宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

28 / 30
瀬のわきは渦

学生艦隊の鎮圧は、みくらが損傷した以外は怖くなるくらいに順調だった。早々に磯風の鎮圧に成功すると、涼月、五十鈴を特に被害をなく鎮圧した。

 

「いよいよ武蔵の鎮圧か……」

 

予定よりも少し早く、今の時刻は十六時(ヒトロクマルマル)を少し過ぎたくらいだ。これなら晴風も今日中に鎮圧できるかもしれない。

 

「保安即応艦隊、みやけの能村艦長から合流して武蔵と晴風を分断するのに協力して欲しいとの事です」

 

「わかった」

 

残るのは武蔵と晴風、もう私達が別行動する必要はない。能村先輩の要請は当然のものだった。なんなら、何も言われずともこちらから合流を打診しようと思っていたくらいだ。

 

「それと、うきぐもには分断した晴風の監視、可能ならば鎮圧をして欲しいとのことです」

 

「当然だな。あの(ふね)の武装で、武蔵と戦ってくれとは言えない」

 

うきぐもにはまともな武装はない。速力面でも三十ノットでないくらいで、現在ブルーマーメイドで使われている航洋艦では遅い方の(ふね)だ。晴風の監視は長期間する事はできないだろうし、鎮圧などもってのほかだろう。

 

「放水銃は、武蔵にこそ有効な気がしますけどね」

 

「五十鈴や涼月、磯風に対しては使う暇がなくて正確な効果がわからない。武蔵に有効だと判断するのは早計だろう」

 

甲板が広い武蔵なら、艦内から誘き出せれば放水銃でかなりの数の生徒を無力化できるだろう。もっとも、それは近づく際の武蔵からの猛攻を耐え切ればの話だ。中、遠距離では46センチ砲、近くでは速射砲が猛威を振るう。接舷してしまえば俯角が取れないから問題ないが、それをするまでが大変だ。

 

「そもそも外に出る事のできる生徒がどれくらいいるのかって話でもあるしね。いくら近づけても武蔵の航行に必要な人員と、保安即応艦隊とか遠くにいる艦隊に対する攻撃とかを考えたら、接舷して乗り込んだPRDTに対抗するために甲板に出られる数はそんなに多くなさそうだよね」

 

「西崎さんの言うとおりだな。おそらく、どんなに多く見積もっても十人と言ったところだろう」

 

艦橋からは副長、後は主計科は全員いけるだろう。後は応急長とかも対応に回るとしても、やはり十人くらいだろう。

 

「大半を自動化してるからとは言え、外部からの侵入者に弱い事は学生艦の弱点だな」

 

「学生艦と言うよりは、ブルーマーメイド全体の弱点ですね。ブルーマーメイドが航洋艦クラスの艦艇数を大幅に増やせている理由でもありますけど、これって本来のブルーマーメイドの役割対象を考えればあまり良くはないですよね」

 

「海賊やテロリストは、基本的には漁船みたいな小さな船しか使わないからな。航洋艦クラスの(ふね)で十分だ。しかし、それも数が増えると時には直接乗り込まれて、艦内での白兵戦に持ち込まれたりもする」

 

警備救難部の増強に伴い、それらの被害は昨年と比べて減っている。しかし増強された警備救難部の艦艇はできる限り人数を切り詰めているから、小型船舶による接舷を前提とした飽和攻撃に対しては弱い。元々そのような攻撃に弱かったのは事実だが、警備救難部の増強には私のような海上勤務の経験が少ない人も多くかき集めいてる。おそらく以前と比べたら格段に弱くなっているだろう。

 

「ブルーマーメイド全体の数が増えればいいんでしょうけど、それだと質が下がってしまいますからね」

 

ブルーマーメイドは高い実力によって海の平和を守っている。その実力を捨てて、人数を増やすと言う選択はなかなかできるものではない。

 

「そ、そろそろ武蔵が目視できる距離になるよ。みんな警戒しないと……」

 

知床さんの声に、私達は我に返った。そうだ、今はあの武蔵との戦いを前にしている大一番。こんなに和やかに談笑している暇などない。

 

「いよいよか……」

 

既に保安即応艦隊は武蔵と晴風を分断すべく行動を開始している。武蔵側面から三隻が、晴風には一隻が攻撃しているようだった。

 

「保安即応艦隊は現在、こうづが晴風を抑え、残りの三隻が武蔵を分断するための作戦行動に出ているようです。晴雪は武蔵への攻撃に参加しながら、可能ならPRDTを使って鎮圧して欲しいとのことです」

 

「なかなか難しい事を言ってくれるな」

 

武蔵に対する攻撃は、ともすれば晴雪自身が撃沈されかねない危険を伴うものだ。それをしながら武蔵の鎮圧も担当しろとは、無茶を言ってくれる。

 

「それだけ信頼されてるって事ですよ」

 

「……嬉しすぎて涙がでそうだ」

 

晴雪みたいな旧型の航洋艦が、保安即応艦隊の最新の航洋艦と同等か、それ以上の評価とは。

 

「できれば、精鋭揃いの保安即応艦隊に頑張ってもらいたいですね」

 

「まったくだ。保安即応艦隊は晴雪よりもはやく、武装も多いからな」

 

「こう言う任務だと、速度が早い事は有利だもんね。避けるのも遅いより速い方が避けやすいし」

 

武蔵が最大二十七ノット、晴雪が三十ノットと最大船速にそれほど大きな差はない。武蔵が早すぎるのか、それとも晴雪が航洋艦なのに遅すぎるのか。判断に迷うところだ。

知床さんの言うように、避ける事に関しては早いに越したことはないが、中でも特に相手との相対速度が重要だ。いくら早い(ふね)でも、相手の方が早ければ意味がない。その点、辛うじて武蔵の最大速度を上回っているのはいい事だが、ほんの少しでも損傷し、浸水でもしようものならすぐに速度差は縮まるだろう。

 

「まずは晴風と武蔵を分断する必要があるな」

 

伊良子さん達を送り込もうにも、晴風が近くにいては妨害を受ける事になる。まず最初にするべき事はこの二隻の分断だ。

 

「気はのらないが、武蔵と晴風を分断しにかかるぞ。晴風の右舷側に砲撃しろ。絶対に当てるなよ」

 

「難しいなぁ。私は砲撃に関しては専門じゃないから、ひかりちゃん頼んだよ!」

 

「任せて! 晴風砲術長直伝の砲術で、晴風には傷一つつけないから!!」

 

晴風砲術長直伝の砲術を、晴風に対して行うことになんとも言えない気持ちになるが、気にしても仕方ないだろう。

 

「うちーかたはじめ!」

 

私達は晴風と武蔵に対して正面から切り込む形になっている。側面に保安即応艦隊がいるおかげで、そちらの対応にいくらか火力を割かなければならない。だから私達に対する攻撃はそれほど激しいものではなかった。

 

「意外と砲撃が少ないな」

 

「武蔵は主砲を全部保安即応艦隊に向けてるし、晴風は全ての主砲が連動するからね。一基だけをこっちに向けるとかできないんだよ」

 

武蔵からの砲撃が副砲からしかないのは保安即応艦隊のお陰で、晴風から抵抗がないのは自動化の弊害だった。晴風の主砲運用員は三人。その三人が主砲の回転、砲身の角度調整等を一手に担う。当然、わざわざ全部の主砲を別々に操作する余裕などない。全ての主砲がある程度連動して動くようになっている。

ある程度と言うのは、前部にある第一砲塔と後部にある第二、第三砲塔とでは物理的に絶対に狙うことができない角度があるためだ。

 

「晴風がこうづの方が脅威だと思っている今がチャンスだな」

 

私達に対する阻止攻撃が殆どない今なら、晴雪で直接接舷、乗り込むことも可能かもしれない。

 

「最大船速! この気を逃さず一気に武蔵を鎮圧するぞ!!」

 

「それは危険じゃないですか!?」

 

「そんな事は百も承知だ。だがここで武蔵を素早く鎮圧できれば、晴風を鎮圧する余裕も生まれる」

 

「ですが、晴風そのものの脅威度は高くありません。ここで逃すことになっても、大きな影響はないと思います」

 

晴風自体の脅威が大きくないのは間違いない。だが、私にはここで晴風を逃したくない理由があった。

 

「鎮圧できていない学生艦は比叡、名取、時津風、舞風、明石の五隻だ。明石はともかく、残りの四隻に艦隊を組まれると厄介な事になる。そこに晴風が合流するとまた同じ数の艦隊を相手にする事になる。そのリスクを避ける為にも、一隻でも多く数を減らしておきたい」

 

武蔵がいない分、戦力は下がるがそれでも十分な脅威だ。できれば相手したくはない。

 

「たしかに、また同じような艦隊を相手にはしたくないですね」

 

「晴風一隻がいないだけで、そんなに大きく変わるとは思えないが、それでもいない方が多少はマシだろう」

 

「そうですね。三隻が比叡を護衛するのと、四隻が護衛するのだと前者の方が相手するのが楽なのは間違いありませんね」

 

比叡に辿り着くまでに引き剥がさなければならない(ふね)の数が三隻と四隻とでは大きく違う。鎮圧にかかる時間も変わってくるし、今ここで晴風を鎮圧できるのならしてしまいたい。

 

「楽しそうな会話してるところ悪いけど、晴風が本腰入れてこっちを狙って来たよ」

 

「なに?」

 

西崎さんの言葉に、双眼鏡で晴風を見ると主砲がこちらを向いていた。

 

「こうづを放置するのか!?」

 

それは無謀だ。なんの妨害もなければ、晴風を鎮圧する事ができるくらいの戦力をこうづは持っている。

困惑して、思わず叫んだその時だった。こうづから艦橋を越える高さの水柱が立ち上がった。

 

「こうづ、被雷しました!!」

 

心配の言葉より先に、私は命令を下していた。

 

「取舵一杯! 全速待避!!」

 

こうづが晴風を抑えていたのに、それがなくなったと言う事は私達が晴風を相手しなければならないと言う事だ。それ自体に大きな問題はないが今はあまりにも状態が悪すぎた。

 

「こうづの乗組員の救助はしないんですか!?」

 

「こんな場所で晴風と武蔵を同時に相手にはできない! 救助活動なんてもってのほかだ!!」

 

こうづ乗組員が心配な気持ちは理解できる。だがだからと言って今救助活動などできない。

 

「今一番危険なのは私達なんだぞ!」

 

武蔵は全主砲で保安即応艦隊に応戦しているが、それは過剰と言える。本来なら主砲を一基くらい晴雪にに向けてもいいはずだった。それをしないからチャンスと見て私は突撃を決意した訳だが、戦況に大きな変化があった今、私達に主砲が向けられないとも限らない。

 

「晴風がこうづから離れるように進路は取る。それで精一杯だ」

 

本来なら、取舵なんてしたくはなかった。晴雪の左舷前方には武蔵がいる。だけど面舵を切れば一時的にだが晴風の左舷側にいたこうづに近づくことになる。できればそれは避けたい。

 

「ふ、副長! 武蔵突っ込んでくるよ!!」

 

知床さんの焦っりを含んだ叫びに、武蔵を見るとたしかにこちらに向けて針路を取っていた。同時に、武蔵の第一砲塔がこちらに向けて指向している事に気が付いた。晴風に集中するあまり、武蔵の行動を見逃していた。船首が完全にこちらを向いているから、しばらく前から舵は切っていたのだろう。

 

「か、回避!」

 

「ど、どっちに!?」

 

まだ晴雪は反転できていない。この状態で一体どこにに逃げると言うのか。知床さんの疑問は当然だな。

 

「面……いや舵を戻せ!」

 

武蔵も晴風も晴雪が逃走すると考えて撃ってくるはずだ。ならここでそれを取りやめればもしかしたら……!

 

「武蔵及び晴風発砲しました!」

 

納沙さんの報告に、私は砲弾が外れる事を声に出さずに祈った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。