宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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交渉

晴雪を狙った砲撃は、幸運にも至近弾と言う結果で終わった。

 

「被害報告!」

 

晴風はともかく、武蔵の主砲は至近弾でも晴雪に損害を与える事ができる。今の一撃で電子機器に影響が不思議ではない。

 

「各部、以上ありません!」

 

晴風のような古い(ふね)なら伝声管を使って届けられる報告も、晴雪では納沙さんのタブレットに各部からの報告が集約され、異常がなければ納沙さんから報告がなされる。もし異常があれば艦橋に対して直接報告も来るし、伝声管から口々に異常なしの報告が来ていた晴風時代と比べたら、随分と静かになった。

 

「このまま一度離脱するぞ!」

 

「だけどそれだと保安即応艦隊が危険です!」

 

「今一番危険なのは私達だ! 武蔵と晴風、そのどちらかだけに相手を絞らないと袋叩きにされるぞ!!」

 

私達は今武蔵と晴風両方からの攻撃に晒されている。武蔵はともかく、晴風は速力的に引き離す事ができないから、このまま晴風との一対一に持ち込むしかない。

 

「私達が鎮圧しなければならないのは武蔵です。このまま離れるとそれができなくなりませんか!?」

 

「晴雪にはPRDTがいる。今沈んだら鎮圧のための部隊まで失う可能性がある」

 

もし仮に、晴雪にPRDTがいなければ逃げずに戦うと言う選択肢もあったかもしれない。だがRPDTは今回の事件を解決に導くための要だ。失うわけにはいかない。

 

「だけど、ここまで接近してたら無傷での離脱は難しくないかな」

 

「それは知床さんの腕次第、と言いたいところだが西崎さんの意見が正しいな」

 

私達は接近しすぎていた。晴風がこうづの方を脅威と見ていたから、この機に一気に武蔵を鎮圧しようとしたのが裏目に出た形だった。いや、いっその事、初志を貫徹するべきなんじゃないだろうか。今ここで離脱したら晴風はおろか、武蔵の鎮圧さえ危うくなる。ならいっその事、晴雪に対する被害は無視して武蔵へ特攻するのも一つの手かもしれない。残りの学生艦で厄介なのは比叡だけで、その比叡も保安即応艦隊で鎮圧は可能だろう。

 

「よし、再度反転して武蔵に向かうぞ」

 

「今度はさっきの比じゃない攻撃を受けることになります。それでも向かうんですか?」

 

「今ここが、この事件の天王山だ。危険を享受しなければ乗り越えることはできない」

 

もしここで武蔵を取り逃すことになれば、いつ再び鎮圧する機会が訪れるかわからない。いや、単に取り逃すだけなら問題はない。問題は他の学生艦と、特に比叡と合流される事だ。比叡単独、あるいは残りの学生艦と比叡だけなら保安即応艦隊を投入すればなんとかなるかもしれない。しかしそこに武蔵が加われば、日本のブルーマーメイドだけで鎮圧する事は不可能だろう。その時は、鎮圧ではなく撃沈という不本意な手段に出る事も考慮に入れなければならなくなる。

 

「晴風にはどう対処しますか?」

 

「能村先輩に、晴風に対応するために一隻貸して欲しいと伝えてくれ。了承を得られ次第、反転するぞ」

 

私の頼みを伝えられた能村先輩は、私と直接話がしたいと晴雪に通信を寄越した。

 

『単刀直入に言うと、ここら辺が引き際やと思うとるんよ』

 

引き際と言う言葉に私は驚いた。能村先輩らしくない、そう思ったからだ。

 

「武蔵の鎮圧を諦める。そう言う事ですか?」

 

『一旦は諦めて、戦力を集めてからもう一度挑む方がいいと思うんだわ」

 

気持ちがわからない訳じゃない。こうづが撃破され、私達の戦力はみくら、みやけ、はちじょう、晴雪の四隻になった。こうづ一隻の離脱はそれほど痛いものではないが、その離脱により晴風にフリーハンドが与えられた事が問題だった。

 

「一度撤退すると言っても、残存する四隻全てが無事に撤退できるとは思えません」

 

特に晴雪は武蔵と晴風両方から狙われる位置にいる。無事に撤退できない(ふね)の筆頭だ。

 

『だけどこのまま戦闘を継続しても、全滅する可能性が高いだら』

 

「晴風を無視して武蔵の鎮圧に全力を注ぐんです。晴風に邪魔されるようなら対応する戦力を抽出する必要がありますが」

 

『武蔵の鎮圧には、私達が全滅するだけの価値があると思うとるん?』

 

武蔵の鎮圧にどれだけの価値があるのか。短期的に見ると、今日本の領海を荒らしまわっているRATt感染艦最大の(ふね)を鎮圧する事は事件解決に向けて大きく前進するだろう。だが、私達が全滅したらブルーマーメイドは新たな戦力を捻出しなければならなくなる。宗谷派の不祥事で使える戦力が少ないのに全滅した私たちと同等の戦力を捻出することは困難を極めるだろう。

 

「能村先輩らしくありませんね。たしかに私達が全滅する可能性は否定できません。それと同時に私達がこれ以上の被害を受ける事なく、鎮圧する事ができる可能性も否定できないはずです。既に武蔵の副砲は半分が使用不能になっているようですし、ここで撤退してしまってはそれも修理されるかもしれません」

 

能村先輩に通信を送る前に知った事だが、保安即応艦隊は思いの外武蔵に大きな損害を与えていた。右舷側の副砲全てと、後部甲板にある副砲の合計三基を使用不能にしていた。

 

「今なら上手くいけば武蔵を鎮圧できます。いや、もしかしたら今を逃したらここまでの好機はもう二度とかないかもしれません」

 

これは紛れもないチャンスだ。みくら、みやけ、はちじょうと晴雪に被害はない。懸念材料は晴雪の位置と、晴風くらいのものだ。それさえどうにかなれば勝算は十分ある。

 

『武蔵の弱点をつくには、晴雪の位置が問題じゃんね。それはどうするつもりなん?』

 

「艦隊の運用において野村先輩達、保安即応艦隊の右に出るものはいません。上手く武蔵を誘導できませんか?」

 

『できんとは言わんよ。けど、今の状態やと成功するかどうかわからんよ。それに、仮にうまく行ってたとしても、武蔵を鎮圧できずに終わる可能性もあるんだわ』

 

「可能性が少しでもあるならそれで十分です。私達が晴風を抑え込みますから、うまく武蔵の右舷を晴雪に見せてください」

 

副砲が殆どない右舷側からなら晴雪で接舷することも可能だろう。

 

『無茶言ってくれるわ。流石は晴風の元副長やね』

 

しばらくの沈黙の後、小さなため息と共にそんな声が聞こえた。

 

『宗谷艦長の提案を、保安即応艦隊は受け入れるだら』

 

「ありがとうございます!」

 

『まだ話は終わっとらんよ! 作戦を実行するにあたって一つ条件があるんだら』

 

やろうとしている事が、ともすれば全滅もあり得るだけに責任の所在を明らかにしておくとかだろうか。だとすればこれを提案したのは私だ。もし失敗しても、能村先輩のせいではない。

 

「失敗した時の責任の所在でしたら、当然私にあります。もし、保安即応艦隊が全滅するような事があっても、野村先輩に責任はありません」

 

『馬鹿にしやんといて、最初からそんな事気にしとらんよ。それにもし、保安即応艦隊に被害が出たらそれは私の指揮が酷かっただけの話で宗谷艦長の責任じゃないんだわ』

 

予想外の事に、能村先輩の言う条件は責任の所在についてではなかった。どうやら先輩は私が思っていたよりもずっと大きな器の持ち主らしい。

 

『こちらからの条件は一つ。作戦の成否はこちらで判断させて欲しいってことだら』

 

「作戦の成否?」

 

「簡単に言うなら失敗したと判断したらこちらの判断で撤退の指示を出すから、それに従って欲しいって事なんだわ」

 

本来なら、私達に明確な上下関係はない。同じ作戦に従事しているが、保安即応艦隊と警備救難部とでは指揮系統が違うからだ。

 

『宗谷艦長の事を信用してないわけじゃないけど、もっとも激しい戦闘を行うことになる晴雪だと戦場全体を見渡すのは不可能なんだわ。だから撤退の判断はこっちで下させて欲しいんだら』

 

確かに、晴雪は砲弾の雨に晒されるような大激戦を戦うことになるだろう。戦場全体を見渡してくれる人がいるのはありがたい。

 

「願ってもない事です。よろしくお願いします」

 

『じゃあ、武蔵を狙いの位置に移動できたら連絡するだら』

 

保安即応艦隊の協力は取り付けた。これで晴風に集中できる。

 

「反転するぞ! まずは晴風を抑え込む!!」

 

「PRDTを出しますか?」

 

主目的は武蔵だ。ここで伊良子さん達を投入したら武蔵の鎮圧に支障が出るかもしれない。いや、案外今使ってしまった方がいいのだろうか。晴風の鎮圧に伊良子さん達を使っても、武蔵の鎮圧には残りの艦隊全てが投入できるから数としては十分だ。

 

「よし、チャンスがあれば牽制の意味も込めて伊良子さん達には出撃してもらう」

 

「準備するように伝えますね」

 

伊良子さん達が晴風を鎮圧すれば、武蔵と晴風を同時に相手にする必要なんてなくなる。もっとも、私達の目的が晴風を抑える事で鎮圧する事ではないから、晴風が本格的な隙を見せない限りは出撃する事はないだろう。

 

「晴風はできる限り武蔵から遠ざけるようにしたいな」

 

PRDTで鎮圧するにしろ、しないにしろ晴風は武蔵から遠ざけなければならない。PRDTが乗り込んだ晴風に武蔵が砲撃する可能性だってゼロとは言えないのだから。

 

「晴風の方が速いですし、仮に遠ざけれても私達が保安即応艦隊と合流するよりも先に武蔵と合流されますよ」

 

「……私自身気乗りはしないし、上の指示も破ることになるが、晴風に直接攻撃を加えようと思う」

 

「撃っていいの!?」

 

攻撃という言葉に反応して西崎さんが顔を輝かせたが、事はそう簡単じゃない。

 

「上からは直接攻撃は控えるようにって通達がありましたよね。もし撃てば、しろちゃんは後で処分される事になりますよ」

 

「わかっている。だがそうしなければ、武蔵を止める事は難しい」

 

私だって好き好んで晴風を撃ちたいわけではない。だけど晴風をどうにかしない限り、武蔵を鎮圧する事はできない。

 

「主砲を撃ち抜く分には、晴風乗員に対しては被害が無いはずだ」

 

主砲そのものに、人は入っていない。あれの操作は全て射撃指揮所で行われるから乗員に傷を負わせずに無力化できるはずだ。

 

「主砲を吹き飛ばして、晴風の攻撃手段を魚雷だけにするって事ですか?」

 

魚雷だけなら簡単に避ける事ができるし、上手くいけば機関部に影響が出て速力が落ちるかも知れない。

 

「難しいなぁ。けどやってみるよ!」

 

「よろしく頼む。と言っても、保安即応艦隊が武蔵を上手く誘導するまでだからどれくらいの時間があるから分からないがな」

 

もしかしたら、三十分もかからずに武蔵を誘導してしまうかもしれない。そうなれば、流石に晴風を鎮圧する時間的な余裕はない。

 

「いくら保安即応艦隊とは言え、そんなにすぐ武蔵を誘導できるとは思えません」

 

「そうだな。だが備えておく必要はあるだろう。うきぐもを近くに呼び寄せるのと、後納沙さんは保安即応艦隊の動きに注意して、もし武蔵鎮圧に取り掛かる必要がでそうなら教えてくれ」

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