道化英雄譚   作:真黒 空

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9:予期せぬ出会い

 

「はああぁぁぁぁぁぁ!」

「【ゲイル・ブラスト】!」

 

 ダンジョン5階層。

 遭遇したモンスターにそれぞれ剣の一太刀と魔法の一撃を放ち、ベルとレフィーヤは今日もダンジョン攻略に勤しんでいた。

 

「やっぱり5階層は4階層よりもモンスターとの遭遇頻度が多い気がしますね」

 

 魔法でベルの怪我を治しながらレフィーヤは初めて降り立った階層の所感を述べる。

 例によってベルが勢いのままに到達階層を更新したため、今日1日は5階層での探索となっていた。

 

「といっても、私とレフィーヤの敵ではないがな! これなら6階層や7階層のモンスターが出たところで余裕だろう!」

「だから調子に乗らないでください! そんな事言ったってこれより下の階層には絶対行きませんからね!」

「だが適正【ステイタス】の基準は満たしてるんだし、少しくらい覗く程度なら……」

「ダメです! 兄さんはそうでも私はまだ全然基準に達してないですし、そうなると兄さんに何かあった時に対処できません。もしそれでも行くっていうなら、後でエイナさんに言いつけます」

「うぐっ……」

 

 ベルが好奇心に引きずられてさらなる進出を提案するも、断固として拒否の姿勢を貫くレフィーヤににべもなく却下される。

 確かにベルの言う通りモンスターは難なく倒せてはいるが、自分達が攻撃を受ける回数も明らかに増えている。いまのところ致命傷になる怪我は負っていなくとも、決して楽観や油断ができるほどの余裕があるわけではない。

 

「それに私の精神力(マインド)も残り少ないですし、今日はここまでにしておくのが無難だと思います」

 

 懐中時計で時間を確認すれば、もうダンジョンに入ってだいぶ時間が経っている。

 日が沈むほどではないし、いつもならもう少し探索に時間を費やすところだが、新しい階層に進出した事もあって消耗が激しい。

 まだやってやれない事もないが、ダンジョンでは何が起こるか分からない以上ある程度の余裕は残しておくべきだろう。

 自分が足を引っ張ってしまってる現状に複雑な思いを抱きながら、レフィーヤはそれを表に出す事はなく無謀な兄を諫める。

 

「確かにバックパックも膨れて来たし、そろそろ頃合いか。仕方ない。楽しみは明日に――」

「明日も下層には降りません。到達階層は更新したんですから、とりあえず明日もこの5階層を中心に探索します」

「えー!」

 

 不満を隠そうともせず抗議の視線を向けてくる兄に、レフィーヤは肩を落として呆れた声を返す。

 

「我儘言わないでください。忘れてるかもしれませんけど、6階層からは新米殺しのウォーシャドウが出るってエイナさんが言ってたじゃないですか。迂闊に踏み入って集団で襲われたらひとたまりもありませんよ」

 

 レフィーヤの担当アドバイザーはミイシャだが、ダンジョンの講義はベルと一緒にエイナから受けている。それというのも、ダンジョンの事を教えるならエイナの方が適任だとミイシャが太鼓判を押し、エイナも快くレフィーヤの参加を認めてくれたからだ。

 そのため午前中の座学に関しては二人一緒になって講義を受けているのだが、エイナの教えは思った以上にスパルタだった。ミイシャに聞くところによれば、この厳しい講義に耐えきれず並み居る冒険者がみんな逃げ出したらしい。実際に講義を受けているベルとレフィーヤはそれも納得だと珍しく意見を一致させており、そんなスパルタの講義のおかげもあってダンジョンの上層の情報は二人の頭の中に詰め込まれていた。

 

「焦っても良い事なんかありません。ひとまずこの階層を隅々まで探索して、下の階層に行くのはそれが終わってから考えましょう」

「ぬぬ、ぐうの音も出ないほどの正論…………だがそんなに心配しなくとも大丈夫だぞレフィーヤ! もし何かあった時は戦わずに一目散に逃げるからな! 私の逃げ足はお前も知っているだろう!」

「それは全然大丈夫じゃありません! しかも兄さんが逃げたら私だけが取り残されるじゃないですか!」

「その時は私がお前を背負って逃げるから安心だ! 何も問題はないサ!」

「大ありです! そもそもそんな事態に陥る事が問題なんだって気付いてください!」

 

 いつものように大声で言い合う兄妹。

 安全階層(セーフティポイント)でもないのに騒ぐ二人の態度が、無意識の内に感じている余裕の表れなのか危機感の欠如なのかは判断の難しいところではあったが、もしこの光景を彼らの講義を担当したエイナが見ていれば激怒していた事は間違いないだろう。

 しかしエイナが叱らなくとも、ダンジョンでふざける兄妹への罰はきっちりと下る事となった。

 それも『異常事態(イレギュラー)』という、最悪の形で。

 

「……なぁレフィーヤ。何か大きな足音が聞こえてこないか?」

「なんですか? また変な事を言って…………本当ですね。でもこの階層にそんな大きなモンスターなんていないはず――」

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 身体の底から恐怖を喚起する咆哮が響き渡り、反射的にベルとレフィーヤは身を竦ませる。

 その間もドシドシと威圧感のある足音は大きくなり、とうとうそれを響かせていたモンスターが姿を現す。

 

「なっ……!」

「み、ミノタウロス!」

 

 通路の奥から現れたのは牛頭人体のモンスター、『ミノタウロス』。

 本来なら上層にいる事などあり得ない、中層域に生息するLv.2相当の怪物。

 ベルとレフィーヤにとっては因縁深い化物の登場に、二人は揃って目を見開く。

 

「なんで、ミノタウロスが出るのは中層からのはずじゃ……」

「そんな事を言ってる場合じゃない! 逃げるぞレフィーヤ!」

「はぃ……キャア!」

 

 狼狽するレフィーヤに反して、ベルの反応は速かった。

 戦う事など最初から考えず、迷わず逃走を選択。

 逃げるために駆け出そうとするレフィーヤをお姫様抱っこの形で抱え上げ、脱兎の如きスピードでミノタウロスから遠ざかる。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 再び上がった咆哮と共に、とんでもない足音がベルの背中を即座に追ってくる。

 レフィーヤがベルの肩越しに後ろを見れば、あの巨体からは考えられないような速度でミノタウロスが迫ってきていた。

 

「に、兄さん! 追ってきてますよ!」

「そんな事は分かってる! レフィーヤ、魔法だ! 足止めしてくれ!」

「は、はい!」

 

 その一言でなぜ兄が咄嗟に自分を抱きかかえて逃げたのかをレフィーヤは理解する。兄の方が敏捷の【ステイタス】が高く足が速いのもあったのだろうが、本命は逃げながら魔法を使えない自分のために集中できる状況を作るためだったのだ。

 ベルの肩越しに杖を構え、吠えながら迫ってくる猛牛に本能的な恐怖を抱きながらも、レフィーヤは必死に歌を紡ぐ。

 

「【契約に応えよ、大地の焔よ。我が命に従い暴力を焼き払え。フレア・バーン】!」

 

 レフィーヤが魔法を放つと、兄妹とミノタウロスの間を遮るように炎の壁が立ち昇る。

 しかし真っ赤に燃え盛る炎で巨体が見えなくなったのも束の間、ミノタウロスは炎の壁を突き破り二人を変わらず追い回す。

 

「ダメです兄さん! 物ともせず突っ込んでくる!」

「新しく発現した魔法があっただろう! あれならミノタウロスにも――」

「もうそんな精神力(マインド)残ってません!」

 

 レフィーヤが神の恩恵(ファルナ)を授かると同時に発現した魔法【カラミティー・フィア】。

 超長文詠唱から放たれるレフィーヤ最大の魔法なら、レベルの差を越えてミノタウロスを止める事も叶うかもしれないが、あれは精神力(マインド)が満タンのレフィーヤですら一発撃つだけで精神疲弊(マインドダウン)を起こしてしまう魔法だ。ダンジョン探索をして精神力(マインド)が尽き掛けているいまの状態で撃つ事など叶うわけもない。

 だがそれ(最強魔法)が使えないからといって泣き言を言っていられる状況ではない。このままではいずれ追いつかれ、ミノタウロスに食べられるか殺されるかの二択を迫られる事になる。

 レフィーヤはベルの進む先が分かれ道になっているのを見て取り、再び魔法を唱えた。

 

「【契約に応えよ、暗き闇よ。我が命に従い光を覆い隠せ。シャドウ・ハイズ】!」

 

 分かれ道に差し掛かる直前、レフィーヤの魔法によって突如として出現した黒い煙が通路を満たす。

 視界を奪われる形になったベルだが、直前の記憶を頼りに方向転換して黒い煙幕から脱出する。

 ミノタウロスにはベルがどちらに曲がったかは視認できないはずであり、撒く事はできずとも少しは時間を稼げる――――はずだった。

 しかしそんな目算は、迷わずベルを追って煙から抜け出してきたミノタウロスによって粉々に砕かれる。

 

「これもダメ……! どうして!」

「おそらく嗅覚だ。モンスターだけあって、鼻が良いんだろう……」

「じゃあどうしたら!」

「っ……水だ! 押し返せレフィーヤ!」

「――!」

 

 ベルの意図を理解し、レフィーヤは再び杖を構える。

 

「【契約に応えよ、清浄なる水流よ。我が命に従い悪徳を押し流せ。アクア・ストリーム】!」

 

 叫びと共にレフィーヤの杖から放たれた水の激流がミノタウロスの胸を打つ。

 あまりの勢いにミノタウロスはその場で踏ん張り、叫びを上げる。

 しかし、それだけだった。

 激流を耐えきったミノタウロスは目に見えたダメージもなく、再びベル達を追って走り出す。

 

「くっ、威力が足りない! いまの私の力じゃミノタウロスを呑み込む水流は出せません!」

 

 力不足に歯噛みしながらレフィーヤが叫ぶ。

 それに答えるベルは、初めからそこまでは期待していなかったのか走りながら力強く頷いた。

 

「それでいい! 少しでも押し返して足を止めるんだ! ――――ん?」

「どうしました? もしかして、また何か問題が!?」

「いや、問題というか……これは、まさか――!」

 

 何かに気付いた様子のベルが、眉を寄せて深刻な表情で黙り込む。

 そして確信を得たのか、ミノタウロスを目にした時以上の驚愕と共に目を見開く。

 

「レフィーヤ!」

「はい! なんですか兄さん!」

「もしかして――――昔より胸、小さくなった?」

「………………は?」

 

 一瞬、言われた事が理解できずにレフィーヤは間抜けな声を出す。

 しかしそんな反応を返すレフィーヤに構わず、ベルはミノタウロスの様子を窺うために自身の胸板にずっと触れている柔らかな感触に全神経を傾け、これ以上ないほど真面目な顔でそれに対する所感を述べた。

 

「押しつけられる双丘の重量感が昔お風呂を覗いた時のそれよりも減っている気が――」

「こんな時に何言ってるんですかバカ兄さーーーーーーーーーーーーーーーん!」

 

 ミノタウロスの咆哮よりも騒がしい魂の叫びがダンジョンの中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ……はぁ……」

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』

 

「なるほど……知っていたが、モンスターというのは総じてしつこいらしい……」

 

 オラリオに来る前に獣蛮族(ファモール)に追い回された時の事を思い出して、ベルは顎の下の汗を手の甲で拭いながら呟いた。

 目の前にはミノタウロス。後ろには行き止まりと精神疲弊(マインドダウン)を起こして意識のないレフィーヤ。

 絶体絶命の状況にあって、ベルはいつものようにヘラヘラと笑って見せる。

 

「それとも、私が特別好かれやすいのだろうか? だとすると、モンスターではなく美女にモテたいところなのだが……」

 

 逃走経路にわざわざ食料庫(パントリー)を選び、そこでなんとかして距離を離す小細工も弄したというのに、猛牛はそれらには目もくれずベル達を追ってきた。

 ここまで熱烈な追っかけ(ファン)が女の子であればどれだけ嬉しかった事か。いや、改めて考えてみると全力で逃げる自分を食い殺す勢いで追ってくる女の子もそれはそれで怖いかもしれない。ともすれば、モンスター以上に。

 

「などとバカな事を考えている場合ではないか」

 

 剣を抜く。

 ギルドから支給されたロングソード。ミノタウロスの肉を断つ事など到底出来そうにない頼りない武器だが、ベルが持つのはこれだけだ。

 

「生憎、私も妹も大人しく食べられるわけにはいかない。たとえ勝ち目がなくとも、全力で抗わせてもらおう」

 

 覚悟を決める、なんて精神的な動作は必要ない。

 そんなものはオラリオに来ると決めた時に済ませている。

 たとえ目の前に立ちはだかるのが自分よりも遥かに強い怪物であろうと、ベルにとってそれは臆する理由には成り得ない。

 なぜならベルが目指す『英雄』とは、『己より強い者に臆する事なく、大切なものを守れる存在』なのだから。

 

「行くぞ! ミノタウロスよ!」

 

 剣を構え、果敢にベルは強大なモンスターへの一歩を踏み出す。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………は?」

 

 ベルが渾身の一撃を放つためにミノタウロスに向かって剣を振りかぶった瞬間、目の前の怪物の胴体に一線が走った。

 そしてそれはとんでもない速さでミノタウロスの身体を駆け巡る。

 胸部、上腕、大腿部、下肢、肩口、首と、視認が困難なほどのスピードで刻み込まれていく。

 ベルがかろうじて見えたのは最初と最後の銀の光だけ。

 

『グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオォォォオォ――!?』

 

 ミノタウロスの断末魔が響き渡る。

 刻まれた線に沿ってミノタウロスの身体は切り刻まれ、パズルのようにバラバラになった各部のパーツが切断部を滑り落ちる。

 当然そこからは血飛沫が放出される結果となり、強烈な臭いを放つ赤黒い血が壁や天井、そしてミノタウロスの目の前にいたベルの身体にぶちまけられる。

 全身を真っ赤に染め上げられていく中で、鮮烈な血飛沫の隙間からわずかに覗いた金髪と懐かしい相貌に、言葉にできない感情がベルの胸に湧き上がる。

 それは喜びでもあり、悲しみでもあり、怒りでもあり、遣る瀬なさでもあるような、そんな感情だった。あるいはその全てであり、そのどれでもなかった。

 

(――ああ、また……助けられてしまったな)

 

 血のシャワーが降り止み、彼女の姿が良く見える。

 蒼色の軽装、道化のエンブレムが入った銀色の胸当てと、同じ色の紋章の手甲、そして美しい顔立ちには不釣り合いな研ぎ澄まされた(つるぎ)

 しかし不釣り合いであるはずなのに、血を滴らせる剣を持つ彼女の姿はこれ以上ないほど精錬されており、とても良く似合っている。

 それがベルの目には――――どうしようもなく、悲しく映った。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 自分をじっと見つめるベルの視線を気にした様子もなく少女が首をかしげる。

 声は同じだが、抑揚はまるで違う。

 レフィーヤが言っていたように彼女もまた別人なのだと正しく理解し、ベルは血まみれのまま朗らかに笑った。

 

「もちろん大丈夫だ! あなたのおかげで助かった! 礼を言わせてもらいたい!」

「あっ、はい……」

「と思ったが、いまは一刻も早く妹を安全な場所に運んでやりたいので失礼させてもらう! 命の恩人にこのような非礼は心苦しいが、緊急事態につきご容赦願いたい! お礼はまた時間がある時に必ずさせていただこう! このベル・クラネルの名に懸けて!」

「えっ? ちょっとまっ……」

「ではさらばだ、美しい人! 必ずやまた会おう!」

 

 少女の返事を聞く事なく、ベルは妹を背負うと電光石火の勢いでダンジョンを駆けて、あっという間に少女の視界から消え去っていく。

 途中で旧友に良く似た銀髪の狼人(ウェアウルフ)ともすれ違ったが、ベルは一顧だにしなかった。

 残された少女は呆然と去って行った兎のような少年を見送る。

 それがベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの初めての出会いとなった。

 





今回色々とレフィーヤの魔法が出ましたが、数が多過ぎる問題に関しては今後理由を明らかにしていく予定なので、いまはスルーでお願いします。
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