カヤお嬢様……ううん。カヤさんとお友達になれた。
満たされた気持ちで笑い合っていると「キャープテーン!」と、子供の声が聞こえてくる。
「げっ!!」
「わあ!?」
気づけば、ウソップさんにさりげなく窓枠に座らされていたので(背が低くて、カヤさんと手を握り合うのが大変だろうと抱っこされた)人の声に慌てて降りようとして姿勢を崩し、カヤさんのベッドにぼふっ! と背中から落ちてしまう。
「ナナさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
ちょ、ふわりと凄く良い匂いがするんですけど!?
いかん、邪念よ消えろ! お友達にそういう気持ちを抱いたらダメ! そういうのはもっと関係が進展してからだと思う! 溢れる欲望に蓋をして、身を捩って起き上がろうとする。
(一瞬見えたけど、子供達と一緒にナミさん達もいたし……!)
こんな格好悪い姿は見せられないと、もたもた身じろぎする。
「お前ら、何しに来たんだ!!」
「この人が連れて来いって……」
「誰?」
「あ! お前がお嬢様か!」
くっ、窓枠から足だけはみ出ている。下手すると靴跡がベッドについてしまうから、慎重に身を起こさなくては。
「あー、こいつらはおれの噂を聞きつけ遠路はるばるやってきた。新しいウソップ海賊団の一員だ!!」
「ああ!! いや! 違うぞおれは!!」
うごうごしながら身を起こそうとするも、カヤさんの手を離したくないので、遅々と体勢を整える。
「頼み? 私に?」
「ああ! おれ達はさ、でっかい船がほしいん」
「君達そこで何をしている!!」
びやっ!!??
突然の大声に心臓が跳ねる。
「……っ! クラハドール……」
「困るね、勝手に屋敷に入って貰っては!!」
「げっ、執事」
し、心臓よおさまれ……うぅ。
「ごめんなさい、ナナさん。驚かせてしまって……」
「! いえ、全然、平気ですから」
カヤお嬢様に気を使わせてしまった。びくついた心臓を叱りつけて、ふうーっと深呼吸。
「ん! そこで足を出しているのは誰かね! 失礼だな君は!」
びゃああああ!!??
「クラハドール!! 彼女を驚かさないで!!」
「お、お嬢様……」
胸をおさえながら、何とかじたばた不格好に窓の外に出て行く。ふらつきながら大地に足をつけると、心配そうな顔をしたカヤさんに頭を撫でられる。……やさしい。涙出そうなほど嬉しい。
「……君達、帰ってくれたまえ。それとも、何か言いたい事があるかね?」
「あのさ、おれ船が欲しいんだけど」
「ダメだ」
船……? ルフィさんの台詞に首を傾げて……あ、そういえばそうだった!? と、思い出す。
最初はそれが目的だったと、食堂での会話を改めて思い出し、乗って来た小船の事を思い出し、カヤさんに頼むかどうか考え、るまでもなく諦める。
(カヤさんに、そんな些事で迷惑をかける訳にはいかない)
お友達として、今は身体を治す事に専念して欲しい。このままじゃ一緒に遊びにも行けない。だから、ごめんなさい船長!
「……」
カヤさんは、私の頭を撫でていた手でほっぺをつんっと押してくる。
「船ね、いいわよ」
「え?」
「お嬢様っ!?」
「いいのか!? お前良い奴だな!!」
目を丸くする私に、カヤお嬢様はふふっと柔らかく微笑む。ルフィさんも大喜びで、私はひたすら驚いている。
「だって、私達お友達でしょう? ナナさんの夢や目標を私にも応援させて欲しいの」
…………!!
予想もできなかった温かい台詞にジーンと感動しながら、カヤさんの手を更に強く握って……あれ? 私はカヤさんに夢や目標の話なんてしてないよね? 目を丸くして首を傾げる。
「……お嬢様だもの。と、友達の目を見れば、将来を見据えて色々と頑張っている事は分かるわ!」
「な、なるほど!」
「いや、苦しすぎるだろ」
やっぱりお嬢様って凄い! ウソップさんが横でビシッと何かに突っ込んでいるけど、今は彼女しか見えない! カヤさんは顔を赤くして俯いてしまうけど、私の浅ましい欲望に気づいた上で、それでも背中を押してくれる友達の存在に、こんなに救われるなんて知らなかった……!
(こんなに素敵なカヤさんが、私のお友達だって全世界に自慢したい)
感激がぷるぷると全身を貫いて、許容量を超えた喜びに視界がゆがむ。
(お友達って、いいなぁ)
感じる喜びが2倍以上だと、涙で歪んだ視界の中、カヤさんは少し照れ臭そうに微笑んでいる。私の事を信じていると、その瞳が伝えてくれる。
「カヤさん、心からありがとうございます! 私、お友達って初めてです!」
「……そうなのね。私はナナさんが2人目よ。1人目はウソップさんなの」
――――ウソップさんめ!!
湧き上がる嫉妬心に顔を歪めると、カヤさんは悪戯っぽく、少しだけウソップさんみたいに笑う。
「でも、女の子のお友達は、ナナさんが初めてよ」
「――――!!??」
カヤさんも初めてで初めて同士だった!! 嬉しい大好きです!!
「……ごめんなさい、はしゃいじゃったわ」
「え!?」
「……その、いじわるしちゃったから」
んんー!! 恥ずかしそうに、ちょっと申し訳なさそうに笑うカヤさんに心が浄化されていく。いいんですいいんです! きっとそうやってお互いの距離感を手探りするのも、お友達の特権です多分! ああ、私を喜ばせてはしゃがせる天才ですねカヤさんは! ふへへとだらしなく笑ってしまう。
「君は……ウソップ君だね……」
見つめ合う私達に今は何を言っても無駄だと判断したのか、クラハドールさんは矛先をウソップさんに変える。その硬い声に背筋が伸びる。
「……!」
「君の噂はよく聞いてるよ。村で評判だからね」
あ、カヤさんも緊張してる。……でも、なんだろう。初対面だけど、あのクラハドールさんって人。
(…………苦手だな)
カヤさんが「え……?」と小さく零すのを耳に、複雑にクラハドールさんを見る。
こうして、お友達の温かさが身に染みるからこそ、彼から感じる”冷たさ"が気になる。特に今は、場所を移そうともせず1人を糾弾する様な、わざわざカヤさんに見せつける様なシチュエーションにも疑問を覚える。
「門番が君をちょくちょくこの屋敷で見かけるというのだが、何か用があるのかね?」
……カヤさんを案じているから出ている台詞なのに、どうしても嘘っぽく感じてしまう。
(仮面を被っているみたい……)
旅立つ前、路地裏生活をしている間、1人ぼっちの私はずっとゴミを漁って、その記憶を見てきた。その記憶に慰められながら、一般常識を勉強してきた。
たくさんの”人達”を、捨てられた物を通して見てきた。
それこそ、遠い海に過ごす人達すら、私には見えたのだ。善人も悪人も普通の人もそうじゃない人も、浅く広く”感じて”知っている。
(……だから、あの人は嘘つきに見える)
それこそ、たった1つの硬貨から見えた"優しい”人々と比べると、彼は”カヤさんを案じている執事さん”を演じているみたいで……怖い。
気がつけば、クラハドールさんはウソップさんの父親の事を持ち出して、ウソップさんを挑発している。
……怒るウソップさんを見ていると胸が痛くなる。……あの執事さんは、カヤさんに何を見せつけたいのだろう? そして、親の事を持ち出すのは意地悪だと思う。
ウソップさんはウソップさんだ。
父親とは親子の縁で関係があるとしても、まだ何者でもない彼の性格と在り方を混同するべきじゃない。
何より”ウス汚ない海賊の息子”……その声色にだけ、一瞬本物の感情が乗った気がする。……彼は心底そう思っているらしい。
(……ウソップさんは優しいから……カヤさんの大切な執事さんだから、まだ我慢してくれてる)
でも、いつ爆発してもおかしくない。ひりついた空気に身がすくんでしまう。
「君には同情するよ……恨んでいることだろう。君ら家族を捨てて、村を飛び出した"財宝狂いのバカ親父”を」
「ッ、クラハドール!!」
真横からのカヤさんの、主の怒った声を、執事さんは聞こえないふりで流している。
「てめェ、それ以上親父をバカにするな!!」
すでに、ウソップさんは一度執事さんを見逃してくれている。でも、二度目はないだろう。
「……何をムリに熱くなっているんだ。君も賢くないな。こういう時こそ得意のウソをつけばいいのに……本当は親父は旅の商人だとか……実は血が繋がってないとか……」
「うるせェ!!!!」
バキッ!! とウソップさんがクラハドールさんを殴る。
目の前の暴力に、ちょっとどころじゃなくびくっ!! と震えてしまったけど……これは、正当な怒りだと思う。
そして、どうしよう。……カヤさんは大丈夫だろうか? きっとカヤさんはこの件で心を痛める。ウソップさんのした事が小さな犯罪の積み重ね(不法侵入)だとしても、目的を考慮すればここまで罵られる悪い事じゃない。この件で2人が気まずくなるのは嫌だ。
(何より、私はもう、この執事さんが嫌いだ……!)
「おれが海賊の血を引いている、その誇りだけは!! 偽るわけにはいかねェんだよ!! おれは海賊の息子だ!!」
その叫びは熱くて、胸を震わせる。
対して、執事の声は心を冷えさせる。
何より許せないのは、あの執事さんは主であるカヤさんの顔に泥を塗っている事だ。
執事というには自己主張が激しすぎるし、カヤさんへの支配欲が見え隠れしている。……私にはもう、彼が執事の仮面を被った得体のしれない人物にしか見えない。
(……カヤさんには、悪いけど)
今までの出会いの中で、暴言を口にしながらも温かい人達はたくさんいた。
路地裏生活の私が旅立つ前、どうして分かったのか、ゴミだと言って衣類や鞄、細かい道具をいっぱい”捨てて”いった町人達。
いかつい顔で悪口を言われても、そこには透けて見える温かさがあった。
頑固者は冷たいのではなくただただ熱くて、怒鳴り声にはうんざりした響きよりもこちらを案じる感情が乗っていた。
(……あの執事さんからは、そんな温かみを感じられない)
ただ、性格が悪いだけなら良い。
でも、四方八方を切り裂くみたいなやり方に残虐性が透けて見えて、怖い。
気づけば、息を飲んで成り行きを見守る事しかできない私の手が、痛いぐらい強く握りしめられていて、ハッとカヤさんを見ると、彼女は。
泣きそうに瞳を揺らして、青い顔で動揺していた。