母さん達が逮捕されてから一週間が経ったが、私が逮捕されたりすることはなかった。
「しろちゃん、照月の鎮圧完了しました」
「伊良子さん達の収容と照月乗組員の治療に向かうぞ」
こうしてRATtに感染した学生艦を鎮圧するのも照月で四隻目だ。ある程度システム化され、効率的に鎮圧する事ができる。
「結局、しろちゃんにはなんの処分もありませんでしたね」
母さんたちが逮捕された翌日、私達は発見の報告があった浜風鎮圧に向かった。その際、本当に私がこのまま晴雪の艦長でいいのか問い合わせをしたところ、私に関してはなんの罪状もないという返答があった。
「母さん達の逮捕、拘束は間違いなく事実無根なものだ」
「ですが、宗谷派が前回のRATt事件に関わっていた事は間違いありませんよ」
「そうだな。おそらくそれを利用して岬さん達は宗谷派を完全に潰すつもりなんだろう」
母さんたちの逮捕に動揺しなかったと言えば嘘になる。だけど今の私は今回のRATt事件、最近付けられた正式名称では第二次RATt事件と呼ばれているが、それの現場指揮官の一人だ。
母さん達の逮捕劇が私に影響を与えないというのならば、私は今の任務に全力を注がなければならない。それが宗谷家の人間として、ブルーマーメイドとしての役割だ。
「ですが、どうして今だったんでしょうか」
「私に聞かれても困る。と言うかそう言うのは納沙さんの方が詳しいだろう」
はっきり言って私は派閥という物に興味がない。今回の件が派閥間抗争によるものの一環だった事は理解しているが、それを裏付けるだけの証拠もないし集める気もない。
納沙さんは私と違い派閥に興味がある。出世とかではなく野次馬根性で興味があるだけだが、情報だけなら私よりもずっと多く持っているだろう。
「分からないからしろちゃんに聞いてるんですよ」
「私の母と姉が逮捕されてるんだ。もう少し気を遣ってくれてもいいと思うんだが……」
「逮捕されたって言っても、校長先生については岬さんがいれば理不尽な目にはあわないと思います。お姉さんの方もミーちゃんが酷い扱いはしないって言ってますし、あまり心配ないんじゃないでしょうか」
「他人事だからって適当な……」
ミーナさんなら信用はできる。だが彼女がいるのは遠く離れたドイツの地であり、一体どれほどその影響力があるのかわからない。
「適当じゃありませんよ。取り調べはテアさんとミーちゃんが主導するみたいだからこの言葉には信憑性があります」
「テア艦長は二監だったか。それなりに地位も高いし信用できるな」
ミーナさんは三監だと聞いているが、二監と三監ではやれる事は大きく変わってくる。二監は各国のブルーマーメイド本部の部長クラスにあたりその国のブルーマーメイドの意思決定にも大きく関わってくる。だが三監は課長クラスだから意見を通そうと思うと直属の二監を動かすしかない。
「しろちゃんはお姉さんから何も聞いていないんですか?」
「逮捕されてるんだぞ。連絡なんてできるわけないだろ」
「真霜一監じゃなくて真冬一監の方ですよ。室長は辞任しましたけど、ブルーマーメイドにはまだ在籍してるじゃないですか」
真冬姉さんは母さん達の逮捕で室長を辞任した。室長はブルーマーメイドのトップだから辞任すればそのまま退官するか、真霜姉さんのように各地に赴くか、退官して海洋学校の校長やなどブルーマーメイド関連施設の長に着くのが通例だ。だが真冬姉さんは突然の退官で、ちょうどいい職が用意できなかった。
今の姉さんはブルーマーメイドRATt対策室室長と言う、新たにブルーマーメイド内に作られた役職についている。対策室室長と言うが、所属しているのは姉さん一人。役割は今後、再びRATtによる事件や事故が起きた時の対応を事前に策定するというものだ。
「母さんと姉さんが逮捕された上に、名ばかりの部署に飛ばされて流石の姉さんも傷心してるんだろう。こちらからメッセージは送ったが特に返信はなかった」
今回の事件でRATtウィルスはさらに厳重に管理される事になる。おそらくその対策が使われることは今後ないだろう。
「横須賀女子海洋学校は流石に無理ですよね」
「無理だろうな。母さんがRATt事件の関係者とみなされた以上、その娘である姉さんを校長に据えるのはリスクが高い」
もしも姉さんが強引に母さん達を助け出そうと行動をすればかなり厄介な事になる。岬さん達からすれば力を削ぎ、飼い殺しにするのが現状一番いいのだろう。
「岬さん達も意地が悪い……」
「なにか言いましたか?」
「いや、なんでもない」
あの一斉逮捕でブルーマーメイドは大きく変わると思っていた。だが実際はあれ以来、特に大きな動きはなく岬さん達は不気味な静けさを漂わせている。
「そう言えば保安即応艦隊は地方支部の鎮圧後、どうなったんだ?」
第二次RATt事件に保安即応艦隊の艦艇は四隻しか派遣されなかった。それは今回の逮捕に部隊を使うためだったのだと私は解釈している。ならある程度事態が沈静化した今、学生艦鎮圧に部隊を使ってもいいはずだ。
「各支部に保安即応艦隊が部隊単位で停泊して邪な事を考えないように監視しているみたいです」
関東圏を担当する第三管区は司令部が直接指揮するから除いて、それ以外に十一の管区がある。保安即応艦隊は全部で四十九隻。ドッグ入りしているのを除けば現在動かせるのは四十一隻。その内四隻はRATt事件に対応しているから三十六隻が現在稼働している保安即応艦隊の艦艇だ。
「部隊単位と言うことは最低でも二隻で行動しているから使える保安即応艦隊の艦艇はいないのか」
保安即応艦隊は弁天を除いて単独行動をする事はない。最低でも二隻で行動する。管区ごとに戦力は異なるが、おそらく最低二隻、最大で六隻くらいの部隊を派遣していると考えたら保安即応艦隊の増援は期待できないだろう。
「岬さん達、かなり警戒してるみたいですよ。PRDTの配置を従来のものと変えたりしてますし」
「どう言う事だ?」
「第一小隊と第三小隊はともかく、他の小隊は配置されている支部との繋がりが強いですよね」
PRDTは警備救難部に所属するが、殆どの部隊は地方に存在する。その性質上、警備救難部よりも配置された支部との繋がりが強くなりやすく、時には警備救難部長よりも配置先の支部の命令を優先するなど指揮系統が曖昧になる事があった。
「多分、暴発を防ぐためなんでしょうね。小隊の配置を丸ごと入れ替えてしまったんですよ」
「自分達と親しい支部長の逮捕に激情して事を起こすと? 仮にもブルーマーメイドだ。そんな軽率な事はしないだろう」
「……そうとも限らない」
背後から聞こえた声に振り返ると、立石さんがたっていた。
「立石さん、ご苦労だったな」
「学生艦相手。そんなに手間取らない」
首を横に降って物足りなそうにしているが、RATtに感染した人間は普段以上の力を出す。言うほど簡単ではない。
「そうか。ところでさっきのはどういう意味だ?」
「そのまま。PRDTに所属するブルーマーメイド、結構血の気が多い」
血の気が多い……。私の知っている隊員、元隊員を思い浮かべてみるとすぐに思い浮かぶのは元晴風クラスで現在晴雪にいる伊良子さん、立石さん、野間さん。オペレーターだと万里小路さん。どちらかといえば大人しい人が多い。
だが元隊員として考えると真冬姉さんや千葉二監など、どちらかといえば熱血というか、血の気の多い人が思い浮かぶ。
「まぁ、言われてみればたしかにそんな気がしなくもないな」
第八小隊は新設されたから、おそらくまだPRDTに染まっていないだけなんだろう。
「みかんちゃんとかは血の気が多いとは対極に位置するような性格してるけどね」
私が思っていたが、あえて言わなかった事を言ったのは西崎さんだ。血の気が多いブルーマーメイドの筆頭のような彼女だが、体を動かす事がそれほど得意でなく、もっぱら頭脳労働が多い。
「そんな事ない」
「そうですね。伊良子さんがスカウトされた事情を考えたら、血の気は多い方に見えますよね」
ブルーマーメイドは司法警察であるため、逮捕術や柔道など武道を入隊後に習う。伊良子さんはそれほど成績がよくなかったらしいが、配属された弁天でそれは起きた。
「弁天で行われた演習でうっかりテロリスト役のブルーマーメイドを投げ飛ばして拘束したんだったか」
シュチュエーションはPRDT第一小隊を擁する弁天にテロリストが侵入し、それを制圧するというものだった。
「厨房の台の上に飛び乗ったのを見て、ついうっかりやっちゃったみたいですね」
伊良子さんは人質役だった。だがこのうっかりのせいで演習計画が崩れ、大幅な修正を余儀なくされた。中止しなかったのは、テロリスト役もPRDTの隊員でプライドがあったからだろう。無理矢理伊良子さんを拘束しようとして、さらに二人が伊良子さんに拘束された。
「それを見て当時弁天の艦長兼第一小隊小隊長だった当時の千葉二監がスカウトしたんですよね」
「こう考えると伊良子さんは案外、血の気が多いな」
普通ついうっかりでPRDTを拘束できない。いくら成績が悪かったと言っても実戦とはまるで違う。演習でこれほどの実力を発揮できたのだからPRDTとして大きな活躍を期待できるのは間違いない。その演習から一週間も経たずに伊良子さんはPRDT第一小隊所属になり、みるみる昇進していった。
「万里小路さんも戦いになると無類の強さを発揮しますし、案外性格が大人しい方が戦闘能力は高くなるんですかね」
晴風クラスで戦闘能力が高いのは他に野間さんと黒木さんがいる。黒木さんは……まぁ、血の気が多いと言っていいだろう。野間さんは趣味が天体観測だったりと、どちらかといえば大人しい気質だ。
「真冬姉さんは性格通り戦闘能力も高かったが、こうして考えてみると案外普段は大人しい方が戦闘能力が高いな」
「普段大人しい人の方が、怒った時怖いっていいますもんね」
「立石さんは伊良子さんに訓練を受けているよな。普段と同じように優しいのか、それとも訓練の時は人が変わったみたいに恐ろしくなるのか?」
ふと疑問が湧いて尋ねると、立石さんは一瞬肩を振るわせた後声を小さくして言った。
「第一小隊はPRDTの中でも最精鋭。訓練も厳しい。だから最初から第一小隊に所属、普通はない」
そう言えば第一小隊は通常、他の小隊の優秀な人材を引き抜いて所属させるんだったな。例外は小隊長候補として育てられる場合くらいか。その場合、最初から第一小隊所属になる。
「普通、訓練でもテーザー銃を味方に撃ったりしない」
「……あれはPRDTの標準的な訓練ではなかったのか」
どうやら伊良子さんの訓練は、通常のPRDTの訓練と比べてもとてつもなく厳しいもののようだった。