墓参りを終えた翌日。
ベルとレフィーヤは、念願のダンジョンの入り口にやってきていた。
「一昨日も目にしたが、異様な迫力のある入り口だな。これがかの最果ての大穴へと続く道か」
「本当にモンスターをダンジョンに閉じ込めてるんですね。神様の力って、やっぱり凄いです」
ダンジョンへの入り口、そしてその上にそびえ立つバベルを見上げるベルとレフィーヤ。
かつて絶望の象徴とされた、無限のモンスターが溢れ出る大陸最果ての大穴。それに蓋をしたバベルの威容に二人は揃って感心する。
「良し! 早速綴るぞ、英雄日誌! 『冒険者となったベル・クラネルはこの日、英雄となるべくダンジョンへと降りるのであった』」
唐突に羽ペンと本を取り出して叫ぶベル。
その奇行にレフィーヤは慣れているとはいえ慌てて服の裾を引っ張った。
「兄さん、こんな目立つところで叫ぶのはやめてください。みんな見てます」
「ハッハッハ、見られる事に怯えていては英雄になどなれないサ! さぁ行くぞ妹よ!」
ここに来る前にギルドに寄って担当アドバイザーになったエイナとミイシャからダンジョンについて色々話を聞いてきたため、冒険者がダンジョンに入る時間帯から遅れているとはいえ、バベルには武具店や神々の住まいなどの施設があるため人通りは多い。
そんな中で不用意に注目を集める兄にレフィーヤは注意するが、当の本人は全く気にしていなかった。
ずんずんと鼻息荒く目を輝かせてダンジョンに入っていく兄を追って、レフィーヤも肩を落としながらついて行く。
最初の階段を下ると、そこにあるのは『始まりの道』と呼ばれる大広間だ。ここはまだ安全地帯のため危険はない。
「なんだか緊張してきますね。上層のモンスターはそんなに強くないみたいですけど」
太陽の光が遮断され、ダンジョンに入った事を実感してレフィーヤが不安を零す。
古代を生きた者の感覚では、最果ての大穴に入る行為など自殺以外の何物でもなかった。
「なに、その昔モンスターをちぎっては吹き飛ばしてきたレフィーヤなら全く問題ないさ。むしろ危ういのは精霊の力なしにはまともにモンスターと戦う事のなかった私の方だ!」
「それ、胸を張って言う事じゃありませんからね……」
情けない事を大声で宣うベルにレフィーヤはため息をつく。
兄を庇ってモンスターを魔法で倒して来た記憶を思い出して、まだ一匹もモンスターと出会っていない内から気が重くなった。
「そういえばダンジョンで出てくるモンスターを聞いて思ったんだが、フィーナであれば中層のあたりのモンスターまでは倒せるんじゃないか?」
始まりの道を歩きながら、エイナから聞いた各階層のモンスターを思い出してベルが訊ねる。
昔の記憶を思い返してみれば、レフィーヤはその程度のモンスターであれば盛大に吹き飛ばしていた。
「いえ、そんな事はありませんよ」
しかし返ってきたのはあっさりとした否定だった。
「確かにあの頃であれば普通のミノタウロスやヘルハウンドくらいであれば倒せたと思いますけど、この身体じゃそれほど強い魔法は使えません」
「そういえば同じ魔法でも、確かに威力が低くなっていたな」
再会した時に
そんなベルの呟きに同意するようにレフィーヤも頷いた。
「多分この身体には神様の言うところの
「つまり冒険者として強くなっていけば、あの頃よりも魔法の威力が上がるという事か……」
レフィーヤの説明に納得して「うんうん」と頷くベル。
しかし突然何かに気付いたようにハッと目を見開くと、マジマジとレフィーヤの方を見た。
「……なんですか?」
「レフィーヤ、いまのうちに恋人を見つけといたほうがいいんじゃないか?」
いきなり訳の分からない事を訊ねるベル。
なんとなくその意図を察して、レフィーヤは頬を引き攣らせながら問い掛けた。
「……一応聞いてあげます。どういう意味ですか?」
「そんな化け物みたいな魔法使えるようになったら嫁の貰い手がいなくなぐぱぁ!」
「余計なお世話です!」
予想通りの答えに鉄拳を見舞い、腹を押さえて蹲る兄を置いてレフィーヤは奥へと歩き出す。
遠ざかっていく妹の背中に、ベルは全身を痛みに震わせながら情けなく手を伸ばした。
「待ってくれレフィーヤ。兄を置いていかないで!」
「知りません!」
そうしてベルの初めてのダンジョン攻略は、不機嫌になった妹の尻を追っかけるところから始まった。
そして夜。
初のダンジョン探索を無事に終え、【ステイタス】更新も終えてベルとレフィーヤは並んでソファに座っていた。
その正面にヘスティアが立っており、二人の【ステイタス】を書き写した用紙を掲げている。
「それじゃあ更新した【ステイタス】を書いた紙を渡すよ」
「いえ~~~い! 待ってましたー! ドンドンパフパフ~!」
「兄さん! 子供みたいにはしゃがないで静かにしていてください!」
テンションの上がり切ったベルが拍手したり口笛を鳴らしたりと騒ぎ出し、隣でその被害をもろに食らったレフィーヤが耳を塞いで文句を言う。
その様子に苦笑いしながら、ヘスティアは手元の用紙に視線を落とした。
今回ヘスティアは、【ステイタス】を更新してもすぐにはその結果を本人には渡さなかった。
それはベルのように初めての【ステイタス】更新を大々的に行おうとしたわけではなく、その内容を正直に伝えるべきか迷ったためだ。
「ベル君、落ち着いて聞いてくれ」
「ん? どうしたんだヘスティア? もしかして……私の【ステイタス】に何か悪い兆候でもあったのか?」
浮かれる自分とは対照的に真剣な表情で見つめてくるヘスティアに、嫌な予感がしてベルは少しだけ不安げに訊ねる。
なんといっても自分とレフィーヤは、本来なら漂白されて全てを忘れるはずの魂が、何が起こったのか前世の記憶を持ったまま下界に産み落とされたイレギュラーだ。
それがなんらかの悪影響を【ステイタス】に齎していたとしても不思議ではない。
冷や汗を掻くベルの不安を余所に、ヘスティアが真面目な顔のまま衝撃的な事実を告げる。
「君にスキルが発現した」
「は?」
「え?」
ベルだけでなく、隣で話を聞いていただけのレフィーヤすらも間抜けな声を上げる。
予想外の答えにベルはパチパチとまばたきを繰り返し、次の瞬間には拳を握り締め勢い良く立ち上がった。
「おおおおおおおおお! スキルというのはあれか! 冒険者の強さの秘訣的な!」
まだ『
物言いからヘスティアにもそれは伝わったのか、軽く首をかしげている。
「うーん、ざっくりと言えばそんな認識でも大丈夫かな。ただ一口にスキルっていっても、良いものばかりではないみたいだけどね」
その不穏なニュアンスに、喜んでいたベルの顔つきが変わる。
もったいぶったさっきの言い回しといい、自分に発現した『スキル』が手放しに喜べるものではないかもしれないと察したからだ。
「つまり、私のスキルも?」
「それは自分の目で確かめてみると良いよ」
ベルの【ステイタス】を書き写した紙を差し出してくるヘスティア。
それを受け取り緊張して唾を呑み込みながら、ベルは目を通した。
ベル・クラネル
LV.1
力:I0→8 耐久:I0→3 器用:I0→7 敏捷:I0→15 魔法:I0
《魔法》
【 】
《スキル》
【
・早熟する
・理想が続く限り効果持続
・理想への思いの丈により効果上昇
確かにヘスティアの言う通り『スキル』が発現していた。
しかしその効果は、予想していたものとはまるで異なっており――
「これは……」
「おめでとうベル君。これで英雄への道に近付いたね」
笑顔で主神に告げられ、自らの予想が見当外れである事に気付きベルは拳を天井に振り上げた。
「よっしゃーーーーーーー! たった一日でスキルを発現するとか、私凄くなーい!」
自分の【ステイタス】が書かれた用紙を掲げ、目を輝かせてベルは何度も読み返す。
正直これがどんなスキルなのかはざっくりしすぎていて漠然としか分からないが、この際細かい事はどうでもいい。
「いやぁヘスティアも人が悪い! 不安にさせるような事を言って落としてから上げるとは、サプライズを分かっているネ!」
キランと舌を出しながらウィンクをするベル。
果てしなくムカつく態度だったが、慣れているレフィーヤと神格者のヘスティアはその程度で青筋を浮かべる事はなかった。
「はぁ……兄さんってばこれ見よがしにはしゃいじゃって……」
「ハハハ、まぁ喜んでくれたなら何よりだよ。めでたい事なのは確かだしね」
呆れたようにため息をつくレフィーヤにヘスティアが笑いながら答える。
主神としてはおそらくは『レアスキル』だろうベルの『英雄憧憬』を教えるのは色んな意味で不安だったが、本人の喜びようがあまりにも凄かったので注意事を話すのは食事の時にでもしようとヘスティアは決める。
「ああなったらしばらくは勝手に騒いでると思うので、無視して私の【ステイタス】も教えてくれますか? ヘスティア様」
「辛辣過ぎる塩対応! 兄の喜びを少しは分かち合ってくれてもいいんじゃないですかレフィーヤさーん!」
「はいはい。後で付き合ってあげますからいまは静かに……は無理でも、話が終わるまで絡んでこないでください」
「雑に流された! くっ、これが反抗期というものか……!」
「私は兄さんより年上ですけどね」
慣れた風にあしらわれ、ベルは悔しそうにしながら言われた通り少し離れた場所で一人で騒ぎ出す。
それを横目にヘスティアは、もうすっかり兄から自分に視線を戻したレフィーヤと向き直った。
「レフィーヤ君には新しいスキルや魔法は発現してないから、単純な
そう言ってヘスティアはベルと同じように彼女の【ステイタス】を
前屈みになりながらそれを受け取ったレフィーヤは、落ちてきた髪を耳に掛け直しつつ目を通した。
「一応言っておきたいんだけど、今回ベル君があんなに【ステイタス】の伸びが良いのはきっと『スキル』の効果もあったからだ。だからベル君と比べて君の【ステイタス】があんまり上がってなくても、それは君に才能がないってわけじゃないから気にしなくてもいいからね」
ヘスティアもあまり詳しいわけではないが、【ステイタス】の伸びは遅々としたものだという話を神友から聞いている。それを考えれば今回ベルとレフィーヤの【ステイタス】の伸びに差がついてしまったのはベルに発現した『スキル』が原因であり、むしろレフィーヤの方が正常な伸びなのだろう。
しかし差がついてしまったのは確かであり、ヘスティアはレフィーヤが落ち込まないようにフォローの言葉を伝えるが、当のレフィーヤは気にした風もなくケロッとしていた。
「はい、もちろんそれは分かってます。それに……今回ステイタスが伸びてないのは当たり前ですから」
「ん? 何かあったのかい?」
付け加えられたレフィーヤの言葉に含みを感じて、ヘスティアは首をかしげる。
するとレフィーヤは視線を逸らしながら人差し指で頬を掻いた。
「何かあったって言うか、なんというか……」
言葉を選ぶように難しい顔をしてレフィーヤは「うーん」と唸った。
「えっと、昨日発現した魔法をダンジョンで一度使ってみようって話をしたの、憶えてますか?」
昨夜この
そしてレフィーヤはいままで使った事のない魔法が発現したので、ダンジョンに行ったら試し打ちをしてみようと話していたのだ。
ちなみにこの時ベルは、レフィーヤに魔法が発現したのに自分には発現しなかった事に散々文句を言って妹から折檻を受けた。
「もちろんだよ。試してみたのかい?」
「はい。兄さんの興奮が一通り収まった後で使ってみたんですけど……」
歯切り悪く、言いづらそうに視線を落とすレフィーヤ。
そしてポツリと呟くようにその結果を口にした。
「気絶しました」
「は?」
「試しに1発撃って、そのまま気絶してしまいました」
端的に、あった事をありのままにレフィーヤが話す。
その予想外の答えにヘスティアは目を丸くした。
「えっとつまり、一発で
「はい。全部持ってかれました……」
「……」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
この時ばかりは少し離れたところで騒ぐベルの騒々しさに二人は感謝した。
「レフィーヤ君。その魔法、ステイタスが上がるまで封印しよう」
「……はい。魔法はいままで通りに使う事にします」
しばらくしてヘスティアが重々しく告げると、レフィーヤも否やはなく頷く。
気がついた時にはダンジョンを出て街中を兄におんぶされていた醜態を、レフィーヤは生涯忘れないだろう。
目の前で肩を落とすレフィーヤと、まだ一人で騒いでいるベルを見比べて、ヘスティアは初めての眷属の冒険者生活が前途多難になりそうな予感を感じ取った。
レフィーヤ・ウィリディス
LV.1
力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔法:I0→2
《魔法》
【カラミティー・フィア】
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レフィーヤの魔法の詳細は今後に持ち越しです。
あと更新頻度と文字数が安定しそうにないので次回予告はやめる事にしました。