「しろちゃん、報告のあった鳥海が見つかりました」
「わかった。能村先輩に連絡をたのむ」
三日前、横須賀所属の鳥海が見つかり鎮圧部隊は俄かに慌ただしくなった。装甲、火力ともに晴雪を上回る鳥海は、私達だけで対処することはできない。夜戦であればあるいは一矢報いる事ができるかもしれないが、わざわざリスクを犯す必要もない。能村先輩に応援を要請するのは当然の流れだった。
「ほ、保安即応艦隊四隻って随分と大判振舞いしてくれたね」
「出し惜しみして鎮圧に時間をかけるより、早急に鳥海を鎮圧して他の学生艦に備えた方がいいと考えたんだろう」
「今このタイミングで、武蔵や比叡が浦賀水道とかで見つからない限りは最善の選択ですね」
「今の監査体制なら、本土に近づけば即座に捕捉される。七年前のような状態になる事はまずない」
遠水平線レーダー含む近海の監視システムは、かつてのRATt事件から大幅に強化されている。本土に近づけば即座に捕捉され、近くの警備救難部か保安即応艦隊が出撃するだろう。
「逆に本土から離れようにも、今回学生艦はそれほど多くの物資を搭載していないから領海内から出ることは不可能だ」
「そうですね。前回のRAT事件と違い、今回は本土近海での演習での事件でしたから日本の領海から出ることはないでしょうね」
今回のRATt事件で唯一救いがあるとすれば、他国に迷惑をかける心配がない事だろう。気が重くなる話ではあるが、前回のRATt事件ではドイツに多大な迷惑をかけた。ましてや最近になって、RATt事件が事故ではなく人災、それも日本のブルーマーメイドによる人災だった判明した。
私は今でも母さん達が計画した事だとは思っていない。だが、あの事件が単なる事故だったとももう思えない。
「だけどその分日本本土が火の海になる可能性が高くなるってとかでしょ。そんな手放しで喜べる事でもないんじゃない」
「西崎さんの言う通りではあるが、今まで発見された学生艦は本土から離れる傾向にある。あまり心配はないだろう」
「だけど前回は武蔵が日本に近づいてたよね。いくら昔よりも監視体制が強化されていても心配だよ」
小笠原さんがそう言うと、西崎さんと姫路さん達砲雷科が頷いた。
確かに三人の懸念はもっともだと思うが、おそらくそれは岬さん達も同じだったのではないだろうか。
「それが保安即応艦隊が本土から動かないのはそれも理由の一つなのかも知れないな」
「本土にまた武蔵が近づけば、保安即応艦隊総出で鎮圧するって事?」
「保安即応艦隊はあの件で各地に散らばっています。ですからどこで見つけても近くの部隊が足止めして、他の部隊が終結する時間を稼ぐ事ができますね」
どこまで考えて、あのタイミングで事を起こしたのかはわからない。たがいまだに地方支部に保安即応艦隊を停泊させている理由の一つである事は間違いないだろう。
「武蔵でなくとも鎮圧が難しい
「残っている学生艦のうち、それに該当するのはこの鳥海と後は……摩耶、五十鈴、比叡、そして武蔵ですね」
鳥海、摩耶、五十鈴はまだなんとかなるかもしれない。だけど比叡と武蔵は無理だ。装甲、火力共に強力すぎる。
「特に問題なのは比叡と武蔵だな」
「晴風で比叡を止める事ができたのは、極端な話運が良かっただけですからね」
「潮の満ち引きによって比叡を座礁させることのできる海底の地形。それが偶然用意できなければ晴風は沈んでいたかもしれないな」
岬さんならどうにか作戦を捻り出したような気もするが、あれ以上に成功率の高いものは難しいだろう。
「なる
「そうだな。できる事なら先にあの二隻の対策を考えたいが、今から相手にする鳥海も難しい
報告のあった鳥海はもう目視できる距離にいた。能村先輩達と合流してから鎮圧するのが理想ではあったが、合流している間に逃げられても困る。
「伊良子さん達に出撃準備をするよう伝えてくれ」
「私達だけでやりますか?」
それを全く考えなかったと言われれば嘘になる。だが今は能村先輩も榊原さんもいる。こちらに合流するまで、距離をとりつつ様子見に徹していいだろう。
「距離を取って時間を稼ぐ。速力で負けているからそう長くは時間を稼げないだろうが、それでも能村先輩達が到着するには十分な時間だ」
早ければ三十分、遅くとも一時間程度で全艦が揃うだろう。それだけあれば鳥海の射程に入る事なく時間稼ぎができる。
「取舵一杯。距離をとって時間を稼ぐぞ」
時間稼ぎは簡単だ。そう思っていた少し前の自分を殴りたくなるまでそう時間はかからなかった。
「鳥海、また離れていきます」
「取舵一杯!」
鳥海は全速をだすことはなく、私達が全速で離れようとするとすぐに諦めて引き返そうとす。そのせいで離れて時間稼ぎをしたいのに、自分から近づく必要に迫られている。
「今回で三回目ですね」
引き返されては反転し、接近する。しかも接近しすぎたら反撃にあうからこちらが反転するタイミングの見極めが難しい。正直このやりとりはかなり疲れる。
「そろそろみくらが合流するそうなので、少し楽になると思います」
「能村先輩達他の三隻はどうだ?」
「それが、近くで摩耶を発見したみたいでそちらの対応に向かうそうです」
摩耶もまた、優先的に鎮圧しなければならない学生艦の一隻だ。晴雪と違い、PRPTを保有していない保安即応艦隊は、摩耶に対して数で圧倒しなければならない。みくら一隻だけでも援軍として送ってくれただけでもありがたいと思うべきだろう。
「鳥海、反転しました!」
「こちらも反転して距離を保つぞ」
こちらが全速で離れれば鳥海はしばらくして晴雪を追うのを止める。単純な行動ではあるが、これをされるだけでただ逃げればいいだけという状況よりも気合を入れて指揮をしなければならなくなる。
「しろちゃん、鳥海後方にみくらが到着したみたいです」
「榊原艦長は何か言っているか?」
私も榊原さんも同じ一正、さらにいえば伊良子さんも同じ一正。私達よりも階級が高い、あるいは指揮官に任命されているような人材は今ここにいない。
「こちらの行動に合わせるとの事です。必要とあれば囮として鳥海に近づく事も可能と言っています」
鎮圧の主力が晴雪という事もあるのだろうが、こちらに合わせてくれると言うのならありがたい。
「みくらは鳥海に気付かれているか?」
「おそらくまだ気付かれてないと思います。」
「よし、なら鳥海にこのまま接近するよう伝えてくれ。鳥海が反転する様子を見せたら私達も反転、全速で接近する」
鳥海に正面から近づくと、晴雪だけでなくPRDTも危険に晒される。榊原さんに危険を押し付けるようで心苦しいが、私達が撃破されたら鳥海の鎮圧は一気に困難なものになる。
「みくらから積極的に攻撃を仕掛けて鳥海の標的をみくらに逸らすのはどうかって提案が来ました」
「それはやらなくていいだろう。不利だと思って鳥海が逃げ出したら元も子もない」
「RATtウィルス感染者にそこまでの判断能力がありますかね?」
RATtウィルスに感染したものは単純な行動しかしなくなる。心配しすぎと言われればその通りかもしれないが、心配しないよりはいいだろう。
しばらくすると予想通りに鳥海は反転し、即座に発砲した。みくらを発見したから反転したのか、それともこれまでと同様の理由で反転したのか、そのタイミングからはわからなかったが思惑通りの行動をした事に違いはない。
「伊良子さん達に出撃を要請してくれ。伊良子さん達から目を逸らすために積極的に仕掛けるぞ」
「みくらもいますし、今回は少し抑えて攻撃しますか?」
いつもと違い、今回はみくらもいるのか。それなら多少加減してもいいかもしれない。いつも通りだとみくらとあわせてかなり苛烈な行動をする事になる。鳥海に逃げると言う考えに思い当たらせない程度の攻撃に留めなければならない。
「西崎さん、いつもよりも少し抑えて攻撃してくれ」
「相手は航洋艦じゃないんだよ。いつも通り攻撃してもいいんじゃないかな」
「……それもそうか。みくらの攻撃を見て、鳥海が逃げ出さない程度に攻撃してくれ」
逃げたところで伊良子さん達のスキッパーの方が早いが、何かあった時に私達が対応できなくなる。この海域に止める事が晴雪とみくらに課せられた任務だ。
「伊良子さん達、出撃しました」
「今日は随分と早いな」
いつもなら要請してから少し時間がかかるが、ほんの数分で晴雪から伊良子さん達は出撃していった。
「やる気は十分みたいですね」
「伊良子さんはともかく、いや立石さんと野間さんもそうだが他の隊員も大人しいとは限らないからな。血気盛んなタイプがいれば、出撃の準備もトントン拍子に進むだろう」
指揮官自らスキッパーの準備をすることはないだろうから、おそらく隊員のテンションが上がってこんなに早くなったんだろう。
「注意を促しますか?」
「一体何の注意を促すんだ」
納沙さんの提言は、私にとっては少し困惑するものだった。
「伊良子さん達に、冷静にいつも通りの行動をするようにですよ」
「……いや、必要ないだろう。彼女達はプロだ。RATtに感染しているとはいえ、学生艦相手だ。いつもよりもテンションが上がっていたとしても、ミスをする事はないだろう」
「それもそうですね。私達はいつも通り、おしゃべりをしながら囮をすればいいですね」
なんとも適当な態度だが、航洋艦を相手にする時はいつもこんな感じだった。
「今回の相手は鳥海だ。そんな適当な態度だと足元を掬われる事になるぞ」
射撃間隔は航洋艦より長いとはいえ、一発の威力は航洋艦よりも高い。その上、航洋艦の主砲と同クラスの口径の速射砲もある。いつも通りの適当な態度できていい相手ではない。
「いつもなら私達が適当な態度で望んでも、そのツケを払わされるのは私達だがだった。だが今回はみくらがいるんだ。味方にそのツケを払わさせるような事態を招かないためにも、いつも以上に真剣な態度で望むんだ」
「しろちゃん、すごくいいことを言ってるように聞こえますけど、それだと普段は適当でいいって言ってるようなものですよ」
「そ、そういう意味じゃない! 普段は自分達だけが責任を負うが、今回はみくらに責任がいくかもしれない。みくらのためにも普段以上に真剣に任務に臨めと言いたいんだ!!」
言われてみればさっきのはまるで普段が適当でいいみたいな言い方だった。そんな勘違いをされるわけにはいかないと必死で弁明をすると、納沙さんは呆れたように笑った。
「そんな必死にならなくてもわかってますよ。ただの冗談じゃないですか」
「トイレットペーパーの時にジンバブエドルを出したり、納沙さんのいまいち分かりにくいんだ」
と言うよりはボケか本気か分かりにくいと言うべきだろうか。
「あ、伊良子さん達が接舷に成功したみたいですよ」
双眼鏡を覗き込むと、伊良子さん達が鳥海の甲板に上がる姿が見えた。
「今まで鎮圧してきた航洋艦よりも大きいし、多少手間取るかもしれないがこれで一安心だな」