元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話 作:Artificial Line
/朝霞日夏
8月20日 18:45 深淵内部
瓦礫を蹴り上げ、夕暮れの廃墟の街を駆け抜ける。
全力疾走することは適わない地形であるが、これまでの訓練で悪路走破は身体に馴染んでいた。
「頼むから死んでるんじゃないぞ」
無意識に言葉が漏れ出す。焦燥感とほんの少しの恐れが胸中に溢れていた。
それは別に、自身が死にかけたからとか魔神に対する恐怖ではない。
ゼファーが既に死んでいるかもしれない事に対する恐れだ。
直後、背後から轟音が耳を劈く。
驚いて振り返れば、視界を埋め尽くすほどの閃光――雷が廃墟の街を焼いていた。
あれは恐らくオイフェミアの魔術だろう。とんでもない自然現象の再現だ。
再び駆け出す。
間に合え、間に合え――間に合え!
祈りとも叫びとも言えない感情のまま瓦礫の合間を駆け抜け、そこに辿り着いた。
鼻に感じられるのは濃厚な鉄の香り。ゼファーを隠した瓦礫の隙間からは、どす黒い血が漏れ出している。
「ゼファーッ!」
スライディングをしながら瓦礫の隙間へと飛び込んだ。
視界に入ってくるのは、全身から出血し肌が青白く変色しているゼファーの姿。
銃創周辺の血は凝固仕掛けており、最早液体というよりも粘液に近い。ひと目見て分かる大量出血。
脳裏に最悪がよぎるが、即座にバイタルを確認する。動脈――僅かだが脈動している。間に合った事に歓喜しつつ、ポケットに突っ込んであるオイフェミアから預かった品を取り出した。
見た目は純白の一角獣の角。オイフェミアの弁ではユニコーンの角とのことだが、どの様にこれを用いればいいのかを聞き忘れた。
《彼女の身体に角を当てて。傷をこの角で吸い出すことをイメージしなさい》
突然脳裏にこの角の使い方が浮かび上がってくる。どこかでみたアニメか何かの記憶とリンクしたのか?いや今はどうでもいい。
そのイメージに従い、ユニコーンの角をゼファーの身体に触れさせる。スポイトで液体を吸い上げるように、全身の傷を角に吸い上げようとする。
そうすればユニコーンの角が仄かに熱を帯び発光しだした。その温かな光はゼファーの身体を包みこみ、傷口がみるみるうちに塞がっていく。同時に、墨汁でも吸い上げたかのようにユニコーンの角が黒く変色していった。
十数秒のうちにその光は収まっていく。ゼファーの全身の傷は完全に塞がれ、僅かな痣となって残るのみだ。ただ肌の青白さが変わらないのを見るに、喪った血液まで再生する訳では無さそうである。
「――アサカ?」
ゼファーの瞼が開き、か細い声が聞こえた。その事に心底安堵する。
「良かった……」
思わず彼女の身体を優しく抱き抱えた。
薔薇と鉄が入り混じった香りが鼻腔をかすめ、ゼファーの生存を示す脈動が伝わってくる。
「え、ちょ、な、なに!?」
細い声のままだがゼファーの困惑した声が耳に入る。こんな状態でセクハラもなにも無いだろう。少しの包容の後に、彼女の身体を背中へと担ぎ上げる。
「や、やめ!一人で歩けるって!」
「バカヤロウ、極度の失血状態だ。取り敢えず移動するぞ」
僅かな抵抗は感じられたが、俺が言葉を返せばそれも鳴りを潜める。失血状態で冷えたはずのゼファーの身体から熱を感じた。
魔神とオイフェミアが戦っているはずの方向からは何の音も聞こえない。決着がついたのか?
――最悪の想定が脳裏によぎる。アドレナリンが引いて、思考がネガティブに引っ張られているようだ。
「あの魔神は……?」
ゼファーの声で思考を止めた。
「オイフェミアが救援に駆けつけてくれたんだ。今は彼女が相手をしてくれている」
「ほんとに?あー、ださいなぁ私。主に任された仕事を果たせないばかりか、また助けられちゃったのか」
言葉とは裏腹に、ゼファーの声色には羨望と安堵が含まれていた。
まるで幼子が英雄譚の感想を語るような口調。彼女はオイフェミアの敗北などという事は一切考えていないようだ。
俺のネガティブな思考も、その言葉によって吹き飛ばされる。そうだ、オイフェミアは可憐な少女だが、俺なんかよりも圧倒的な強者なのだ。そんな心配をするくらいなら、オイフェミアの邪魔にならないように退避することが先決だろう。
ゼファーを担いで、なるべく戦場から離れるように走り出す。
「アサカの怪我は?」
その言葉を受けて、自身の身体の状態を再度認識する。
いま負っているのは右肩口の銃創のみ。痛むのは間違いないが、痩せ我慢はいくらでも効く。
だが俺がこうして生きているのは、あの優しい陽だまりの様な光が治療をしてくれたおかげだ。あれは一体何だったのだろうか。
「ちょっと食らったが今は平気だ。まあぶっちゃけ死にかけたんだけど、全身の傷が治ったんだよ。ゼファーが治してくれたんじゃないのか?」
「……え?いや私は何もしていないよ。オイフェミア様が治療してくれたんじゃなくて?」
自分から言っておいてなんだが、想定通りの回答が返ってくる。あれだけ致命傷の傷を一瞬で修復できるなら、ゼファーは自身に対して使っていただろう。
とはいえ、オイフェミアが駆けつけてくれたタイミングを考えれば、彼女の手による治療とも考えづらい。
「いや――わからんが後で聞くしかないな」
人一人抱えて、この悪路を進むのはかなりの重労働だ。装備を身に着けているゼファーの体重は体感70kg近く、いまの体力状況では流石に重く感じる。いや女性に対してはあまりにも失礼な感想であるが。
そんな事を考えていれば、視界が突然歪みだした。
「はぁ!?なんだこりゃ!?」
思わず足を止め声を上げる。正確には視界が歪んだのではない。この世界全体が、不出来な粘土細工のように歪みだしている。
「
ゼファーの声に安堵する。良かった。これ以上意味不明な事態が始まっていればキレ散らかす所だった。
その瞬間、眼前に猛烈な何かの流れを感じる。まるで離陸前のヘリの横に立っているような強烈な感覚。咄嗟にゼファーを抱えたまま、左手で
「アサカ!ゼファー!良かったぁあ!」
だがその力の奔流から出現したのは、小麦畑の様な艶やかな金髪。
オイフェミアが表れ出たと同時に、こちらへと飛びついてきた。
流石に完全装備の女性2人分の体重は支えきれず、3人でその場に転がる。
「良かった!本当に良かったです!」
尻もちをつくような姿勢で地面へと転ぶことになったが、咄嗟にゼファーをかばうことには成功した。
オイフェミアはそのまま両手で俺とゼファーの顔を抱きしめながら、頬を擦り付けてくる。鼻腔に感じるのは薔薇と柑橘の香り。
「オイフェミア様!こんな無様を晒してしまい申し訳―」
「いや違うのです!私が悪いのです!」
美少女に頬ずりされるのは吝かではないが、現状それを堪能している場合ではないだろう。
オイフェミアの背中を軽く叩き、冷静に戻るように促す。
「落ち着いて!魔神はどうなった?」
俺がそう言葉を返せば、オイフェミアは慌てて身体を放す。自分のした行為に気がついたのか、みるみるうちに顔を紅潮させ、うつむきながら口を開いた。
「……私……その……すみません。魔神は
同時にオイフェミアの周りでなにかが揺らいだのを感じた。直後紅潮していた彼女の顔が元へと戻っていく。
しかし魔神を退けることに成功したのなら何よりだ。オイフェミアには感謝しかない。彼女が来てくれなければ、俺もゼファーも間違いなく死んでいた。
オイフェミアは真剣な表情に戻り、言葉を続ける。
「深淵の崩壊と同時に、異物である私たちは外へと弾き出されます。その時にしっかりと自認を持ってください。自分が自分であり、他の何者でもないと、しっかり認識してください。さもなければ、魔力として飽和する可能性がありますので」
「……怖すぎんだろ」
穏やかじゃない話だ。せっかく生き残ったのにそんな末路は御免被る。
言われた通り自分をしっかりと持つことを意識する。
「――来ます。2人とも、しっかり――」
オイフェミアの言葉が途中で途切れる。同時に俺の視界は白濁に飲み込まれ、意識が飽和していった。
/朝霞日夏
8月21日 07:12 ミスティア王国―貴賓街―アルムクヴィストの屋敷
鳥の囀りが耳に入る。瞼の向こうから温かな光が瞳を焼いている。
なんだ?どこだここは?
《相変わらず寝坊助ですね》
揺らぐ意識の奥で、懐かしい声が聞こえた気がした。
いまだ重い瞼を開けば、見知らぬ天井。瀟洒なヴェール――天蓋か?――の向こうには豪華なシャンデリアが存在している。
身体は柔らかい布団に包みこまれ、素肌に直接その質感を感じられた。
そして両腕から伝わってくるのは、心地の良い温もりと布団のものとは違う柔らかさ。そして柑橘と白百合の香り。
視線を動かす。左手側には金髪の絶世の美少女の寝顔。右手側には白髪のこれまた絶世の美少女の寝顔。ふむ、夢か。
再び微睡みに落ちそうになる意識に身を委ね――
《いい加減にしてください》
「ハァ!?」
飛び起きた。彼女たちの豊満な果実に包まれていた腕を引き抜く。
「アッ、ん―」
その果実の先端の突起に腕がこすれ、両者から甘い声が漏れ出る。
なんだこれどういう状況だ。
俺は豪華なキングサイズもかくやというベッドの上で、オイフェミアとベネディクテと共に全裸で同衾していた。
「――ん、んー。ん?ああ。おはよう、アサカ」
右手側の白髪の美少女、ベネディクテが瞼を開きながら、蕩けた目のまま声を上げる。
「あ。はい。おはようございます。じゃなくて!どういう状況これッ!?」
「病み上がりだ。そんな動くな。それにまだ早いだろう。もう一眠り共にどうだ?」
ベネディクテがその陶磁器の様な白肌を俺の身体に纏わりつけてくる。
馬鹿!やめろ!いまは不味い!男特有の朝、下半身に血流が集まるあれのせいで聖剣が抜錨されている!俺は未成年に手を出す趣味はない!例えミスティアの成人年齢が15だとしても!!日本国の倫理観が優先される!
ベネディクテの腕から逃れようと身体を後方に下げれば、手に感じる柔らかな感触。まさかと思い視線を向ければ、オイフェミアの双丘の上に上陸している。
「アッ、んん……アサカ?」
最悪なタイミングでお目覚めのようだ。寝ぼけた顔のまま、上目遣いでこちらを見上げてくる。
「んーふふ。私は――構いませんよ」
幼子のような無邪気な顔のまま、オイフェミアがその柔肌を擦り寄せてきた。豊かな双丘がこちらの腰に押し当てられ優しく変形する。全然だめだ、まだ夢の中にいるようだ。
現状は非常に不味い。如何に俺の年齢のストライクゾーンから外れるとはいえ、一糸まとわぬ姿の絶世の美少女2人に肌を重ねられるのは不味い。それに朝特有のあれのせいで、聖剣は抜錨済み。逮捕されるのは明白。
オイフェミアの双丘から逃れようと身体を動かせば、再びベネディクテにしっかりとホールドされる。
「ふふふ、可愛いな本当に。今にも食べてしまいたいくらいだ」
上半身を起こした俺の身体にピッタリと身体を寄せ、こちらの首元に熱い吐息を吐きかけてきた。そろそろ限界である。
「勘弁してくれ!俺はこんなことで捕まりたくないッ!」
絶叫と共にベッドから跳ね起きる。抜錨されきったこちらの聖剣がベネディクテの視界に入り――彼女が蕩けた笑みを浮かべた。
閑話休題。
なんとか収監は免れることができた。いやほぼアウトだったが。
現在はあれから10分後。俺達3人は粛々と身支度を進めている。
なるべく視界に2人が入らないように壁を向きながら、用意されていた服に着替える。どうやら元々着ていた礼服はボロ雑巾と化していたらしい。
「正直調子に乗りすぎた、許せ」
均衡を破ったのはベネディクテであった。
普段通りの冷静な声色で謝罪を口にする。
「いや謝る必要はないよ。こちらこそ朝からお目汚しすまん」
「なにをいう。立派なモノだったぞ。それを謝るならこちらこそだ。女の身体なぞ――いやアサカの世界では貞操が逆なのだったな」
彼女の言葉で改めてこの世界の貞操が逆転している事を実感した。
しかし自分のブツの感想を淡々と述べられるのは、なんとも違和感がある。
ベネディクテは続けて言葉を発する。
「なら正直な感想を聞きたい。私たちと同衾しての気分はどうだ?」
声色に含まれているのは多大な興味。
ここは正直に答えた方がいいだろう。思春期の性の失敗は、後の人生に引きずりかねない。
「まあそりゃあ?2人ともとんでもない美人だから、悪い気はしないさ。ただ俺の世界じゃまだ2人とも未成年なんだ。そんな娘に手を出したら、俺が社会的に抹殺される」
壁を向いたまま答える。これ以上の余罪を増やさない為のせめてもの抵抗だ。
「ふふふ。それは良かった。しかしそれなら気にすることはないぞ。ここはミスティア王国。この国の法律では、15から成人だ。それに保護されるのは男のみだ。つまり、お前が私たちと共に寝ても、我らの法的には何も問題はない」
「無茶言わないでくれ。29年の常識はそうそう崩せない」
頭で現状の法的には問題はないと理解しても、辛うじて残る倫理観がそれを許しそうにはない。
「……あの……アサカ。本当にごめんなさい……」
しおれたオイフェミアの声が聞こえた。本当に後悔している声色だ。こちらまで罪悪感が込み上げてくる。いやまあ実際罪悪感はあるのだが。
「気にしないでくれ。こちらこそ、その、なんだ。胸触ってしまってごめん」
「いや私は全然歓迎なのです!いや、え、あの、そうじゃなくて!とにかく問題はないのです!」
焦った声色で叫ぶオイフェミアに思わず吹き出す。すれば背後から彼女の恨めしい視線が背中を貫いている気がする。
「これはただのセクハラだが、アサカが望むのなら私たちはいつでも歓迎だぞ。お前のしたい様に我らを貪るといい――まあそうなれば私たちも同様だがな?」
捕食者の声色がベネディクテから発せられた。どこまで冗談なのか本気なのか判断がつかない。
「ベネディクテ!いい加減にしてください!これ以上恥の上塗りをしてどうするのですか!」
「ハハハ。すまんすまん」
丁度いいタイミングだろうと判断し、気になっていた事を質問する。
「一つ聞かせてほしいんだが、なんで俺と同衾していたんだ?別に嫌だった訳ではないんだが、なにか理由があるんだろ?」
「ああ無論ただの色欲で褥を共にしたわけではない」
「はい!はい!そのとおりです!あと着替え終わりました!」
食い気味なオイフェミアに再び吹き出しそうになる。ただそれはあまりにも彼女が可愛そうなので、表情筋に力を込めてこらえた。
振り返り彼女達の姿を視界へといれる。
2人はいつもの甲冑姿ではなく、平服らしきものを身にまとっていた。
オイフェミアは薄手のワンピースのようなドレス。ベネディクテはタイトな黒のパンツに白いブラウス。腰には刺剣をぶら下げて、長い白髪をポニーテールに纏めていた。
普段の装いとは異なるが、彼女達の美貌は寧ろ輝いて見える。それは脳裏に刻まれてしまった白肌が原因でもあるのだろうが。
「2人はなんでも似合うなぁ」
思わず言葉が漏れる。ベネディクテは愉快そうに笑い、オイフェミアは照れくさそうに視線を外した。
「ふふふ、ありがとう。さて、何故同衾していたかだったな。オイフェミア、説明を」
「あ、あ!はい!えーっと、簡単に言えばあれは儀式なのです。細かいことは省くのですが、アサカは深淵からの帰還後に魔力切れを起こして意識を失ってしまいました。魔力切れに対する対応は簡単で、魔力を供給し直せばいいだけです。つまり……その……」
オイフェミアが恥ずかしそうに俯いた。途切れた言葉をベネディクテが続ける。
「多量の魔力を持つ私たちと共に同衾すれば、回復が早くなるということだ」
「あー、なるほど。ありがとう。お陰で身体はすっかり好調だ」
そういえば、右肩口の傷も塞がっている。痕はすこし残っているが、今更傷が増えた程度変わりもしない。どうせ全身古傷まみれだ。
「裸だったのもなにも色欲目当てはないぞ。まあそれもないと言えば嘘になるがな?魔力は金属や布にも干渉する。直に肌を触れ合ったほうが、魔力伝達は効率的なのだ」
「……まあそれに関しても、こっちとしては寧ろ役得だったよ」
「ハハハ!それは良かった!どうだ、お前が望むのならいくらでも……」
ベネディクテの頭部に枕が命中する。それはオイフェミアがベッドから投げつけたものだった。
「いい加減にしなさいベネディクテ!」
ぽとりと落ちた枕を拾い上げながら、ベネディクテは悪びれもせずに笑う。
だが直後にその表情を真剣なものに切り替えた。
「それと、我らはアサカに謝らねばならない。すまなかった」
ベネディクテが深々と頭を下げる。それはオイフェミアも同様であり、悲痛な顔のまま頭を下げていた。
どういうことか困惑する。そして彼女たちは事のあらましを話してくれた。
「……つまり、俺とゼファーは囮だったと?」
こちらの言葉に対し、ベネディクテは真剣な表情のまま頷く。オイフェミアは泣き出しそうな顔で、しかしこちらの瞳から視線を逸らすことはしない。
2人が言うには、王国内部の裏切り者をあぶり出すために、俺とゼファーを利用したとのことだった。
オイフェミアとベネディクテは、俺の言葉の続きを待っている。その表情からは、どんな叱責罵倒を受ける覚悟が感じられた。
「そうなんだ。じゃあ作戦は一応成功したんだな」
あっけからんと言葉がでた。
俺からすれば、別にそれを聞いた所で怒るような事でもない。
軍において作戦情報の秘匿は日常茶飯事である。特に機密事項に多く触れる作戦では、与えられる情報が必要最低限なのは当たり前だ。
一介の兵士でしかない俺からすれば、彼女たちの判断は妥当に感じる。
「ん、な。怒らないのか?」
「別に怒るようなことでもないでしょ。まあそりゃあ、これでゼファーが死んでいたりしたら……待て、ゼファーは?」
自分で口にしたことで、ゼファーの安否に思考が及んだ。2人の様子からは慌てたものを感じられなかったので、今の今まで失念していた。
「え、えと。ゼファーなら問題ありません。流石に失血が酷かったようで今も寝ているでしょうが」
心の底から安堵する。胸を撫で下ろした。
「良かった。なら俺が怒ることは一つもないよ」
俺の言葉に2人は納得のいっていない表情を浮かべている。
とはいえこちらも本当に怒るようなことではない。
このままこの話を続けていても平行線をたどるだろう。話題を変えることにする。
「そういえばさ。あの魔神はなんだったんだ?」
オイフェミアは俯いていた顔をあげ、俺の顔を見た。そして口を開いてくれる。
「それは……私たちにも判別付きかねています。寧ろあの魔神については、アサカに聞きたい事があったのです」
「まあ確かに、銃を使っていたしな」
俺は2人に対して、魔神の所感を伝えていく。
第二次大戦期のドイツ軍の様な装い。ベルリンの様な深淵。こちらの何かしらを知っている様な口ぶり。それらをオイフェミアとベネディクテに伝わるように噛み砕いて説明を行う。
「ふむ。アサカの世界の過去の軍人の姿か」
「装いも合わせて、銃を用いていたとなれば、間違いなくアサカの世界をルーツとする魔神でしょうね」
「俺もそう思う。しかしあんな無限再生する生物はこちらの世界に存在していない」
「それは魔神化した際に得た能力だろうな」
「ですがあの魔神の再生能力は、他の魔神のものとは一線を画したものでした。加えて無数の死体を操り、それらに乗り移る能力。脅威度でいえば間違いなく逸脱者級でしょう」
逸脱者級。つまりはオイフェミアと同じレベルの強者。背筋に薄ら寒いものを感じた。序盤は向こうが本気ではなかったとはいえ、よくそんな相手に生きて帰れたものだ。オイフェミアにはやはり感謝しかない。
彼女は続けて口を開く。
「私の方から伝えることもあります。ベネディクテには既に話しましたが、あの魔神は"外なる脅威"がどうとかいっていました。アサカ、これについてなにか知っていることはありますか?」
「いや聞いたことはないな」
「ふむ……」
3人でしばし考え込む。だがあの魔神についての明確な答えはでそうもない。
「奴の情報に関してはこちらで継続調査を行うことにしよう。黒幕が魔神であった以上、フェリザリア内部の人員に関しては既に堕ちているだろうしな」
ベネディクテの言葉にオイフェミアが頷いた。
会話の切れ目。俺の中にあったもう一つの疑問点を質問することにする。
「オイフェミア。助けに来てくれたタイミングとか、その前で俺の傷を治療した?」
オイフェミアは少し真剣な表情になりつつも首を振る。
彼女でもないならば一体あれはなんだったのか。
これも迷宮入りか――そう思ったのだが、続けてオイフェミアが口を開く。
「……丁度よいタイミングなのでお話しします。ベネディクテも聞いて下さい」
ベネディクテも何のことかといった表情でオイフェミアを見つめていた。
「アサカ。あなたの中には
オイフェミアの言葉を受け呆気にとられた。俺の中に誰かがいる?
「待てオイフェミア、どういうことだ?」
ベネディクテが問い返す。
「そのままの意味です。私に匹敵する魔術師がアサカの中にいるのです」
「いやそんな訳は……」
思わず漏れた言葉に対し、オイフェミアの真剣な眼差しがこちらを貫いた。
しかしそんな実感は一切ない。
「……すまない。隠している訳ではないんだが、本当に実感がない。確かなのか?」
俺がそう返せば、オイフェミアは表情を変えずに頷く。
「私はアサカと出会った時に思考を覗き見たといいましたね?正確に言えばそれは部分的に見れただけなのです。あなたの中の
ベネディクテの顔に驚愕が浮かんだ。通常であればあり得ない事なのだろう。
「オイフェミアの魔術を
「その通りです」
ベネディクテはしばし考え込む。俺は困惑の最中にいた。
「……何故私にも隠していた?」
「その
「だがいまお前はその
「いえ、正確にはわかりません。ただ今回の一件を通して、明確にアサカを守ろうとしていることは理解できました。アサカの傷を治療したのもその
突飛な話に感じたが、合点がいく部分もあった。それは俺の悪運の強さである。
あまり本質的に運が良いほうだとは思わないのだが、生命の危機に関わる悪運の強さには自信があった。
「つまり俺に守護霊みたいなものが憑いていると?」
「ええ。心当たりは?」
顎に手を当てて考え込む。勿論だが、俺の元いた地球に魔術など存在していない。そういうのが空想上のものであることは、大人ならば誰でも理解していることだろう。
「……ないな。魔術とかを初めてみたのもこっちに来てからだし」
《……普段は勘がいいくせに、そういうところは昔から察しが悪いですよね。どんな気持ちであなたがボロ雑巾になっているところを見ていると?こちらの干渉には限界が――》
オイフェミアの顔をみる。こちらを見て、少し困ったような顔を浮かべていた。そしてその表情は、俺の言葉に向けられたものではなさそうである。何かあったのだろうか。
「あ、強いていうならばこれだな」
俺は懐から古びた御守りを取り出す。握ってみれば仄かに熱を帯びている様な気がした。
「……それをどこで?」
「よく覚えていないんだ。気がついたら持っていた。だが凄く大切なものな気がして、昔から身につけているんだ」
《大体こんな美女2人に囲まれて良い身分ですよね?どんな気持ちでこれを見ればいいと?見たくもない、あなたが他人に靡いている様子なんて。そもそも――》
「なるほど……。ちょっと機嫌が悪そうなので、またこの話は後日にしましょう……」
「いや待て、何を言っているオイフェミア。この機会に色々と話したほうが……」
オイフェミアがベネディクテの口を塞ぐ。随分と焦った表情だ。やはり何かを感じているのだろう。
だがその必死の表情をみるにこれ以上の詮索はしないほうが良いことは明白だった。
「後で!後でベネディクテには詳しく話しますので!いまは本当に黙っておいてください!とにかくその《誰か》は明確にアサカの味方です!私たちに対しても、アサカを害する事をしなければ味方でいてくれるでしょうから!ね!いまは本当に!」
ベネディクテは渋々といった表情で頷く。
これは俺に対しては説明してくれる気はなさそうだ。恐らくだが、俺当人が自分で気づくべき問題なのだろう。
「アサカはその御守りを肌身離さず持っていてください!他の人に渡したりしちゃだめですからね!本当にお願いします!」
気迫すらも感じるオイフェミアの表情に頷きを返す。
しかし不思議なこともあるものだ。
武力を除いた俺にそこまでの価値があるとは思えないが。
《…………》
「と、取り敢えず朝食にしましょう!それがいい!それがいいです!ゼファーも動けそうだったら彼女も誘って!ね!」
「確かに腹は減ったな。アサカ、要望などあるか?」
ベネディクテの言葉に対ししばし考える。正直いまは腹が膨れれば何でもありがたかった。
「食えればなんでもありがたいよ」
「了解した。では行こうか」
ベネディクテがこちらに手を差し出す。ドラマの中で、王子が姫を踊りに誘うような、思わず見惚れる所作だ。
その手をとり、エスコートを任せることにした。俺の常識からすれば、女性――それも歳下にエスコートされることなど考えてもいなかったことだが、郷に入っては郷に従えである。
「あ、そうだ。言い忘れていたことがあった」
ベネディクテが俺の瞳を覗き込みながら口を開く。
「おかえり、アサカ」
「――ああ、ただいま。ベネディクテ、オイフェミア」
オイフェミアも先程までの焦りを感じる表情から、はにかんだものに変わった。
そのまま美少女2人に手を取られ、俺は歩き出す。
異世界に来てまだ4日。怒涛の日々であったが、これでしばらく落ち着ける時間が取れると嬉しい。
彼女達に返すべき事は山積みだ。ともかく傭兵として恥じない活躍ができるように、色々と準備を行う必要があるだろう。
そして――もう一度秋奈と姫乃に会うためにも、この世界で骨を埋めるわけにはいかない。
改めましてChapter1終了です。
大幅な変更が多数入って新規エピソードまで執筆してしまいました。
予想以上に時間がかかってしまいましたね。
応援いただいている皆様、本当に感謝いたします。
特に感想をいただけるとモチベーションになりますので、どうかよろしくお願いいたします。
ちょっとしたアンケートや雑感、今後の予定などを以下の活動報告にまとめております。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=333538&uid=59951
好きなヒロインは?
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ゼータ