宗谷ましろのブルーマーメイド勤務録   作:鉄玉

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新しい乗員

晴雪の艦長になってから三ヶ月も経てば流石に艦長業務にも慣れてきた。それは他のメンバーも同じようで晴風に乗っていた頃のようにスムーズに行動できるようになっていた。

 

「まさかこの(ふね)太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)が乗り込む事になるなんてな」

 

太平洋即応機動部隊(Pacific Rapid Deployment Team)、通称PRDTは弁天以外には常駐しておらず(おか)で訓練を行っている。今回新たに作られた第八小隊が私達の晴雪に乗り込む事が伝えられたのはつい先日のことだった。

 

「通達を見た時にはビックリしたよね」

 

「岬さんから私達への一斉メールを見た時には何事かと思ったが、とんだサプライズもあったものだな」

 

私がこの晴雪艦長になってしばらくしてふと疑問に思った事があった。それは晴雪が他の艦艇と比べて通信設備や乗員の居住区が大きく取られていて無駄なスペースが多かった事だ。

その分を武装やスキッパーの整備スペースに回せばより多くの個人スペースが取れたことは想像に難くない。私が晴雪になっていて感じた最大の不満だったがおそらく元々PRDTを乗せるつもりでこうしていたのだろう。

 

「メンバーについては到着してからのお楽しみって、学生時代の艦長みたいでちょっと嬉しかったよ」

 

知床さんはおそらく艦長の指揮する晴風の乗員の中で一番イキイキとしていたと思う。だからこんなにも嬉しそうなのだろう。

 

「艦長らしかったが私はむしろ学生時代に戻ったみたいで心臓に悪い。あの人の行動にはいつも驚かされてばっかりだったからな」

 

「とか言ってシロちゃんも嬉しかったんですよね。口角が上がってますよ」

 

「う、うるさい!」

 

気恥ずかしくて思わず怒鳴ってしまったけど確かに少し嬉しかったのは事実だ。だけど同時に何をやるつもりだと鼓動が速くなって心臓が痛かった。

 

「誰が来るのかな?」

 

「タマが来てくれないかな〜」

 

小笠原さんの疑問に西崎さんが願望を述べたけど入ったばかりの立石さんがこんなに早く移動する事になるとは考えずらい。

 

「私が手に入れた情報だと第八小隊って三ヶ月前に設立されたらしいんです。だけどそのメンバーはどうやっても分からなかったんですよ。PRDT内で移動がないかと調べたんですけど特になかったみたいですし……」

 

そう言った後に納沙さんはため息を吐いて「まぁ、移動を隠されていたら私じゃ調べようがないんですけどね」と付け加えた。あの部隊は対海賊、対テロを主任務としている関係上そう言った悪人連中に狙われる事もある。大きな作戦前などは現メンバーが誰で、どこ所属なのか秘匿される事はよくある。納沙さんが調査したところでわからないのは無理もない。

 

「みかんちゃんも昔はPRDT所属だったんだよね……」

 

姫路さんの呟きに艦橋は沈んだ空気に包まれた。

伊良子さんは私達が閉店を知ってから今日までずっと連絡が取れずにいる。他にも手当たり次第に知ってそうな人に所在を聞いたけど誰もがみんな知らないと答えたから伊良子さん完全に行方不明になっていた。伊良子さんはPRDTの隊長の打診があるくらいの実力者だし、何かあったとは考えにくいけど連絡が取れないと言うのはみんなを不安にさせた。

普段なら一番不安になりそうな岬さんは、こちらからの連絡に返事が返ってこないからもしかしたら居場所を知っているのかもしれない。あの人が晴風メンバーが行方不明になっていると聞いてじっとしていられるわけがないのだから。

 

「無事だといいんですけどね」

 

「今日乗船予定のPRDTの人にみかんちゃんの居場所知らないか聞いてみる?」

 

「それはいい考えですね!」

 

「いい考えではあるが知ってるとは限らないだろう」

 

「シロちゃんそう言うところですよ」

 

「副長昔からそう言うとこあるよね」

 

艦橋が言えない空気に包まれた。新橋商店街船に向かう時にも経験した記憶があるが、おそらく私の発言が不適切だったのだろう。

 

「すまない」

 

「まぁ、シロちゃんですからね」

 

皆呆れた様子ではあるが起こった様子ではない。一体何が悪いのかよく分からないが学生時代からこう言う反応をされる事は多々あったし、今更と言う事なんだろう。

そんなふうにPRDTについて話しているとその隊員達と装備を積んだ車列が埠頭に到着したと連絡があった。

 

「PRDTの隊長さんが艦長に乗船許可を求めています」

 

「許可すると伝えてくれ。それと西崎さん。案内に出向いてくれるか?」

 

「了解。行ってくるよ」

 

PRDTの隊長は私と同じ一等安全保安監督正だ。ある程度の役職についている人物でなければ礼を失する事になる。

本来なら副長の知床さんを向かわせたかったが彼女は航海長だ。下手に艦橋を離れさせるわけにはいかない。消去法で今一番暇そうにしている西崎さんに頼む事にした。

 

暫くして積み込みが終わったと言う連絡と隊長達を挨拶のために連れてくると西崎さんから連絡があった。

 

「なんだかすごく動揺しているみたいでした」

 

艦内電話から耳を離した納沙さんは珍しく困惑した様子だった。

 

「動揺していた?」

 

「はい。後ろの方でなにか話していたみたいですけど、流石に小さすぎてよくわかりませんでした」

 

「そうか。まぁ西崎さんが帰ってきたら理由もわかるだろう」

 

そんなに大きな(ふね)じゃないしここに来るまで五分とかからない。西崎さんが動揺していた事が気がかりではあるが大きな問題があったのなら艦内電話で言っているはずだ。

特に気にすることなく西崎さんを待っていると階段を上がる足音が聞こえ西崎さんが戻ってきた。

 

「おかえり。そちらが太平洋即応機動部隊の……」

 

振り返った瞬間私は数分前の自分を殴りたくなった。西崎さんの後に続いて入ってきたのはPRDTが突入時にする武装をした三人の人物だった。

これだけなら驚くだけで済むけど問題はその人物が目出し帽を被って西崎さんの後頭部に拳銃を突きつけていた事だった。

 

「全員今すぐ動きを止めて手を頭の後ろに回してもらおうか」

 

目出し帽のせいでわからなかったがどうやら声からして女のようだった。

白昼堂々とブルーマーメイドの(ふね)にシージャックを仕掛けてくるなんて大した度胸だ。仕掛けられる側はたまったものじゃないが。

 

「どうした。早くしないとコイツの頭を撃ち抜くぞ」

 

すぐに動かない私達に女は苛立った様子を見せた。

 

「し、シロちゃん……」

 

一見すると人質をとっている側は有利に見える。だがそれは人質が生きていればと言う大前提のもとに成り立つ理論だ。もし仮にこの場面で西崎さんを撃てばこの三人は私達に制圧される事になる。いくら銃を持っていても狭い艦橋の中で私達全員を一度に相手取るのは不可能だからだ。

だから西崎さんを撃つ事ができない。だがこちらから仕掛けようにも西崎さんが人質になっているからそれはできない。結論から言えば今の状況は将棋で言う千日手*1、お互い打つ手がない状況だ。

 

「早くしろ!」

 

おそらくコイツらはPRDTのふりをして晴雪を乗っ取るつもりなんだろう。だが時間はこちらに有利に働く。この晴雪にPRDTが配備されるのは事実だ。それに乗じてコイツらはシージャックをしようとしたのだろうが、時間稼ぎをすれば自然と本物のPRDTが援軍として来る事になる。それはさっき私達の動きが鈍かった事に苛立った様子を見せた事からも明らかだ。

うまくいけばこいつらの後ろから不意打ちしてくれるかもしれないしここは時間を稼ぐべきだな。

 

「妙な真似を考えるなよ。あまり遅いようだとコイツを撃ち殺すぞ」

 

「か、艦長……」

 

西崎さんが怯えた様子でこちらを見てくる。

いくらブルーマーメイドとは言え銃を突きつけられる経験なんてした事ある人の方が少数、怯えるのは当然だ。これが万里小路さんあたりなら犯人の拘束を振り切って逆襲する事もできたのかもしれないが、残念な事に西崎さんはそれほど運動神経が言い訳じゃない。

 

「西崎さんに手を出すな!」

 

「なら大人しく両手を頭の後ろに回せ。さもなくばコイツの命はない」

 

映画の中でしか聞かないような言葉だ。だけどそれがどれほど陳腐で信用ならないものなのか私はよく知っている。

 

「それでお前達が大人しく西崎さんを解放する保証がどこにある」

 

私達が降参したからと言って無事に西崎さんが解放されると言う保証はどこにもない。

それに私達まで制圧されたら私達が自力でこの状況を打破することが困難になりコイツらは行動の自由を得る。ブルーマーメイドとしてそれは認められない。

 

「……なるほど。オマエの艦長は随分と賢いようだ」

 

女は突きつけていた拳銃の銃口で西崎さんの頭を小突いた。きっと図星だったのだろう。相手が次の行動を考えている間にこちらは何か行動を起こさなくてはならない。

 

「だが一つ勘違いしている事がある」

 

コイツが無駄話をしている間になんとか西崎さんを取り返さなくてはならない。近くにいる知床さんと小笠原さんに視線を送ると私の意図を察知したようで覆面の女達に飛びかかれるよう位置取りを変えた。それと同時に視界の隅で他のメンバーも臨戦体制に入るのと西崎さんが覚悟を決めたように小さく頷いた。その目からは怯えの色は消え去っていた。

 

「私は最初に妙な真似は考えるなと、そう言ったはずだ。残念だがその報いを受けてもらわなければならない」

 

まさか、と言う思いの方が強かった。この場において武器はともかく人数は私達が上回っている。この人数なら人質がいなくなった時点で私達が彼女達を制圧できる。それは相手との共通認識であると私達は、いや私は思い込んでいた。

 

「い、西崎さん!」

 

女が引き金を引き発砲音が響くと同時に西崎さんがその場に崩れ落ちた。

誰もが息を呑んだがブルーマーメイドとしてのプライドが辛うじて悲鳴を上げさせなかった。

 

「言っただろう。妙な真似はするなと」

 

女はそう言いながら拳銃から弾倉を引き抜き新しいものと入れ替えた。

 

「ブルーマーメイドは油断できないからな。この人数差でこの狭さなら私達が撃たないとでも思っていたのかもしれないが……」

 

女が片手を上げるとそれが合図だったのだろう。両脇の二人が拳銃を構え直した。

 

「人は予想外の出来事に出会うと動きが鈍くなる。そしてそれが親しいものの生死に関われば尚更だ」

 

あまりにも現実味がなかった。だけど西崎さんの頭部から流れる赤い液体がこれが現実だと、私の判断ミスが彼女の命を奪ったのだと突きつけてきていた。

何が千日手だ。こっちば圧倒的に不利だったのに変な理屈を捏ねてさも互角の状態のように自分に言い聞かせるだなんて。艦長失格だな。

 

「貴女達は勇敢だった。だけど勇敢なだけじゃどうしようもない事もあるんだよ副長」

 

そう言うと同時に彼女達は引き金を引いた。

*1
お互い最善以外の手を指すと必ず悪くなるため同じ手が繰り返される事。

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