元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話 作:Artificial Line
加筆修正済み。
以前から、内容が少し変化しています。
/朝霞日夏
8月17日 20:04 ミスティア王国東部臨時キャンプ近郊
さて……どうしたものか。
俺は今、支援射撃を行った騎士たちの20mほど先に立っている。400m先から走ってきた訳だが、途中で矢を射られたり、魔法を放たれることもなかった。それはつまり、彼女たちからしてもこちらを計りかねているということ。完全なるイレギュラー。それ自体は予想通りだ。
一応、こちらがこの騎士たちをを助けたという事は理解しているはず。損耗している上に寡兵の彼女たちからすれば、これ以上敵を作りたくはないはず。
とはいえ、余計な警戒を抱かせる意味もない。
銃はスリングで下げたまま、両手を顔の横に上げる。
一見無防備だが、この姿勢からの反撃訓練は何度もしている。
最低でも5人は道連れにできる。
それだけの猶予があれば、離脱は可能だ。
とりあえずは向こうの出方を待つ。身長186cm、体重80kgの男の声は、それだけで威圧的だ。言語が通じるのならばいざ知らず、彼女たちに言葉が通じなければ、無駄な緊張を助長しかねない。
特に、今は戦闘直後。
アドレナリンが引き始めれば、恐慌状態に陥る兵士もいる。
刺激しないよう、慎重に。
だが反撃と離脱はいつでもできるように呼吸を整える。
とりあえず、表情は真顔を維持。
笑顔は、この状況では挑発にしかならない。
緑色に染まった視界の先で、騎士の女たちは皆困惑した表情を浮かべていた。同時に感じるのは、警戒と恐怖。一歩間違えば死ぬ。そんな空気が張り詰めている。
「
女騎士の1人がそう声を上げる。その言語が理解できた事に嬉しさと安堵感がこみ上げた。
彼女が発したのは英語であった。かなり訛りは強い。この訛りはドイツ系か?
だが何故英語なのだ?言葉が通じることは嬉しいが、それ以上の疑問符が浮かび上がる。
まあ今は考えても仕方ない。そういうのは後で考えることにする。どうせその原因が判明したところで、その情報を活かせる学も造詣も持ち合わせていない。
とりあえず黙ったままでは今にも斬りかかれられないので、口を開く。
「
一呼吸置く。彼女たちの反応を見る。
感じられるのは困惑と警戒。だが、敵意は薄れている。
「
こちらが返答した事に驚いたのか何なのかは知らないが、女騎士達がざわめき立つ。
しかしそのざわめきは、彼女達の中央にいる女性……少女が右手を上げた事により一瞬にして静まった。
この少女は……間違いない。一番最初に矢で射られ落馬した人物である。
そして少女は一歩前へと踏み出し、口を開いた。
訛りのほとんどない綺麗な英語。このアクセントは、イギリスの上流階級がよく使うものか?
「まずは感謝を申し上げます。あなたに助けていただかなければ、私達は全滅していたでしょう。呼び方はアサカ様でよろしいですか?」
しばしの時間、返事をすることを忘れてしまう。その理由は、その少女の容姿に目を奪われていたからだ。
緑色に染まった視界でも、その美しさははっきりと理解できる。
歳の頃は10代後半から20代前半。絹のような髪。すっと伸びた鼻立ちに、意志の強そうな眉。アングロサクソン系の顔立ち。垂れ目気味の、子猫のような大きな瞳。その優しげな瞳で上目遣いなどされようものなら、大多数の男は抗えないかもしれない。
あまりの美しさに思考が停止する経験は二度目だ。遠目から確認した段階でもわかっていたことだが、間近で見れば見るほど、その美しさに息を飲む。
稀代の天才芸術家が、その生涯をかけて作り上げた作品のようであった。
だがそれ以上に、自身の妹の顔と、その少女が重なった。容姿は全く似ていない。それなのに、何故?
そんな絶世の美少女は、少し困った様に眉を下げ再度口を開く。
「えっと、どうなさいましたか……?」
「……綺麗だ」
今度は彼女が返事に詰まる番であった。
思考がそのまま口から出ていた。普段ならば、あり得ないこと。だが、それほどに。彼女の美貌は、支配的だった。
とはいえ、あまりにも現状では場違いにすぎる言葉。少し慌てながら言葉を取り繕う。
「―失礼。あなたの容姿に見惚れてしまった。ええ、朝霞で構いません。端的に言えば、私は傭兵のようなものです。そちらのお名前をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
少女は、しばしの間固まる。そして徐々にその顔が紅潮していった。照れている?あれだけの美貌であれば、言い寄る男も女も数多いそうなものだが……と思考が巡り始めた頃に、少女は口を開く。
「あ、えっと……。お褒めに与り光栄です……。私の名前はオイフェミア・アルムクヴィスト、一応
目線を反らしながら彼女は発言する。男に慣れていない?明らかに高貴な身分であろうことは、ひと目見て理解できる。箱入り?まあいま考えることでもないか。
それよりも、彼女はわざわざ人間であることを口している。つまり、人間以外の種族が存在しているのだろう。
幸いか、はたまた残念がるべきなのか、この場にいる女騎士たちは、皆一般的な人間と外見の誤差は感じられない。
「それでその……。もしよろしければ、その面隠しを外してお顔を見せていただけませんか?恩人の顔は覚えておきたいのです」
自分の致命的なミスにようやく気がついた。場違いの言葉なぞどうでもいい。そうだ、いま俺はナイトビジョンを下げたままだ。
視界が緑色に染まっている訳だ。彼女たちから見ればさぞ奇っ怪に写っていただろう。
警戒されて当然だ。彼女の言葉を受け、慌ててナイトビジョンを上へとズラす。
肉眼で捉えたオイフェミアという少女の姿は、更に美しいものだった。完成された美、というのはこのオイフェミアこそに相応しい、そう思えてしまう。
色のついた彼女の髪は、小麦場畑を連想させるような黄金色。肌は透き通るように白く、高貴な印象を存分に抱かせる。
身につけているのは、上等な布を基調として用いた金属甲冑。それは、仄かに蒼味を帯び、見たこともない光沢を伴っている。恐らくは、地球には存在しない金属。メッキの類ではない。
「これは失礼」
ナイトビジョンを外して顔を見せれば、女騎士達の間でざわめきが奔った。
『男だ』『本当に男だった』などの声が耳に入ってくる。どういうことだ?
確かに主戦場に見えたのも彼女達も殆どが女である。
男の騎士も見えたには見えたがかなり数が少なく感じた。
もしかすると地球と性差が逆転しているのか?可能性は高いように感じる。
あのような魔法やら超人が存在している世界なのだ。どのような文化が形成されていても可笑しくはない。
オイフェミアがこちらの顔をまじまじと覗き込んでいる。その美しい顔に、飲み込まれてしまいそうだ。動悸が少しズレる。こんなことは、銃を向けられても経験したことがない。
色欲を持つことさえ、烏滸がましいとも思えるほどの美。世界各地の神話に伝わる美の女神と対面した英雄たちも、同じような感覚だったのだろうか。
その時だった。騎馬の足音がヘッドセットを通じて耳に入ってくる。
咄嗟にその音の方向へ向き、M39EMRを構えた。
オイフェミア達はこちらの突然の行動に驚いていたようだが、彼女たちの耳にも音が聞こえたのか剣を抜刀し同じ方向を見据える。
しばらくの後、稜線から騎馬集団が見えてきた。スコープ内に見えるのは、またしても女騎士。敵か味方かこちらには判断つかないため、オイフェミア達の動きを待つ。
念の為セーフティは外しておくが、引き金には指をかけない。
「アサカ様!味方です!」
オイフェミアがそう叫んだため、銃を下ろした。一気に分泌されたアドレナリンが飽和されていき、全身に独特のしびれが奔る。
敵でなくて何よりだ。流石に正面見据えて騎兵とやり合うなど勘弁願いたい。いくら射程の利があるとは言え、リロードのタイミングで一気に詰められる。よしんば全てさばけたとしても、肝が冷えることには間違いない。
それだけ戦闘における機動力というのは重要なのだ。近代戦に置いてもそれは変わりない。銃が戦場の主役となったWW1でも騎兵は現役だったのだ。
騎馬集団が接近してくるのをしばし待機する。正直自分の立場の説明が面倒くさいが、現状は傭兵として押し通すのが一番かもしれない。まあきっとオイフェミアが説明してくれるだろう。
だがそれよりも問題なのは。介入した以上、オイフェミアたち少数勢力に勝ってもらわないと困ることだ。
さて、あの本隊と交戦を行っている敵主力をどう退けるか。先程の黒い甲冑の騎士のような、常識を逸脱した存在が幾名もいるのだとしたら、こちらにできることはほとんどない。
まあ、やれるだけのことはやる。妹が重なったこのオイフェミアという少女を、死なせたくはない。これは自慰的なエゴでしかないが、言葉も交わしてしまったのだ。最早ただの他人でもない。
これ以上俺の悪夢に出てくる人間を増やさないためにも、必死でオイフェミアたちを勝たせよう。
/オイフェミア・アルムクヴィスト
8月17日 20:05 ミスティア王国東部臨時キャンプ近郊
変な格好。それが私達を助けた人物、ヒナツ・アサカの第一印象だ。
近づくまでは人型の異種族かと勘違いするくらいに、珍妙な装いをしている。
頭部には珍しい形の帽子を被り、蟲甲のような材質の耳あてをつけている。
オレンジ色のレンズをしたメガネのような物をつけ、更にその上から形容し難い見た目の面隠しを装着していた。
その面隠しは4つの筒をあわせたような形をしており、筒の先端が仄かな緑色に発光している。
胴体部分には、様々な物が装着された布鎧のような物を装備しており、一見すると軽戦士や魔術師の装備に見えないこともない。
武器と思われるその手に握った得物も、これまた見たことのない形をしていた。
言い表すならば"弦のないクロスボウ"だろうか。長さは私の腰ほどもある。
なんなのだろうこの人物は。それが率直な感想である。
敵意は感じない。むしろ、私の
私達を助けてくれた人物であることは間違いないのだが、その装いからは全くこのヒナツ・アサカがどういう存在なのか、全く想像できなかった。
それにあのタイミングで戦闘に介入してくるのもおかしく感じる。ここはミスティア王国に従っている貴族の領土である。
そもそも国内にこんな人物がいれば即刻噂になっているはずだ。
傭兵であるならば尚更である。全面的に信用するのは無理だ。いざとなれば
「まずは感謝を申し上げます。あなたに助けていただかなければ、私達は全滅していたでしょう。呼び方はアサカ様でよろしいですか?」
私はそう言葉を述べる。すぐさま信用するのは無理だとしても、感謝を告げるのは最低限の礼儀だろう。実際に、彼の援護がなければ、ノルデリア相手に遅れを取っていた。私はともかく部下の犠牲がこれ以上広がらなかったのは、アサカのおかげであるのは間違いない。
――憎悪、悔恨。部下を殺してしまった、自分に対する怒り。
精神抑制魔術を重ねがけして、思考を平坦にする。
彼からの返答はない。どうしたのかと思い言葉を続けた。
「えっと、どうなさいましたか……?」
怪訝さが声色に出てしまっただろうか。だが多少は致し方ないだろう。寧ろ私の背後でいつ暴発しても可笑しくない近衛隊員に比べれば可愛いものである。
「……綺麗だ」
その言葉に対して、多大に不信感を感じた。同時に面を喰らう。……綺麗?私が?
確かに、自身の外見については優れているという一定以上の自負がある。だが、この場で口にすることだろうか?
――機嫌を取って取り入ろうとしている?
このアサカという人物は声色からして男性。
私は彼の思考を覗き見ることにした。
生まれつき持っていた、私の魔術。その名前は
後天的な習得は非常に高難度であり、加えて長い詠唱が必要な異端の魔術。それに、相手の精神抵抗力次第では
だが私には問題ない。
私は生まれつき
そして、
それ故狸と狐の化かしあいである貴族社会からは嫌われているが、今更どうでもいいことである。
一瞬で魔術を完成させる。そうすればアサカの思考が脳内に流れ込んでくる……はずであった。
『◯☓△■☓△◯■◯?』
感じるのは、強烈な拒絶。いや、これは違う。彼は
――精神防壁?いやこれは最早
アサカの中に何かがいる。それも、とてつもない
強引に突破することはできる。だが、それをした場合、どうなるか予想がつかない。
私は問題ないだろう。たとえ
だが、家臣たちはどうだ?考えずともわかる。無理だ。
アサカの中の
『◯■△☓◯◯△☓』
――推し量られている?何だ?
『■△☓◯△◯』
瞬間、私の
『綺麗だ……』
『完成された美』
『秋奈とも姫乃とも違う』
『だが、何故か重ねてしまう』
『俺は、
頭に流れ込んでくるアサカの声は、どこまでも穏やかで優しいもの。
直接的な心象という、一切の誤魔化しが効かない状態で、最上限の賛辞を感じ取ってしまって、一瞬羞恥の感情が走る。
だが、続けて流れ込んでくる情景で、それらは消し飛んだ。
見えるのは、黒服の列と、誰かの手を握り、誰かに背を擦られる
そして、荒れ地、崩壊した街、無数の屍。地獄。夏の夕暮れの、
『◯■☓△■☓』
『■☓△◯◯』
開かれていた扉が閉じられた。同時に、私も魔術の発動を辞める。
異常者。それが端的な感想。だが、悪い人ではないのは間違いない。彼の中にいる
なんなのだ、彼は。だが一つ間違いなく言えることは、アサカと敵対するわけにはいかない。それは、こちらにとって致命的な不利益になる。その確信だけはあった。
「失礼。あなたの容姿に見惚れてしまった。ええ、朝霞で構いません。端的に言えば、私は傭兵のようなものです。そちらのお名前をお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
……この人は……。心の中だけにあらず、直接的な言葉でも、そのような賛辞を送ってくるのか。
だが私はその賛辞が、お世辞じゃないことを、文字通り心底理解してしまっている。
故にどうしても気恥ずかしさと、むず痒さ、そして嬉しさを覚えてしまう事は避けられない。
だがどう見てもアサカは男だ。今まで幾人かの男に同じ魔術を試みた事はあるが、そんな思考をしていた者なぞ存在しない。
寧ろその誰もが私の事を恐れていた。それはそうだ。誰が好き好んで
だがこのアサカという人物の思考は本物である。
私は齢16の処女である。いくら底しれぬ人物とはいえ、そんな言葉を男性から送られるのは嬉しい。
だがそれを表に出すわけにはいかない。私はミスティア王国の大貴族、アルムクヴィスト公爵家の貴族だ。
部下の手前表情に出すことはできない。だが赤面するのを止めるのも無理である。結果として顔を反らしながら言葉を発した。
「あ、えっと……。お褒めに与り光栄です……。私の名前はオイフェミア・アルムクヴィスト。人間です。オイフェミアで構いません」
顔を反らした事によって赤髪の部下、ゼファー・ミフェスと目があった。ニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべている。貴女だって下半身でしか生きていない癖に。ぶん殴りたい。
一先ず思考を整理しよう。
男性から受けた初めての正直な賛辞で花畑になりかけていた脳内に魔力を回し思考を活性化させる。
兎にも角にもこのアサカという人物に一切の敵意が無いことは確認できた。そしてその中に
この切羽詰まった状況ではそれだけで十分だろう。
アサカは自らの事を傭兵のようなものだと言っていた。その珍妙な装備は兎も角として、その言に偽りは無いらしい。
加えて、私の事を死なせたくはないようだ。その真意にまで触れる事はできなかったが、少なくとも今この現状でアサカは味方だ。
更にあれだけの長距離狙撃を行ったのだ。その腕前については今更疑うこともない。
ノルデリアに狙撃を命中させた人物は、この世界でも初めてだろう。
だがどのようにしてあの距離からノルデリアにすら傷を与える攻撃を行ったのだろうか?
私ほどではないが、ノルデリアの魔術障壁も並大抵の強度ではない。加えて、その肉体強度も異常の一言に尽きる。
並の兵士の剣であれば、その生肌に傷をつけることすら困難だろう。
初めは魔術師なのかと推測していた。だが対面してみて理解できる。ヒナツ・アサカは魔術師ではない。
感じられる魔力量はどんなにゆるく評価したとしても
この魔力量で、あれだけの威力の魔術を連発するのは絶対に不可能だ。
彼の中にいる
だが、その
そして、その
外見からは戦士に近い印象を抱く。体幹の一切ブレない立ち方やよく鍛えられた肉体。そんな純魔術師見たこともない。
軽装魔術騎兵であればそんな事も無いのだろうが、それならば魔力量がもっと多いはずだ。
何にせよ敵でない凄腕であるなら、ひとまず問題は無い。この切羽詰まった状態で虎の尾を踏みに行く愚を犯すこともないだろう。
だが私にはこのアサカと中にいる
少なくともその面隠しを取って貰った方が心象がよくなるはずだ。
「それでその……。もしよろしければその面隠しを外してお顔を見せていただけませんか?恩人の顔は覚えておきたいのです」
そういうとアサカは少し焦ったように面隠しを上げてくれた。
そしてその下にある顔が顕になる。黄色の肌に意思の強そうな目と眉。私達と比べて低い鼻。だが全体的に整い美形だと感じる。
歳は20代から30代であろうか。この顔で、歳上で、さっきあんな直接的な褒め言葉を並べていたのか。
正直に言ってかなり好みの顔立ちであった。
甘えたくなるような、そんな顔と雰囲気、そして声。
――いや、駄目だ。
そんな未通女の妄想は後でいくらでもできる。いや、自分でも情けないことこの上ないが、好みの男性に出会ったことなど初めてなのだ。ましてや、男性に助けられたことなど、兄様を除いて一度もない。自分でも感情の抑えに難航する。
頭を振って思考を飛ばす。今はそれどころではない。
それにしてもあまり見ない人種だ。確かアサカのような特徴の人種が極東に住んでいると聞いたことがある。あれはシルクロードを越えてやってきた商人から聞いた話だったか。
もしかして極東ではこのような装備が当たり前なのだろうか?いや絶対にそんなことはないだろう。
それにしても、何故アサカは私達を助けたのだろうか?彼の思考を見た時に、
それに。私の名前、アルムクヴィストをを聞いても、なんの反応もしていない。自分で言うのも何だが、アルムクヴィスト公爵家をミスティア国内で知らぬ者など殆どいない。
金銭目当てが常の傭兵であれば尚更だ。私をアルムクヴィストの人間だと知らずに助けたのだとすれば、金銭は目当てではないのだろうか?
……ま、まさか、私に一目惚れをして!?吝かではないし、その腕に抱かれてみたいのは山々……いやそれはない。アサカの思考の中に
湿り気を帯びそうだったどこかが急速に乾いていく気がした。
その時だった。アサカが目にも留まらぬ速度で首から下げていた得物を手に取り横へと振り向いた。
突然の事に驚愕する私達であったが、その理由は直ぐにわかる。
地面を揺らす騎馬の音。彼はこれに反応したのだ。いつの間にか珍妙な面隠しを再度装着した彼から刃の如き殺気が漏れ出している。
その変わりように驚いた。先程までの空気は霧散し見る影もない。
穏やかさはなくなり、全身から抜き身の刃の如き殺気が漏れ出していた。
私も、部下もその雰囲気に飲まれるようにして各々の得物を抜き放った。
音の方角を見据える。稜線を越えその姿を捉えた。
そして安堵のため息を漏らす。あれはベネディクテ配下の近衛隊と公爵軍の騎兵だ。
「アサカ様!味方です!」
私が叫ぶと彼の雰囲気も徐々に元へと戻っていった。確信する。彼の雰囲気は先程相対したノルデリアとよく似ていた。
常在戦場の戦士としてのものだ。やはり魔術師ではない。
騎馬集団が近くまでやって来る。それを率いていたのは私もよく知る人物であった。ベネディクテの近衛隊の指揮官である彼女には私もよく世話になっている。
「オイフェミア殿下!よくご無事で!」
「ラグンヒルド。救援に感謝します。本陣の状況は?」
努めて冷静にそう訊き返す。戦力比を考えれば既に敗北が決定していても可笑しくはない。
「現在敵が全翼に展開し、我々は包囲されかけています。殿下には即座に本隊と合流していただきたい」
予想よりもベネディクテは上手く陣を配置したらしい。まだ本隊が殲滅されていないならば挽回の余地はある。
ラグンヒルドは言葉を述べた後、怪訝そうな表情でアサカへと視線を向けた。その気持はよく分かる。私も彼女の立場であればまずアサカの存在を気にするだろう。
「殿下、失礼ですがそちらの御仁は?」
「私達を窮地からお救いくださった傭兵のヒナツ・アサカ様です」
「傭兵……?」
ラグンヒルドも、彼女の率いる救援部隊も皆怪訝な顔を浮かべていた。
それは一先ず置いておくとしよう。この場で言葉を続けても意味はない。
私の行うべきことは決まっている。本隊へと合流し、フェリザリア侵攻軍を迎え撃つことだ。
問題はアサカをどうするかということである。正直に言って、私だけでは状況に変化が起きた場合対応が難しい。
それに理解が完全ではない存在を、目の見えない場所においておくのは怖すぎる。だとするならば次の行動は決まっていた。
「アサカ様。助けていただいた身ですが重ねてお願いがございます。どうか我々に力をかしていただけないでしょうか?勿論報酬はお約束致しましょう」
そう。彼を雇い入れることである。恐らくこれが現状における最適解だ。
思考を見た限り、私に敵意を向ける事はまずないだろうが、人間の心とは移ろいやすいものだ。何が起こるかはわからない。その前に唾を付けたい。
「構いません。一介の歩兵ですがご助力しましょう」
アサカは肯定の意思を示してくれた。ほっと息を漏らす。
「ではラグンヒルド先導をお願いします。アサカ様は騎乗できますか?」
凄腕の傭兵に訊くこととしては失礼にあたるかもしれないが一応の確認を行う。だがその返事は私の想像を反するものであった。
「お恥ずかしながら馬には乗ったことがありません。精々がポニー程度です」
ポニーとはなんだろうか?アサカは少しバツが悪そうに答えた。
馬に乗れないとは心底意外である。とはいえ行動に変化はない。
「ではゼファーの後ろに乗ってください。私の近衛隊の精鋭です」
既に騎乗し、移動準備を終えていたゼファーが私の横へと並び立った。
彼女であれば馬の扱いも慣れている。更に彼女の種族は
もし落馬しそうになっても、ゼファーがうまくフォローしてくれるだろう。
ゼファーは馬でアサカの元へと向かい、彼に声をかけた。
「オイフェミア様の臣下であるゼファーだよ!アサカ殿、どうぞ後ろへ!」
アサカは少し不格好になりながらも馬へと飛び乗った。それを見届けた後、私も自らの馬へと騎乗する。
肩は痛むが問題は無さそうだ。
「では出発します。全隊、私に続け!」
ラグンヒルドがそう叫んだ。
私と生き残りの部下たち、ラグンヒルドの指揮する救援部隊、そして不思議な格好をした男、アサカは戦場のど真ん中へと向かっていった。