「キャプテン・クロか……3年前に捨てた名だ。その呼び方もやめろ。今はお前が船長のハズだ」
ズレた眼鏡を手の平で押し上げる敵の名前はキャプテン・クロ。そして、もう1人はジャンゴと呼ばれる男。
(……もう、お前達は優しいカヤさんが許しても、私が許さない)
数秒前の黒い気持ちに蓋をして、ムカムカする乱暴な気持ちで崖下を睨む。私の初めてできた友達には指一本触れさせない。カヤさんの笑顔は私が守る……!
「……ふう」
「ふー!!」
私の両隣にいるナミさんが慎ましく、ルフィさんがほっぺを萎ませて溜めていた息を吐く。
「おい、あいつら何言ってんだ……? やばい事なのか?」
「……そんな事はおれが聞きてェよ。……でも待てよ……!! キャプテン・クロって名は知ってる……!」
「……ええ、私も聞いた事あるわ。計算された略奪を繰り返す事で有名な海賊だったけど、3年前に海軍に捕まって処刑された筈よ。……それが、どうして」
ナミさん達の会話を聞きながら、口を開けばキャプテン・クロの悪口が出てきそうで、ぐっと飲み込む。暴れ出しそうな自分を抑えるのに必死なのだ。本当は今すぐ、カヤさんに手を出すな!! って叫びたいけど、この油断しきったろくでもない会話は最後まで聞くべきだ。喉奥でふぐぐと唸る。
「しかし、あんときゃびびったぜ」
「ん?」
「あんたが急に海賊をやめると言い出した時だ。あっという間に部下を自分の身代わりに仕立て上げ。世間的にキャプテン・クロは処刑された」
サングラスの男、ジャンゴは語る度にポーズを変えている。……見つからない様に少しだけ身を引くと、ルフィさんとナミさんも習ってくれた。それにウソップさんもつられる。
「そしてこの村で突然船を降りて、3年後にこの村へまた静かに上陸しろときたもんだ」
ジャンゴは、そう言うと帽子を押さえたまま岩の上に座る。引いていた身を元に戻しながら、耳を澄まして2人をジッと見つめる。一言一句聞き逃さない様に。
「まァ、今まであんたの言う事を聞いて間違ったためしはねェからな。協力はさせて貰うが分け前は高くつくぜ?」
「ああ、計画が成功すればちゃんとくれてやる」
「殺しならまかせとけ!」
はっ?
その軽いノリが及ぼす悲劇と被害の大きさを想像し、カッと頭の奥が熱くなる。
「……ッ!!」
地面を蹴って立ち上がろうとした途端、ぐいっ!! と抑えつけられる。
ナミさん!? 大丈夫ですよ物理振り子運動なんたら投射キックとかならいける気がするんです! うろ覚えすぎる物理の知識を思い出しながら実行にうつそうとすると、怖い顔をしたナミさんが更に伸し掛かってくる。え? あれ、関節が動かない? どうやってるんですこれ!?
「だが、殺せばいいって問題じゃない。カヤお嬢様は"不運な事故”で命を落とすんだ。そこを間違えるな」
そうだ此処から飛び降りれば今ならあの男の頭に落下できる気がする!! その方が確実って事ですね!!
実行に移す為の距離感を計算しながら靴で地面を蹴っていると、ルフィさんにも肩を掴まれてしまう。片手間の妨害なのにびくともしない。というか痛い。……ちょ、本当に痛いんです2人とも!? でも背中はめっちゃ柔らかい!? くっ、計算が乱れる!!
「どうも、お前はまだこの計画をはっきり飲み込んでないらしい」
「バカを言え、計画なら完全に飲み込んでるぜ。要するにおれはあんたの合図で野郎どもと村へ攻め込み、お嬢様を仕留めりゃいいんだろ? そしてあんたがお嬢様の遺産を相続する」
ああ、血管が切れそうだ。
屋敷で、ウソップさんの事を財産目当てがどうのって罵っていたの、自分が財産目当てだからこその発想じゃないか、お前とウソップさんを一緒にするな……!!
「バカが……!! 頭の回らねェ野郎だ……!! 他人のおれがどうやってカヤの遺産を相続するんだ」
「がんばって相続する」
「がんばってどうにかなるか!! ここが一番大切なんだ!! 殺す前に!! お前の得意の催眠術でカヤに遺書を書かせるんだ」
――――――!!
怒鳴りかけた口をナミさんに抑えられる。肩を掴むルフィさんの手も振り払えない、自分の非力さに涙が滲む。
「”執事クラハドールに私の財産を全て譲る”とな!! それで、おれへの莫大な財産の相続は成立する……!! ごく自然にだ。おれは3年という月日をかけて周りの人間から信頼を得て、そんな遺書が残っていてもおかしくない状況を作り上げた!!」
怒りのあまり、また胸に冷たいものが広がっていく。この感情では理性的になれないのに、冷静にならないといけないのにっ!!
全身の力でジタバタする私を簡単に抑え込むルフィさんの横で、ウソップさんの姿が見え、その顔色にハッとする。
(ッ……私より、この村の住人であるウソップさんの衝撃の方が大きいに決まってる……! ここで私が暴走したらいけない……! でも、絶対にその企みは完膚なきまでに阻止してやる……!!)
カヤさんの寂しそうな笑顔を思い出し、胸が引き裂かれそうに痛む。
「……そのために3年も執事をね。おれなら一気に襲って奪って終わりだがな」
「……それじゃ野蛮な海賊に逆戻りだ。金は手に入るが政府に追われ続ける。おれはただ政府に追われる事なく大金を手にしたい。つまり平和主義者なのさ」
こつこつ働けこの愚か者ォ!!
お前みたいな奴が大金を手に入れたら絶対碌な事にならないんだからな!! 口を開く度に人の神経を逆なでするキャプテン・クロを睨む。
「ハハハハ、とんだ平和主義者がいたもんだぜ。てめェの平和のために金持ちの一家が皆殺しにされるんだからな」
「おいおい皆殺しとは何だ。カヤの両親が死んだのはありゃマジだぜ。おれも計算外だった」
「まァいい……そんな事はいい……とにかくさっさと合図を出してくれ。おれ達の船が近くの沖に停泊してからもう1週間になる。いい加減、野郎どものシビレが切れる頃だ」
あまりの身勝手さに、もう、どんどん怒りがたまってきて許せない気持ちでパンチしたくてしょうがない。
「……っ、ちょっと、落ち着きなさい」
「な、ナミ、さん……でも!!」
「ほら、まずは呼吸をして……! ずっと息してないのよ?」
え……?
ずるずると引きずられて、ルフィさん達から距離をとった所で背中を叩かれる。3回ぐらい強く叩かれたところでカヒュっ!! と変な音が喉を鳴らして、新鮮な空気が肺を満たし、全身の血管がズキズキと悲鳴をあげている気がした。
「……あ、れ。苦し、い……?」
「でしょうね。……ったく、ナナが本気で暴れたら、ルフィ並に手がつけられなくなりそうだわ」
「え……?」
それは、無いと思うけど。
ナミさんに簡単に押さえつけられ、ルフィさんの手だけで止められてしまう私だ。本気で暴れたところで一瞬で阻止される自信しかない。
「……とにかく、ここからは慎重に動きましょう! まずは急いでゾロにも知らせるわよ!」
ナミさんは腰を上げて、私の手を改めて繋ぎ直す。
「おいお前ら!!!! お嬢様を殺すな!!!!」
え!? その声に驚いて振り返ると、ルフィさんが立っている。
そして、ウソップさんはこの世の終わりみたいな顔してる。
「……あ、あんのバカ!!」
ハッ。もしかして今が愚か者共に名乗りをあげるタイミング!? よし、私もと駆け寄ろうとして、突然視界がぐるりと動く。
え? あれ、足が浮いて、えええええ!?
気づけば景色が流れて、ナミさんは私を横抱きにして全力でその場を駆け出していた。
ちょ、名乗りはいいんですかナミさん!?