それにピリオドを打つために警察組織はある制度を導入した。
それは警察が選任した“探偵”による事件の究明を行わせるというもので、
解決した暁には警察から報奨金が支払われるというものであった。
その影響か探偵事務所を立ち上げるものが増えたが事件解決件数は、
減るどころか増える一方であった。
解決に導いている探偵はほんの一部……そのほんの一部の探偵のお話。
「あ~いい天気だ」
カーテンの隙間から入ってくる太陽の日差しを目に直撃しながらも、
ちょうどいい光量なのか眩しいとは思わなかった。
網戸にしている窓からは心地の良い風が部屋の中に入り、
部屋の空気を幾度も入れ替えてくれているおかげか、
今日はすこぶる部屋の空気の質がいいように
『皆さんこんにちは! 皆さんの庶民の生活に、
密着した政治を行う庶民生活の党でございます!
あぁ、ありがとうございます! あぁ、そちらの奥さんも!』
「……選挙のシーズンになると十二時ぴったりから巡回するのはやめろ!
あぁもう! せっかくいけない常夏の雰囲気を味わっていた途中だったのに!」
机を思いっきり強くたたき、その衝撃で手がヒリヒリするのを我慢しながら、
窓の近くに置いてある小さな扇風機を止めると風の流れがピタリと止まり、
部屋の中がどんどん蒸し暑くなってきた。
「くそ……金さえあれば事務所だって改装できるのに!」
俺―――――山崎和人は地団駄を踏みたくなるがこの前に幸せそうなカップルを、
窓から見て、悔しさの余り地団駄を踏んで床を踏みぬいたことを思い出し、
あげかけた足をゆっくりと床に置いた。
俺は警察選任の探偵……なんだけど客が来ない!
いつも来るのは亀のカメ五郎がいなくなったから探してくれとかポチがいなくなったとか、
妻が浮気しているか探ってくれとかばっかり!
まあ、最後の仕事は探偵の本業なんだけどさ……おかげで収入は月に、
二十三万超えるか超えないかの瀬戸際、
部屋を借りているからその賃貸料を支払うだけで会計は火の車だ。
「さすがにペット探しの報酬は金じゃねえしな」
周囲を見渡すと床に散乱したスーパーの袋に入ったお菓子のゴミ、
きれいに洗われたタッパなんかが置かれていた。
まあ、食費を安く抑えられるからいいッちゃいいんだけど……なんかな~。
その時、事務所につながる階段をドタドタと駆け上がってくる音が聞こえた。
「探偵! 事件だ!」
そう叫びながらデコがやけに広い三十代半ばの男がはいってきた。
こいつの名前は高野昇。現職の警察官だけど上からの指示に従わないから、
万年警部補どまりの警察官。
「今度は何だ? サルか? ネコか? とりか?」
「こ、今度のは本物の事件だぞ!」
「分かったからさっさと言ってくれ。ちゃちゃっと」
おっちゃんが何やらドアの外に手招きをしているかと思えばドアを通って、
一人の女性が姿を現した。
年齢は二十になったばかりと思わせる幼い雰囲気、髪はきれいな黒髪でしっかりと、
手入れがされているのか肩のあたりまで伸びているその様子はとても美しい。
そして幼いころから何かスポーツでもしているのかただ細いだけの女性とは違い、
どこか強さも見受けられるスタイルをしている。
そんでもって……めちゃくちゃ美人。
「え、えっとその方は?」
「はじめまして。安藤美智子と言います」
「二日前にここの近くで起きた事件知ってるか?」
二日前に起きた事件……あぁ、確か三十過ぎの若い主婦が刺殺されたっていう事件か。
ニュースを見る限りじゃただの殺人事件らしかったけど……。
「実はこの子な。容疑者にされてんだよ」
「……まさか。こんなお美しい女性が」
「とにかく話を聞いてくれよ。さ、どうぞ」
おっちゃんの案内された安藤美智子さんは少し戸惑いながらも部屋の中に入ってきて、
ギシギシいう音に不安になりながらもデスクの前に置いてある黒いソファに座った。
ほほう……初めて来た人でうちの床が抜けないということは体重は55キロ以下か。
だいたい、初めてうちに来た人はその重みで床が抜けるんだが……まぁ、いいか。
「で?」
「あぁ。事件が起きたのが二日前のお昼頃だ。被害者は池添美香子さん。
死因は刃物を心臓に突き刺されて即死。旦那さんがいるんだが今は、
事情があっての別居中だ」
「事情ってのは?」
「まぁ……旦那が浮気してたんだよ。それも一回や二回じゃないらしいんだ。
それに嫌気がさして、今は離婚協議中のうえでの別居だ。子供はいない」
「なんで安藤さんが容疑者に?」
「それがさ……事件があった日の朝方に部屋に入って出ていくのを、
安藤さんを見たっていう人がいるんだよ。安藤さんいわく、
池添さんとは母親が友人らしく、時々逢っていたみたいでさ。
その日も電話で呼び出されたらしいんだ」
おっちゃんの話を聞いてなんとなくだがこの人が容疑者にされた理由がわかった。
池添さんに電話で呼び出された安藤さんは家の中へはいるがそこで死体を見つけてしまい、
驚きの余りパニックになった安藤さんはそのまま慌てて外へ飛び出した。
そこを見られたせいで容疑者になってしまったと……なるほどね。
「池添さんにはどのように呼び出されたんですか」
「三日前のお昼頃に電話があって渡したいものがあるからと」
「それを証明できるものはありますか? 通話記録だとか」
そう言うと安藤さんはポケットからスマホを取り出し、画面を触って、
操作をすると俺に画面を見せてきた。
その画面を見てみると一番上の欄に確かに池添さんの名前があり、
電話がかかってきたことがわかった。
「現場、行こっか」
というわけでおっちゃんにその事件があった現場に連れてきてもらった。
現場は池添さんが住んでいたアパートの一室で管理人の話いわく、
朝方には安藤さんしか正面玄関を通っては来ていないらしい。
おっちゃんに案内され、部屋の前に着き、大家さんから借りたカギでドアを開けると、
ふと視界に黒いものが入り、上を見てみるとドアの一番高い所に、
クッションのようなものがつけられていた。
それを見つつも中へ入ると壁のそこらじゅうに取り外すがきく、
鍵入れのような小箱がかなりの数、掛けられており、中を見てみると、
鍵やら印鑑、そしてボールペンなんかも入っていた。
そしてリビングに置かれている池添さんの机らしきものの上には、
ボックスがいくつか置かれており、一番見えやすい所に仕事用、
光熱費用などと書かれていた。
「かなり細かい性格なんだな」
「らしいぞ。お隣さんにも聞いたんだが回覧版は絶対に忘れないし、
住人の話し合いにも絶対に来ていたらしい」
「なるほど……ところで通報者は?」
「えっと……離婚協議中の旦那さんだ。旦那さんの自宅に奥さんの持ち物があったから、
届に来たら鍵が開いていて中に入ると……てな感じらしい」
なるほどね~……。
「旦那さんはどこに?」
「すぐそこだ。ほらあそこのマンション」
おっちゃんが指さしたところを見てみると道路を挟んだ向かい側に、
大きなマンションが建っており新築のようで外装はとてもきれいだった。
……近距離別居どころか致近距離別居じゃねえか……家具のうえなんかに旦那との写真がある以上、
まだ愛していたということなのか?
「じゃ、旦那さんのほうに行くか」
そう言い、おっちゃんと安藤さんとともにマンションへ向かい、
正面玄関に入るとちょうどいい所に住人が出てきて、
自動ドアが開いたのでそのまま中に入って旦那さんが住んでいる三階に上がり、
呼び鈴を鳴らすとすぐに出てきた……女性と一緒に。
「なんすか?」
「警察の者です。お聞きしたいことがありまして、奥さんの事件に関して」
「えぇ、まぁいいですけど……少し戻っておいてくれ」
そう言うと女性は不貞腐れたような顔をするが渋々といった様子で頷き、
リビングのほうへと歩いて行った。
そのすきに家の中をちらっと見てみると玄関の廊下にはアパートにあったのと、
同じような作りの箱が二つほどかけられており、さらに扉の上らへんを見てみると、
衝撃を和らげるクッションのようなものがつけられていた。
「で、なんですか?」
「事件があった日はこちらに?」
「ええ。妻に言われた時間まではここにいましたよ」
「なるほど~……ところで奥さんに言われた忘れものとは」
「あ、あぁ。ぬいぐるみですよ。あいつぬいぐるみが結構好きでしてね」
「そうですか……よろしければそのぬいぐるみ見せてくれませんかね?」
そう言うと元旦那は頷き、部屋の中にいったん戻って二分ほどしてから、
デパートなどでよく見る標準サイズのテディーベアをもって来た。
「これですよ。あいつ、寝るときはこれと一緒に寝るらしくってね」
「寝るらしくって一緒に住んでいるのにご存じでない?」
「え、ええ。俺のいびきがうるさいって怒られちゃって」
元旦那の話を聞きながらも持ってきたテディーベアを見るがかなりボロボロで、
耳のところは取れかけているし鼻に至ってはすでにとれている。
それにぬいぐるみを軽く叩いてみると目に見えるくらいの量の小さなほこりが、
空気中に舞った。
「何か奥さん、恨まれるようなことは」
「いいえ。あいつはあれでも人望が厚かったですから。あの、そろそろ」
「ああ、これは失礼。どうもありがとうございました……あぁ、あと一つ。
先ほどの女性はご友人か何か?」
「え、ええ。俺のことを心配してきてくれたんですよ。高校時代の同級生でして」
「はぁぁ~。なるほど……ありがとうございました」
そう言うと元旦那さんはドアを閉めた。
「おっちゃん。あの人のアリバイは?」
「完璧だよ。事件があった日の朝、同じ階の人がゴミを捨てに、
一緒に行ったと言っているし、部屋に入っていくのも確認しているんだ。
それに管理人も朝早くから来ていて朝方はあいつが出るのを見ていないし、
裏口の防犯カメラにもあの時間以外、映ってなかった」
おっちゃんと話をしながらマンションの外に出ると一台の車から三人と男と、
一人の女性が降りてきて俺たちの前に立ち止まった。
おっちゃんの様子を見る限り、おれたちの目の前にいる人たちも刑事らしい。
「安藤美智子さんですね?」
「は、はい」
「貴方に逮捕状が出ています。署まで」
女性の警官が安藤さんの手首を触ろうとした時におれはその間に入って、
安藤さんの壁になって立ちはだかった。
「な、なんですか!」
「どうも、おれは探偵です。逮捕状があるからには何か証拠でも御有りで?」
「証拠も何もそいつが犯人だ。住人に入るところと出てくるところを見られている。
それも十秒もたたないうちにだぞ。どう見ても犯人だ」
「状況証拠だけじゃなぁ。それにおかしな点がいくつもある。まず、
家に入ったところに黒いクッションのようなものがあるということだ」
「それがなんだ! 邪魔をするな」
「まあまあ。しかもそのクッションは扉の一番高い所につけられていた。
おっちゃん、被害者の身長は?」
「え、えっと……183cmらしい」
「そう。被害者は長身だった。だから頭をぶつけないようにクッションをつけていたんだ。
そして被害者の死因は心臓を刺されたことによる即死だ。仮に彼女が犯人だとすれば、
頭一つ分以上もの差があり、胸を刺せば確実に血痕は彼女の顔、頭につくはずだ。
でもそんな血痕、どこにもない」
「ふ、風呂に入って流したんだろ」
「こんなところに銭湯なんてないしましてや、彼女は事件があった日、
家に帰る前に警察からの事情聴取を受けているんだ。流すタイミングがあるか?
被害者のふろ場や洗面所にも彼女の指紋は検出されなかった。
そもそも被害者はじつに細かい性格をしている。呼び鈴を鳴らせば、
確実に覗き穴を見るだろう。でも、ドアにその日についた被害者の指紋は、
一切見つからなかった。これがどういう意味かわかるか?
指紋がないということは呼び鈴を鳴らさずに、
合鍵を使って中に忍び込んだんだ。
この話を聞いても貴方達はまだ彼女を犯人だと決めつけるのですか?」
そう言うと男性陣は鬱陶しそうな目で俺を睨みつけるが俺の言うことに、
何も言えなかったらしく舌打ちをわざとらしくしながら帰って行った。
「おっちゃん。調べてほしいことがあるんだ」
「おう。何でも言ってくれ」
「元旦那の事件があった日の前日の帰宅時間と普段の帰宅時間、
そして勤めている会社で何か残業でもあったのか。それとあの女性との関係も」
「よっしゃ、任せろ!」
そう言い、張り切った様子でおっちゃんは走って行った。
「あ、あの」
「ん? あぁ、大丈夫。あんたは絶対犯人じゃない。おれが断言してやるよ。
犯人はほかにいる。大船に乗ったつもりで待っててくれ」
そう言うと今まで笑みがなかった彼女の顔に小さな笑みが浮かんだ。
三日後の朝、俺とおっちゃんは元旦那の自宅マンションを訪れ、
部屋の中に入れてもらっていた。
「いったいなんですか? こんな早い時間から」
「ええ、犯人が見つかったんですよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、まずはご説明から。奥さんと貴方は離婚協議中だった。そうですね?」
「ま、まあ」
「しかし、彼女はまだあなたを愛していた。だからあんなにも、
あなたと一緒にいる写真があった……てっきり俺はそう思っていました。
ですがそれは違いました……単刀直入に言いましょう。犯人はあんただ」
そう言うと元旦那はかなり驚いた表情を浮かべ、思わず飲んでいたお茶が、
入っているコップを手放してしまい、床に落としてしまった。
落ちたコップは見るも無残に粉々になって原型を亡くしていた。
「なんでそんなこと」
「写真の置き方が実に雑だった。おそらく離婚裁判での慰謝料を、
少なくしたいという彼女の意志を作りたかったのでしょう。
そして被害者の家のドアにその日についた被害者の指紋は、
一切なかった……おそらく忍び込まれて殺されたのでしょう。
貴方はアパートの鍵を彼女の目がそれたすきに作っておいた。
それを使って部屋の中に侵入し、彼女を殺害した。理由は邪魔だったからでしょう」
「おいおいおい。ちょっと待ってくれよ! 証拠は!?
俺がやったっていう証拠でもあんのかよ! え!?」
「ええ、あります。貴方、事件前夜お帰りが遅かったようで」
「し、仕事があったんだよ」
「おやおや~。おかしいな~……確かにその日は貴方は仕事場にいました。
ですが貴方はいつもどおりに定時に会社を出たらしいですね?」
「で、電車が止まって」
「あなたが使っている電車は事件前夜は延着も事故もありませんよ。
貴方が会社を出たのは夕方の四時半。そして帰宅したのは夜の七時半です。
この三時間の空白の時間をどう説明しますか? 買い物? ゲーセン?
それとも……浮気相手の家にでもいましたか」
「っっ!」
そう言うと元旦那は肩を大きくびくつかせた。
おっちゃんがついでに調べてくれたんだ。あのとき一緒にいた女性は、
元旦那の浮気相手で親は結構な金持ち。
そして夕方の五時半から六時半の間に会社近くのラブホテルに二人が、
一緒にいたということもおっちゃんが調べてくれた。
「おそらく浮気相手とホテルから出てきたところを元奥さんにみられ、
写真にでも撮られたんでしょう。そしてこうも言われた。
弁護士にこの写真を提出するぞと。これ以上慰謝料を増やされては困る貴方は、
その写真を取り戻すために隠れて作った合鍵で侵入した。
ですが元奥さんに見つかってしまい、
口を封じるために刃物で刺した……できれば自白してください。
これ以上、あなたのせいで浮気相手に迷惑をかけたくなかったら」
そう言うと元旦那は呆然とした様子で椅子に深く座り、頭を抱え込んだ。
「これで事件は解決です」
それから三日の月日が流れた。
あれからすぐに警察を呼び、元旦那は逮捕された。
もちろん俺が犯人だと決めつけた証拠類もすべて警察に提出したから、
これで安藤さんは晴れて解放された。
最近、警察の不祥事が相次いているから一刻も早く威信と信頼を回復したかった。
そのはやる気持ちが原因で安藤さんは疑われてしまった。
「ありがとうございました。あなたがいなかったら私、今頃」
「いえ。あ、あのそんなことよりも」
「はい?」
……言えない。早く報酬をくれなんて絶対に言えない!
「あ。あのこれよかった」
おぉ! ついに現金報酬が俺の手元に!
そう思いながら彼女から手渡されたのは一つの封筒で試しに机の上に立ててみると、
きれいに封筒がたった。
慌てて中身を見てみると一万円札が一つの束になって入れられていた。
「今回の報酬です。このことを父が話したらぜひ、お礼がしたいと言っていました」
「……し、失礼ながらお父様のお職業は」
「はい! 風王堂の社長です!」
風王堂って言ったら今年で創立六十年を超えて今なお、
全国一位の年間収入を誇り大企業じゃねえか!
てことはこの人、社長さんの愛娘!?
「これからよろしくお願いします。所長さん」
「はい。よろしく……はい?」
「今日からこの探偵事務所の秘書になります」
そう、満面の笑みで言われた俺は何も言えずにとにかく首を縦に振った。
……俺、とんでもない人の娘を救ったのか。
どうも、Kueです。
性懲りもなく探偵ものです……おかしな部分はなかった……はず。