宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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正体

結論から言うと晴雪突入部隊が突入した時、既に艦内は制圧された後だった。

自分の判断の遅さを悔いる私に、伊良子さんから二人だけで話がしたいと言われたのは渡りに船だった。

 

「すまない。もう少し私の判断が早ければ、伊良子さん達に負担をかけずに済んだのに」

 

「負担だなんて思っていないよ。私達は武装船舶に直接乗り込んで制圧するのが任務。宗谷さん達とは任務内容が違うから、無理に突入部隊を編成する必要はないんだよ」

 

晴雪は幸運にも荒事専門の部隊を乗せているし、他の艦艇と違い無理に部隊を編成する必要はない。理屈では分かっているけど感情面は別だ。

ただでさえ伊良子さんに負担の大きな決断をさせてしまったというのに囮になっただけで、仕事をした気になるなんてできない。

 

「それに今回に関しては突入できなくて本当に良かったと思う」

 

「……私の部下が足手纏いになると?」

 

「普通の相手ならそんな事はないんだけどね。専門ではないとはいえブルーマーメイド。武器も扱えるしテロリストとかの制圧には頭数として数えれるよ」

 

「今回は違ったのか?」

 

「学生がRATtウィルスに感染していたんだよ」

 

「RATtは海洋医大とかの限られた施設で厳重に管理されている。それはないんじゃないか?」

 

RATtウィルスが流出する余地はない。元々海洋研究機関で偶発的に作られ、偶然実験艦が沈んだせいで流出したが、それがなければ外に出る事のないウィルスだ。

根絶したとはされているが、当時は事故も多く行方不明の艦船にRATtが関係したものがなかったとは言い切れない。だからブルーマーメイドの標準装備にはいまだにRATtウィルスの抗体がある。

 

「抗体が効いたから間違いなくRATtウィルスだよ」

 

「それは……確かに間違いないな。だがどうして今更RATtが出てくるんだ。しかもまた横須賀で集団感染だなんて呪われているんじゃないか」

 

この場合呪われているのは横須賀女子海洋学校なのか、それとも校長である母、宗谷真雪なのか。いや、そんなくだらない事を考えている場合じゃない!

 

「抗体が効いた以上はRATtではないなどと世迷ごとを言うつもりはない。問題はどこからRATtウィルスが現れたのかだ」

 

RATtウィルスは厳重に管理されている。それが流出したなど俄かには信じられない。となるとどこにRATtの生き残りがいたという事になるが、それがどこにせよ、日本にとっては大きな問題だ。

 

「今回再びRATtウィルスが現れたが繁殖地を見つけ出さない限りは根本的な解決にはならない」

 

「副長はRATtが野生下で生き残っていたって考えているんだね」

 

「それ以外に何があるって言うんだ。まさか流出したなんて言うんじゃないだろうな」

 

「時津風の様子から横須賀の艦艇は全艦がRATtウィルスに感染しているものと考えられるよね」

 

時津風が感染源だったのか、それとも他の艦艇が感染源なのか、それとも全艦が繁殖地に乗り込み感染したのか。真実はわからないがいずれにせよどこかにRATtの繁殖地がある事はたしかだろう。

 

「時津風一隻がRATtに感染して他の艦艇は反乱した、なんて事じゃないなければそうなるな」

 

その場合はRATtの繁殖地などなく、反乱の主犯であろう教員が反乱に加担しなかった時津風に報復としてRATtをばら撒いた事になる。

 

「野生下で生き残っていたRATtが都合よく横須賀の全艦艇に感染するなんてあると思う?」

 

「都合悪く集結していた全艦に感染したのが七年前のRATt事件だ」

 

「……そうだね。まぁ、何が真実かは、治療が終わった後の時津風の子達への調査で明らかになるよ。それまではできる事をしよう」

 

本部への報告に時津風艦内のRATt駆除。やる事はいくらでもある。RATtの駆除を考えると不本意だが五十六がいた事はラッキーというしかない。アイツほどRATtに対して効果的なものはない。不本意だが。

 

五十六を時津風に解き放ち、待つ事凡そ半日。時津風の甲板に積み上がったRATtを専用の袋に入れ、封をして更に念の為にと捕獲用の罠と殺鼠剤を混ぜた団子を置いて更に一日。その頃には時津風の乗員の治療も完全に終了し、増援も到着していた。

 

「保安即応艦隊、みくら艦長の榊原つむぎです」

 

「晴雪艦長宗谷ましろです。榊原艦長、今回は……」

 

榊原さんは時津風の元艦長だ。表情には出していないが、今回の件で思うところがあるのは間違いない。この場合、なんと声を掛ければいいのだろうか。

 

「久しぶりね。宗谷さんとは大学を卒業して以来になるかしら」

 

「……そうですね」

 

こんな時、艦長なら気の利いた気の利いた一言がすぐに出てくると思うと本当に自分が情けない。

 

「時津風を救ってくれてありがとう」

 

「救ったのは伊良子さん達です。私は何も……」

 

「時津風に接舷して部隊を送り込んでくれたんでしょ? 結果的に伊良子さん達が制圧していたけど、それ以外にも囮になって時津風に攻撃されたり。宗谷さんの活躍がなかったらこんなにも早く時津風を制圧する事はできなかったはずよ」

 

「そんな事は……」

 

「それに貴女が自分がした事に自信を持たないと、貴女の部下が可哀想よ。自分達がした事が無意味だったなんて艦長に思われているなんて。そんな艦長には誰もついてこないよ」

 

思えば、岬艦長はどんな行動でも自信を持ってしていた。そしてそれが成功すれば、誰よりも喜びみんなを労ってくれた。私が自信を持たなければ、部下達はそのが本当に正しかったのかと疑念を持たなければならなくなる。

 

「そうだな。心の底からそう思うのは難しいけど、それは私の中だけにとどまる事にする」

 

「そうした方がいいわ。ところで時津風が感染したと言うRATtウィルスだけど出所はわかった?」

 

「それがさっぱりなんだ。横須賀の艦隊は陸地に立ち寄っていないから野生下で繁殖していたわけではないみたいだし、他の艦隊が反乱を起こしたわけでもない」

 

「となると考えられるのは……」

 

一番厄介で、そして信じたくないものになる。

 

「横須賀を出航した時点で既にRATtが侵入していた事になる。いや、搭載されていたとでも言うべきか」

 

少なくともRATtが載せられたのは人為的な事に間違いはない。もしこれが人為的でなければ、今頃横須賀はRATtウィルスによるパンデミックが起こっているはずだ。

 

「問題はいつ流出して、誰がなんの目的で載せたのか。流出は事故なのか、何者かの意図的な行動なのか」

 

「宗谷さんの考えは?」

 

「情報が少なすぎる。現状では流出したと信じたいところだが、詳しい事はみなみさん、鏑木衛生長の解剖待ちだな」

 

幸運な事に晴雪にはRATtの専門家であるみなみさんが乗り込んでいる。みなみさんならより詳細な情報を入手できるだろう。

 

「鏑木美波さん? 海洋医大にいたんじゃなかったの?」

 

「岬さんの依頼で晴雪に異動になったんだ」

 

「そうだったの。だけど助かったわ。RATtの専門家なんて殆どいないのにその数少ないRATt研究者が晴雪にいるのなら、詳しい情報を得ることができそうね」

 

「私もそれを期待している」

 

ふぅ、と榊葉さんは息を吐いた。

 

「宗谷さんの手前、あまり言いたい事ではないのだけど宗谷派には気をつけた方がいいわ」

 

「唐突だな。今までの話に宗谷の事は関係なかったはずだが?」

 

「最初のRATt事件は横須賀女子海洋学校で起きたでしょ? そして今回の二度目も横須賀。いえ、海賊によるプラントの占領まで含めると横須賀関係の事件はこの七年で三回よ」

 

横須賀には母さんが、元宗谷派のトップである宗谷真雪がいる。だからと言って今回の騒動や七年前の事件を宗谷派のせいにするのはナンセンスだ。

 

「偶然だろう。今回に至っては前回から七年も経っているし、海賊はRATtとは無関係だ」

 

RATt事件と今回の騒動ならともかく、海賊とRATtに因果関係はない。ほんの数ヶ月の間に横須賀で事件が起きたからといってその全てが横須賀の、ひいては宗谷派のせいだなんて突拍子がなさすぎる。

 

「だけどそう考えなかった人達がいるの。今回の件で、その人達は余計に疑念を強めたと思うわ」

 

「それは一体……」

 

誰なんだ、と言う質問は扉がノックされた事で発せられる事はなかった。

 

「失礼する」

 

「お邪魔するね」

 

入ってきたのはみなみさんと伊良子さんだった。

 

「久しぶりにほっちゃんとお菓子を作ったからよかったら食べて」

 

伊良子さんがきたのは偶然か、それともみなみさんが声を掛けたのかわからないが伊良子さんがきた事で、これでこの場に一正全員が集まった事になる。

 

「解剖して色々とわかった事があるから伝えにきた。伊良子さんにも聞いてもらう必要がある」

 

みなみさんの解剖結果にはかなり期待している。この結果によっては、ブルーマーメイドの行動方針が決まるかもしれない。

 

「結論から言うと、第一回のRATt事件とあまり変わりはない」

 

「どう言う事だ?」

 

「RATtの年齢は殆ど同じで、性別は全てオスだった」

 

「電気泳動装置もあったから遺伝子の検査もできたからしておいたが全てに血縁関係があり、捕獲した個体の中に一匹だけだが遺伝子疾患らしき症状を持った個体がいた」

 

予想外だった。もう少し以前とは違う結果になると思っていたのにまるっきり同じと言ってもいいくらいだ。

 

「何か違いはなかったのか?」

 

「RATtの数が異様に多い。航洋艦だと最大で八匹だった前回の倍を超える十八匹のRATtが見つかっている。五十六が食べたものがあればその数は更に増える」

 

前回は最大二十六匹で確か鳥海か摩耶から十八匹くらいのRATtが見つかっているはずだ。時津風にそれほどの数のRATtがいたとは驚きだ。

 

「大型艦の駆除作業が大変そうね。前回、武蔵に関しては五十六がいたからすぐに終わったけど、鳥海とか摩耶は艦内の清掃にかなりの時間がかかったと聞いたわ。安易に乗り込むのは危ないわね」

 

「ウチには五十六がいるからいいが、他のブルーマーメイドは警戒すべきだな」

 

不本意だが五十六がいて本当に良かった。いなければ時津風は未だにRATtが占領していた事は間違いない。

 

「前回は武蔵以外は日本の領海を出るような動きだったけど、今回のRATtはどこを目指してるんだろうね」

 

「感染場所が前回よりも更に本土に近い」

 

「まさかいきなり東京に侵入する。なんて事はないよね?」

 

「それは大丈夫だと思うわ。武蔵の浦賀水道侵入で本土近海の警戒態勢は以前の比じゃないからすぐに気がつくはずよ」

 

「そうだな。海上に無人のレーダーサイトを設置しているから、事前申告がない艦船が侵入してきたらすぐにわかる。ブルーマーメイドも増員されたし対応する部隊も十分。問題はないだろう」

 

「だとしたらRATtは一体どこに向かうんだろう……」

 

「前回の行動記録から人口密度の高い場所を目指す事は間違いない。しかしそれがどこを目指すかを突き止めるのは困難だ。私はRATtの研究をしてきたが、それはあくまでもウィルスそのものに関してだけだ。RATt感染後の動きについては当時の行動記録以上のものは誰も持ち得ない」

 

RATtに感染させてその行動を見る、なんて言うリスクの高い事をできる研究機関は日本に存在しない。

 

「RATtが都市部に向かうと推測して行動するか、領海から出ようとするのか」

 

両方の行動を同時に対策するだけの戦力は、ブルーマーメイドにはない事だけは確かだった。

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