宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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不許可

「逃走は不可能ですよ!」

 

納沙さんの言葉を最初理解できなかった。だか少し考えてみると時津風と晴雪では時津風の方が早い事を思い出し、思わず天を仰いだ。

 

「私達が海域を離脱するには学生艦を攻撃するしかないのか……!」

 

時津風を撃沈するのは簡単だ。噴進魚雷を撃ち込めば航洋艦クラスなら簡単に沈める事ができる。だけど今の時津風の状況がわからない以上簡単に沈めるわけにはいかない。

 

「晴雪の主砲は射撃精度と発射速度はこっちが上だから上手くダメージを与えれば足を止められるかも」

 

「だが時津風の主砲は晴雪よりも強力だ。安易に近付いては手痛い打撃を被りかねないぞ」

 

「りんちゃんの操艦が上手くても避け続けるのには限界があるよ。早く選ばないと手遅れになる」

 

西崎さんの意見が正しいのは理解できる。しかしだからと言って学生艦を撃つ、と即断できるかどうかとは別問題だ。

 

「しろちゃん司令室から通信です!」

 

「読み上げろ」

 

「『BPF138晴雪及び太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)第八小隊は直ちに時津風を停船、乗員を拘束せよ。尚、晴雪から時津風への艦砲、噴進魚雷等を使った直接的な攻撃は認めない。警備救難部部長 岬明乃』だそうです」

 

もし、この場に岬さんがいれば私は胸ぐらを掴んで、どう言うつもりだと問いかけていただろう。それくらいには無茶苦茶で現場の状況を無視した命令だった。

 

「私達が行くよ。スキッパーなら最小限のリスクで時津風に乗り込める」

 

そう言ったのはいつの間にか艦橋に来ていた伊良子さんだった。

 

「本気で言っているのか!?」

 

スキッパーであれば時津風の主砲に当たる事なく接近する事が可能だ。だけど接近すれば時津風の機関銃が火を吹く。スキッパーほどの小型艇相手なら主砲よりも効果的な攻撃手段になる事は間違いない。

 

「晴雪の装甲だと一発でも当たれば致命傷になるよ。少しでも少ない被害で時津風を止めるには私達を使う事が最善だと思うよ」

 

理屈はわかる。だが失敗すれば最悪死人が出るこの作戦の実行を、私は躊躇っていた。せめて夜ならと思わずにはいられない。夜ならスキッパーではなく晴雪自身で近づく事すらできただろう。

 

「宗谷さんが迷うのは分かるよ」

 

そう言うと伊良子さんはそっと私の手を握った。握られた私の手は震えていた。緊張か、恐怖か、あるいはその両方か。全く気が付かなかったけど、私にとって今この状況は手が震えるほど悪いものらしい。

 

「この(ふね)の指揮権は宗谷さんにあるし、昇格したのも宗谷さんが先。だけど私と宗谷さんは同じ一等保安監督正で、私の部隊の指揮権は宗谷さんにはないんだよ」

 

「それは知っているが……」

 

私は伊良子さんの部隊を乗せているけど指揮下に収めているわけではない。彼女は晴雪に乗っているけど晴雪の船員じゃない、どちらかと言えば立場はお客さんのような感じだ。これは本来PRDTが本来、特定の(ふね)を持たずに行動している事に起因している。弁天のような例外はあるけど基本的に艦長にPRDTに対する指揮権はない。いや、むしろ彼女達の方が立場は上だ。私達は彼女達の任務に合わせて使われるただの移動手段でしかなくその任務に口出しできる立場ではない。

 

「宗谷艦長。私達太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)第八小隊は、警備救難部長岬明乃二等保安監督官の命令に従い、時津風の停戦及び乗員拘束のために出撃します。晴雪にそのバックアップを要請します」

 

「要請……」

 

彼女達の主任務の一つは武装船舶に対する接舷乗り込みだ。私達の主任務は海上の警備活動だが、それとは別に彼女達のサポートもまた任務の一つだ。要請された以上は応える義務がある。これは実質命令みたいなものだ。

 

「宗谷さんが何に悩んでいるかはわかっているつもりだよ。だからここは私に任せて、宗谷さんはバックアップをお願い」

 

「……わかった」

 

「じゃあ私達は出撃するね」

 

艦橋から出ていく伊良子さんを、私はただ見送ることしかできなかった。

 

「自分が情けない」

 

思わず声に出して呟いた。

 

「しろちゃんは初めて艦長をしたんです。決断できなくても仕方がないと思います」

 

「だが伊良子さんはできた。艦長に至っては学生の身分で自分で考え決断し、晴風を窮地から救った。私はただ決断するだけで良かったのにそれすらできなかった……」

 

岬艦長は猿島から砲撃を受け、こちらの言い分が聞かれなかった時、即座に反撃する考えにいたり。それを実行する決断を下した。

今回、私は学生時代と変わらずただ岬さんの指示に従うという決断を下せばよかった。それなのにそれすらできず、伊良子さんに全ての責任を合わせる形になってしまった。

もしもこれで犠牲者でも出ようものなら私は生涯自分のことが許せないだろう。

 

「みかんちゃんは副長よりも荒事の経験が豊富だしすぐに決断が下せるのは当たり前だよ。むしろ私は副長が私達のことを考えて悩んでくれた事を嬉しく思うよ」

 

「だがそれはブルーマーメイドの艦長として正しい行動ではなかった。

 

艦長は乗員全ての生命、身体に対して責任を負わなければならない。だがブルーマーメイドの私は、時に非情な決断をしなければならない時もある。優先すべきは乗員の生命や身体ではなく海の安全と平和を守る事。

私達に砲口を向けた時津風を停船させて乗員を拘束するのは私達に課せられた義務だ。

本来なら岬さんの命令がなくとも即座に行動に移すべきだった。たとえ学生艦が相手でも、撃ってきた以上は海の安全と平和を乱す側なのは間違いないのだから。

 

「だ、だけど岬さんの判断も性急すぎるんじゃないかな。学生艦が必ずしも反乱したとは限らないよね。もしかしたらテロリストに占領されて人質になってるのかも………」

 

「もしも時津風がテロリストに占拠されて学生が人質にされてるなら身代金か何かを要求をしてくるはずだ。それをしないと言うことは、生徒は生きていない可能性が高い」

 

冷静に考えれば時津風に対して反撃しない理由はない。撃沈は流石に問題があるが、乗り込んで制圧する分にはなんの問題もない。

 

「仮にしろちゃんが言う事が正しいとしても、こんな状況で適切な行動ができる人はブルーマーメイドでもそう多くはないと思います。自分を責めすぎですよ」

 

「だが岬さんはこの場にいなくとも正しい命令を下した。伊良子さんもその判断がすぐに正しいと判断して行動した。できていないのは私だけだ」

 

「それを言うならここにいる全員が行動できなかったんですよ。艦長とみかんちゃんが正しい行動を出来たことの方がすごいんです。誰もしろちゃんを責めたりしませんよ」

 

「同じ階級でブランクのあった伊良子さんは正しい行動をでき、ずっとブルーマーメイドにいた私ができなかった。その時点で私は責められなければならない」

 

岬さんは二監だからと言い訳できるかもしれないけど、伊良子さんに関しては私と同じ一正だ。同じ階級の伊良子さんにできて私にできていない以上、それは私の力不足だ。

それに納沙さん達も気が付いたのだろう。慰めの言葉を探すように目線を泳がすだけで口を開かなくなった。

 

『こちらCIC、第八小隊の出撃準備が整いましたわ。晴雪の準備はどうでしょうか?』

 

PRDTのオペレーターを務める万里小路さんの声が通信機から流れ、私は我に帰った。

 

「すまない、もう少し待ってくれ!」

 

『了解致しました』

 

そうだ、今は私の事よりも時津風だ。

 

「飛行船の再発艦の準備はできているか?」

 

時津風発見時に戻していた飛行船の再発艦を指示する。

 

「いつでも行けます!」

 

「それなら発艦して時津風上空で待機させてくれ」

 

時津風の様子を確認するためにも飛行船は不可欠だ。もしかしたら少しは状況がわかるかもしれない。もっと早くにこうしなければならなかった。それもこれも全て私の力不足だ。

 

「航海長、伊良子さん達が出撃したら速度はそのままで、艦砲を撃てる角度にまで針路を変更してくれ」

 

「撃ってもいいの!?」

 

私の命令を聞いた西崎さんが顔を輝かせた。

 

「伊良子さん達を撃たせるわけにはいかない。たとえ相手が学生艦だとしても、もう時津風に生徒はいない。そう想定して動くしかない」

 

「了解! 西崎芽衣、謹んで時津風を沈めさせて頂きます!」

 

ビシッと敬礼を決めると西崎さんは小笠原さんと姫路さんに視線を向けた。

 

「ひかりちゃんは主砲を時津風に向けて、姫ちゃんは噴進魚雷の発射準備!」

 

「いや待て! 何も沈めるとまでは言っていない!!」

 

「え……? だって撃つんでしょ?」

 

「艦長の指示に、晴雪から時津風に対する直接的な攻撃は認めないって言われたじゃないですか」

 

「そうだった!!」

 

納沙さんの言葉に西崎さんは頭を抱えた。学生時代と変わらない様子に思わず笑みが溢れた。

 

「時津風の周囲を砲撃してこちらに注意を向ける。その間に伊良子さん達にはスキッパーで時津風に乗り込み制圧してもらう」

 

「シュペーを解放したのと同じ作戦ですね」

 

納沙さんの言葉に私は頷いた。だがシュペーの時とは決定的に違う事がある。

 

「くれぐれも時津風に当てるなよ。シュペーと違って時津風は航洋艦。晴雪の主砲でさえ、当たりどころによっては致命傷になりかねない」

 

ましてや噴進魚雷を使うなんてもってのほかだ。それがわからない西崎さんではないはずだと視線を向けると、残念そうな表情で了解と言った。

 

「万里小路さん、晴雪の準備が整った。伊良子さん達に伝えてくれ」

 

『承知しました』

 

万里小路さんが了承して暫くすると、二艇のスキッパーと一隻の内火艇が出撃が晴雪から出撃した。

スキッパーには三人ずつ合計六人。残りの六人と大型の装備を内火艇に乗せている。スキッパーの六人が先遣隊となり撹乱、内火艇の六人で制圧と言ったところだろうか。

 

「うまく行きますかね」

 

「ブランクがあるとは言え伊良子さんはPRDTの功績一本で一正になるくらいの実力者だ。うまくいかない方がおかしい」

 

ただ学校の成績が良くてこの地位についている私とは違う。なんの功績もなく飛び級したからと言う理由だけでここまで出世した私と違って、伊良子さんは優秀だ。まず間違いなく時津風を制圧してくれるだろう。

 

本当に、岬さんはあの歳でよく艦長なんてできたと思う。今の私でさえ不甲斐ない指揮しかできないというのに。

学力は私の方が上だったけど、ブルーマーメイドになったらそんな事は全く関係がない。こう言う非常事態にきちんと動ける人こそが優秀な人なのだろう。

 

「無能な自分が嫌になる……」

 

「何か言いましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

無能な私でも、この(ふね)の指揮に集中すれば及第点くらいは取れるだろう。その思いで私は余計な考えを頭から振り払った。




今回の話書いてる時に“警備”って打った間違って“競馬”になってて、ふと思ったんですけど競馬はどうなってるんでしょうか。

中山とか府中はあるかどうかは結構怪しそうですし、そもそも馬の生産量がそんなに多いのかどうかとか。
あるいは競艇の方がメインになっているか、スキッパーで競艇みたいな事をやっているのか。本作どころかはいふりの話に全く関係のない事ですけど。
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