探せばいいだけの話だ。なに、オラリオには山ほどファミリアがあるんだ。探していればいずれ私達に相応しいファミリアが見つかるさ」
いつものように楽観的に根拠もなく自信満々に言い切るベル。
そして頭を撫でていた手を下ろし両腕を妹の前に広げる。
「だから諦めずに探そう。こんなところで諦めていては英雄になるなど夢のまた夢だ!」
いつものように笑ってベルは言い切った。
その能天気な物言いに、悲観的になっていた自分がバカバカしく思えてきて、レフィーヤは不安に思っていた気持ちが肩の力と共に抜けていくのを感じる。
いつだって兄はこうだった。
妹の自分の心配も、不安も、全部飛び越えて吹き飛ばしてしまう。
口ばかり上手くて、自分はいつもそれに振り回されてしまう。
そんな人だから、自分はきっと、彼を兄と呼ぶようになったのだろう。
もしかしたら兄がファミリア探しでバカみたいに騒いでいたのは、自分達に合ったファミリアを見つけるためだったのかもしれない。そんな事を思いながら乗せられるのが少しだけ癪で、レフィーヤは唇を尖らせて小さく反駁した。
「……私は別に、英雄になりたいわけじゃないんですけどね」
「それでもお前は私に付き合ってくれるのだろう? なら同じ事さ」
自分がついていく事をまるで疑っていない真っ直ぐな信頼に、結局自分は振り回されるしかないのだと振り切れて、ようやくレフィーヤは小さく笑みを零した。
「もう、本当に仕方のない兄さんなんですから」
そう言って、レフィーヤは両手を胸の前で握って気合を入れ直す。
「分かりました。どうしようもない兄さんのために、兄さんが諦めるまでは付き合ってあげます」
「それでこそ私の妹だ! では行くぞ、私達にピッタリなファミリアを求めて!」
「はい!」
どこともしれない方向を指差すベルに、レフィーヤも意気込んで頷く。
心機一転、決意を新たに二人は路地裏を出てファミリアを探しを再開した。
しかしそれで都合良く上手くいくはずもなく。
午前中同様どこのファミリアに行っても当然のごとく門前払い。
数えるのもバカらしいほど追い返されて、レフィーヤがすっかり疲れ切る頃には日が赤く染まり沈みかけていた。
「やっぱり、そんな簡単には私達に合ったファミリアなんて見つかりませんよね……」
「まだ初日だ! 気落ちするには早いぞ、妹よ」
いくら神といえど自由奔放な兄を受け入れてくれるような器の大きな神はそういるものではないらしい。
それを実感してどんよりと沈んでため息をつくレフィーヤを、朝と何も変わらず元気なベルが慰める。
自分の倍以上は騒いでいたはずなのにどうしてそこまで元気なのか、無尽蔵の活力をレフィーヤがげんなりしながら不思議に思っていると、唐突に横合いから声が掛けられた。
「おーい、そこの騒がしい男の子としょぼくれたエルフ君。景気が悪い顔をしているね。良かったらじゃが丸君でも食べて元気を出さないかい?」
突然の呼び掛けに振り返ると、そこには一人の女神がエプロンをつけて立っていた。
「あ、あなたは……」
その女神の姿をベルは目を見開きマジマジと見つめる。
ベルの胸ほどしかない身長でありながら似つかわしくない巨大な双丘を胸に宿し、極東の者に良く見るという黒い髪を二つに結わえた幼い子供のような女神の姿を。
「ん、なんだい? そんなにじろじろとボクの顔を見て。どこかで会った事でもあったかな?」
自身をガン見するベルに、不思議そうに首をかしげる女神。
問われたベルは未だ驚愕に目を瞠りながら納得したように頷き、早口で叫ぶ。
「幼女で黒髪で巨乳でボクっ娘……私の好みを積み重ねたような属性の美女。なるほど! これが神か!」
「女神様相手に何失礼な事を言ってるんです! あと兄さんの好みはお姉様じゃなかったんですか!」
堂々と不敬な事を叫ぶベルをレフィーヤが怒鳴りつける。
しかし心外だとばかりにベルは反論した。
「お前こそ何を言っているんだレフィーヤ! 女性はみな美しい。そこに色の違いはあれど、優劣をつけるなど愚かな事だ!」
「意味が分かりません!」
相変わらず常人には理解できない事を宣うベルの主張を一刀両断するレフィーヤ。
すると喧しかった兄は急に真顔になり、まるで子供に何かを教えるかのように指を一本立てて語り始める。
「いいかレフィーヤ。世界には様々な女性がいる。それをたった一つの己の好みという視野だけで見るのは、いかにも狭量だとは思わないか?」
「……つまり、何が言いたいんですか?」
突然豹変した兄からの問い。その変わりように面食らいながらも、レフィーヤはそれが兄特有の前振りだと察し冷静に問い返す。
次の瞬間、レフィーヤの予想通り元のテンションに戻ったベルは良い笑顔でサムズアップした。
「みんな可愛いんだから好みなんていくらあっても良いよネ!」
「ふん!」
「ぐぽっ!」
レフィーヤの鉄拳がベルの懐に突き刺さる。
膝をついて悶絶する兄をレフィーヤは絶対零度の目で見下ろした。
「猛省してください。お姉様に一万回は謝った後で」
「うぅ……強くなったな、レフィーヤ。…………もう魔法なしでも私より強いんじゃない?」
半分本気でベルは痛みに耐えながら首を捻る。
今日だけで何回殴られたかは分からないが、確実に再会した当初よりも拳の威力が上がっていた。
「あー、大丈夫かい。君」
そんなバカな事をベルが考えていると、幼さを残した声が頭の上から聞こえてくる。
顔を上げれば兄妹のどつき漫才を間近で見ていた女神が、苦笑しながら心配そうにベルに手を差し伸べてくれていた。
「これはお見苦しい姿を見せてしまいました。私はベル・クラネル。あなたのお名前は?」
女神に声を掛けられたベルは痛みなんてなんのその。
厚意に甘え、差し出された手を取って立ち上がりながら、自身の自己紹介を済ませ相手にも名を問う。
その変わり身の早さに苦笑いを返し、女神は律儀に腰に手を当てて名乗った。
「ボクはヘスティアさ。こんなんでも炉の女神だ。そっちのエルフ君はなんていうんだい?」
「あっ、すみません。自己紹介が遅れました。レフィーヤ・ウィリディスと言います」
「ベル君に、レフィーヤ君だね。よろしく」
明るく笑い掛けてくるヘスティア。
兄妹もそれに笑顔で応える。
「はい、よろしくお願いします」
「よろしく、神ヘスティア!」
互いに自己紹介と挨拶を済ませ、そこでようやくレフィーヤは目の前の女神が神らしからぬ格好をしている事に気付いた。
「えっと、さっきじゃが丸君って言ってましたけど……まさかヘスティア様は、ここでアルバイトを?」
遠慮がちなレフィーヤの問いに、ヘスティアは「うっ」と痛いところを突かれたとばかりに呻き、頬を掻きながら頷く。
「実はそうなんだ。神とはいえ先立つものがないと生活する事も儘ならなくてね。というわけで、もし良かったら買っていってくれないかい? 味は保障するぜ」
気まずそうにしながらもしっかり呼子としての務めを果たし、二人に売り込みを掛けるヘスティア。
それに嫌な顔をする事もなく、ベルは鷹揚に首を縦に振った。
「ああ、ちょうどいい。私達もファミリア探しが難航して小腹が空いていたところだ。だろう? 妹よ」
「はい。私も実は、また食べたいって思ってたんです」
昨日食べたじゃが丸君が思いのほか気に入っていたレフィーヤも笑顔で賛成する。
それを聞くとヘスティアはパァと表情を明るくした。
「やったね! じゃあちょっと待っていてくれよ」
喜びを露わに露店の中に入りヘスティアはじゃが丸君の準備を始める。
それを待つ二人に、ヘスティアは用意をしながら上機嫌に問い掛けた。
「ところでファミリアを探してたって言ってたけど、君達は冒険者志望なのかい?」
「その通り! 何を隠そう私は英雄になるためこのオラリオの地を踏んだのだ!」
ヘスティアの問いにベルは胸を張って答える。
昼にフレイヤに会った時とは違い、気さくに接してくるヘスティアにベルも早々に畏まった口調を捨て去っていた。アルバイトをしているヘスティアが神らしくなかったというのも、もしかしたら理由の一つだったかもしれない。
「へぇ、英雄かー。うんうん、目標は高い方がいいよね。ボクだってロキのところに負けないようなファミリアを作って、いずれは追い越してやるんだ」
英雄になるというベルの身の丈に合わない大言を笑わず笑顔で頷きながら、ヘスティアは共感を示す。
そして少しだけ考え込む様子を見せた後、おもむろに思いもよらない提案を口にした。
「ベル君、レフィーヤ君。もし君達がまだ所属するファミリアが決まってないようなら、ボクのファミリアに入らないかい?」
「「えっ?」」
あまりに唐突な勧誘に二人は目を丸くする。
そんな兄妹にヘスティアは己の事情を語った。
「実は君達が入るファミリアを探してるのと同じで、ボクもいまファミリアを結成しようと団員を集めてる最中なんだ。でも誰も入ってくれる人がいなくてね。こうやって神なのにアルバイトをしてるなんて体たらくなわけさ」
少しだけ恥じ入るように語りながら、ヘスティアは真剣な態度で二人の目を真っ直ぐ見つめる。
「英雄を目指してる君達からしたら、まだ誰も団員がいないボクなんかのファミリアは物足りないかもしれないけど、どうかな? 会ったばかりでこんな事を言うのもなんだけど、君達とは上手くやっていけそうな気がするんだ」
根拠もなくそう言って、じゃが丸君を両手に持って再び二人の前に立つヘスティア。
用意できたじゃが丸君を二人に差し出し、笑顔で少しだけ首をかしげながら問い掛ける。
「もし良かったら、ボクと家族になってくれないかい?」
何も言葉を飾る事なく、女神はどこに行っても門前払いだった兄妹にそう頼み込んだ。
それは前世においてお互い以外に家族を亡くした兄妹にとって、とても心に響く言葉で。
だからこそ何かを考えるまでもなく、ベルはじゃが丸君を受け取りながら答えを返していた。
「とても光栄な誘いだ。神ヘスティア。奇遇にも、私も同じ事を思っていた。あなたとなら上手くやっていけそうだと」
「じゃあ――!」
ベルの答えにヘスティアは満面の笑みを浮かべる。
その笑顔に胸を温かくしながら、ベルは隣にいる妹を見た。
すると同じようにこっちを見ていた翡翠の瞳と目が合う。嬉しそうに笑みを零しながらじゃが丸君を受け取るレフィーヤが、同じ気持ちを共有している事を見て取って、ベルはヘスティアの問いに答える。
店の呼び込みとはいえ、落ち込んだ様子の妹を見て声を掛けてくれた心優しき女神が、自分達の探し求めていた神なのだと確信して。
「ああ。こちらこそ妹共々よろしく頼む。あなたのような神と家族になれるなら、こんなに嬉しい事はない」
「これから兄さんが多大な――本当に数えきれないくらいの迷惑を掛けてしまうと思いますが、よろしくお願いします。ヘスティア様!」
笑顔で頭を下げるベルとレフィーヤ。
その答えにヘスティアは目を数度まばたかせると、ウルウルと目に涙を溜めて両手を上げてバンザイの姿勢で飛び跳ねた。
「やったー! ありがとうー! ベル君、レフィーヤ君!」
勢い良く抱きついてくる女神にベルとレフィーヤは面食らったが、それでも二人は笑顔で抱き返す。
ヘスティアの肩越しに視線を合わせながら、兄妹は新しい家族ができた事を心の底から喜んだ。
前書きに引き続き、お待たせして申し訳ございませんでした。
ギアスやらエピメテウスやら、色々と浮気していたらこんな事に……。
そんなわけでベルとレフィーヤはヘスティアファミリアに所属します。
次回当たり恩恵を受けスキルとかも明らかになるかもしれません。
この先ちゃんと続いて行くか私自身も不安な今作ですが、一人だけどうしようか扱いを決めかねているキャラクターがいるので、アンケートを取りたいと思います。
あまりに投票数が少なかった場合は無効にするかもしれませんが、基本的に投票結果通りに話を考えようと思うので、よろしければ投票していただけると幸いです。
次回予告はアンケートの結果で話を考えるので今回はなしになります。
今作におけるリュー・リオンの扱い
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正義の眷属、疾風のリオン
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ヘルメス・ファミリア、吟遊詩人リュールゥ
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酒場の店員、ポンコツ妖精リューさん