元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話   作:Artificial Line

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Act2-2_白淡姫と放浪者

/ベネディクテ・レーナ・ミスティア

8月17日 20:20 ミスティア王国東部臨時キャンプ

 

「前線からの報告!左翼に展開している敵騎兵の突撃がきます!」

 

「長槍兵を前に出せ!魔術部隊を配置転換しカウンターで鼻を折る!」

 

 怒号が轟いていた。フェリザリアの侵攻から40分ほどの時間が経過している。

 

 1500近くの大隊が攻勢を仕掛けてくる前に最低限の陣を築けたのは大きい。そのおかげで今も我々は全滅せずに済んでいる。

 

 弓兵同士の射撃戦、魔術部隊同士の準備射撃が双方ともに終了し、状況は白兵戦へと移行していた。

 

 とはいえ、我々ミスティア王国側は圧倒的に寡兵である。

 要するに白兵戦に突入してしまった現状、このままではどう足掻いても敗亡は決定的であった。

 

 そもそも騎兵の数からして5倍近くの開きがあるのだ。ふざけやがって。何故そんな規模の騎兵を、こんな国境線に投入できている。

 

 どう考えても逸脱者(最強)、ノルデリアのせいだ。奴の戦略的価値を再評価せねばならない。決して侮っていたつもりはないが、まさかこれほどまでとは。

 

 兎も角、現状絶対に優先すべき項目は殲滅されないこと。この一点に尽きる。

 

 最悪本隊が壊滅しようとも、オイフェミアさえ戻れば勝機はある。彼女に対するカウンターは、それこそノルデリアのような逸脱者(最強)しかいないのだ。

 

 考えても見てほしい。最大でkmに届く線上を地形ごと破壊できる魔術を連発可能な存在を、どうやって通常騎兵と歩兵で止めるというのだ。

 

 一般兵でも理論上有効な対抗手段として弓兵によるロングレンジの攻撃があるが、オイフェミアは高強度の魔術障壁が展開可能だ。

 

 本来魔術障壁というものは万能な代物ではない。

 常時展開するのであれば、それだけで魔力の消耗が激しすぎる。

 また強度を増そうとすれば、それもそれで魔力の消耗が激しい。要するに燃費が悪い。

 

 そのため、本来は被弾寸前の防御時に発動させるようにするのが一般的だ。

 

 常時展開型の魔術障壁なら、普通は被弾時の衝撃を減少させれる程度だろう。

 だがオイフェミアの場合は違う。その生来の魔力保有量であれば、大型魔物の突撃すら相殺することが可能なのだ。

 

 そのオイフェミアの魔術障壁を突破できるのは、埒外の一撃。常識を逸脱したものに限られる。

 

 だがそんなオイフェミアであったとしても、本隊が殲滅されれば撤退せざるを得なくなる。だから私達は時間を稼ぎつつ殲滅されないように立ち回らねばならないのだ。

 

 私達より300m程前面に展開している主動隊に対して、敵左翼の騎兵が突撃を敢行する。

それを前進させたパイク兵で迎え撃ち、魔術部隊による迎撃が展開された。

 

 何騎かの騎兵はパイクや攻撃魔術に阻まれ停止するが、それでも勢いを削ぐには至らない。

迎撃網を抜けた騎兵が歩兵や魔術部隊を蹂躙した。そしてこちらの反撃の前に騎馬の機動力を生かして離脱していく。

 

 いや……。離脱ではない。そのうちの15騎ほどが前線を突破し、私のいる臨時指揮所へ向け突撃してくる。

舌打ちをしながら腰に帯びた大剣を抜刀した。元より騎兵突撃を許した時点でこうなることは想定済みである。

 

 全身の魔術回路に魔力を回す。用いるのは構造変化(エンハンスド)と呼ばれる技能。

 

 構造変化(エンハンスド)とは魔力によって身体構造を変化させる業全般の事を表す。

 

 まず使用するのは猫目(キャッツアイ)と呼ばれる構造変化(エンハンスド)の業の一つ。瞳を猫の様に変化させ、飛躍的な動体視力の向上も齎す業。

 

 続いて膂力強化(ストレングスプラス)。全身の筋力に魔力を流すことによって、膂力を底上げする。術者の能力次第ではあるが、私の場合は熊を片手で捻る程度までには膂力を強化できる。

 

 最後に硬質化(ハーデン)。任意の身体部位を魔力で硬質化させる構造変化(エンハンスド)の業。

 それを全身に巡らせる。こちらも硬度は術者次第だが、生半可な刃程度なら逆に欠けさせる事が可能だ。

 

 これらの技能は強力であるが、効果時間が長いわけでもない。効果が終了した後は術をかけ直す必要がある。

 

 だが今はそれでも十分であった。そもそも長期戦に縺れ込んだ時点で負けが決定する。

 

 深呼吸。そして、手に持った大剣へと魔力を流し込んだ。

 

 その瞬間――大剣の刀身部分が白炎に包まれた。

 この大剣の名前はサンクチュアリ。ミスティア王国の宝具の一つである()()()()だ。

 

 全ての準備を終え、敵騎兵を迎え撃つ。こんな所で死ぬ気も無い。私と白兵戦をすることの意味を教えてやる。

 

 先鋒の騎兵が切り込んできた。私の護衛である近衛隊の面々は、サンクチュアリの熱に巻き込まれぬ様に皆少し離れた位置で各々の得物を抜刀している。

 

 騎兵のランスが突き出される。それをサンクチュアリで大きく弾きつつ、馬の首を切り飛ばした。

白炎の高熱で、ランスが一瞬にして融解する。金属すらも溶かすその一撃で斬り飛ばされた馬の頭は、地面に落ちる前に燃え尽きた。

 

 思考する器官を失った馬の身体はバランスを崩し、騎乗していた騎士を地面へと投げ出す。そして間髪入れずに部下達がその騎士の急所部分へと刃を差し込み、殺す。

 

 次が来る。二騎の騎馬。一騎目から突き出されたランスを姿勢を下げ回避しつつ、二騎目の馬の足を切り飛ばす。投げ出された騎士の末路は先程と同じもの。

 

 私に攻撃を避けられた一騎目の騎兵は離脱反転しようとするが、それよりも先にその背中に向かって魔術を発動させた。

 

「神の怒り、雷の力よ。私に仇なす者を滅しろ!稲妻(ライトニング)!」

 

 左手に装着した魔術の発動体である指輪から、雷へと変化した魔力が解き放たれる。

それは文字通り目にも留まらぬ速度で目標へと向かっていき、騎士に直撃した。

 

 胴体部分を穿たれた騎士の躯はそのままバランスを保てなくなり落馬する。

 

 略式の短文詠唱だが、人一人を殺すにはこの程度の威力で十分だ。

 

 次だ。振り返り敵の追撃を警戒する。騎兵突撃では埒が明かないと判断したのか、騎兵達は馬から飛び降り白兵戦を挑んできた。

それを前衛の部下達が迎え撃つ。だが3人程が壁を掻い潜り私へと肉薄してきた。

 

 相手の得物はロングソード。こちらのサンクチュアリの刀身は160cm。リーチではこちらが勝る。

 

 一人目の振りかぶった一撃をバックステップで回避し、二人目の攻撃を手甲と硬質化された左腕で受け止める。

三人目の正中線を狙った突き。それに対しては身体を反らすことによって、直撃を避けた。

 

 だが相手の勢いは止まらない。この騎士たち、熟練だ。

 次は二人の騎士が同時に左右から切り込んでくる。それをサンクチュアリで受け止めた。

 

 得物同士がぶつかった瞬間、瞬く間に融点を超えた敵のロングソードが融解し、その熱の伝播で騎士たちの腕ごと焼き尽くす。

 

 三人目の攻撃が来る。上段に突き出した一撃。狙いは首か。

 咄嗟に腰を落とすことによって狙いを逸らす。そのまま突き出された刃は口腔を貫通し、右の頬を貫いた。

 

 刃のものか、はたまた私自身の血のものかは判断できないが口内に鉄の味が広がる。

 即座に硬質化(ハーデン)を追加発動させ顔面下部を硬質化させた。そして思い切り口内の刃を噛み砕く。

 砕かれた破片が口内に散らばるが、硬質化されているためこれ如きで傷を負うことはない。

 

 異物を吐き捨て敵騎士を見据えた。兜の奥で畏怖に染まった瞳と目が合う。そんなに怖がることは無いだろう。寧ろ私に傷を負わせたのだ。誇るべきだろう。

 

 サンクチュアリで受け止めた二人の騎士を膂力で弾き飛ばす。次いで私の口に刃を叩き込んだ騎士の腹を蹴り上げ、距離をとった。

得物を下段に構え、左肩を敵方へと突き出す。そして地面を蹴り上げ斬りかかろうとした――

 

 バァン。

 何かが破裂したかのような爆音が左手側の丘から聞こえてくる。

 その瞬間、目の前にいる騎士の1人の頭が爆ぜた。いとまもなく連続する破裂音。

 

 何が起きたか理解できていない敵兵達の頭は次々に爆ぜていった。

 状況は私にも良くわからない。だが猫目(キャッツアイ)によって強化された動体視力は、高速で騎士の頭に命中する鏃のようなものを捉えていた。

 

 兎も角、誰かしらの援護であることは間違いない。

 

 破裂音は更に連続して鳴り響く。そして前衛で戦っている部下と相対した敵の頭が次々に爆ぜていった。

 

 突然目の前の敵が死亡したことからか、部下たちの顔には困惑の色が浮かんでいる。

 残敵が残っていない事を確認してから、私は音の方向へと顔を向けた。300mほど先の丘の上。そこで手旗信号を送っている人影が月明かりに照らされている。

 

 あの豊かな金髪は……オイフェミアだ。彼女が生きていた事に一先ずの安堵を抱くが、その手旗信号の内容に『正気か?』という感想を抱く。

 

『撤退し敵を誘引せよ』

 

 彼女の手旗信号の内容はそのようなものである。

 この状況で前線を下げようものなら戦線の再構築は不可能になることくらい、聡いオイフェミアであれば理解できているはずだ。

 

 ということはそうなろうとも問題がない策を用意しているのだろうか。

 兎も角はその指示に従うことにする。現状の総指揮官は私だ。判断に迷えばいま決死の覚悟で戦っている兵士達を無駄死にさせることになってしまう。

 

 今はオイフェミアの事を信じよう。

 

「前線へ撤退の合図を出せ!敵を誘引せよ!」

 

「しかしそれでは…」

 

「オイフェミアからの指示だ!今は奴を信じろ!」

 

 私の近衛隊の次席指揮官が、不安そうな顔をしつつも頷く。

 そして通話のピアスと呼ばれるマジックアイテムを用いて、前線指揮官へと通信を行った。

 

 それから30秒程のラグの後に、前線部隊の後退が開始される。

 全翼に展開していた敵軍はしばらくの間様子を伺っているようだったが、全軍での前進を開始した。

 

 私のいる本陣との距離が縮まっていく。軍団旗を掲げた敵指揮官クラスの影もちらほらと見え始めた。

 

 まだかオイフェミア。このままでは不味いことになるぞ。

 

 そう思っていた時、先程の破裂音がオイフェミア達のいる丘上から鳴り響いた。

 まさかと思い前線へと目を向けてみれば、軍団旗を掲げた敵指揮官が血飛沫を上げ馬から転げ落ちる光景が目に入る。

 

 破裂音は連続する。次々に指揮官クラスへ命中していくその攻撃に、敵軍は大混乱に陥った。

 

 最早、頭を失い烏合の衆となりかける敵軍であったが、その時敵の後方から笛の音が鳴り響く。

 

 視線をそちらへと移せば大槍を担いだ黒い甲冑がと目が合った。敵方の逸脱者(最強)、ノルデリアだ。

 

 フルフェイスの兜を装備しているため、その表情を伺うことはできないが、間違いなく笑っている。それも、心底楽しそうに。

 

 笛の音を合図とし、敵軍は一斉に撤退を開始する。

 

 それが意味することは、我々の勝利であるということだ。

 

『うぉおおおおおおおおお!』

 

 前線部隊から歓喜の声が上がる。だが私の意識は別のところに向いていた。

オイフェミアの横に誰かが立っている。月と星々の明かりに照らされたそれは奇妙な外見をしていた。

 

 あれは……何者だ?そう思考しながらも、兎も角は痛む頬の治療をすることを決定するのだった。

 

 

 

/ベネディクテ・レーナ・ミスティア

8月17日 20:40 ミスティア王国東部臨時キャンプ

 

 傷を神聖魔術(ホーリー・アーツ)で治療した後、私は仮設陣地に置かれた椅子に座っていた。

 

 兵士たちが戦場に残された遺体の回収を開始している。圧倒的な劣勢であったのにもかかわらず勝利できたのは、まさに奇跡と言えるだろう。

 

……いや、奇跡ではないか。この勝利をもたらしたのは、あの破裂音の主。いま私の横に存在する木箱の上で、紫煙を吐き出している()

 

 我々も戦力の三分の一を喪失してしまい実質的な全滅判定ではあるが、既に後方への連絡は済ませてある。

あと3日もしない内に交代要員の貴族が軍を引き連れて到着するだろう。それまでは現有戦力で対処せねばならないが、フェリザリア側もこれ以上の侵攻は行ってこないだろう。

 

 そう考える理由としては3つあげられる。1つ目は先の戦いで士官クラスの兵の大多数を損耗したこと。2つ目はオイフェミアの警戒レベルが跳ね上がったこと。3つ目はフェリザリアの士官クラスの殆どを尽く屠った存在が観測されたこと。

 

 私にとってもイレギュラーだったのは3つ目の存在だ。これに関しては全く想定もしていない。当然である。誰があんな闖入者の存在を想定できるというのだ。

 

 だがまあ、それのおかげで我々は今生存できているといっても過言ではない。オイフェミアはその闖入者たる男をこの場に残して、自軍の状況確認に向かってしまった。もうしばらくすれば帰ってくるだろうが、それまでに私はこの男の事を多少なりとも探っておくべきだろうか。

 

 更に驚いたのはこの男がフェリザリアの逸脱者たるケティ・ノルデリアを退けた張本人だということであった。正直に言えば未だに信じられない。

 

 そんな明らかにオーバーパワーな存在だが、私はあまり警戒心を抱いていなかった。理由はオイフェミアである。人の心を容易に覗き見れる彼女がこの場に残していったのだ。

 ならば神経を張り詰める必要もない。無為に警戒しすぎてこの男の心情を変えてしまう事も嫌だ。

 

 

 男の姿は実に奇っ怪であった。見たことのない形の帽子。オレンジ色のメガネ。蟲甲の耳あて。胴体部分だけを保護するような布鎧に、弦のないクロスボウのような得物。一体何者なのだろうか。

 

 オイフェミアの言では『傭兵』とのことだが、こんな姿の傭兵見たこともない。そも男の傭兵という時点で珍しすぎる。こんな存在が自国内にいればすぐさま報告に上がってくるはずだが、勿論耳にしたことなど無い。

 

 件の男は今、私の横で木箱に座っている。勿論周りにはラグンヒルドを含めた護衛が数名待機しているが、誰も言葉を発することはない。奇っ怪な男も、最初に『煙草吸っても?』と訊いてきただけだ。

 

 男は木箱の上に座りながら紫煙を吐き出している。

 随分と無警戒で隙だらけ。一見そう見えるが、男の目は組まなく周囲を警戒している。

 

 男の装備については全くもって我々の常識外のものである。それについて考えても仕方がないだろう。知らないものは知らないのだ。

 

 だから私はまず男の吸う煙草に注目することにした。煙草であれば勿論知っている。私は吸わないが、宮内も吸うものは多い。

 だが男の吸う煙草は私の知識にある物とは少し違っていた。この世界において煙草と言えば葉巻がメジャーだ。それ以外にも葉切りを燻して吸う煙管などもあるが、男の吸うそれは全く違う見た目である。

 

 白い筒のような外見の先端に火をつけ紫煙を吐き出していた。恐らくは葉切りを白紙で包んでいるのだろうが、ひと目でそれがかなり高い技術力で作られていることが理解できる。

 

 煙草に造詣は深くないが、あれはそれなり以上の高級品なのではなかろうか。そうだとすればこの傭兵を自称する男はそれに比例して裕福だということになる。

 

 しかしそれではおかしい。先も言ったようにそれだけの傭兵であれば耳に入っているのが普通なのだ。

 

 埒が明かない。自身だけでいくら思考しようが回答は出ないだろう。直接聞くことにしよう。

 

「おいお前」

 

 私はそう声をかけた。男は少し予想外だったようで、多少驚きながら顔をこちらへと向ける。

 

 なかなか精悍な顔つきだ。素性の詳細は兎も角としても、何かしらの技をもって戦場に身を置く者の顔だ。

 あまり手入れされていない顎髭になんだか違和感を覚える。ミスティアの男は皆髭を生やさない。髭を生やしている男を見るのはお父様以来であった。

 

「いかがなさいました?」

 

 男はそう返す。やはりこの者はミスティアの人間ではないだろう。

 いま身につけている甲冑には王家の紋章が彫られている。それを見ても何の反応も示さなかった。

 

 何処まで言っても平常心の様に感じる。些か王族の前で無礼だとは思うが、寧ろ私はそういった反応の方が好みだ。

 

「お前、名前は何という」

 

「私は朝霞日夏と申します。失礼ですが、そちらは?」

 

 部下の何人かの顔に青筋が浮かぶのを確認する。それを手で制しながら私は言葉を返した。

 

「ベネディクテ・レーナ・ミスティア。この国ミスティア王国の第一王女だ」

 

 そう言えば、男の眉が上がった。劇的な表情変化ではないが、かなり驚いているようだ。

 

 だがそれは私の名前を知ったからではなく、別の驚きのように感じた。

 

「これはご無礼を。無知なもので。本物の姫君には初めてお会いしました。おとぎ話で言われるようにお綺麗なのも道理だ」

 

 突然容姿を褒められた事に一瞬あっけにとられたが、どうにもそれが愉快で笑いがこみ上げてくる。

 まさか私の顔を褒めてくる男がいようとは。確かに自分でも顔は整っていると思うが、そんなことを直接言ってくる男なぞ初めて出会った。貴族の男どもは特に私の事を怖がっている者が多いからな。

 

 とうとうそれが抑えられなくなり、声として漏れた。

 

「ふふ、あはははは!いや、気にしないでくれ。私が綺麗か、そうかそうか」

 

 男、アサカは突然笑い出した私に少し驚いた様子である。彼は煙草握り消し、ポケットの中へ放り込んだ。

 

 私は少しこの男に興味が出てきた。

 

「ふむ。アサカ。私の何処が綺麗だと思ったのだ?」

 

 ひとしきり笑い終えた後、私はアサカに質問を行う。

 少し呆気に取られた表情を浮かべた後に、アサカは口を開いた。

 

「ご機嫌を損ねてしまったのであれば謝罪します」

 

「いや、そんな事はない。だがそんな事を私にいう男は初めてでな。どうしてそう思ったのかが気になった。遠慮いらん。理由を述べよ」

 

アサカは心底意外そうな目で私の顔を見る。そして口を開いた。

 

「理由はいくつも上げられます。Your Excellency(閣下)、いえ失礼。Your Royal Highness(殿下)、まず貴女の白雪のような髪は、見ているだけで心底見惚れます。私は貴女に敬意を抱かずにはいられません。とてもお綺麗だ。手入れも相当な苦労があるでしょう。それに凛々しいお顔立ちも、まるで一つの芸術作品のようだ。圧倒される美、というのは貴女にこそ」

 

「もう良いもう良い!ありがとうな!」

 

 堰を切ったように止まらない歯の浮くような褒め言葉。普段であれば馬鹿にしているのかと一蹴するところだが、アサカの表情は真剣そのもの。故にその言葉を疑うことすら忘れる。王族とはいえ、恋愛事に全くもって縁がなかった17歳の未通女には刺激が強すぎる。

 

 思わず赤面しながらその言葉を遮った。アサカに見られぬように顔を背ける。そうすれば愉快そうに意地の悪い笑みを浮かべたラグンヒルドと目があった。たたっ斬ってやろうかこの女郎。

 

 顔から血が引くのを待ってからアサカへと向き直す。

 

「ふう……。ところでアサカよ。お前は一体何者なのだ?オイフェミアは傭兵だと言っていたが、お前のような格好の傭兵なぞ聞いたこともない」

 

 アサカは少し困ったように眉を歪めた後、言葉を返す。

 

「それが少し自分でも掴みかねておりまして。やはり私のような存在は他にはおりませんか?」

 

「ああ。聞き及んだこともない。お前が初めてだ」

 

 そう言えば少しの静寂が場を支配する。どう言葉を選ぶか思案しているようだ。

 

 発言からして記憶に齟齬でも発生しているのか?だがそれにしてはパーソナリティがはっきりしている。

 

「私は日本という島国に生まれたのですが、その国に聞き覚えは?」

 

「知らぬ。極東にはお前のような人種が統治する旭日皇国という島国が存在しているらしいが、そのことか?」

 

「いえ、違います。少なくとも私の知識では、日本がそのような呼び方をされたことは無いはずです」

 

 疑問が募る。私の知らぬ国家出身なのはあり得ることだろう。だがこのような奇っ怪な格好をする戦士がいる国のことが噂にならぬことなぞありえるか?

 

「アサカ、お前のその装備も、日本という国も何もかも私の知識には存在せん。それどころか男の戦士ですら珍しいものだ」

 

「なるほど……。ならば信じられないでしょうが、それなら私は別世界の人間の可能性があります」

 

 別世界の人間。その言葉を聞いた時に浮かぶものがあった。

 

 それは魔神と呼ばれる存在だ。古くから神々や人族、魔物、魔族、アンデッドなどこの世の全てと敵対する謎の存在。

 

 異世界よりの侵略者。深淵と呼ばれる、全てが淀み、全てが交わる場所より発生する、正体不明の敵対存在。それが魔神である。

 

 話によれば、魔神の中にも人語を解するものは存在するという。このアサカは魔神なのか?

 いや。それにしては矮小な魔力量だ。どう見積もっても只の人間と同等である。

 

 思考の結果、魔神と同じ様にこの世界へと流れ込んできた別世界の人間なのではないか?と辺りをつけた。

 

「いや、信じよう。その方がお前という存在に説明がつく」

 

「……信じていただけるのですか?」

 

「人間は初めて見たが、異世界から来る存在は珍しいものではない。この世界へと来たのはお前だけか?」

 

 アサカは真剣な、だが驚いた表情を浮かべていた。どうやら彼の常識にはそういった存在はいないらしい。

 だが我々には馴染み深いものだ。忌々しいが。

 

「いえ。私と一緒に弾薬庫……装備保管庫のようなものも一緒に飛ばされました。ここからそう遠くはない位置にあります」

 

 建物ごと飛ばされたのか。是非ともこの目で確認したいが、それはアサカにとっての生命線でもある。

 

 私はこの男の力を目の当たりにした。下手を打てばフェリザリア側へ意趣返しされることもありうる。そうなるのならば切り捨てるまでであるが、正直に行ってこの男を失うのは惜しい。

 

 端的に言って気に入ったのだ。顔も悪くない。私の容姿を褒めた男もコイツが初めてだ。それに、戦場で男に助けられた経験も初めてである。できれば手元に置いておきたい。

 

 そうするにはどうすればいいか。第一に挙げられるのはアサカの安全保障であろう。こちらが彼の身の安全を保証し、存在を脅かさないことが絶対条件だ。

 

「なるほどな。ではアサカ、お前の安全は保証しよう。その代わりと言ってはなんだがその建物へ私を案内してほしい」

 

 アサカの目が細まり鋭利な空気を纏い始める。今の一言でかなり警戒されたようだ。それはそうであろう。

『お前の急所の場所を教えろ』と捉えられても致し方ない言い方だった。少し軽率であった自分の言葉に反省した。

 

「……その約束が反故にされない確証は?」

 

「そう猫のように警戒するな。正直に言ってしまえばお前の存在は非常に危うい。それはフェリザリア……我々が交戦していた敵対集団にとっても、我が国にとってもパワーバランスを変えかねないからだ。だが私はお前のことが気に入った。先の戦果を知っている上で今後敵対することも、ここで斬り伏せる事もなるべく避けたい。お前の安全を保証し我が庇護下におくにしても、お前の事をよく知っておかねばならん」

 

 アサカは私の言を聞き終えると長考に入る。ここでどうするかが今後を大きく左右するのだ。当然だろう。

 20秒ほどの時間をおいて彼は返答する。

 

「わかりました。ですが殿下」

 

「ベネディクテで構わん。それに敬語も不要だ。お前はこの国の臣民でも家臣でもないからな」

 

「了解。ではベネディクテでいいかな?ベネディクテの言っていることは理解できるし、正直にいってありがたい。俺だったら、突然戦闘に介入してきた奴が『異世界から来ました』なんて言ったら、そいつの正気を疑う」

 

 アサカは伺うような視線をこちらへと向けてくる。私はそれに対して同意の意を示しつつ、先を促した。

 

「だが、そっちも解ってると思うんだが、その建物は俺の生命線でね。この装備一式もそうだ。とはいえだ。ここは、ベネディクテ、貴女たちの勢力圏なんだろう?」

 

「ああ、お前の言う通りだ。ここは我が国ミスティア臣下の貴族領に間違いはない」

 

「だろうね。つまり提案を拒否したところで、すぐに弾薬庫の位置は露見するという訳だ。……OK、貴女の提案に乗るよ」

 

 アサカが受け入れた事に対し、思わず口元に笑みを浮かべる。

 だが彼は続けて口を開いた。

 

「ただなるべく少人数で頼めないか?ここが本当に別世界ならば、俺の持っている武器をあまり露見させたくない」

 

 砕けた言葉でアサカはそう言葉を告げる。

 彼が話すのは連合女王国訛りの共通語だが、度々知らない単語が混ざる。恐らくは彼の世界のスラングか何かなのだろう。

 それに対して近衛隊の幾人かがいきり立ちそうになるのを手で制した。私が良いと言っているんだから良いだろうが。高すぎる忠誠心も時には考えものである。

 

「それについては問題ない。私と、あとオイフェミアの二人で赴くことにしよう」

 

 私の言葉に流石に堪えられんとばかりに部下の1人が声を上げる。

 

「ベネディクテ様!それはあまりにも危険……」

 

「言葉を選ばずに言うならば、お前達全員が護衛に付くよりもオイフェミア1人と共にいたほうが安全だ」

 

 部下は下唇を噛んで言葉を詰まらせる。命がけで私を護ろうとしてくれる人間に対して些か不躾ではあるが、事実は事実なのだ。まあだが部下を諌める為にも近衛隊長であるラグンヒルドには確認を行っておくべきだろう。

 

「ラグンヒルドもそれで構わんな?」

 

「駄目と申しても聞かないのでしょう?我々は付近で待機する事にします。ですが一応何かがあった時の為に、オイフェミア殿下の次元通門(ディメンション・ゲート)で直ぐに逃げられる体制を整えてくださいませ。そうでないと我々以上に公爵兵が暴発しかねませんから」

 

 苦笑を漏らしつつそれに同意する。確かにその通りだ。

 

「ではアサカ、聞いての通りだ。お前はどうする?」

 

次元通門(ディメンション・ゲート)は、ワープかなにかの魔法か?まあそれでいいさ。ベネディクテの提案に乗ることにするよ」

 

 アサカの言葉を聞いて笑みを浮かべながら手を差し出す。

 彼はそれを握り返してくれた。どうやら握手の文化はアサカの世界にもあるらしい。

 

 親族以外の異性の手を握るのが初めての処女であることが災いし、自分の意識とは関係なくどこかが湿り気を帯び始めるのを自覚する。

 

 若干の自己嫌悪。だが仕方ないだろう。人格面はこれから図っていくにしても、顔が好みの()に手を握られるのを想像してみろ。若い処女(童貞)ならば誰でもそうなる。

 

「それではよろしく頼む、アサカ」

 

「こちらこそ、ベネディクテ」

 

 その時丁度視界の端に豊かな金髪が写った。オイフェミアが確認作業を終えて戻ってきたようである。

 少々の困惑を浮かべつつ、彼女は声を発した。

 

「えーっと……?随分仲が良くなったようですね」

 

「まあな。とりあえずもう夜も更けた。明日の早朝向かうとしよう。オイフェミアも準備しておいてくれ」

 

「え?何がです?どういうこと?」

 

 困惑しているオイフェミアを無視して言葉を続ける。

 

「満足な寝床も無いが、アサカはとりあえずゆっくりしてくれ。お前が我らの救世主であること忘れてはいない。ラグンヒルド、可能な限りのもてなしを」

 

「ねえ!無視しないでよ!説明して!こんなので頭の中わざわざ見たくないんだけど!?」

 

「承りました。アサカ様、こちらへ」

 

「ラグンヒルドまで!?」

 

「お構いなく。野営にも野宿にも慣れてますんで」

 

 煩いオイフェミアの頬を掴み、タコの様な顔を作りながら、ラグンヒルドに案内されるアサカを見送った。

 

 あとはこの無理をしているオイフェミアの話をゆっくり聞くことにしよう。

 明るく振る舞っているが、長年連れ添った家臣の多くを喪ったのだ。その胸中に渦巻く感情は隠しきれない。

 

 とりあえずはいい出会いになりそうで何よりである。色んな意味で。

兵士たちが奏でる物音とともに、夜の帳は更に下っていく。

――願わくば、アサカを切り捨てるような事態にならないことを祈って。

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