宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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発見

多くの艦艇が投入されただけあって、学生艦を見つけるまでそれほど長い時間はかからなかった。

能村先輩と合流した翌日、天津風が見つかったと報告があり、晴雪は現場海域に向かうよう司令室より命令が下された。

 

「近海の警備救難部所属の艦艇を指揮下に置いて天津風を確保せよ、か……」

 

「これってつまり、しろちゃんが警備救難部の現場指揮官のトップに立った、ていう事でいいんですよね」

 

「この後見つかるであろう他の艦艇に対しても同じ処置をとると言われたし、そうなるだろうな」

 

「副長大出世じゃん!」

 

「出世したと考えていいのだろうか?」

 

実質的な司令官と言えるかもしれないが、あくまでもこの任務にだけの限定的なものだ。学生艦の鎮圧が終われば元に戻る。

 

「が、学生艦を鎮圧できれば多分その功績で三監にはなれるんじゃないかな? だから実質的には出世って考えてもいいような……」

 

「だが酷い失敗をすれば閑職に回される事もあるだろう」

 

もしも学生艦の鎮圧に手間取り、それどころか警備救難部の艦艇を複数失うような事があれば、晴雪にはいられなくなる事は間違いない。

 

「しろちゃんがそんなに酷い失敗するとは思えませんけどね」

 

「信頼してくれているのは嬉しいが、人間である以上間違える事はある」

 

決定的な失敗はしないだろうという思いはある。だが同時に凄まじい功績を上げる事はないだろうとも思っている。学生艦は単艦で見ればブルーマーメイドの保有艦艇よりも強力な(ふね)が揃っているが全体で見れば当然ブルーマーメイドが勝る。余程大きなミスをするか、不運が重ならない限りは鎮圧できないはずがない。

 

「私達もついてるし、もし間違った方法を取ろうとしたら全力で止めるから大船に乗ったつもりでいなよ」

 

「……そうだな、その時は頼む」

 

間違いを犯さないに越したことはないが、絶対に間違わない人間など存在しない。だが頼れる仲間がいれば間違いを犯しそうになっても止めてくれる。不本意だが、これに関しては岬さんが晴雪に晴風クラスを多く揃えてくれた事に感謝しなければならない。

 

「差し当たっての問題は天津風だな。警備救難部の艦艇を指揮下に置くと言っても大きさは様々。非武装の艦艇もあるから作戦にまだ使える(ふね)がどれくらいあるのか把握しなければならない」

 

警備救難部所属の(ふね)は晴雪のように重武装なものは稀だ。その多くは数十トンから数百トンで、武装も機関銃が一基だけと言う貧弱なものばかりだ。

だがそれでも海賊ぐらいであれば十分に鎮圧できるし、もしもの場合は晴雪のような重武装の(ふね)が出撃するから普段の業務には問題はない。

しかし今回のように重武装の艦艇が対象であれば話は変わる。これを鎮圧するには保安即応艦隊からも戦力を持ってこなければならない。航洋艦、巡洋艦はともかく戦艦はあまりにも荷が重い。もっとも、戦艦を撃沈するならの話であって、学生艦をできる限り無傷で鎮圧するとなれば保安即応艦隊でも荷が重い事は間違いない。

 

「航洋艦は晴雪以外に十隻いますが、晴雪のように噴進魚雷が装備されている航洋艦はいません。まぁ、晴雪が以上に重武装なだけなんですけどね」

 

「元々学生が運用する為に改装していたからな。警備救難部に相応しい武装ではない」

 

「小型艦は非武装艦が十四隻。それ以外は機関銃を搭載していますけど学生艦相手にはあまり意味がありませんね」

 

「天津風を発見したのはどの艦艇なんだ?」

 

「発見したのはあわぐもです。百トンクラスの巡視船なので警備救難部では大型に分類される(ふね)ですね。速力は三十六ノット出るのでなにか大きなミスをしない限りは逃げ切れると思いますよ」

 

百トンとなれば警備救難部の(ふね)の中では大型の部類になるが、やはり主任務は海賊船などの取り締まりだ。たとえ航洋艦相手でも役に立つとは思えない。

 

「近くに航洋艦はいないのか?」

 

「一番近くにいるのが晴雪です。航洋艦の増援を待てなくはないと思いますけど、それをすると他の学生艦が見つかった時、迅速に対応できなくなります」

 

学生艦の鎮圧にあたり、警備救難部は一隻の航洋艦を中心に小型艦で哨戒する体制をとっている。もし学生艦が見つかれば近くの航洋艦が晴雪か、保安即応艦隊到着まで足止めをする。

天津風は偶然晴雪の近くで見つかったから航洋艦を指揮下に置くことはないが、本来なら晴雪含め航洋艦二隻で鎮圧に取り掛かれるはずだったが、今回は運悪く他の航洋艦が到着まで時間がかかる場所で天津風を見つけてしまった。

 

「時津風の時と同じ作戦で行きますか?」

 

「おそらくそうなるだろうが、まずは伊良子さんと相談してからだな」

 

晴雪の指揮官は私だが、PRDTの指揮官は伊良子さんだ。勝手な行動は慎まなければならない。

 

「じゃあみかんちゃん呼んできた方がいいかな?」

 

「そうだな。天津風と出会う前に作戦は決めておきたい」

 

艦橋に入り、私の意見を聞いた伊良子さんは時津風と同様の作戦を使う事に同意してくれた。しかし一つ、注文をつけてきた。

 

「作戦の方針はそれでいいと思うけど、晴雪の行動は変えた方がいいと思うな」

 

「行動を変える?」

 

「うん。前回は結構行き当たりばったりだったけど、今回は準備時間もあるしもっとちゃんと作戦を立てた方がいいと思うんだ」

 

「なるほど、言われてみればそうですね」

 

学生時代、大和や比叡を止めた時も事前に作戦は練っていた。それが全て上手くいくとは限らないのは当然知っている。だが、前回上手く行ったからと言って今回も同じような作戦でいく、という大雑把なものよりは前回の教訓を活かして新しい作戦を立てるべきだろう。

 

「伊良子さん達も作戦を変えるのか?」

 

「宗谷さんの作戦が変われば私達も行動を変えるよ。突入の準備をするまでここにいるから一緒に作戦を見直そっか」

 

こうして、天津風と出会うまでの間伊良子さんと私達で作戦のすり合わせが行われた。

 

「天津風に対して直接の攻撃が認めららないのは時津風の時と同じだな」

 

「だけど中にいる学生がRATtに感染しているのがわかっている事は大きな違いだよ」

 

「そうだな。学生が乗っていてRATtに操られているとわかっているだけでも、作戦中に考えなければならないことは大きく減る」

 

時津風の時は中にいるのが学生なのかそれ以外なのか、頭の片隅ではその事を考え続けていた。そんな無駄な思考をしなくてもいい分、天津風に対して集中できる。

 

「作戦そのものは概ね、時津風の時と同じでいいだろう。伊良子さんは何か晴雪にしてほしいことなどあるだろうか? あればそれを作戦に組み込むが……」

 

「強いて言うなら天津風の目を潰して欲しいかな。煙幕を使ってくれれば、より安全に天津風に近づく事ができるよ」

 

「なるほど、煙幕か。確かにそれがあれば突入する際の危険はかなり低減できるな」

 

煙幕で伊良子さん達に目隠しを提供できれば、接近中に気付かれる可能性を低くできる。近くに岩礁などがあればその影を行けばいいが、生憎天津風発見地点の近くにそんな都合のいいものはない。

 

「煙幕を展開するためにも、晴雪は天津風と接触後に一度後退する必要があると思うんだ」

 

「……そうか、煙幕による道に天津風を誘導しそこを伊良子さんたちが通る。あるいはそこに隠れて近づいてきた天津風に奇襲に近い形で乗り込む事もできる」

 

RATtに感染した艦艇の行動は極めて単純だ。見つけた艦艇は攻撃して撃破する。晴雪を見つかればをたとえ煙幕があってもその姿を水平線の彼方に消すまでは追い続けるだろう。

 

「レーダーもあるし、うまくは行かないかもしれないけどやってみる価値はあるよ」

 

「たしかにそうだ……いや、レーダーはRATtのせいでうまく機能していないんじゃないか?」

 

「あ、そっか。RATtは電子機器を軒並み使えなくするから煙幕だけで十分な効果があるんだったね」

 

RATtは電子機器を無力化する。立石さんが感染した時に一度経験してはいるが、改めて考えると無力化している者も、その効果範囲も曖昧だ。

実のところ、RATtウィルスに対する研究はウィルスが起こす感染者の凶暴化と生体電流ネットワークに対して主眼が置かれていて電子機器の無力化に関してはそれほど研究が進んでいない。いや、進める事ができていないと言うべきかもしれない。

RATtは電波を遮断するケースに入れられて飼育、保存されている。影響を与える電子機器の特定やその原因などには電子機器を用いなければならないが、特定にはケースから出す必要がある。しかし出してしまっては特定のための電子機器が無力化されるため研究ができない。結果として解剖を中心とした電子機器を用いない研究が中心となり、電子機器の無力化に関してはこれっぽっちも研究が進んでいない。

 

「一度RATtが無力化する物を全部洗い出して作戦を立てた方がいいかもしれないな」

 

「前回の突入では突入直前に無線が使えなくなったんだ。だから途中から万里小路さん達オペレーターの指示が聞こえなくて少し混乱したよ」

 

「無線が無力化されていたのか!? 聞いてないぞ!」

 

無線が無力化されたのならもしも伊良子さんたちが学生艦の中で感染し、孤立したら私達はどうする事もできなくなる。その事実を伝える手段がない以上、私達はしばらくの間学生艦から逃げ惑う事になる。

 

「宗谷さんの覚悟が決まっていない間はその事実は伏せておいたほうがいいと思ったんだ」

 

「……今は違うと言う事か?」

 

「無線の事を知らない状態で、万里小路さんから作戦失敗と撤退を知らされたら宗谷さんは葛藤を覚えても撤退はしたでしょ?」

 

「晴雪の乗組員を不必要に危険に晒すわけには行かないからな」

 

無線が通じないのに撤退を伝えるという事は、万里小路さんと伊良子さんの間で何か取り決めがあったと言う事だ。それに従わない理由はない。

 

「正しい判断だよ。だけど万里小路さんは宗谷さんよりも階級が下なんだよ。いくら事前に取り決めがあっても理由を説明せずに上位者に撤退を命じるなんてできない。後々万里小路さんに不利益が生じる事になると思うんだ」

 

事前に取り決めてあってもそれはPRDTの隊長からの要請ではなくオペレーターからの要請で撤退した事になる。一正の私が同じ一正の伊良子さんの要請で撤退したならともかく、下の階級の万里小路さんからの要請で撤退するのは少し、いやかなり外聞が悪い。

 

「少し前の宗谷さんにはまだ艦長としての、指揮官としての覚悟がなかったように見えた。だけど今の宗谷さんは、完璧とまでは行かずとも指揮官として十分にやっていけると思う。誤解を恐れずに言うのなら、指揮官として信頼に欠けていたから私は無線が通じない事を伝えない方がいいって思っていたんだ」

 

「……今の私は伊良子さんから見て合格点はもらえるという事か」

 

「そうだね。前の宗谷さんは無線が通じないことを知っていたら、多分かなり悩むと思うんだ。しかも現状を維持しながらだから下手をすれば晴雪に砲弾が当たる。そんな中で考えに考えぬくと思う。だけどそれは晴雪のクルーを危険に晒す行為だよ」

 

伊良子さんの言葉を否定することはできない。以前の私は無線が通じないと知っていれば、その場で立ち止まり最善の方法を模索しただろう。だがそれは戦闘中の指揮官には相応しくない行為だ。

時津風鎮圧の際、私は岬さんと伊良子さんの決断の速さと正しさに驚かされ、羨んだ。だけどよくよく考えてみると、正しい行動を素早くする事は最善ではあるが、とても難しい事だ。それができる人はそう多くはない。どちらか片方だけでもできれば御の字だが、刻一刻と変わる状況の中では、正しい行動よりは素早い行動の方が重要だろう。

 

「無線が通じないと聞いても今の私なら即座に撤退を選択できると、そう言うわけか」

 

「そうだね。もしかしたら正しい行動じゃないかもしれない。だけど素早い行動は次の行動をより早く起こせるって事だよ。それが相手よりも一手先、二手先のを先に起こせる事につながる」

 

「つまりPRDTが作戦に失敗しても、即座に退却して体制を立て直し、助け出してくれ。そう言う事か」

 

「そうだね。まぁ、私達は失敗するつもりなんてこれっぽっちもないんだけどね」

 

そう言って伊良子さんは笑みを浮かべた。

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