宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

5 / 17
随分と遅れましたけど第5話投稿です。
次回はもっと遅れると思います。進捗状況は活動報告に書くことにします。


猫船

学生艦と違いブルマーメイド艦の艦橋には艦橋要員の為に座席が設けられている。長時間立って仕事をすることが多かったことから椅子を設置してほしいという要望がブルーマーメイド全体から出ていたことが原因だった。艦大きさによっては艦長だけしかない場合もあるが、幸いこの艦は艦橋要員全員分の椅子があった。

席に近づくとすぐにいつもと様子が違う事に気がついた。タブレットとかは椅子の脇についているポケットの中に入れていて座席に物を置く習慣は無かったのに何故か今日は艦長席に茶トラ模様の毛玉が転がっていた。

 

「ぬ」

 

突然毛玉が動いたかと思うと奇妙な鳴き声をあげた。

 

「な、なんでお前がここに…!」

 

思わず私は一歩後退り言った。そこにいたのは学生時代に散々な目に合わされたせいで未だに苦手意識がなくならない猫、五十六だった。

 

「なんでって艦長なんだから艦長席にいるのは当然じゃないですか」

 

私の疑問に艦橋に入ってきた納沙さんが答えた。

 

「何を言っている、艦長は私だろ!」

 

「またまた〜シロちゃん冗談きついですよ。五十六艦長のマヨネーズになるって言ってたじゃないですか〜」

 

そんなこと言った覚えはないしそもそもブルーマーメイドの正規艦の艦長に猫が就任するなんていう非常識なことあるはずがない。

 

「そんなわけあるか!」

 

「はいはい。冗談はいいですから早く今日の仕事始めますよ」

 

「ぬぉん」

 

いつの間にかブルーマーメイドの制帽を被っていた五十六が同意するかのように鳴き声を上げた。

 

「ほら五十六艦長もこう言ってますよ」

 

「ただの鳴き声じゃないか!」

 

納沙さんはふざけてるのだろうか?

 

「ぬん!」

 

「鳴き声とかふざけた事言ってるから艦長も怒っていますよ」

 

訳が分からなくて思わず天を仰いだ。

 

「二人とも席につかないの?」

 

艦橋に入ってきた西崎さんが不思議そうに尋ねてきた。できれば西崎さんだけでもまともであって欲しいが…。

 

「ぬ!ぬん!」

 

「なるほどなるほど。鳴き声なんて暴言を艦長に吐くのはダメでしょ」

 

私の期待は裏切られ西崎さんもやはりおかしくなっているみたいだった。それとも私がおかしいのだろうか?そう思うと立っていられなくなり目の前が真っ暗になった。

 

「…と言う夢を見たせいで今朝からどうも気分が悪いんだ」

 

私が艦長を務める船を探して埠頭を歩きながら今朝見た悪夢の話を納沙さんにため息混じりに話した。

 

「昨日はれかぜで随分と飲んでましたからてっきり二日酔いだと思ってましたけどそういうことだったんですね」

 

「起きた時不安になって思わず本当に夢だったのか任命書を確認したよ」

 

安心してこの歳になって思わず泣きそうになってしまった。正直二日酔いの方がまだマシだ。

 

「あっ、あれが私達の船じゃないですか?」

 

納沙さんが指さす先には弁天を思わせる真っ黒な船体に白色でBPF138と書かれた晴雪(はれゆき)があった。日本からタイ王国海軍に輸出していたはつゆき型航洋艦でタイ王国海軍ではコックという艦名だった。それを今年の始めに舞鶴女子海洋学校が買い取り学生艦として利用しようとしたのを約一ヶ月前に海上治安維持法第十一条2項によりブルーマーメイドが接収し改装したのがこの晴雪だった。

これで学生の頃、岬さんとした約束を七年越しに達成することができたわけだけど岬さんは覚えてくれているだろうか。

 

「そうみたいだな」

 

艦の名前や武装、その経緯といったものは聞いていたけど実物を見るのは今日が初めてだった。まさか弁天みたいに真っ暗だとは思っていなかったから少し驚いた。真冬姉さんの差金だろうか?

 

「そういえば船員名簿、知り合いばっかりでしたね」

 

納沙さんがふと思い出したように言った。

 

「そうだな。それに上から下まで横須賀出身者しかいなかったな」

 

「せっかくの海上勤務なのにこんなにも知り合いばっかりだと新鮮味がないですよね」

 

「別にいいじゃないか。新鮮味はなくてもその分意思疎通はしやすいだろ」

 

「いくらなんでも限度ってものがありませんか?」

 

納沙さんの言うこともわからなくはない。特に艦橋要員などは全員元晴風メンバーだから意思疎通がやりやすいなんてものじゃない。内訳としては副長兼航海長に知床さん、砲雷長は西崎さん、船務長は納沙さん、砲術長は小笠原さん、水雷長は姫路さん。西崎さんは今年度の人事で装備技術部に移動になったばかりなのにたった四ヶ月でまた異動することになった。

 

「ブルーマーメイドになって初めての海上勤務に気負う事がなくてむしろいいじゃないか」

 

「折角の海上勤務なら知り合いよりも知らない人との方が新しい友達とかもできて楽しくないですか?」

 

「友達作るの下手なのにか?」

 

「下手じゃないですよ!」

 

冤罪とはいえ反乱艦として一週間以上に渡ってブルーマーメイドから一緒に逃げ続けた仲間を友達だと思っていなかったのは誰だったのか。

晴風が沈んだ後、知床さんや伊良子さんに対して友達じゃないと言ったり友達になろうとしたりとよくわからない事をしていたのを知っている私からしたら友達を作るのが下手じゃないというのは俄には信じ難い事だ。

 

「はいはい。そんな事より慣熟航海の準備をするぞ。初日から予定に遅れるわけにはいかないからな」

 

「まだ集合時間まで30分くらいありますし準備しなくても良くないですか?」

 

「何言っているんだ!初めての航海なんだぞ。用心するに越したことはないじゃないか!」

 

「まだ乗組員が全然集まってませんよ」

 

そんなことを納沙さんと話しながら艦橋に入ると羅針盤の上に何やら茶トラ模様の毛玉があることに気付いた。

 

「な、何でお前がここに…」

 

「ぬん」

 

「わぁ、五十六久しぶりですね〜」

 

そう言って納沙さんが嬉しそう五十六の喉を撫でてやるとゴロゴロと気持ちよさそうな声を上げた。

 

「ぬ」

 

納沙さんが撫で終わると今度は私の方を向いて鳴き声を上げて近づいてきた。

 

「ひっ!く、来るなっととと」

 

思わず私は後ずさると足が絡まって尻餅をついてしまった。

 

「いたた」

 

「シロちゃん大丈夫ですか?」

 

納沙さんが心配して声をかけてくるのに答えようとした瞬間、五十六が変な鳴き声をあげて胸元に飛び込んできた。

 

「ぬん!」

 

「ごはぁ!」

 

控えめに言っても軽いとは言えないその体を受け止めることができずに私は情けない声を上げて仰向けに倒れた。

 

「ぬ」

 

私の胸の上になった五十六はペロリと私の頬を撫でるとそのまま艦橋から出て行った。

 

「な、何なんだあいつは…」

 

「シロちゃん五十六に懐かれてますよね」

 

「懐かれてるだと!?あれのどこが懐かれているっていうんだ!」

 

見当違いなことを言う納沙さんに思わず声を荒げた。

 

「えー、だってあんな風に飛びつくのシロちゃんだけしかしませんよ」

 

「いい迷惑だ!」 

 

多聞丸ならともかくあんなのに飛びつかれても嬉しくも何ともない。

 

「贅沢な悩みですねぇ」

 

「出港までにあいつを追い出してやる!」

 

昔は艦長が許可していたから許していたけど今は私が艦長だ。前みたいに行くと思うなよ。

 

「集合時間までには帰ってきてくださいね〜」

 

そう言って見送る納沙さんの声を背に私は艦橋から出て五十六を探し始めた。

 

◇◆◇

「すまない遅れた」

 

結局五十六を捕まえることは叶わず艦橋に少し遅れて着くことになってしまった。

 

「帽子が歪んでいます。あと肩に葉っぱがついてますよ」

 

納沙さんに指摘されて私は慌てて帽子の歪みを直し肩についている葉っぱをとった。

 

「ありがとう」

 

「どうして葉っぱなんか肩につくんですか」

 

納沙さんが呆れたようにため息を吐いた。

 

「普通に艦内を探し回っただけなんだけどな」

 

本当どうして葉っぱがついていたのだろう。

 

「出港準備はできているか?」

 

「副長、じゃなくて艦長が五十六と遊んでいる間に全部終わってるよ」

 

「別に遊んでたわけじゃない。ただ艦長の私の許可なく乗り込んだ五十六を追い出そうとしただけだ」

 

揶揄うように言った西崎さんに思わず強い口調で言い返した。

 

「で、追い出せたの?」

 

「ダメだった」

 

「だろうね。五十六ってあんなに太ってるのに動きは早いからね」

 

「そ、そろそろ出港の時間なんだけど…」

 

「もうそんな時間か」

 

知床さんが遠慮がちに言ってきたことで我に帰り、私は艦長席に座った。

 

「前部員錨鎖詰め方」

 

錨が巻き上げられ旗が上がったのを確認して号令を出した。

 

「晴雪出港!」

 

私の号令と共にラッパ手が出港ラッパを吹き艦が前進を始めた。

 

「航海長操艦。両舷前進原速、赤黒なし。針路40度」

 

「頂きました航海長。両舷前進原速、赤黒なし。針路40度」

 

航海長の知床さんに操艦を委ねた私は座席の背もたれに体を預け大きく息を吐いた。

 

「お疲れ様です」

 

そう言って納沙さんが紙コップに入ったお茶を手渡してきた。

 

「ありがとう」

 

「緊張しましたか?」

 

「ああ。学生時代岬さんが操艦するのを散々見てきたから簡単だと思ってたんだけどな」

 

もしかしたら岬さんも緊張していたのだろうか?

 

「少し休みますか?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

学生でさえこれくらい軽くやってのけるのにブルーマーメイドの私がこの程度で疲れたなんて言えるわけがない。

 

「あまり根を詰めないでくださいね。まだまだ航海は始まったばかりなんですから」

 

「わかってるさ」

 

そう、まだまだ航海は始まったばかりなんだ。この程度で疲れてなんていられない。

学生の頃と違って海難事故とかも増えているからこの航海中に事故現場に遭う可能性だってある。その時には私自身が指揮を取るんだからきっともっと疲れるし緊張もするだろう。適度な緊張感を持ちながら無事この航海をやり遂げようと私は密かに気合を入れ直した。




やっぱりはいふりには五十六がいないとですよね。
ちなみに多聞丸はお家でお留守番です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。