それと居酒屋船はれかぜでのリンちゃんの役職の配属時期に関して少し変更をしています。
警備救難部に異動する二日前、下書きをした報告書が前回の報告書と殆ど変わっていなくて私は焦りを覚えていた。
「これ提出したら怒られますよね」
納沙さんが恐る恐るそう言った。
「怒られはしないだろうけど……」
「もしかして何も言わずに左遷されるんですか?
それだと怖いですね〜」
納沙さんは冗談っぽく言っているがありえない話ではない。私の前任者も今回の私みたいに私が一年生の時の競闘遊戯会で起こった海賊事件、その再調査を命じられた。そして今の私と同じように一度目の再調査で納得しなかった知名二監に再々調査を命じられて殆ど同じ報告書を提出した結果、総務部の資料管理室に飛ばされることになった。
これが報告書の件と直接関係があったと明言されたわけでは無いけど状況的にまず間違いないだろう。
「いやそもそも警備救難部への異動が決まっているのに左遷とかないだろ」
部下でもない人間を左遷できるほど知名二監の権力は大きくないはずだ。
「もしかしたら今にも沈みそうなボロ船をあてがわれるのかもしれませんよ」
ありえない話ではないが……。
「私の記憶にある限り納沙さんがいうようなボロボロの船は警備救難部には無いはずだ」
「つまんないですね〜」
他人事のように納沙さんがそう言った。
「納沙さんはそんなにボロボロの船に乗りたかったのか?」
「私は新しい船がいいですね。シロちゃんはボロボロの船で頑張ってください」
どうやら一人だけで新しい船に逃げるつもりのようだが、そうは問屋はおろさない。
「言っておくがもしそうなったらどんな手を使ってでも一緒の船に乗ってもらうからな」
同じ部署で働いているのに一人だけいい思いなんかさせてたまるもんか。真冬姉さんに頭を下げてでも同じ船に配属させてやる。
「シロちゃん、そんなに私と一緒にいたいんですか?それならそうと言ってくださいよ!」
嫌がらせのつもりで言ったのにどうやら納沙さんには逆効果だったみたいだ。
普通に喜ばれるのは面白く無いからさっさと話題を変えることにした。
「そんな事より頼んでいたことは調べてくれたか?」
納沙さんには海洋医大などの専門機関から提出されているラットの生態についてより詳しく調べてもらっていた。とはいえ当時の捜査資料を読んだ感じではラットそのものの生態は直接事件と関わるものはなかったようだから調査に進展があるとはとても思えないが……。
「はい。知っての通りラットは基本的に普通のネズミと変わらない生態をしています。ただ繁殖してきた場所が沈んだ実験艦と特殊だったせいか全部同じ遺伝子を引き継いでいるみたいです」
「どう言う事だ?」
「沈没した実験艦の中で繁殖したから多かれ少なかれ血の繋がりがあるみたいですね。だから個体によっては血が濃すぎて障害を持った個体もいました」
「晴風以外の艦に数の違いとかはあったのか?」
「艦にもよりますが少ない艦だと五匹から、多い艦だと二十六匹のラットが捕獲されていますね」
「やっぱり大型艦が多いのか?」
「はい、そうですね。一番多かったのが武蔵で次が……シュペー、比叡の順番で多かったみたいです。その下は摩耶、鳥海と順当に大きな船が続いていますね」
比叡の方がシュペーよりも大きいがどちらも戦艦だし誤差の範囲だろう。
「小型艦に比べて食料になる物も多いだろうから、繁殖もしやすかっただろうし当然だな」
「いえ、繁殖はしていないと思いますよ」
「そうなのか?」
そんなにたくさんの数がいて繁殖していないわけがないと思うが。
「捕獲されたラットは全部オスでかつ同じ成長具合だったみたいですよ」
「原因は判明しているのか?」
オスだけで繁殖できるはずがないのに、メスがいないとはどういうことなのだろうか。
「恐らくダママランドデバネズミみたいに真社会性を持っていて一部の若いオスが偵察や食料集めをするような生態なのではないかと書いていますね。だから実験艦のどこかに巣があってメスはその中にいたんじゃないかって専門家は推測しています。まぁ、生態サンプルがオスしかいないので詳しいことは分からなかったみたいですけど」
「実験艦からメスを探し出したりはしなかったのか?」
ダママランドデバネズミってなんだとは思ったがすんでのところでそれを聞くのを我慢した。前にも同じようなことがあって尋ねたら意気揚々と数分間にわたって喋り続けてきたからこれがツッコミ待ちだと言うことはわかっているからだ。
その証拠に納沙さんはどこか不満げな表情をしている。
「コストとワクチンができていた事から自沈した実験艦を引き上げてまで調べる価値はないと判断したみたいですね。一部の生物学者は引き上げたかったみたいですけど」
「そうか。まぁ直接ラット事件には関係はなさそうだな」
ラットではなくラットが保有するウィルスが起こした問題なのだからラットのことを調べたところで何かわかるはずがないのはわかりきっていたことだった。けど一縷の望みをかけて調べてみたがやっぱり意味はなかったようだ。
「そうですね。けどそうなると同じ報告書になっちゃいますけどどうしますか?」
それは不味いが特に変わった点が見つからないからどうにもならない。
「特に不審な点があるわけでもないからな」
「そうですねぇ。武蔵以外の各艦、殆ど同じ時間に感染したましたから猿島経由で感染したことは間違い無いでしょうね」
「……そうだな」
本当にそうだろか?何かを見逃している気がしてならない。
「いや、そもそもどうして猿島から他の艦に感染しているんだ?」
猿島から感染するには接舷するなり内火艇で猿島に行くならしなければならないが当時はそんな予定ではなく無線で知らせるだけだった気がするのだが。
「どうしてって到着の報告をするために各艦の艦長が内火艇で猿島に行ったからじゃないですか」
「そんな予定だったか? 私の記憶が正しければ無線で知らせるだけだった気がするんだが」
「えっと……そうですね、当初はシロちゃんの言う通り無線で済ませる予定でしたけど、晴風が遅れて時間があることからシュペー以外の艦に対して訓練の一環で内火艇を降ろして猿島へ来るように古庄教官が指示したみたいです。
艦長と内火艇の操縦員、それと艦橋要員から副長以外で一人を猿島に送って西之島沖での訓練で使う用具の取扱説明を受けたみたいですね」
私の問いかけに納沙さんが当時の資料から教育予定表のデータをタブレットで検索すると言った。
「それなら武蔵とシュペーが変だな。感染経路がわからない。もしかしたらドイツがなんらかの方法で実験艦からラットを取り出してシュペーと武蔵に対してあらかじめラットを仕掛けていたんじゃないか?」
突拍子もない考えだがそうでもないとシュペーと武蔵の感染に対する説明ができない。
「武蔵はともかくとしてシュペーに仕掛ける必要ってありますか?」
「テア艦長は確か父親が海軍大将、母親も世界的に有名なブルーマーメイド。対してビスマルク艦長のベロナ二監も代々海軍やブルーマーメイドの重鎮を輩出してきた名門だ。権力闘争に子供が巻き込まれたとかそんなところじゃないか?」
「権力闘争って……どこの国も変わりませんねぇ」
「そう決まったわけじゃないけどな。けど日本ブルーマーメイドはそんなに酷くないからいいじゃないか」
私がそう言うと納沙さんが信じられるようなものを見る目で見て言った。
「シロちゃん、それ本気で言ってます?」
「本気って日本ブルーマーメイドに権力闘争とかないじゃないか」
そう言うと納沙さんは深いため息をついた。
「シロちゃんそう言うのには疎そうだとは思ったましたけどそこまでだったなんて……」
呆れた様子の納沙さんにムッとなって思わず言い返した。
「別に全く知らないわけじゃない。大半のブルーマーメイド隊員が真冬姉さんがリーダーのいわゆる宗谷派に所属していてそれ以外は立場を表明していないか、数人から十数人程度からなる反宗谷派と言われるいくつかのグループに所属しているんだろ。
まぁ宗谷派の力が強すぎるから反宗谷派といっても無いようなものだし概ね一つに纏まっているといっていいんじゃないか?」
自分で言うのもなんだが私だって日本ブルーマーメイドの名門宗谷家の人間だ。いくら派閥とかがあまり好きじゃなくても最低限のことは知っている。私自身は特に立場を表明していない中立の立場のつもりだがが宗谷家の人間だから宗谷派に近いとみられているはずだ。
「シロちゃん……情報が一年くらい古いです」
呆れを通り越してもはや憐れんだような目をしてそう言った。
「古いってそんなにすぐ大きく変わるとは思えないんだが……」
「たしかに地方支部局は変わっていませんけど本部はすごく変わりましたよ。今本部の部長級ポストのうち宗谷派が持っているのはたったの三つですよ。それでも変わっていないといえますか?」
総務部、警備救難部、海洋情報部、交通部、装備技術部、情報調査室、保安即応艦隊、主席監察官の八つが日本ブルーマーメイドの横須賀本部における部長級ポストだ。一年前までその全てを宗谷派が持っていた。
「そんなバカな。今の部長はこの間退職した装備技術部以外一年前から変わってないはずだぞ」
六月に装備技術部長が退職して今は河野三監が部長代理を務めている。近々二監に昇進して部長に任命されるともっぱらの噂だ。
「いいですかシロちゃん。まず去年の初めに艦長が警備救難部長に、知名二監が情報調査室室長になりましたよね」
「ああ」
「その時岬さん達ははまだ宗谷派でした。けどそれから約一ヶ月後!
突如として総務部長阿部亜澄、保安即応艦隊司令長官千葉沙千帆、情報調査室室長知名もえか、そして我らが艦長岬明乃の四名が中心となって突如宗谷派に反旗を翻したんですよ!!!
競闘遊戯会の時起きた海賊事件を経験した四人が起こした事件だから海賊世代の乱とかラット事件の時学生だったことからとって第二次ラット事件とか呼ばれてますね」
海賊世代の乱も第二次ラット事件はネーミングセンスがなさすぎると思うがそれよりも。
「納沙さん顔が近い」
「あ、すみません」
興奮して段々と近づいてくる納沙さんの顔に我慢ができずにそう言うと元の位置に顔が戻った。
「それが去年の話です。で、今年の五月にになってその派閥が三つに再度分裂したんですよ。
一つ目が阿部二監をトップに舞鶴校出身者が中心の派閥で阿部派とか舞鶴派とか言われています。
二つ目が千葉二監をトップに佐世保校出身者が中心の派閥で千葉派とか佐世保派とか呼ばれてますね。
三つ目は艦長と知名二監の二人をトップに横須賀校出身者が中心の派閥で知名岬派とか横須賀派とか呼ばれてますね」
「へーそうなのか。知らなかったな」
「結構話題になったのに知らないとかシロちゃんもしかして友達少ないんですか?」
「少ないわけではないが……。いやあれは友達ではないか」
言われてみるとブルーマーメイドの人間で友達と呼べるような人は案外少ないかもしれない。入った当初、近づいてくるのは基本宗谷派の人間か私に取り入って姉さん達に近づこうとしているような人だったからまともに友達を作ろうとしなかったと言うのもあるが。
「改めて考えると確かにブルーマーメイドで友達と言える人は少ないかもしれないな。
けど友達は納沙さん達がいるからそれで十分だ」
「シロちゃん……!」
何故か納沙さんが感極まったような顔をしているがそれを無視して尋ねた。
「納沙さんは派閥に入っているのか?」
「私は入ってませんね。こういうのは外側からみて楽しむのがいいんですよ」
納沙さんらしいと言えばらしいがあまり趣味がいいとは言えないな。
「他の晴風メンバーはどうなんだ?」
「大学卒業したばかりの子が多いですからあんまりいませんね。
マロンちゃんが知名岬派って明言していてその関係でクロちゃんとか機関科の四人組、それと杵崎姉妹なんかもマロンちゃんと一緒に知名岬派に入ったみたいですね。
ちなみに課長は千葉派のNo.2ですよ」
「柳原さんが派閥に入るのは意外だな。そういうのはあまり好きじゃなさそうなのに」
派閥みたいな小細工じみた事はあまり好きそうなタイプではないはずだ。
「そうですね。けど派閥が分裂した日の会合にもいたみたいですし多分かなり初期の段階で所属してるんじゃないでしょうか?」
「会合とかあるんだな」
真冬姉さんも会合とかしているのだろうか。
「はい。ちなみにこれは居酒屋はれかぜで行われた事からはれかぜの別れなんて言われてます」
「本当にそう呼ばれているのか?さっきの海賊世代の乱もそうだがネーミングがダサいというかセンスがない気がするんだが」
あまり積極的に使いたくないとは思えない呼び名だからこれが使われているとは信じ難い。
「はれかぜの別れは今作りましたけどそれ以外は本当ですよ」
納沙さんは自信あったんですけどねなんて嘯いた。
「そうか。まぁ今はそんなことより目の前の報告書だ。ないとは思うが本当にボロボロの船をあてがわれないとも限らないし武蔵とシュペーのことを中心にラットウィルスの感染源が猿島に限らないということを中心に書こう」
「それ別の意味で怒られませんか?」
たしかにさっき言ったみたいにドイツが仕組んだと言うのは突拍子もなくてに外交問題に発展しかねない報告書になってしまう。
「わかってる。だから誰が仕組んだとかはあえて明言せずに資料不足で武蔵とシュペーについては感染源の特定ができなかったことにしよう」
「いいんですか?」
「いいんですかも何もドイツが仕組んだって証拠はどこにもないじゃないか。だから何も問題はないさ」
自分で言ったことではあるが正直この推測自体に確信は持てないし知名二監が納得するかもわからない。だけど証拠となる資料がない以上は真相はわからないんだから仕方がないと私は自分に言い聞かせることでその考えに蓋をした。
海賊世代の乱とか第二次ラット事件とか本当はもっとかっこいい感じにしたかったのに全く思いつかなくてこんなセンスのない名前になってしまいました。一日二日かけて考えた結果この名前になりました。
それとダママランドデバネズミよりも多分ハダカデバネズミの方が真社会性を持つ哺乳類としては有名な気がしますがこっちを使ったのは一応理由があります。これ書くときにはじめはハダカデバネズミを使おうとして生態が間違ってないか一応調べたら同じような生態を持つダママランドデバネズミが出てきたんでこっちの方がなんかココちゃんっぽいかなと思ってこっちにしました。
最近ココちゃんらしい言動を知るために仁義のない感じの映画を見るべきか真剣に悩み始めてます。