宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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艦隊決戦

世にも珍しい、最新の装備を施された艦隊と旧式の大型砲を装備した艦隊との決戦の火蓋は、榊原さんのみくらによって開かれた。

 

「みくらから磯風と接触したと連絡がきました。後方には武蔵含む他の学生艦の姿もあるそうです」

 

偶然その場に集まっただけで、艦隊など組んでいなかった。そんな報告が来る事を期待していなかったと言えば嘘になる。

 

「い、いよいよだね」

 

「お、りんちゃん珍しく気合い入ってるね」

 

「あの艦隊には晴風がいるし、なによりこの五隻を捕まえられたら騒動の鎮圧に近づくからね」

 

「数もそうですけど、武蔵を鎮圧できれば大きいですね。残る学生艦で脅威になるのが比叡だけになります」

 

他の艦橋メンバーは盛り上がっているけど、私はとてもそんな気分にはなれなかった。多分、浦賀水道で武蔵が発見された時の岬さんもこんな気持ちだったんだろうか。

 

「盛り上がっているところが悪いが、そう簡単に鎮圧できるとは思わないほうがいい。単純な装甲と火力では向こうのほうが上だし、真正面からぶつかればこちらが不利だ」

 

「もぅ、そんな事は分かっていますよ。だけど鎮圧した後の事を考えて楽しむのは自由じゃないですか」

 

「それはそうだが……」

 

「今回の五隻を鎮圧できれば、今回の騒動が終息に向かう事はまず間違いありません。もちろん、それが困難な事も危険が大きい事も理解しています」

 

「に、逃げ回れた学生時代と違って、今の私達はブルーマーメイドなんだよ。どんな困難でも、逃げるわけにはいかないよね」

 

学生時代、逃げる事なら任せてなんて言っていた知床さんから言われるとなんだか感慨深いものがある。

だが、知床さんに言われて気がついた。私この考えは逃げだ。学生時代ならいくらでも許されたであろう考えは、今の私には許されない。

 

「まさか知床さんに気付かされるとはな」

 

私の言葉に、知床さんはなんの事かわからないというようにキョトンとした表情を浮かべた。

 

「いや、なんでもない」

 

私は晴雪の艦長だ。晴雪乗員の生命を守る義務がある。だが同時に、ブルーマーメイドとして海の安全を守らなければならない。

 

「事前に決められた作戦通り、行動を開始するぞ」

 

私達が武蔵含む五隻の艦隊をから真正面からぶつかっては、勝ち目はない。もし仮に保安即応艦隊が全艦揃っていても、鎮圧は難しいだろう。

そこで私達が立てた作戦は、各個撃破戦術だった。最初に接触した味方艦が学生艦を追跡、位置を報告しつつ残りの味方が学生艦を攻撃。分断して鎮圧する。そして原則として分断は保安即応艦隊が、鎮圧は私達晴雪と前田さんのうきぐもが担当する。

うきぐもに対RATt用の装備は搭載されていないという話だが、実は一つだけ有効な武器があった。

 

「高圧放水銃がうきぐもに搭載されていたのはありがたい話だな。お陰で甲板の安全をより簡単に確保できる」

 

基本的に、鎮圧には伊良子さん達PRDTが用いられるが、偶然艦内で出会わず甲板上に生徒が出てこないとも限らない。そう言う時は放水銃は有効な武器になるし、陽炎型航洋艦なら上手くいけば艦橋に直接海水を叩き込む事もできるかもしれない。それだけで艦橋にいるであろう七人前後の生徒を鎮圧できる。

 

「まぁ、それも無事近づけたらって言う条件付きですけどね」

 

「放水銃って射程が短いからねぇ。ある程度鎮圧が終わったタイミングで使うことになるから、そもそも役に立つかどうかすら分かんないよね」

 

「まぁ、ないよりはマシ程度かもしれないが特に武蔵なんかが相手なら意外と良い働きをするかもしれないぞ」

 

シュペーの鎮圧なんかでは甲板上での戦闘が意外と多かったし、もしかしたら武蔵も同じような展開になるかもしれない。

 

「艦内での戦闘になれば意味ないですけどね」

 

「そこは伊良子さん達が上手く外に誘導してくれるだろう」

 

伊良子さん達はプロだ。有効な援護が見込めるのに、態々艦内での戦闘にこだわったりはしないはずだ。

 

「どうだろうねぇ。今のみかんちゃん、やる気に満ち溢れてるし案外忘れて自分達で鎮圧しちゃうかもよ」

 

「こ、今回の作戦は、分断した艦隊をどれだけ早く鎮圧するかも重要になってくるし、放水銃活躍の機会は最後くらいしかないかもしれないね」

 

分断した(ふね)に対しては即座に私達が対応し、能村先輩達にいらない負担を与えないようにしなければならない。

 

「そう言えば能村先輩達はどんな様子だ?」

 

「みくらに合流できるのは三十分から一時間後になるそうです」

 

「それまでみくらには、榊原さんには頑張ってもらう必要があるな」

 

私達が合流するにも同じくらいの時間がかかるし、榊原さんとみくらを信じて任せるしかない。ほんの少しの不安を、榊原さんを信じるという理性で押し込み私達心なしか少し早足で作戦海域へと向かった。

 

それから約一時間後、作戦海域に到着すると能村先輩からの連絡が入った。

 

「みくらに被害無し、保安即応艦隊は作戦を開始したそうです」

 

「まず分断するのは先頭の磯風だったな」

 

「はい。予定では次に涼月、五十鈴と続きます」

 

「晴風が後回しになってる理由ってなんなの? 落ちこぼれクラスだからって舐められてるの?」

 

「意図的に晴風を後回しに訳ではないだろう。元々先頭の(ふね)の後は艦隊の左右、いずれかの近い方の航洋艦、次に五十鈴、武蔵の順番に鎮圧する予定だったからな」

 

艦隊配置としては武蔵を中心に先頭を磯風、武蔵の右側に晴風、左側に涼月、後ろに五十鈴が配置されている。磯風を分断した後は、保安即応艦隊に近い涼月、そして五十鈴と分断して武蔵を鎮圧する際の妨害をできる限り少なくする。航洋艦一隻なら晴雪とうきぐもで容易に鎮圧できるから、後は武蔵を保安即応艦隊、晴風を私達か担当して鎮圧する事になる。

 

「そんな事よりも問題は磯風をうまく分離できるかどうかだな」

 

「磯風と武蔵の連携を断つためには、その間に一隻入る必要がありますからね。下手をすればこの段階で被害が出ることも考えられます」

 

「が、学生艦のど真ん中に入るなんて怖くてできないよね」

 

「そうだな。武蔵の46センチ砲だけでなく、航洋艦の五インチ砲まで向けられる。今のブルーマーメイド艦隊は装甲を重視していないから航洋艦の主砲ですら十分な脅威だ」

 

涼月側から接近し、磯風と武蔵の間に立ち塞がり強引に分断する。噴進魚雷や魚雷で分断すればいいと思うかもしれないが、武蔵の水雷防御であれば魚雷の一発や二発、簡単に耐えることができる。もしも武蔵が魚雷を無視して磯風との連携を重視しようものなら作戦そのものが破綻しかねない。

 

「武蔵と磯風の間、五十鈴と武蔵の間に魚雷を撃って一時的に分断する手もありますけど、万が一にも学生艦を沈めるわけにはいきませんからね」

 

「私ならできるんだけどな〜」

 

正直、西崎さんの腕なら狙いと寸分違わず魚雷を撃つ事ができると思う。だけど今回はそれだとダメな理由がある。

 

「単艦ならともかく、艦隊を組まれては動きを予想するのは難しい。そもそも、あの艦隊がどの程度意思疎通できているのかもわからない。下手をすれば一緒に行動しているだけで、艦隊として機能していない可能性もある」

 

「もしそうなら、他の(ふね)が邪魔で魚雷が見えなくて回避できなかった、なんてことも起こり得ますね」

 

西崎さんの魚雷も、学生艦から雷跡を見つけられる前提での話だ。もし気が付かなけれたとえ狙い通りに撃てても意味がない。意思疎通できていない前提で魚雷を放ってもいいが、もしそれで意思疎通ができているのなら、その魚雷は学生艦からすれば随分と甘い、回避のしやすい魚雷になるだろう。

 

「みなみさんはRATtの電波が届く範囲は大和型一隻分くらいだろうと言っていたが、人体実験をしたわけではないからどれくらいの範囲かは実際のところわからないと言っていたな」

 

「前の事件で武蔵が救援要請を発した例からして、通信が全くできないと考えるのは早計です。最悪、RATt自身の能力ではなく通信設備を使って意思疎通をしているなんて可能性もありますよね」

 

全ては推測でしかない。だがそのいずれもが無視できるものではない。

 

「もう少しちゃんと偵察ができてればな〜」

 

「宗谷派の不祥事と、RATt自体の出所にブルーマーメイド関連施設に疑いがある以上、迅速に鎮圧しなければいけませんからね」

 

前回のRATt事件では、ブルーマーメイドは言うなれば正義の味方だった。だけど、今回の事件においては必ずしもそうだとは言い切れない。RATtの流出元が野生であるかどうかもわからないし、もし野生でないのなら必然的にそれはブルーマーメイドの関連施設になる。

 

「もし長引くようならブルーマーメイドの信用は地に落ちる。もっとも、不本意な話だが姉さん達宗谷派の影響で、地の底まで失墜しているブルーマーメイドへの信用に、今更落ちる先があるのかは疑問だがな」

 

現状が最悪に近いのにさらに落ちる先があるのか。冗談のつもりでそう言うと、予想に反して重苦しい沈黙が返ってきた。

 

「しろちゃん、あまり笑えない冗談はやめてくださいよ」

 

「そうだよ。確かに宗谷派のおかげで、これ以上信用は下がり用がないけど、だからって友達の家族の事を笑うような事しないよ」

 

私は良い友人に恵まれたらしい。みんなの気持ちも考えると、私がいつまでも気にしていても仕方がないのかもしれない。

 

「ありがとう。だがまぁ、それはそれとして今の冗談は、私にしては上手くできたと思うのだがどうだろうか」

 

納沙さんからあまり冗談が上手くないと言うような評価をもらっている身だが、今回の冗談は渾身の出来だと自負している。ただ言ったのが私なのが不味かっただけで、他の人が言えば笑ってもらえると思った。

 

「笑える笑えないで言えば、笑えないですね」

 

どうやら私の冗談のセンスは壊滅的に悪いらしい。渾身の出来だと思っても、この評価だ。

 

「こ、これは冗談は冗談でも、ブラックジョークってやつじゃないかな。大声で笑うって言うより、クスリと笑うと言うか……」

 

なるほど、ブラックジョークか。知床さんの言うとおりなもしれないな。自分がもし言われたとして、笑うかと問われれば笑わないし、もし笑ったとしてもそれは鼻で笑うくらいのものだろう。

 

「そもそもこう言う冗談はブルーマーメイドである私達が言ったところで、変な雰囲気になるのはわかりきった事でしょ」

 

「そうですよ。ブラックジョークって言うのは、当人以外が当事者を馬鹿にして言うものですよ。当事者が言ったところでそれはただの自嘲でしかないんじゃないでしょうか」

 

「それもそうだな。すまない、忘れてくれ」

 

やはり冗談というのは難しい。冗談ではなく大真面目で聞いた事の方が冗談だと笑われたりする。根が真面目なんだと好意的に捉えられる事もあるが、場合によっては場の空気を壊すことにつながる。

私は艦長だ。場を和ませるつもりで言った冗談が、その場の空気を凍らせ(ふね)の士気を下げることにつながると最悪だ。

 

「……冗談とは難しいな」

 

「そんな難しく考えることないと思うけどねぇ」

 

「だが艦長としては、乗員をリラックスさせる言葉の一つや二つ言えた方がいいだろう」

 

「それは人によると思いますよ。しろちゃんはしろちゃんなりの方法で乗員をリラックスさせればいいと思いますよ」

 

私なりの方法か。一体どんな事をすればリラックスできるのだろうか。

 

「そんな事よりしろちゃん。保安即応艦隊が磯風の分断に成功したみたいですよ」

 

「わかった。うきぐもにも連絡して、所定の行動を開始するぞ」

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