宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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援軍

RATt艦隊鎮圧のための援軍が、保安即応艦隊ではなく警備救難部から送られてきた事は、全く予想できない事だった。

 

「まさか前田さんが来てくれるとは……」

 

「私はウィルス犯罪対策課に所属してしているからね。適任だったんだと思うわ」

 

前田さん、前田聖理一正は比叡の元艦長だ。一時期、横須賀女子海洋学校を休学していたが、最後は共に卒業し海洋大学に至っては私と同様二年飛び級して卒業した才女だ。

 

「それに私はRATtウィルスに対する対策案を考える部署にいたから尚更でしょうね」

 

昔、前田さんがその部署に配属されたと聞いた時は閑職に回されたなと言うのが正直な感想だった。というのも、RATtウィルスはもう終わったウィルスと認識していたからだ。研究機関内で少数が保有され、仮に野生下で残っていたとしても七年もたってばその可能性もかなり低い。

結果的に前田さんの配属先は警備救難部の対ウィルス用の装備の更新や、RATtウィルスに関する資料の整理くらいしかやる事がないと言うのが私の認識だった。二年飛び級したにしてはあまり良い扱いとは言えないが、元来身体の丈夫ではない前田さんならそれも仕方のない事なのかもしれないと思っていた。

 

「だとしても、身体の方は大丈夫なのか?」

 

私の問いかけに、前田さんは小さく笑った。

 

「RATt事件の時は人よりも少し、身体が弱かったからその影響が出たけど、流石に大人になった今では問題ないわ」

 

前田さんが休学した際、RATt事件での無理が祟ったからだと言っていたが、それも幼い頃身体が弱かったからだった。今でもそうだと思い込んでいたが、よくよく考えたら子供の頃身体が弱かったからと言って、大人になっても身体が弱い事にはならない。そもそも、本当に身体が弱ければブルーマーメイドになる事自体が難しい。

 

「なんにせよ、RATtウィルス対策の専門家である前田さんが来てくれたことは心強い」

 

閑職同然と言っても、RATtウィルスは海の安全に大きな影響を与える可能性がある事は誰もが知る事だ。最低限の予算と人員は確保されているし、権限も大きい。

 

「あまり過大な評価をされても困るけど、期待に応えられるよう頑張るわね」

 

前田さんの乗る(ふね)は警備救難部に所属する少し旧式のやまぐも型航洋艦だ。単純な戦力としては晴雪に劣るが、RATtウィルス対策の専門家が乗り込むのなら晴雪に匹敵する力を出せるだろう。

 

「早速で悪いんだが、前田さんの乗ってきたうきぐものRATt対策武器を見せてもらえないだろうか」

 

「RATt対策の武器なんでないわよ」

 

「……なんだって?」

 

てっきり何かRATtに対して有効な武器か何かがあると思っていただけに拍子抜けした。極端な話、何かRATtの対策になるような武器がない限りはこんな旧式艦一隻では、たとえ前田さんが乗っていたとしてもあまり役にはたたないだろう。

 

「期待していたようだけど、知っての通り私がいた部署は権限こそ強いけど閑職よ。できる事は限られているわ」

 

「だが未だにRATt対策の装備がブルーマーメイドに常備されているのは前田さん達の尽力があってだろう。水鉄砲もたまにアップデートしていたみたいだし、なんの対策もないというのは……」

 

「そうね、何度かRATt対策の装備はアップデートしたけどそれだけよ。私が、いえ岬さんが警備救難部長になって私がこの部署に配属される前はRATtウィルス対策の装備は廃止される寸前だったの。それを私と岬さんで食い止めて、装備のアップデートまでした。これ以上は難しかったわ。なんせ私が配属された時点で、この部署自体廃止される寸前だったのだし」

 

「RATtウィルスと言う一番の脅威を対策する部署を廃止するなんて馬鹿げている」

 

それをしようとしたのはまず間違いなく、安全監督室室長である私の姉二人のうちどちらかだろう。RATtウィルスの脅威を知ってあるはずの二人がそれをしようとするなんて正気だとは思えない。

 

「そうね。だからこそ宗谷派を離脱した四人は全力で止めたし、私も存在価値をアピールするために色々やったわ」

 

「だけどそれももう限界だった。鏑木さんが海洋医大から晴雪衛生長に移動になったでしょう。あれで私の部署の廃止は時間の問題になったわ」

 

「みなみさんが異動になったくらいで一つの部署が廃止になるなんて事があるのか?」

 

みなみさんはRATt研究ではかなりの地位にいたらしい。だが、たった一人の研究者が抜けたくらいで、ブルーマーメイドの組織が一つの部署を廃止するなんて事があるとは思えない。

 

「私達は海洋医大やその他RATt研究機関からの研究を元に活動をしているわ。鏑木さん以外のRATt研究者はそれほど熱心ではないというか、他にメインの研究があった上で片手間でやっていたのよ。そんな中、鏑木さんは熱心にRATtの研究をしてくれていたから彼女なくしては私達の部署は立ち行かなくなるのよ」

 

「そんなに鏑木さんの存在が大きいのか?」

 

「大抵の場合研究者はRATtウィルスそのものをと言うよりは、RATtウィルスが電子機器を麻痺させる方法、ウィルスが人を操る方法の研究がメインなのよ。両方とも、RATtウィルスを対策するにあたって研究しなければならないけど、それによって得た対策は往々にして大掛かりなものになるわ」

 

両方ともRATtウィルスを対策するにあたり必要不可欠なものに感じるが、専門家からすれば欲しいのはもっと別の情報なのだろう。

 

「鏑木さんはRATtウィルスそのものについて研究してくれていたわ。例えば、RATtウィルスは通常の保菌者であるRATt以外を宿主として存在する事ができるのかどうかとかね」

 

「それは人が宿主になり得る時点で、大抵の動物には当てはまるんじゃないか?」

 

「けど晴風にいた猫みたいに何故か感染しない事例があったでしょう。具体的にどんな動物なら感染して、何を条件に感染しないのかって言うのは対策する上で知らなければならない事よ」

 

ワクチンがあれば感染者を元に戻すことはできるし、感染初期であれば海水をかければ元に戻る。いまいち前田さんの言っている事の重要性が理解できない。

 

「RATt以外に例えば鳥類が感染するのであれば、RATtウィルスの被害はさらに拡大していたでしょうね。だけど鏑木さんの研究で、基本的には哺乳類のみが感染するという事が判明したわ」

 

鳥類が感染する、と言うのは考えた事がないものだった。もし仮に海鳥達が感染するのであればRATtウィルスは日本だけでなく世界中に拡散されその被害は人類の存亡に関わるものになっていただろう。

そう考えると、意外とRATtウィルスが野生下で残っている可能性は低いのかもしれない。たとえ感染先が哺乳類だけだとしても、島から島へと移動する事ができるのは、何も人間や空を飛べる鳥だけじゃない。例えば猪なんかは長い距離を泳いで生息域を広げる事が知られているし、もしも仮に野生下でRATtが生き残っているのであれば、それこそ西之島新島のような島でなければRATtが今まで全く姿を見せずにいる事は難しい。

 

「私はRATtが野生下で生き残っていた可能性があったと思っていた。いくら宗谷派が前回のRATt事件で怪しい動きをしていたとしても、今回もそうだとは限らないからな。前田さんはどう思う?」

 

「その可能性は十分あると思うわよ。七年という時間は、RATtが自然界で隠れ潜んでいだとしてもおかしくない時間よ」

 

「だが同時に、そう思いたくなる時間でもある」

 

野生下で生存していたRATtが、何らかの理由で学生艦に感染した。全くあり得ない事例ではない。しかしまるで七年前の再来のように学生艦のみが感染し、それをブルーマーメイドが鎮圧する。あまりにも出来すぎた展開だ。

 

「もし、これが意図的なものだったとして……」

 

その先を口にする事を、私は躊躇った。それは前田さんに対して問いかけていい事ではないと思ったからだ。前田さんの事を信用していないわけではないが、この先は納沙さんや西崎さんと言った晴雪メンバーで議論する事であり、前田さんと議論する事ではない。なにより……

 

「宗谷さんが何を聞きたいのかは分かるわ。私の事を信用しきれないんでしょう。私も横須賀派の人間で、今回の事件で利益を得た一人よ」

 

廃止寸前だった前田さんの部署は、今回の事件で重要な役割を占める事になるだろう。横須賀派なのは今初めて知ったが、どちらにせよ前田さんは岬さんほどではないにしろ、利益を得た一人だ。

 

「もし今回の事件が人為的なものなら、一番怪しいのは岬さんと知名さんが率いる横須賀派よ。宗谷派は一方的な被害者に見えるわ」

 

ある程度内情を知っていると、今回の一見は岬さん達宗谷派に批判的な派閥による攻撃に見えなくもない。宗谷派は前回のRATt事件の原因を追求され勢力を大きく減らし、逆に他の派閥は前回の件と今回のRATt事件で勢力を伸ばした。

前回のRATt事件で、ブルーマーメイドはホワイトドルフィン以上の活躍をし、国内の海上安全を一手に担う事になった。規模は違うが今回もそれと同じような事が起きている。宗谷派はブルーマーメイド内の力を減らし、他の勢力は拡張した。

 

「だけど誓って言うわ。今回の件、横須賀派は一切の手出しをしていない」

 

「……それは岬さんから何も伝えられていないだけ、と言う事ではないのか?」

 

私の問いかけに前田さんは苦笑いを浮かべた。その可能性に気付いていなかったとは思えないし、私が気付かないはずも無い。

 

「それを言われるとなんの反論もできないわね。だけど私は岬さんに直接問いかけて、何もしていないって返答を得たのよ。宗谷さんの知る岬さんが仲間に対して嘘をつくと思う?」

 

正直それは想像がつかない。あの人は隠し事をする事はあっても、嘘をつく事はなかった。

 

「私の知っている岬さんは嘘をつがないだろうな。そもそも嘘が下手だからな。だけど、今の岬さんは分からない。短期間でここまで出世するには、単に実力以外にも色々と必要だろう。今の岬さんが嘘をつけないと断じるだけの判断材料を私は持っていない」

 

人は変わる。私が知っている岬さんは海洋大学卒業直後から約一年後くらいまでの岬さんで、それ以降の岬さんはよく知らない。一年もあれば人は大きく変わるだろう。

 

「なら、この事件が解決すれば一度会って見たらいいんじゃないかしら」

 

「……会ってくれるのだろうか」

 

意図的に避けられているのではないか。そう思ってしまうくらいには最近岬さんとは会えていない。

 

「会わないわけないと思うわ。だって自分が初めて艦長をした(ふね)の副長なのよ。思い入れも深いわ。なにより、うまく解決できれば宗谷さんは事件解決の功労者になるのよ。警備救難部長が会わないはずがないでしょう?」

 

そうか、今回の事件をうまく解決すれば否が応でも会う事になるのか。

 

「そうだな。その時が来れば直接聞くことにしよう」

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