元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話   作:Artificial Line

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Act9_恋慕の乙女

/ヴェスパー・アルムクヴィスト

9月7日 14:37 ミスティア王国―王都―王城ベネディクテの私室

 

 相変わらず王族らしくない部屋だ。部屋を見回してそう感想を抱く。

 家臣の宮廷尾貴族が選択した高級家具や調度品は置かれているが、そこに彼女の色は存在しない。まあ昔から活発でありながら冷静であったベネディクテだ。そういった物に興味を持たないのは至極当然に感じる。

 

 ここはミスティア王城の一室、第一王女ベネディクテ・レーナ・ミスティアの居室だ。

 公爵領に戻る前にこなしておきたい仕事(主に王都深淵事変関連)が幾つか残っており、少し待ち時間が発生したためベネディクテの部屋にお邪魔している所である。

 男が女の部屋に……、そういう連中もいるだろうが、僕とベネディクテは生まれて以来ずっと関わりのある従兄妹である。最早そんな事いまさらであった。それは王家に使える使用人たちの間でも周知の事実であり、僕がベネディクテの元を訪れることに対して何かを噂するものは少ない。

 

 ベネディクテの部下であるラグンヒルドが淹れてくれた紅茶を楽しむ。相変わらず美味しい。連合女王国産の高級茶葉が良いのもあるが、ラグンヒルドは使用人としても一流である。恥ずかしながらアルムクヴィストの使用人でここまで美味しい紅茶を淹れられる者はいないだろう。

 そもアルムクヴィスト領は傭兵稼業で大きくなった背景を持つ。必然好まれる嗜好品は紅茶よりも煙草であった。お陰で今では煙草の名産地でもあるのだが、生憎と僕は煙草を吸わない。妹のオイフェミアは魔力補給も兼ねてたまに魔香草の煙草を嗜んでいるのだが、普通の煙草はあまり好きではないようだ。だがここ数日の彼女を見るに普通の煙草にも興味を抱いているようだった。何か心変わりする要因があったのだろうか。

 考えればすぐにあの男傭兵が原因だと思い至る。アサカ・ヒナツという異世界よりの放浪者(ノーマッド)。あのオイフェミアが懐き、わざわざ面倒を見ている男というのに兄の僕としては興味を抱く所ではある。

 別に品定めをするつもりはない。そもそも人を見る目においてオイフェミア以上の存在なぞいないのだから。ベネディクテもアサカの事を気にかけているようであるし、どうやってあの2人を落としたのだろうか。

 身内である僕が言うのも何だが、彼女たちは少し難儀な性格なのは間違いない。第二王女のキルステン・レイヴン・ミスティアよりはわかり易い性格をしているが、一般人からすれば僕も含めて王家に纏わる人間の思考形態は意味不明だろう。

 まあそもそもの自力が圧倒的に違うのだから当たり前であるのだが。

 とりあえずは目の前にベネディクテがいるのだし、そのアサカとやらについて色々聞いてみる事にしよう。

 

「ベネディクテはアサカの事が好きなのかい?」

 

 ベネディクテが飲んでいた紅茶を文字通り吹き出す。対面にいた僕はそれの直撃を受ける訳だが、まあそれはいい。火傷しなくて良かった。

 ラグンヒルドが差し出してくれたハンカチで紅茶を拭う。ベネディクテも気管に紅茶が入ったようでむせていた。普段は嫌になるくらい冷静で冷淡なのに、自分自身のプライベートな核心をつかれた時だけこうなるのは昔から変わらない。

 政治やら戦闘やらが少しでも間に入ればそんなことは無いのに、不思議なものである。まあ完全無欠な人間など存在しない、そこが彼女の可愛らしい所だ。

 

「い、いきなり何を言い出すのだヴェスパー兄!」

 

 明らかに目を泳がせながらベネディクテがそう叫んだ。全くもってわかり易い。本当に公人として切り替えた瞬間"白淡姫"と呼ばれる程に冷静、冷淡になるのが真不思議である。

 

「だってベネディクテが男を気遣ってあれだけ手を回すなんて今まで無かったじゃないか。それにやらかした若年貴族の粛清も兼ねて、一族郎党前線送りにしたらしいじゃないか。そこまでそんなことをするんだから、惚れたのかなって思ったんだけど」

 

「それは王都深淵事変を招いた張本人たちだからな。それ相応の報いは当然……」

 

 妙に歯切れの悪いベネディクテはそこで言葉を区切った。意地の悪い表情を浮かべながら、無言で続きを待つ。不機嫌そうな視線を一瞬向けつつも、彼女は口を開いた。

 

「いや……実際のところはわからないのだ。この感情がヴェスパー兄の言うような恋なのか、判別がつかん」

 

「まあ17歳で未だに未通だからねぇ。そりゃ初恋の自覚もまだか」

 

「うるさいわ!」

 

 ベネディクテがテーブルに置かれていた布巾をぶん投げてくる。僕の顔面に命中したそれは、ぽとりと膝上に落ちた。茶化してしまったが、まあ言葉を続けやすい環境は作れただろう。陶磁器なんかが飛んでこないで良かった。逸脱者には届かないにせよベネディクテが本気で投げたティーカップが当たろうものなら重傷は免れないに違いない。

 そして僕の思惑通りに彼女は言葉を続ける。

 

「些か腹が立つが、まあそうなのだろう。この感情が恋慕なのか、亡き父上を重ねた憧憬なのか、はたまたただの色欲なのかはわからない。だがアサカを見ているとなんだか手放したく無いと思えるのだ」

 

 それはきっと恋慕だよ、と伝えるのは野暮だろう。

 今しばらく見守って、彼女自身で自覚できたら背中を押してやるくらいが丁度いいだろうか。

 

「なんでそういう感情を抱いたんだい?」

 

 そう問いかければベネディクテは顎に手を置き思考に入る。しばしの間を置き彼女が口を開いた。

 

「一番は"助けられた"から、だろうか。その後アサカと喋ったときに『ああ、気取らない奴なのだな』とそう思った。あいつは気さくで冗談も通じ、実力もある良いやつだ。それに深淵事変での負い目もある」

 

「まあベネディクテがいうのは理解できるさ。だけどそれだけじゃないだろう?」

 

 彼女の瞳が少し揺らぐ。

 

「……そうだ。なんと言えばいいのだろうか、アサカは何か重いものを抱えているように見える。深い悔恨という言葉が一番しっくりとくるだろうか。人を殺すことには何の躊躇いもないようだが、それは私達も同じであろう?お家の害となる者は例え幼子だろうが殺せる。だがアサカが時折何かを悔いているように私には見えたのだ。逸脱者ノルデリアをも退けられるあの男が、何を悔いているのか、私は近くで知りたいし、私にどうにかできる事ならば、命を救われた恩返しとして助けてやりたい」

 

 ベネディクテの真紅の瞳が僕を見据える。そこには何にも増して真剣味が伴っており、彼女の心情が浮き出ているようだった。

 なるほど、『自分たちをも助ける事のできる強い男が抱く悔恨に興味を抱いた』か。

 まあ些か恋の理由としては不思議に感じるが、元より我ら血族は変わり者が多い。そういうこともあるのだろう。

 僕も今の婚約者に興味を抱いた理由は背中の傷であったし。普通の恋であれば『興味』を抱いて関わっていく内に相手が愛おしくなるものだが、ベネディクテの場合はそれが逆だっただけだろう。

 『自らを助けた』という強烈な印象と好意を先行して抱き、その後興味を惹かれる要素を知ったのだ。まあつまり何が言いたいかと言えばこの先どう転ぶかはまだ未知数だということだろうか。

 しかしあのアサカという男に自覚できる程の恋慕を抱くのだろうなという核心が僕にはあった。だって人の心を覗き見れるスーパー可愛いくて天才な妹のオイフェミアが好意を抱いている男だぜ?強い女であればあるほど、強くて若干の弱さを持つ男に惹かれるのだろう。男の僕には良くわからんが。

 

「ところでオイフェミアもアサカさんに惚れてるみたいだけど、その辺はどうするの?何かあったら僕の使えるもの全てを用いてオイフェミアに味方するけど」

 

「物騒な事をいうなヴェスパー兄。お前のそれは洒落にならない。心配せずとも問題はないよ。アサカにこのまま武功をつませて、貴族位を与える。その後は私とオイフェミアで共同の側室とする予定だ」

 

 恋慕かどうかわからんと言っていた割には随分と現実的なプランを考えているじゃないか。女というのは恐ろしいと内心苦笑する。

 なるほど、そういった思惑があって王家公認の傭兵に仕立て上げたのか。戦略の天才と称される一端が垣間見える。まさか愛人作りでその才を見るとは思っていながったが。

 血族たる僕としては、アサカの感情よりもオイフェミアとベネディクテの笑顔が優先なのでその辺はどうでもいいのだが、オイフェミアもベネディクテも無自覚に嫉妬深い。

 その辺は上手いことフォローしてやったほうが良いだろうか。流石に側室問題で血族同士の殺し合いは御免被る。ふむ、オイフェミアの為と思って言わなかったが、寧ろベネディクテに伝えた方が良さそうだ。

 

「そういえばオイフェミアなんだけど」

 

「ああ、気がつけば正午だな。今日も昼食を取りにくるのか?」

 

「いや、実は今朝方ウキウキ顔で次元通門(ディメンション・ゲート)を潜ってアサカの元に行っているよ。なんでも永久氷結の設置と水回りの整備を行うとか」

 

「なんだと…?」

 

 ベネディクテの声のトーンが一段階下がる。一般人が見れば竦んで動けなくなるだろう目でもって僕を見据える。だが長年ともに遊んできた仲だ、今更それで怯むほどやわじゃない。

 

「ラグンヒルド、馬を用意しろ。ゲートはオイフェミアの屋敷だったな。直ぐに向かうぞ」

 

「殿下!?午後は書類仕事が残っております!王都事変の一件ですら問題は山積みですよ!?」

 

「ならば書類を纏めてもってこい。場所はどこでも良いだろう」

 

 そう言ってラグンヒルドがサンクチュアリ(王家に伝わる神造兵器)を持って部屋から出ていく。

 部屋に取り残されたラグンヒルドに恨めしそうな目を向けられたが、どこ吹く風とそれを流した。やっぱりぞっこんのようである。

 

 

/オイフェミア・アルムクヴィスト

9月7日 15:15 ミスティア王国―フェリザリア国境線近傍

 

 金属音を立てながらアサカが銃の整備を行っている。

 私が想像していたよりも余程部品数の多いそれを、彼は悩む素振りも無く分解して点検していた。

 

 ここは彼の弾薬庫内部。その中にテーブルを用意してアサカは黙々と作業している。

 その横ではベネディクテが書類を広げ、眉間に皺を寄せながらそれらの精査を行っている。

 私はといえば、それらを何をするでもなく眺めていた。

 

 王都深淵事変から2週間ほど。色々な問題と業務は発生したものの、王都の管轄は王家である。第一王女相談役という立場はあるとはいえ、私に手伝えることはそう多くなかった。それでも幾つかこちらで面倒を見れるものは潰しておいたのだが、それでもベネディクテの業務量は尋常ではないようだ。

 

 私が今日アサカの弾薬庫を訪れたのは、永久氷結と呼ばれる融解することのない魔力の氷の設置と、水浴び場の整備の為であった。

 正直な話、それらは私がやるべき仕事ではない。とはいえアサカに相談された段階で自分でそれらをこなす気が満々だったのも事実である。

 彼には色々と迷惑をかけたし、感謝もしている。それに、それを口実に共に居られる時間を増やして更に関係を深める事ができるのだから役得でしかなかった。

 

 逸脱者としての力を全力で活用し、弾薬庫にインフラの建築を行った。生活用水の整備と永久氷結の設置。それらを魔術を用いて行ったのが午前中のこと。

 本来ならば午後までかかる予定の作業だったのだが、存外私には土木工事の才能があったようだった。

 つまり、仕事を早くこなしすぎて時間を持て余しているというのが現状である。

 

 それならば早く領土なり王都の屋敷に戻ればいいではないか、というのは最もな指摘であるのだが、せっかくアサカと共に過ごせる時間を自ら削る気にはならなかった。

 

 しかし退屈では無かった。アサカの銃の整備は見ていて実に知的好奇心をくすぐられる。私は幼い頃から誰かの仕事や作業を観察するのが好きであった。

 

「んー!」

 

 アサカが大きく伸びをした。分解されていた銃は組み上げられ、汚れなども綺麗に落とされている。どうやら作業は終わったようだ。

 

「お疲れ様です。銃は部品が多くて整備も大変ですね」

 

「ありがとう。まあ確かに、剣とか弓に比べたら部品は多いかもな。昔の銃ならもっと単純なんだけど」

 

 昔の銃。そう言われて思い当たるものが一つ浮かぶ。

 

「昔の銃というと、あの"魔弾の魔神"が用いていたものとかですか?」

 

 アサカは紅茶のカップを口に運びながら頷いた。この紅茶はラグンヒルドが淹れてくれたものである。

 

「そうそう。あれはKar98Kっていう名前のボルトアクションライフルだな。俺の世界では大体80年近く前のライフルだよ」

 

「80年前……アサカが話してくれた、"第二次世界大戦"の頃のものですか?」

 

「察しが良いな。そのとおり。世界中の主要国がぶつかりあった地獄の大戦で用いられた主力小銃の一つだよ」

 

 世界中の主要国が交戦状態となる世界大戦。あの魔神が作り出した深淵(アビス)の様な廃墟の街が世界中に築かれた地獄の戦場。想像しただけで鳥肌が立つ。

 

「アサカは銃に詳しいですよね。そちらの軍人さんはみんなそうなのですか?」

 

 紅茶のカップを置きながら、彼は口を開く。

 

「いや。自分が使っている銃以外の名前すらもわからないって軍人は結構いるよ。俺は学生の頃に模型の銃を売るお店で働いていた事があってさ。そこでお客さんに教え込まれたんだ」

 

 初耳の情報だった。アサカの過去の話を聞く機会はあまりなかった。いや――思考を覗き見た時のあの光景が頭から離れず、意図的に避けていただけか。

 しかし彼から話してくれるのならば話は別だ。地雷を踏まないように少し聞いてみよう。 

 

「前に言っていた"アルバイト"というやつですね。そう言えばアサカがここに来る前の話ってほとんど伺ったことがない気がします」

 

 彼は自嘲気味に笑いながら口を開く。

 

「あー、そうかもな。俺は海が近くにある北側の街生まれでさ。冬は雪が3mぐらい積もるような場所だったよ」

 

「豪雪地帯ですね。ミスティアも冬になると積雪はありますが、そこまで積もるのは北側沿岸地域くらいなものです。まあそこも北方魔物部族連合と深淵によって失陥している地域が多いのですが……」

 

「やっぱミスティアは冬寒いよな。地形的にそんな気はしていたけど。話を戻すと、俺はそんな街で生まれ大学生まで育ったんだ。実家が呉服店を営んでいる古い家でさ。だから模型銃の店でバイトしながら家の手伝いもして大学に通っていたんだよ」

 

 少し驚いた。私たちの世界で大学といえばほんの一握りの優秀な人材が研究と教育を行う機関である。所属する学生のほとんどが貴族。そうでなければ平民の中でも突出している特待生くらいなもの。

 そんな場所に通いながら仕事をするというのは、正直想像がつかなかった。まあ恐らくは彼の世界の大学とこちらの大学は少し異なるのだろうが。

 

「それで特にやりたいことも無かったから、卒業後は国の軍隊に入ったんだ。その後4年任官したんだけど――両親と弟が鬼籍に入ってね」

 

 アサカの目が揺らいで暗くなった。同時、彼の中にいる()()が彼に寄り添っている様な感覚を覚える。

 私は恐らくその家族の不幸を彼の記憶の中に見た。故にどの様な言葉をかけるべきか——判断がつかない。

 

「んでそのまま除隊。しばらくは家の問題が山積みだったからさ。当時付き合っていた彼女にも手伝ってもらって妹の秋奈の面倒みながら過ごしてた。でもある日その彼女——姫乃と秋奈から『無理して家に残る必要はない』って言われて。ちょっと言い合いになったんだけど、そのまま逃げるように飛び出して、気がついたらここにいるって感じだな」

 

 私は言葉が出なかった。それはアサカの記憶で見た残る黒服の列と、夕暮れの真っ赤な部屋が原因でもある——だがそれ以上に、彼の顔がどこまでも悲しげだったから。

 私は思わず身を乗り出し、彼の手を握っていた。

 

「……私はそれを慰める言葉は持たない……ただお前の話が聞けて感謝しているよ」

 

 いつの間にかこちらの話に聞き入っていたベネディクテの手が重なる。そしてさらに別の、陽だまりの様な温かさの手が重ねられた気がした。

 

「……ふふ。ありがとう2人とも。まあそんな訳で、とりあえず俺は向こうに戻りたいと思っているんだ。もちろん2人に義理を通してからだけどな」

 

 ベネディクテが頷く。側室だなんだといろいろやっている彼女が、アサカの帰還に同意するのは少し意外である。

 しかし私としてもアサカが元の世界に戻りたいというのであれば全力で手助けをするつもりだ。それが、色々な事に巻き込んだ贖いでもあるだろう。

 

「湿っぽい空気だな。少し茶請けでも食べよう。ラグンヒルド、茶をいれなおしてくれ」

 

「畏まりました」

 

 ベネディクテがわざと空気を切り替える様な口調で言葉を発した。

 ラグンヒルドが新しくお茶を準備している間、彼女は続けて口を開く。

 

「アサカ、改めて先日の初仕事はご苦労だった」

 

「ああ、ありがとう。あの男の子は無事か?」

 

「無論だ。心身衰弱の気は見られるが、王都の神殿に任せてある」

 

「それなら良かった」

 

 アサカの顔に笑顔が戻った。良かったと内心で胸を撫で下ろす。

 

「報告書は私も読ませてもらいました。あの地域は前線への補給路でもあったので、盗賊団の討伐は兵站の改善にも繋がります。公爵軍の指揮官として、私からもお礼を言わせてください」

 

「仕事だから感謝をされることでもないさ。寧ろその仕事を斡旋してくれているのは2人の方じゃないか。こっちこそ感謝しかないよ、本当いろいろ」

 

「気にするな。私たちはお前のスポンサーであり仲介者だからな。寧ろ傭兵としてお前の戦力を運用できるのだ。こちらにも得しかない」

 

 アサカは少し困ったような表情を浮かべながら口を開く。

 

「あまり期待はしないでくれよ。俺は銃が無ければ只の人間でしかないんだ」

 

「人狼を捕縛し、魔弾の魔神と交戦して生き延びただけでなく一時的に追いこんだ男が何を言う。身体能力はともかく、アサカの技量は本物だろう。過度な謙遜は不愉快だぞ」

 

「それはすまん。まあいまゼファーに構造強化のやり方を教えてもらっているから、もっと戦力として使えるように努力していくよ」

 

 アサカの言葉に対し、ベネディクテが少し眉間に皺を寄せながら小声で呟いた。

 

「……構造強化なら私が教えるというのに」

 

 だがその声は私にしか聞こえていないようだ。アサカはラグンヒルドが炎系魔術で湯を沸かす光景へと視線を向けている。

 ベネディクテの無意識な嫉妬に苦笑いしながら、私も口を開いた。

 

「ベネディクテ。王都深淵事変についての追跡調査はどうなっていますか?」

 

「ああ、色々と手を回しているが、大凡魔弾の魔神が国内の若年貴族を恫喝、ないしは誑かしていたということは間違いなさそうだ。更に事案の後からフェリザリア内部の人員とも連絡がつかなくなっている。消されたか、元々魔神に成り変わられていたのだろう」

 

 想定通りの内容であった。しかし不幸中の幸いなのは、ミスティア内部の人物主導の計画で無くて良かったことだろうか。魔神が原因となれば決定的な国内分裂は避けることができる。

 

「そうだアサカ。その事に関連して次の仕事の話がある」

 

「オーライ。聞かせてくれ」

 

 アサカが纏う雰囲気が真剣なものへと変わっていくのを実感する。それはまさしく経験豊富な兵士のものだ。

 

「私たちミスティアはフェリザリアに対する報復攻撃を計画中だ。実行部隊となるのはレティシアが率いる軍だ。そのレティシアからの依頼でな」

 

 意外な人物の名前の思わず口を挟む。

 

「レティシアからですか?彼女が傭兵を運用するのは珍しいですね」

 

「ああ私もそう思う。なればこれはレティシアからの試金石となる依頼になるのだろう。そのことをアサカは理解しておいてくれ」

 

「了解」

 

 アサカは深く、低い声で同意を示す。

 そうすればベネディクテが一呼吸置いてから口を開いた。

 

「依頼内容は『北方魔物部族連合との戦線—モンストラ戦線での魔物の動きに対する見解と分析の報告』だ」

 

「それはまた……珍しい依頼だな。要するに偵察と相手の戦略分析ってことか?」

 

「その通り。先にも話したが、フェリザリアへの報復攻撃の主力はレティシア率いるウォルコット侯爵軍となる。自分の戦力をわざわざ北部の深淵戦線から引き抜く都合上、後顧の憂いは立っておきたいのだろうよ。そしてレティシアがわざわざ依頼をするとなれば——」

 

「——深淵関連、ですね」

 

 ベネディクテの言葉を続けるように口を開いた。

 彼女は頷き、アサカに対しての説明を始める。

 

「我が国が現状抱えている戦線は3つ。北東部の魔物と交戦しているモンストラ戦線。東部の国境線を警戒するフェリザリア戦線。そして北西部に広がる深淵に対抗する深淵戦線。この3つだ。レティシアはこの深淵戦線の主力となるウォルコット侯爵軍の指揮官でもある。つまり、我が国きっての深淵討伐の専門家というわけだ」

 

「なるほど。そんなレティシアさんが依頼をするのであれば、必然としてモンストラ戦線の魔物の動きの裏には深淵が関わっている可能性が高い……そういうことだな?」

 

「ええ。少なくともレティシアはそう考えているのでしょう。そして深淵が魔物の大侵攻と関連しているのであれば、深淵と戦う彼女からしても無関係な話ではありません。恐らくは別の理の世界で兵士をやっていたアサカの見解を聞きたいのだと思いますよ」

 

 私が補足をすれば、アサカは納得したように頷いた。

 

 そのタイミングでラグンヒルドのお茶の準備が終わったようで、私たちの前にそれぞれ並べてくれる。湯気が立ち上り、鼻腔にいい香りが漂ってくる。

 私はお礼を伝えながら、そのカップの中にはちみつとミルクを投入していく。兄さんやベネディクテからは『甘党もほどほどに』と小言を言われるのだが、これが美味しいのだから仕方ない。仕方ないのだ。

 

「どうだ?受注するか?」

 

 ベネディクテはカップを手に取りながらアサカへと視線を向ける。

 

「勿論。断る理由なんてないさ」

 

 彼が同意を示したのと同時、ベネディクテは自身の耳からピアスを外す。その段階で彼女が何をしようとしているのか理解できた。

 

「ではこれを渡しておこう」

 

 アサカはそのピアスを受け取り、不思議そうな顔で眺めている。

 

「これは?」

 

「それは通辞のピアスと呼ばれる魔術具だ。対となるピアスをを持つもの同士で遠方での連絡が可能になる便利な道具だな」

 

 やはり予想通りだった。決して安いものではないのだが、まあ無駄な出費どころか必要経費だろう。

 しかしベネディクテだけがいつでもアサカと連絡が取れるというのも、なんというか、その、ずるい。

 

 私もアサカと連絡は取りたい。名目上の雇い主としても、その方が、うん、絶対いいはずだ!

 

「じゃ、じゃあ私もこの子を!」

 

 私は魔力を編み上げ魔術を完成させる。

 無数の魔法陣がテーブルの上に形成され、大気中の魔力が収束していく。

 そしてそこから表れ出るのは、一匹の青白い猫。

 

「……使い魔か」

 

 ベネディクテのつぶやきが聞こえた。

 アサカは心底驚いた様子でその猫—使い魔を見ている。

 私が行使したのは従者召喚(サモン・サーヴァント)。使い魔を召喚し使役する上位魔術だ。

 

 私が召喚した使い魔はアサカの元へと歩き出し、小さくにゃんと声を上げた。

 

「かわいい!猫好きなんだよな。地元に人懐っこい黒猫がいて、よく遊んでもらったんだよ」

 

 アサカは右手を使い魔の前まで差し出せば、使い魔は顔を近づけ匂いを嗅ぐ。しばしの後に再びにゃんと小さく鳴いた。

 

「だけどいいのか?この子も魔術で呼び出した?んだろう?維持とかに力を使うんじゃないか?」

 

 アサカはこちらを伺うように顔を向けた。その表情には隠しきれない嬉々とした感情と罪悪感を感じる。

 別にこちらが勝手に用意したものだから、彼が罪悪感を感じる必要はないのだが。

 私が口を開く前にベネディクテが言葉を続ける。

 

「気にするな。こいつの魔力はほぼ無尽蔵だ。普通の魔術師であれば、使い魔の使役には一定のリソースを持っていかれるが、オイフェミアにとってはなんの問題にもならん」

 

 呆れた顔でいうベネディクテの言葉に対して、その表情は気に食わないが頷く。

 

「彼女の言う通りです。その子を通じて私に言葉を送る事も、私の言葉をアサカに伝えることも可能です。視界の共有や触覚の共有も可能ですよ!加えて簡単なものですが、魔術の行使も行えますのでお役立てください」

 

 使い魔がアサカの手に頭を擦り付ける。その瞬間、私の頭にぞわぞわとする感覚が奔った。

 あれ!?何故か私と触覚リンクしてしまっている。召喚者だからか?いや今までも何度か使い魔の召喚を行っているが、こちらが望んでいないのにも関わらず触覚がリンクされているのは初めてだ。

 

 何が原因か——考えられる可能性はただ一つ。

 アサカの中にいる()()の影響。

 

「かわいいなお前」

 

 アサカが使い魔の頭や顎下を撫でつける。その度に該当した場所に彼の手の温もりを感じた。得も言われる高揚感が脳内に広がっていく。不味い、これは不味い。

 

 使い魔が臀部を突き上げ、アサカに対してねだる。彼はそれに応じるように使い魔の腰をとんとんと叩いた。

 

「——ッンンっ」

 

 同時に下半身から強烈な感覚が突き上がって、思わず声が漏れた。

 アサカはそれに気がついて居ないようだが、心底呆れたベネディクテの瞳が私を貫く。

 咄嗟に口元を抑え、頬に纏わりついた熱をどうにか逃がそうとした。

 

 アサカは続けて使い魔の腰を叩き続ける。その度に腰が砕けるような強烈な快感が脳を襲った。

 

 足を内股にし、それに耐えるように口を抑える。生まれたての子鹿のように足が震えた。

 ——このままだと頭がおかしくなる。強制的に触覚リンクをカットすれば、続けて上がってくる快感から逃れることができた。

 

「—フーッ、フーッ……」

 

「どうした?具合悪いか?少し横に……」

 

「い、いえ!大丈夫!大丈夫なのですッ!」

 

 アサカが心底心配した瞳を向けてくる。やめてください……あまりにも情けないのと自信に対する嫌悪と羞恥で消えたくなる。肌着が気持ち悪い。

 

『●▲☓●●▲』

 

 アサカの中の()()が何かを言っている。内容は理解できないが、少なくとも良い感情でないのは確かだ。そっちが使い魔のリンクに介入したんでしょうが!!!!!!!!!!!

 

 恐らくはアサカに向けての使い魔召喚だったため、その()()が干渉してきたのだ。これまでの()()の動向を見るに、()()が外に干渉するにはかなりの条件があるのは明白。その一つが、アサカに対する魔術の行使。

 

 ただこちらに対する害意は感じない。恐らくは悪戯のつもりなのだろう。別に触覚リンクができるとはいえ、使い魔が殺されても私に直接被害はない。その辺りの線引ができているのは、()()が高名な魔術師である証左だろうか。

 

「ハァ……。取り敢えずアサカ、その使い魔に名付けをしろ」

 

「名付け?」

 

 私の様子のおかしさに気がついたベネディクテが必要な手順の説明を行ってくれる。

 

「そうだ。使い魔との完全契約には名付けの儀式が必要だ」

 

 アサカはしばし悩んだ様子を見せる。ようやく下半身の衝撃から解放された私も口を開いた。

 

「そ、そうなのです……。名付けは主従契約に必要な手順です……」

 

 彼は真剣に使い魔を見つめてしばらくした後、ようやく口を開いた。

 

「ならお前の名前は"紬"だ」

 

 使い魔の周りに魔力が収束し、それが一本の線となってアサカと繋がる。

 彼と使い魔にパスが通じた証拠だ。しばしの後に魔力は霧散していく。

 

 しかしツムギ?耳馴染みのない単語だ。

 

「どういう意味だ?」

 

「繭や綿から糸を取り出すって意味なんだけど、転じて"丈夫に育ってほしい"とか"縁を大事にしてほしい"とかそういう意味があるな」

 

「いい名前ですね。綺麗な言葉だと思います」

 

「ありがとう。俺の母国の言葉なんだ」

 

 アサカは嬉しそうに笑った。その笑顔に得も言えぬ感覚が込み上がってくる。先程の衝撃もあって、脳がそちらに傾いているようだ。

 

「じゃあ詳しい話をしていくとしよう」

 

 ベネディクテが依頼に関する詳細な説明を始める。

 正直王都深淵事変での魔神との交戦も記憶に新しいので心配な気持ちはあるのだが、傭兵として活動していく以上は避けられないことだ。

 それに公人としても、彼クラスの戦力を遊ばせておく選択はない。

 

 いずれにせよ、私にできることは最大限アサカの準備を手伝うことくらいだ。

 

好きなヒロインは?

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