宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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晴風

「晴風、魚雷発射体制に入りました」

 

「知床さん回避を」

 

晴風との戦闘は思いの外、難しいものだった。RATtに感染した以上、それほど複雑な行動はできないだろう。それは、艦隊をいとも簡単に分断できた事から間違いないと思っていた。

だけど晴風は、武蔵から遠く離れることはせず、私達が引き離そうとすると武蔵の援護に戻り、逆に私達が晴風を引き離すべく近づくと魚雷や主砲を撃つそぶりを見せた。想像よりもずっと複雑な行動を晴風はしていた。

 

「晴風、魚雷発射しませんでした」

 

「またか……」

 

主砲は撃ってくるが、魚雷に関してはまったく撃ってこない。撃つそぶりは見せてくるけど、実際にそれを撃つことはない。もう魚雷がないのかとも思ったが、双眼鏡で発射管を覗き見ると、そこからは魚雷の頭がのぞいている。

 

「魚雷発射管に何か不具合が発生したんでしょうか」

 

「まだこっちは一発も晴風に命中弾を与えられてないんだぞ。なのにどうして魚雷発射管が故障するんだ」

 

本来は禁じられていたが、やむを得ないとして私は晴風に対しての直接的な攻撃を命令している。だけど今のところ、命中弾を得られていないから晴風の魚雷発射管が不具合を起こすとは考えにくい。

 

「RATtの影響で壊れたりは……」

 

「するわけ無いだろう。あれはRATtの影響を受けるような電子機器じゃない」

 

鳥海の時もそうだったが、今回のRATt事件では前回ではしなかった動きが多々見られる。晴風だと、武蔵を中心として艦隊を組んだ事がそれだ。

 

「そもそも、今回のウィルスは本当にRATtウィルスなのか?」

 

かつてのRATtウィルスは、艦隊を組む事なんてしなかった。武蔵を本土に近づける為に他の学生艦が領海外に向かっていた、と言うのも理由の一つだったと思う。だからと言ってそれで全ての説明がつくかと言えばそうではない。

 

「前回の事件では、RATtは明確に人口が多い場所に向かおうとしていた。その上で、感染すれば被害が最大化するように複数隻で同じ場所に向かうような事はしなかったんだろう。だが今回はどうだ。その行動からは、RATtウィルスと言うものを増殖させようとする動きは見られていない」

 

今回の事件、RATtウィルスに感染した学生艦には明確な目的地が内容だった。陸地を目指しているにしては、針路が太平洋の中心を目指していたり、人口密集地ではない島を目指していたりと、前回ほど明確な行動が見られない。

 

「もしかしたらしろちゃんの言うとおり、前回のウィルスと今回のウィルスは別物なのかもしれません。ですけど、それになんの問題があるんですか?」

 

なんの問題があるのか。考えられる問題はいくつかあるが、一番の問題は今回のRATt事件も前回同様人為的に起こされたのではないか、と言う事だ。

研究施設に保管されていたウィルスが変異、それが外に流出ないしは人為的に流出させたた可能性は、前回の事件が人為的に起こされたものだった事から十分ありえる話だ。では今回の事件の犯人が誰なのかと言われると返答に困る。宗谷派か、それ以外かのどちらかなのだろうが……。

 

「今の私達がしなければならない事は、今回のRATt事件の原因を究明することじゃありませんよ。晴風含むRATtに感染した学生艦の鎮圧です。犯人探しは全部が終わってからにしませんか?」

 

「そうだよ! 副長は高い場所から命令するだけだから暇かもしれないけど、りんちゃんは晴風の猛攻を凌ぐのに忙しいし、私はりんちゃんの操艦に合わせて攻撃指示しないといけないしでめちゃくちゃ忙しいんだよ!! 少しは手伝ってよ!!」

 

「す、すまない」

 

晴雪は見た目は旧式の(ふね)だが、中身はかなり高度に自動化してある。航海長と砲雷長が優秀なら、艦長の私がこうやって雑談に興じるくらいにはやる事がなくなる。

 

「晴風の動きはどうだ」

 

「さっきから変わらず、同じ動きを繰り返してるよ」

 

「……知床さんはどう思う?」

 

西崎さんの言うように、私も晴風の動きは把握しているから変化がないように見える事は把握している。いくら暇だからと言って、晴風の動きから目を逸らすことは無い。あまり認めたい事ではないが、私も西崎さんも同じ砲雷科出身とあって、相手の動きから見て取れるものは得てして同じものになりがちだ。だけど、晴雪の副長である知床さんは違う。彼女は航海科出身だ。おそらく、私達とは違う意見が出るのではないだろうか。

 

「い、一番最初の時と比べて、位置関係に変化が出ていると思う」

 

「位置関係と言うと学生艦隊とのか?」

 

「保安即応艦隊と晴雪……かな?」

 

「当初は武蔵と晴風にわって入るように、それ以降は晴風を引き離すために、学生艦隊とを間に挟んで対角線上に位置するように行動しているが……」

 

晴雪と保安即応艦隊は両脇から学生艦隊を包囲するような形をとっているはずだ。たしかに当初の位置関係とは違うが、気にする事ではないと思う。

 

「少しづつですが、晴雪が艦隊から遅れているように見えますね」

 

私の疑問に答えるように、納沙さんが今回の戦闘経過をタブレットに表示させて差し出してきた。

それを見ると、保安即応艦隊、学生艦隊、晴雪と真っ直ぐ横に並んでいたのが時間経過と共に少しずつだが晴雪の位置が艦隊から置いていかれそうになっている。

 

「晴雪は武蔵よりも早い。艦隊の速度が武蔵を基準として考える以上、これはおかしくないか?」

 

「晴風の魚雷を回避しようと回避行動をする度に、少しずつ晴雪は遅れて行っています。対して晴風は柳原さんのおかげで他の陽炎型よりも強力な機関を持っていますから追いつくのは比較的容易です。晴風側がそれをいかして晴雪を艦隊から落伍させようとしているのではないでしょうか」

 

「RATtにそんな高度な作戦を取る事ができるのか?」

 

「それは分かりませんけど、RATtは感染者の性格を狂暴なものに変えるいわば狂犬病みたいなものです。感染者が優秀なら、できるんじゃないでしょうか」

 

厳密には狂犬病とは色々と性質が異なるし、狂暴な性格に変えるだけがウィルスの症状ではない。だけど人の性格を変えると言う点は共通しているし、RATtウィルスの研究は狂犬病の症例を参考にしたなんて噂もある。まるっきり別物と言うわけではないのかもしれない。

 

「差し当たって問題なのは、このままなんの対策もせずにいてはこちらが分断されかねないと言う事だな」

 

今RATtの性質がどんなものか考えたところで現状が変わるわけではない。そんな事よりも、晴雪が引き離される現状をどうにかするのが先だろう。

 

「この際、晴風が晴雪を艦隊から引き離そうとする動きを利用したらどうかな」

 

「利用すると言っても、具体的にどうするんだ。引き離す動きに呼応して離れても、晴風の方が早いから一方的に分断される事になるぞ」

 

西崎さんと同じ事を考えなかったわけではない。しかし晴風の方が早い以上、分断される事になるのはこちらだ。

 

「晴風の動きに応じて伊良子さん達に鎮圧してもらうのはどうでしょうか」

 

「だがそれだと、武蔵の鎮圧に使える戦力に不安が残る。できれば伊良子さん達には武蔵の鎮圧を担当してもらいたい」

 

小型の晴風と違い、大型の武蔵の鎮圧は困難な事が予想される。あの広い艦内の小部屋にでも潜んで奇襲を受ければ、訓練を受けていない部隊でなけれは被害を受けるだろう。

 

「だ、だけど晴風をどうにかしないと武蔵の鎮圧ができないよ?」

 

武蔵を鎮圧しようにもあまりにも晴風が邪魔だ。常に私達と武蔵の間に入り、強引な突破を許さない。

 

「一つだけ、隙はあると思う」

 

問題は一歩間違えれば晴雪が沈みかねないと言う事だろうか。

 

「晴風が魚雷を発射しようとする時は、こっちが晴風を切り離すべく動いた後だ。具体的には晴風が武蔵の近くに戻るため、反転しようとしたのを追撃しようと晴雪も反転し始めた直後のタイミング。いつもはそこで、反点を取りやめて回避行動に移るが、これが艦隊から晴雪が離されつつある原因だ」

 

魚雷の回避は大きく舵を切る必要があるから、その分距離のロスが発生する。これを取り止めればロスは無くなり、逆に魚雷を撃とうと側面を見せた晴風が一方的な不利を得る事になる。

 

「回避行動をせず、そのまま晴風に向かって直進。可能なら晴風を避けて武蔵に突っ込む」

 

これには晴風と晴雪の距離が重要になる。遠すぎては晴風が体制を立て直すし、近すぎては魚雷を発射しようとせず主砲だけで応戦するだろう。

 

「今まで晴風は魚雷を撃ってきていませんけど、もし撃ってきたらどうしますか?」

 

「知床さん、どのくらいの距離離れていたら魚雷を避ける事ができる?」

 

「晴風が確実に撃った後にって事だよね?」

 

今までは晴風の予備動作から判断して回避行動をしていたが、今回は確実に撃つのを確認するまではそれをしない。必然的に予備動作を察知して回避行動するよりも、回避行動の開始は遅くなる。

 

「多分、一キロくらいだと思う」

 

「正気か?」

 

正直、もっと遠くからでないと避けられないのではないかと思っていた。だから知床さんの返答に思わず正気かと聞き返してしまった。

 

「予備動作である程度、次にする動きは予想がつくからいけると思う」

 

不安がないと言えば嘘になる。もし失敗すれば、晴雪の防御力では魚雷一発で沈むからだ。だけど、知床さんができると言うのなら信じるしかないだろう。それが艦長と言うものだし、何より私の知る限り一番(ふね)の操艦が上手い知床さんが言うんだ。間違いはないだろう。

 

「晴風の動きはどうだ?」

 

「まもなく武蔵と合流します」

 

武蔵と合流して保安即応艦隊に攻撃させるわけにはいかない。合流する前に、もう一度分断しなければならない。

 

「西崎さん、頼む」

 

合流を防ぐために、晴雪ぎ武蔵と晴風の間に主砲を打ち込むと、晴風は再びこちらに向かって舵を切った。

 

「これが、最後のチャンスだと思うべきだろうな」

 

即座に今までと同じように反転し、晴風を武蔵から引き離しながら思わず一人ごちた。晴風を引き離そうと行動を開始してもう随分と時間がたった。間も無く、日は落ちるし能村先輩達もそう長くは戦闘を続けられないだろう。この一回で決めなければ、おそらく次のチャンスは明日以降になる。いや、もしも武蔵達を見失うようなことになれば、次のチャンスは明日どころか下手をすれば一週間以上先になってしまうだろう。

 

「晴風に命中弾は与えられないのか?」

 

晴雪の後部甲板に主砲は搭載されていないから、撃てるチャンスはそう多くないとは言え、そろそろ命中弾を出したいところだ。

 

「晴雪も晴風も動きが複雑すぎるから難しいよ。せめてもう少し速度を落とすか、回避行動を控えめにしてくれないかな」

 

小笠原さんのリクエストには答えたいが、それは無理な話だった。速度を落とせば、晴風は容易に晴雪に追いつくだろうし、回避行動を控えめにすれば晴風の砲弾が命中しかねない。小笠原さんには現状で頑張ってもらうしかない。

 

「次に晴風が魚雷を撃つ為に横腹を見せた時が、主砲を当てる最後のチャンスになるだろうな」

 

当たれば晴風は確実に突破できる。だが当たらなければ武蔵鎮圧時に晴風の横槍が入る事は間違いない。

 

「晴風、反転しました!」

 

運命の時は来た。この作戦を終わらせる為にもこのチャンスは物にしなければならない。

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