宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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指示

保安即応艦隊所属のみくらと警備救難部所属の晴雪の命令系統は違う。だから同じ任務でも違う命令が出ているなんて事はざらにある。だけど今回はそれが一致していた。

 

「時津風が自力航行可能なら単独で横須賀に帰還。その場合、私はみくらと共に残りの横須賀所属艦の捜索か。珍しく方針が一致したな」

 

警備救難部の艦艇の航洋艦は保安即応艦隊の引退艦が多いが、運用方針とコストの問題から晴雪のような一部例外を除いて武装の多くを撤去し、スキッパーや内火艇、飛行船の運用スペースに変わっていて捜索任務に向いている。

そのため保安即応艦隊は警備救難部では手に負えないような規模か、余程人手が足りない限りはこの手の捜索任務に出てくる事はない。

 

「千葉司令官と岬さんが話し合って決めたみたいよ」

 

「行方不明の横須賀所属艦は教員艦含む十三隻。私達だけじゃ到底対応しきれない」

 

「保安即応艦隊からは他にみやけ、こうず、はちじょうが派遣されるわ」

 

「警備救難部は航洋艦クラスの(ふね)を晴雪以外に十隻、小型艦艇に至っては数十隻単位で派遣して捜索に当たるそうだ」

 

「最近の事情を考えると大盤振る舞いね」

 

海難事故や海賊の多発から警備救難部は人手が足りていない。正直領海内の警備任務で精一杯だ。一体どこからこんな大規模な部隊を捻出したのだろうか。

 

「本当にすごい戦力だ。一体どこにこんな戦力があったのだろうな」

 

「普通に考えたら他の艦艇の負担を大きくして捻出したんだろうけど……」

 

警備救難部の艦艇一隻ごとの警備範囲を広くして捻出した艦艇を今回の事件の対応に当てる。言葉にすると簡単に聞こえるがそんなはずがない。海難事故やテロ被害が増えていたからこそ艦艇が必要だったのに、その対応のための艦艇を減らしてしまっては元も子もない。今回の事件に対応するとしてもこれほど大規模な部隊を用意するだけの余裕は本来警備救難部にはない。

 

「保安即応艦隊から部隊を捻出して警備に当たったと言う事は?」

 

「千葉司令官は保安即応艦隊は事件を解決させるための最終手段であって初期対応については警備救難部が担うべきという原則を守っている人よ。今回のケースだと近くにいた四隻以外を投入する以外は、警備救難部の手で学生艦の位置をある程度割り出さない限りは動かすつもりがないと思うわ」

 

警備救難部は事件の初期対応を担い、保安即応艦隊が事件の終息を行う。警備救難部の艦艇で事態に対処できるならそれでいいが、そうでなければより強力な艦艇を持つ保安即応艦隊が対応する。これは日本ブルーマーメイドの基本スタンスであり、千葉二監もまたそれを守っている。保安即応艦隊が警備任務に駆り出される事はまずない。

 

「千葉二監も岬さんも、学生艦はまだ初期対応の段階であると考えていると言う事か。だが、学生艦とはいえ中には武蔵もいるんだぞ。既に保安即応艦隊が出る段階だと思うが……」

 

「私も同感よ。だけど上が警備救難部と少数の保安即応艦隊で対応可能と判断したのなら、私達はそれに従うしかないわ」

 

榊原さんの意見は正しい。私もそうすべきだと思っているが、RATt事件の当事者で武蔵の怖さをよく知っているはずの岬さんと、紀伊艦長だった千葉二監がこんな甘い対応をする事は違和感がある。

RATtは時間が経てば経つほど他の艦船と接触し、数を増やす可能性が高くなる。できることなら早期鎮圧が望ましい。そして早期鎮圧を目指すのならすぐにでも保安即応艦隊を投入すべきだ。なのに保安即応艦隊投入しないのは時間稼ぎ、まるでRATtによる被害拡大を阻止するつもりがないかのようだ。

 

「そういえばRATt事件に宗谷派が関わっていると疑っている人がいると言っていたが、アレは一体誰なんだ?」

 

「……誰だと思う?」

 

「普通に考えたら宗谷派の対抗派閥、つまり横須賀、舞鶴、佐世保の三派閥のいずれかになるが……」

 

派閥と縁のない私には宗谷派とどのような理由から対立しているのかわからない。この三派の中からどこが疑っているのか絞る事ができない。

 

「RATt事件に宗谷派が関わっていないとは言わないのね」

 

榊原さんからRATt事件に宗谷派が関わっていると言われた時、最初は頭で否定した。だけどよく考えてみると、それなら辻褄が合う。合ってしまうんだ。

 

「……武蔵とシュペーがRATtに感染した事の説明だけが、どうしてもつかなかったんだ」

 

RATtは西之島新島にあった。なのに西之島新島に到達していない二隻が感染したのは何故か。答えは一つしかない。

 

「横須賀を出港した時点で既にRATtは武蔵とシュペーに積み込まれていた。いや、もしかしたら他の(ふね)にも積み込まれていたのかもしれないな」

 

少なくとも武蔵とシュペーにRATtが積み込まれたのが西之島新島でない事だけは確かだ。なら他の学生艦もそうでないと誰が言えるのだろう。

 

「RATt事件は海洋研究機関の不注意による人災なんかじゃない。ブルーマーメイド関係者が意図的に起こしたテロ行為だ」

 

当時のブルーマーメイドの中心は母さんと姉さん、宗谷真雪と宗谷真霜を中心とした宗谷派だ。この結論に至った誰もが、この二人が関与していない可能性を除く事ができない。俄かには信じ難い事ではあるし、おそらく二人は関係ないだろうとも思っている。だけどその可能性を排除する合理的な理由を、私は持ってはいない。

 

「だが、今回に関しては少なくとも真霜姉さんが関与している可能性だけは否定できる。姉さんは安全監督室室長を辞めてから、日本ブルーマーメイドの代表として世界中を飛び回っている。最後に帰国したのは一年前で今はドイツにいるから絶対に関与していない」

 

だけだ母さんだけは否定し難い。横須賀女子海洋学校の艦艇にRATtを仕込むならこの上ない立場に母さんはいる。いくら身内とは言えあまりにも黒すぎる。容疑者が身内だったとはいえこんな簡単な結論に辿り着けなかったなんてあまりにも不甲斐ない。

 

「まさか宗谷派以外の三派閥は全て疑っているのか?」

 

「私からはこれ以上言う事はないわ。こう見えても派閥に属している身だし、内部事情を必要以上に宗谷家の人間に知られるわけにはいかないの」

 

宗谷家の人間に知られるわけにはいかないか。

 

「榊原さんは横須賀派か?」

 

「そうよ。宗谷さん達晴風クラスを除いて、同期の殆どは横須賀派よ」

 

「高橋さんや前田さんもか?」

 

「同期の艦長だと杉本さんと藤本さんが無派閥で、その関係で明石クラスと間宮クラスは参加率が低いけど、それ以外は大体横須賀派よ」

 

藤本さんはともかく、杉本さんが不参加というのはなんだか納得できる。杉本さんは言葉を選ばずに言うなら愉快犯のような人だ。

海賊事件の時も秘蔵コレクションとか言ってどこからともなく出してきた三十六インチ魚雷を晴風に載せたり、武蔵と戦った時には噴進弾を載せたりとやりたい放題。それでいて本人は安全なところから結果だけを知る。明石が戦闘をできるような艦艇でなかったこともあるだろうが、今の状態で派閥抗争に参加していないあたり本人の気質も大きいのだろう。

 

「と言う事は榊原さんも宗谷派を疑っているわけだ」

 

「私達が宗谷派を疑っているとは一言も言ってないわ」

 

「だが宗谷派から岬さん達が離れた原因の一つには違いない。違うか?」

 

岬さん達は母さんがRATtを放ったとは思っていないかもしれない。だけどその可能性が高い以上は、一度離れて真実を調べる必要があったのだろう。

 

「私達は校長先生が私達に害を加える人じゃない事を知っているわ。だけどそれが、無条件にRATt事件の黒幕でないと信じる根拠にはなり得ない。あの時間で一番得をしたのはブルーマーメイド、ひいては宗谷家だったのだから疑ってはいなくとも、その潔白を証明するためにも宗谷派とは距離をおかなければならない」

 

あの頃はブルーマーメイドとホワイトドルフィン、両者の関係は対等だった。だがあの事件以来ブルーマーメイドは日本海の治安維持において最も大きな力を持つようになった。今では上位組織である国土保全委員会ですらブルーマーメイドに意見するのは難しい。今のブルーマーメイドはそれほどの力を持っている。

 

「……警備救難部に異動になる前、知名二監からRATt事件の再調査を命じられた。今にして思えばアレは私に宗谷派の闇の深さに気がつけばと言うメッセージだったのかもしれないな」

 

本来ならあの時点で宗谷派の怪しさに気が付かなければならなかった。なのに身内相手だからと私は甘い判断を下した。武蔵とシュペーの感染経路が猿島経由でない時点で残された可能性は二つ。一つは晴風のように偶然RATtが流れ着いた。二つ目は横須賀を出港した時点で既にRATtが乗り込んでいた。可能性が高いのは後者だろう。

 

「まさかとは思うが晴風にRATtが流れ着いたのは偶然じゃなかったのか?」

 

よく考えたら停泊している晴風に偶然事件の原因であるRATtが流れ着くなんてありえるのだろうか。

 

「だが偶然ではないとしたら……」

 

私は晴風クラスの仲間を疑わなければならなくなる。あの時オーシャンモール四国沖店に行っていた艦長、伊良子さん、和住さん、みなみさんの四人以外は全員容疑者だ。

 

「確かに晴風にRATtが流れ着いたのは偶然じゃないかもしれないわ。だけど岬さん達はその可能性を考えない事にしたわ」

 

「何故だ!? 艦長達なら容疑者を絞り込むくらいは……」

 

私よりもずっと早くその結論に達していたであろう岬さん調査をしないはずがない。なのにその可能性を捨てて信じるなんてあり得ない。

 

「理由は私も知らないわ。だけどなんとなく理解はできるの」

 

榊原さんはふぅ、吐息を吐くと言った。

 

「私達は学生時代に艦長を経験したわ。今の宗谷さんなら分かると思うけど艦長って言うのはすごく大変なの。だけどやりがいもある。そしてクラスメイトとは言え最初の乗組員、部下と言うのはどうしても思い出深いものになるの」

 

懐かしそうに、だけど苦しそうに榊原さんは告げる。

 

「岬さんにとってもきっとそうよ。クラスメイトを、自分の最初の部下を疑うだなんてできるわけがない。たとえ小さな可能性だとしても、偶然晴風にRATtの入ったボックスが流れてきた。そう考えたいと思っているんだと思うわ」

 

「だけどそれは警備救難部長らしからぬ考えです」

 

海を守るブルーマーメイドならば、その可能性を無視する事はできない。もしその裏切り者が原因で失脚したりすれば目も当てられない。

 

「だけど私が知っている、私達が知っている岬さんならクラスメイトを最後まで信じるわ」

 

「……そうですね。なら私も岬さんにならって信じることにします。私のクラスメイト達を」

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