宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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作為

鳥海制圧後、私はみなみさんに呼び出されていた。普段は医務室に籠りきりのみなみさんからの呼び出しは、なんというか不思議な緊張感がある。

 

「まずは鳥海制圧、お疲れさま」

 

そう言ってみなみさんはココアを差し出してきた。

そのココアを受け取る事に、少しの躊躇があった。RATt事件で晴風をぶん回した艦長は、みなみさんに塩ココアを振舞われた。その時の塩ココアはとんでもなくしょっぱかったと言う。それを知っていたからこそ、みなみさんに差し出されたココアを受け取る事を躊躇った。

なぜなら私も艦内の人間のことなど全く考えず、晴雪を指揮していたからみなみさんから恨みを買っていてもおかしくはないと思っていたからだ。

 

「……飲まないのか?」

 

私が一向に受け取らないからか、みなみさんは落ち込んだ様子をみせた。

 

「……いただこう」

 

そんな彼女の様子に、受け取らないという選択肢はなくなった。

仮にとんでもなくしょっぱかったとしても、それは罰だと思って甘んじて受け入れよう。

そんな心持ちでマグカップに口をつけたが、予想に反して塩ココアはしょっぱくなく、寧ろとても美味しかった。

 

「しょっぱくないんだな」

 

思わず呟くと、みなみさんは困惑した様子だった。

 

「いくら塩ココアでも、しょっぱいものを人に出すわけないだろう」

 

みなみさんが岬さんにしょっぱい塩ココアを出した実績がある事を知っている。みなみさんに限ってその事を忘れているとは思えないし、きっと知らないと思っているのだろう。

 

「岬さんにしょっぱい塩ココアをだしたと聞いているが?」

 

「私はそんな事しない」

 

「岬さんから直接聞いた話だが……」

 

「艦長は誰かと間違っているんだろう」

 

みなみさんは頬を赤らめ顔を背けて言った。これはきっと私が知らないと思っていたのか、あるいは単に忘れていて今思い出したかのどちらかだろう。

 

「だが艦長が望むのなら、そのココアに塩化ナトリウムを入れるのも吝かではない」

 

いつの間にみなみさんの手には、白い粉が入った瓶が握られていた。察するに、あれば塩の瓶だろう。

 

「いや、遠慮しておく。このままで十分美味しいからな」

 

「なら過去なんて蒸し返さずに大人しく塩ココアを飲みながら話を聞いてくれ」

 

瓶を振りながらそんな事を言われたら、黙るしかない。私だって好き好んでしょっぱい塩ココアなんて飲みたくない。

 

「さて、来てもらったのは他でもないRATtに関してだ」

 

RATtに関してか。全く予想していなかったわけではない。彼女が私を呼び出すとしたら、それは晴雪乗組員の体調についてか、今回のRATt事件に関してかの二つに一つだ。

 

「何か分かったのか?」

 

「私はただ今回捕まえたRATtから得られた事実を事を報告するだけだ。それで何か分かるかどうかは艦長次第だ」

 

みなみさんらしくない言葉だった。いつもの彼女ならもっと自信満々に調査結果や得られた事実を報告してくれたのに。

 

「いくつか気になる事はあるが、個人的に一番驚いたのはやはり今回のRATtも全て雄だったと言う事だな」

 

「つまり艦内で繁殖したわけではなく、どこかで繁殖した個体が学生艦に入り込んだと言うわけか」

 

学生艦の中で繁殖していないとわかった事は嬉しいニュースだ。もしも仮に、接舷した時にRATtが紛れ込んでも絶対数が変わらないのなら対応は比較的容易だ。この報告だけで全ての学生艦が同じだと判断するのは早計だが、嬉しい報告には変わりはない。

 

「確か今回学生艦も教員艦も島には上陸していなかったな。と言うことは横須賀で……」

 

横須賀で荷物を積み込む際に紛れ込んだ? 一体どうすれば厳重に管理されているRATtが紛れ込むと言うんだ。そんなことはあり得ない。

 

「……研究機関で保管されている生きたRATtは、全て第一次RATt事件で捕まえた物のクローンだ。これは野外での繁殖を防ぐための予防措置の一つだが、その分寿命は短く平均寿命は約十ヶ月だ。お陰でRATtウィルスの研究には余計な金と労力がかかる」

 

みなみさんは大層不満気な様子だった。クローンの作成にどれくらいの費用がかかるのかは知らないが、この感じだと中々高いのだろう。

 

「今回のRATtの正確な年齢は分からないが、おそらく見た感じ全ての個体が同じくらいの年齢に見えた。これも前回と一緒だな」

 

雄しかいないのも前回と一緒、捕獲した個体の年齢が全て同じくらいなのも前回と一緒。そして横須賀女子海洋学校から出航したことも一緒。あまりにも共通点が多すぎる。

 

「みなみさんは、今回の事件も人為的なものだと考えているのか?」

 

「私はあくまでも医者だ。それを調べて糾弾するのはのは、私の役目じゃない」

 

「するのは証拠の確保だけだ」などと言うが、これはつまり私にそれをしろと言う事なのだろうか。

 

「私が見つけた物をどう使うかは艦長に任せる。そして艦長がそれを元に何かを成すと言うのならば、私は協力を惜しまない」

 

「詳しいことはこれに書いてある。好きに使え」と茶封筒を渡されそのまま医務室を追い出された。

 

一人で報告書をみるのもいいが、誰かと意見を交わしながらの方が案外考えは纏まると経験則でわかっている。少し迷ったが納沙さんを呼び出し、みなみさんの報告について議論する事にした。

 

「みなみさんは今回の事件も人為的なものだと思っているんでしょうか」

 

報告書を読み終わった納沙さんが発した一言目はそれだった。

 

「多分、そうだろうな。でなければこんなもの渡さないだろう」

 

報告書はみなみさんの調査から分かった事実しか書かれていない。そこにRATtは人為的に放たれた可能性が高い、などと言った何者かの関与を疑うような文言は書かれていない。

 

「この報告書は、本来ならもっと上に提出して然るべきものだ。なのにみなみさんはこれの扱いについて、特に指定しなかった」

 

今のみなみさんは海洋医大の研究員ではなく、晴雪の船医だ。私を通して報告書を提出するのは何ら不思議ではない。事実、この報告書は上に提出しても問題のないように体裁が整えられている。

 

「好きにしろって言ったんですよね? ならもう上層部に提出してもいいんじゃないですか。今の上層部って要するに艦長達の事ですし」

 

そうだなと頷きそうになったが、すんでのところでそれを思い止まった。なんとなくだが、みなみさわはこれを岬さん達に見てほしくないと思っているんじゃないかと思ったからだ。

 

「いや、少し私達で考えてからにしよう。それからでも遅くはない」

 

「しろちゃんがそう言うなら構いませんけど……」

 

みなみさんは私に伝えたい事があるんじゃないか。なんとなくだがそう思った。

 

「取り敢えず、学生艦の出航前に横須賀女子海洋学校にいた人についての情報が欲しい。手に入れる事はできるか?」

 

「私は無理ですけど、しろちゃんの権限ならいけると思いますよ」

 

差し出されたタブレットを受け取り、私のIDで情報を引っ張ってくると、思っていたよりも不穏な情報が手に入った。

 

「逮捕された人達がいるのは当然として、海洋医大の研究員と宮里二監もいたんですね……」

 

宗谷派の没落に伴い、宮里先輩は沿岸調査部部長の地位についた。宮里先輩も宗谷派だったが、今回の騒動で宮里先輩を中心とした呉出身者は宗谷派を離脱し新たな派閥を形成する事になった。言葉を選ばずに言うなら、自分の実力ではなく周りの状況に流されて派閥形成をしたのだと思っていたが……。

 

「これ、宮里先輩が今回のRATt事件に深く関わっているんじゃなですか?」

 

「確かに状況はかなり怪しいが……」

 

問題は彼女にそれだけの力があったのか、と言う事だ。岬さん達と違い、宮里先輩は沿岸調査部で飼い殺し状態だった。宗谷派は平賀さん達、上の世代が力を持っていた。呉出身者は宗谷派ではあったが、宗谷派内ではそれほど大きな力を持っていなかったようだった。

 

「宮里先輩にそんな力は無いと思うんだ。いずれは、宮里先輩もそれをできるだけの力を持つ事ができたかもしれない。だけどそれは今じゃない」

 

「しろちゃんは宗谷派に入っていたわけではないですよね。なのにどうして断言できるんですか?」

 

「入っていなくても、宗谷派のやり方は知っている」

 

正直、そのやり方があまり好きではなかったから私は派閥に関わらなかった。

 

「宗谷派が力を持ち続けていたのは、ブルーマーメイドを一つにまとめ上げるためだった。その為には手段を選ばない。不穏分子は取り込み逆らえない程度の力を与えるんだ」

 

「逆らえない程度ですか?」

 

「そうだ。宗谷派にとって不利益を被る、ブルーマーメイド内に不和を齎しかねない提案は却下し、力をつけすぎそうな時はその地位から引き摺り下ろす」

 

母さんと真霜姉さんは力があった。だからそんな姑息な手段は取らなくて済んだし、真冬姉さんも人望があったから最初の頃は使うことはなかった。だけど宗谷家の人間以外が室長になった時はそうではなかった。仮に私が宗谷派に入り、順調に出世して室長になったとしても多分母さん達みたいには行かなかっただろう。

 

「真冬姉さんは人望があった。だけど同じくらい人望がある人達が下から出てきたんだ」

 

「艦長達ですか……」

 

岬艦長、知名艦長、阿部艦長、千葉艦長。この人達が出世し、宗谷派内で力を持ち始めた事で真冬姉さんは不本意な手段を取らざるを得なくなった。

 

「だから私は納沙さんから宗谷派が分裂したと聞いた時は驚いたんだ。姉さんは上手くやっていたはずなのにって。まぁ、あの四人が手を組んだならそれも納得できたけど」

 

「宮里先輩だけが離脱し損ねたって事ですよね?」

 

「……今回の騒動で一番得をしたのは岬さんだった。だけどその次に得をしたのは宮里先輩だ」

 

思えば不思議な事だ。今回の騒動は、宗谷派に対しての攻撃と言っていい。それなのにその構成員だった宮里先輩が利益を得ていると言うのはおかしな事だ。

おかしいと言えば、阿部二監名義で公開された報告もだ。アレには宗谷派でなければ知る事が出来ないような事まで記されていた。そしてそれを根拠の一つとしてあの逮捕劇に踏み切ったとも書いていた。アレを読んだ時は、逮捕過程で見つかったものを根拠として書いたのだと思っていたが……。

 

「もし、宮里二監が最初から岬さん達と繋がっていたとすれば納得できる」

 

「宮里先輩が岬さん達に近しいことは納得できます。ですが、それだと今回のRATt事件は岬艦長達が起こした事になりませんか?」

 

今回のRATt事件の意図は分からない。だが、宮里先輩が大きく関わっているのならそれは岬さん達がなんらかの意図をもって、作為的に起こした事件なのではないか。そんな嫌な予感が湧いてくる。

 

「必ずしもそうだとは言えない。だが、岬さん達はあの逮捕を前回のRATt事件に関するものだとしている」

 

RATt事件の被害者が今度は加害者になる。岬さんの周りには知名さんや柳原さんがいる。そんな事はないと信じたいが……。

 

「今回のRATtの出所が分かれば、真実は明らかになるんでしょうか?」

 

「なるかもしれないな。だが情報調査部も、監察官も何もかもが岬さんの味方だ。たとえ私達が真実を暴いたところで、それが岬さん達は不都合なものなら表に出す事は難しいだろうな」

 

ブルーマーメイドとして、犯罪行為は許すわけにはいかない。だからどうかこの予想が間違っていて欲しい。そう願わずにはいられなかった。

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