宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

12 / 30
時津風

現場に急行した私達が見つけることができたたのは、たった一隻の航洋艦だけだった。

 

「野間さんに確認してもらったところ正面の航洋艦は横須賀女子海洋学校の時津風だそうです」

 

「時津風はこちらからの通信に応答はないのか?」

 

「ありません。手旗信号と発光信号でやも状況を知らせるように通達しましたけど応答ありませんでした」

 

「分かった。取り敢えず司令室に時津風発見の報告を上げてくれ」

 

通信だけでなく手旗信号と発光信号にも応答がないと言うのは変な話だ。

この場合、考えられるのは四つ。一つは海賊やテロリストによりシージャックに会い時津風が空っぽ、ないしは犯人が中にいる。二つ目は疫病の蔓延により動ける者がいない。三つ目がかつての横須賀女子海洋学校で起きたRATt事件、それと同様のことが起こっている。四つ目は横須賀女子海洋学校所属艦が反乱を起こしたかだ。

 

「しろちゃん、司令室は時津風に近づいて状況を確認するようにと言ってきています」

 

当然の判断だけど現状いきなりドカンとやられても不思議ではない。単艦では近づきたくないというのが正直な感想だ。

 

「……念の為警戒しながら近づこう。それと伊良子さん達に出撃の準備をするよう伝えてくれ」

 

一つ目は教員艦含む横須賀の全艦艇の位置情報がロストしていることから考えにくい。それだけの規模のシージャックをやってのける海賊やテロリストは現在国内に存在しない。

二つ目も同様に他の艦艇も位置情報をロストしている事から考えにくい。流石に一人くらいは無事な人がいて然るべきだし、疫病が発生したなら学校かブルーマーメイドに連絡が来ているはずだ。

そして三つ目のRATtだがこれも考えにくい。RATtウィルスは沈んだ潜水艦以外だと海洋医大と幾つかの研究施設に厳重に保管されている。それらが流出しない限りは感染する事はほぼない。

さらに言うならRATt事件以降、海洋学校所属の艦艇にはRATtワクチンを人数分搭載する事が義務化されているから仮にRATtウィルスに感染しても早期に対応が可能だ。

三つが否定できる以上は、一番可能性が高いのは四つ目。反乱を起こした可能性が最も高い。

 

「まさか反乱を起こした、なんて思っているんですか?」

 

「現状その可能性が一番高い。そうでなくともこの不自然な状況には万全の備えをして挑むべきだ」

 

「私達はRATtと言う、当時は正体不明のウィルスのせいで反乱の嫌疑をかけられました。RATtでなくとも他のウィルスや機器の不具合の可能性はまでは否定できませんよ」

 

「それは私もわかっている。だが現状、最も可能性が高いのは反乱だ。なのにその可能性を考慮せずに近づくような事をこの晴雪の艦長として私は許可できない」

 

艦長になって改めてわかった事がある。艦長はその役職に付随する権能と責任の関係はあまりにもアンバランスだ。艦長は(ふね)を手足のごとく動かす事ができる権限を有しているが、それと同時に乗組員全員の生命を脅かされないようにする義務がある。

副長は艦長に次ぐ立場だが原則として副長がした事の責任は上位者である艦長に帰結する。たとえ代理として指揮する事があってもその責任の所在は艦長にあると言っていいだろう。

こうして私も艦長をやってみて岬さんの、いや海洋学校で艦長をやった人達の凄さと言うのがよくわかった。たとえ新人だったとはいえ艦長をした(ふね)が制御不能に陥って反乱まがいの事をした。それだけで精神の弱い人ならなんらかの異常をきたしてもおかしくない。いや、実際に元々体の弱かった比叡艦長の前田さんは体を壊して休学しているし全く影響がなかったわけじゃない。

中でも知名さんはRATtに感染せずに艦橋からただ指を咥えてみている事しかできなかったからその心に降りかかる重圧は相当なものだっただろう。それだけでなく同じようにRATtに感染しなかったクラスメイトの中心として相応しい行動までしなければならない。

そして岬さんにも重い重圧はかかっていたはずだ。RATtと知らずともなんらかの異常が艦内で発生していた武蔵と違い晴風は完全な冤罪を受けていた。そんな中でクラスメイトを纏め、怪我なく学校に返すために行動しなければならない。

艦長をして初めてわかった。この重圧を学生の身分で受けてよく全員が無事に卒業できたものだと尊敬の念を覚える。

 

「時津風ぎ反乱を起こしていなくてこの準備が杞憂に終わるならいい。だがもし時津風が攻撃してきた時、油断して負傷者を出したくない」

 

私が艦長である以上は乗員の生命を保証する義務がある。少しでもリスクは減らしたい。

 

「それにRATtのような事はレアケースだし機器の不具合なら他の学生艦がいないのは不自然だ。それならまだテロや反乱の方が幾らか可能性が高いだろう」

 

「それはそうですけど……」

 

「仮に反乱でなかったとしても万全の準備を整えない理由は全くない。テロにしろRATtにしろ時津風が攻撃してくる可能性が高いんだからな」

 

横須賀女子海洋学校所属艦全てが通信機器に異常をきたしたとは考えられにない。そうなるとどう考えても時津風が私達に対して敵対的な行動を取る事は確定事項となる。

 

「本当なら遠くから様子見に徹したいくらいだけど他の横須賀所属艦が行方不明な以上はそうも言っていられない。伊良子さん達には晴雪から直接接舷しての乗り込みとスキッパーでの乗り込み、両方の準備をしてもらう。これは命令だ」

 

そう言うと納沙さんは反論するのをやめた。納得したわけではない事は表情から明らかだが、私の決意が固い事がわかったのだろうそれ以上反論する事はなかった。

納沙さんが反論を止めると知床さんと西崎さんが時津風に接近する方法を協議し始めた。

 

「方針は理解したけど生徒相手だと使える装備に制限があるし正面から近づくのは危なくないかな?」

 

「時津風は晴風と一緒で前に二門、後ろに四門主砲があるから正面からの方が安全じゃないかな」

 

「だけど正面からだと時津風に視認された状態で近づく事になるよ。後ろとかの方が狙いにくいんじゃないかな。学生艦だと射撃管制装置もそんなにいいの積んでないし」

 

「いや、時津風の状態を知るためにも正面から近づくべきだ。これで撃ってくれば時津風が反乱テロに巻き込まれた事が決定的となるし、撃たなければなんらかの不具合が起きたと見て間違いない」

 

時津風が必ず撃ってくるならともかく撃ってこない可能性だってある。もし私の早とちりだったら目も当てられない。まずは状況を探るためにも正面から堂々と近づくべきだ。

 

「これまでの手旗信号と発光信号と汽笛での警告も加えるんだ」

 

ここまでされてなんの反応もないなんて事はまずない。もし反応がないのならそれは時津風が私達に敵対しているか、それとも艦内が空っぽなのかいずれかだろう。

 

「時津風の主砲の射程圏内までどれくらいかかる」

 

「このままだと十分もすれば射程圏内に入ります。ですが時津風が速度を上げたり闘争の気配を見せれば話は変わってきます」

 

「時津風は最高速度三十五ノットで晴雪は三十ノット。逃げられたら追いつけないな」

 

「はい。スキッパーで追えば問題は解決しますけど機銃で反撃されると最悪死者が出るかもしれません」

 

私達の目的は横須賀女子海洋学校所属艦時津風の状況を確認する事だ。逃げられた時点で少なくともまともな状態の学生が乗っていないことだけはたしかだしある程度目的は達したと言えるだろう。

 

「司令室から命令があれば話は別だがないのなら追跡はしない」

 

他の横須賀女子海洋学校所属艦の状況がわからないのに無闇に追跡して罠に嵌められでもしたら目も当てられない。

 

「逃げるか、撃ってくるか、それともなんの反応も示さないままか」

 

「なんの反応も示さないのも問題だよね」

 

「むしろそれが一番問題だろう。なんらかの行動に出てくれた方が私達も行動方針を決めやすくなる」

 

知床さんの言うようになんの反応も示さないのは大きな問題だ。逃げる、攻撃してくるのならできる事は限られてくる。

だけど何もして来ないのならこちらから何か行動を起こさなければならない。仮に無人なら乗り込むのが正解だが中でテロリストが生徒を人質に取っていたら無闇に突撃するのは危険だ。あるいは中で疫病が蔓延していたら専門の医療チームを派遣しなければミイラ取りがミイラになりかねない。

 

「こっちの警告に気が付かずにいるとか?」

 

「もしそうなら横須賀女子海洋学校には教育の抜本的な見直しをしてもらわなければならなくなる。多分時津風クラスは全員留年か退学になるだろうな」

 

一番安全な結末ではあるがブルーマーメイドの卵ともあろう者がそんな体たらくだと将来が不安になる。時津風クラスの先輩に当たる榊原さんや長澤さんも悲しむだろう。

 

「逃げられても困る、攻撃されても困る。かと言って何もして来なくてもそれはそれで困る。もうこっちから撃っちゃう?」

 

「西崎さん、学生艦相手に何を言ってるんだ」

 

あまりにも安直かつ危険な発言に思わず西崎さんを睨みつけた。

 

「冗談だよ。撃つのは好きだけど学生相手に撃ちたいとは私も思わないよ」

 

「それならいいが……、西崎さんは学生相手でも容赦しないと思っていた」

 

「副長が私のことをどう思ってるのよ〜く分かったよ」

 

「しろちゃん、いくら西崎さんが撃つことが好きでも流石に学生艦相手には……」

 

艦橋中から非難するような視線を向けられて居心地が悪くなり思わず咳払いをした。

 

「と、とにかく! 問題なのは時津風だ!!」

 

「反応が気になるなら速度を上げて近づいてみる?」

 

「それで向こうが怖がって逃げたらどうするんだ」

 

「汽笛鳴らしたりしてる時点でもう遅い気がしますね」

 

「言われてみればそうか」

 

手旗信号、発光信号、汽笛と取れる手段全てを使って時津風とコンタクトを取ろうとしているが、中にはかなり高圧的な信号もあった。もちろん最初はかなり優しい内容だったがここまで返信がないと高圧的になるのも無理はないだろう。

 

「よし、速度を上げて近づいて……」

 

「しろちゃん時津風が増速したみたいです!」

 

「なんだと!?」

 

接近するつもりなら最初からすればいいのにどうしてこのタイミングで増速したんだ。

 

「副長、時津風主砲の仰角が上がってるよ!」

 

それを告げたのは双眼鏡を除いていた砲術長の小笠原さんだった。

 

「まさか本当に撃ってくるのか!?」

 

「どうしますかしろちゃん!?」

 

実際に撃つ撃たないは別にして敵対行動を取った相手に対してやる事なんて一つしかない。

 

「回避行動! 取舵一杯!!」

 

「とーりかーじ。取舵二十度!」

 

「時津風、発砲しました!」

 

「司令室に報告しろ! 晴雪は時津風の主砲射程圏より離脱するぞ!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。