「ゾロ! ついてきて!」
「はあ!? なに勝手な事……くそっ!!」
ダッ! と、村の子供達とだらーっとお話していたゾロさんを見つけるや否や、ナミさんはゾロさんに声をかけ、そのまま私を横抱きに通り過ぎていく。
(うぷ……ナミさん、足が速い……不規則な揺れが……気持ち悪いっ。いえ、船よりは、マシですけど……)
ナミさんから与えられる陸酔いというのも感慨深いけど、身体が我慢できずに口元をおさえてしまう。目もぐるぐる世界がまわる。
そんな中で見えたゾロさんは、大変不服そうにしながらもすぐにナミさんに追いついてきた。全身で面倒だと訴えて顔を顰めている。
(……凄いな、ゾロさん。あの一瞬で、ナミさんの様子がいつもと違うって、ちゃんと気づいてる)
だから、嫌そうだけど追いかけてくれる。……肝心な所で外さないというか、色々な意味でタイミングが良さそうで、その嗅覚が羨ましい。
(……私にも、そういうのがあったらなぁ。……お嫁さんになって欲しい人と、今頃はもっといっぱい出会えていたかもしれないのに)
お嫁さんを愛したい欲で、船酔いの苦しさを誤魔化そうとしていると、ギリギリっと急にお腹に回っている腕に力がこもっていく!?
え、あの? 体勢的にお腹に負担がキすぎているから、これは本当に吐きそうで危ういっていうか。ああああ、内臓がピンチなのに呻き声しか出せない!?
「おい、ナナが青ざめてるぞ」
「知ってるわ」
「!?」
「鬼かお前は……」
いえ、ナミさんは天使です。
そうこうしている内に、ナミさんはようやく私を降ろしてくれる。
硬い地面の感触が愛おしすぎて、すがりつきそうになりながら座り込む私の横で、ゾロさんが真面目な顔になって腕を組む。
「何があった……?」
ぐったりしている私の背中を撫でながら、ナミさんは「まずい事になったわ」ようやくゾロさんと向き合う。
「……まずいこと?」
「ええ、私たちに船をくれるお嬢様の……命の危機よ!」
「……そいつは穏やかじゃねェな」
ゾロさんは、まだ若干ナミさんを怪しみながらも、私の肩にぽんっと手を置く。
「……まあいいわ。さっき、海岸の方で」
そして、語りだすナミさんの声を聴きながら、身体はしんどいのに怒りの心が、ぐらぐらと煮えたぎっていく。……うっかり、あの黒い感情を思い出して霧散させながら、慎重に深呼吸。
『ああ、もちろんだ。いつでもイケるぜ、"お嬢様暗殺計画”』
……っ。
『”執事クラハドールに私の財産を全て譲る”とな!! それで、おれへの莫大な財産の相続は成立する……!!』
…………っ!!
いや、待て。落ち着こう、私。
どれだけ怒っても、私は弱い。どうしようもないぐらい矮小な存在なのだ。
(……だからこそ、冷静に。慎重に、私に出来る事で、あいつらの計画を台無しにしてやる)
絶対に報いを受けさせるからな、キャプテン・クロ! 3年もカヤさんを残酷に騙しやがって……!!
「へぇ……!」
ゾロさんは、ナミさんの説明を聞き終えたのか、面白そうに喉奥でくっくっくっと笑う。
その物騒な笑みが心強くて、ささくれた心が少しだけ落ち着いてくる。
「……なら、俺達のやる事は決まったな」
「ええ、船の為にも、襲ってくる海賊達の宝を奪う為にも!」
「……ぶれねェな。ところで、ルフィはどうした?」
「知らないわよ!! あいつのせいで秘密裏に動けなくなっちゃったじゃない!! せっかく情報が手に入って逃げるが勝ちだったのに!!」
ナミさんの叫びに、ドーンと仁王立ちするルフィさんの背中と台詞を思い出して……もしかして、名乗りをあげるタイミングじゃ無かったのかと目を逸らす。
と、とりあえず。まずはルフィさんとウソップさんの安否を確認する為にも海岸に戻ろう。ナミさんに揺さぶられながら辿って来た道順を思い出す。
この村の立地を頭の中で作成しながら、3人で海岸に向かって歩いていると、村の中から悲痛な叫びが聞こえてくる。
「みんな、ちゃんと話を聞いてくれよ!! 本当に明日の朝!! 海賊が攻めてくるんだ!!」
え? ウソップさん?
慌てて声の主を探して、トラブルの様だとこっそり覗き込むと、ウソップさんが村人さん達に囲まれていた。
「お前の話をいちいち真に受けてたら、おれ達ゃ何百回村を逃げ出さなきゃならねェんだ!!」
「今度こそ本当なんだ!!」
「今度こそとっ捕まえてやる!!」
「…………くそォ!!」
「速いっ!!」
…………なるほど。
海岸で何があったのかは分からないけど、ウソップさんが逃げられている、というか見逃されている時点で、タイムリミットの変更は無い気がする。
(3年もの間、偽執事をしている時点で自分の計画に自信と驕りがありそうだし。……彼ら視点で目撃者は村の嘘付き少年1人と、よそ者のルフィさん。私とナミさんが見つからなかったのは幸いだ)
ナミさんナイスです! 遠くまで逃げてくれてありがとうございます!
そして、ウソップさんは村人さん達に危険を伝えに来たけど、キャプテン・クロの予想通りに嘘だと思われて信じて貰えなかった。……でも、これなら次ぐらいで村人さん達に逃げて貰う事はできそうだ。
(……でも、ウソップさん傷ついてるよなぁ。……全部キャプテン・クロが悪い)
大勢に追いかけられるウソップさんを見送りながら、眉を下げてしまう。
「……あの光景を、よく微笑ましく見守れるわね」
「え?」
ナミさんの声に顔をあげると、ナミさんもゾロさんも私をジッと見ていて、少し気恥ずかしい。
いや、でも、今のはウソップさん愛されてるなぁって、感心するところですし。
「……ふーん?」
少し怪訝そうなナミさんに、どう説明したものか悩む。
(……”身内”を叱るような、激しい怒り方だから、じゃあ説明にならないかな?)
この村の温かさを肌で感じる、というのもあるけれど。村人さん達は、ウソップさんが誰かを陥れる嘘をついたのが許せない。そんな奴だと思わなかった。失望と疑惑が入り混じっている様に見えた。
あんなに大勢でウソップさんを囲んで、追いかけて、無視なんてされず、放ってもおかれず、叱りに行ってくれるなんて、すごく愛されてると思う。
(でも、ウソップさん視点だと、大好きな村人さん達に信じて貰えなくてショックだと思うから、それもこれも全部キャプテン・クロが悪い)
……でも、光明は見えた。
ウソップさんなら、いつでも声をあげた時に村人さん達は集まってくれる。次は目撃者である私達も一緒に証言すれば、ウソップさんの話が嘘では無いと信じて貰える。
そうして、あの偽執事の計画を台無しにしてやるのだ……!!
「…………どうして、あれだけの”感情”を、それですませられるのよ」
え?
「……何でもないわ。さあ、ルフィを探すわよ!」
「は、はい……?」
小さく零れた言葉は聞き取れなかったけど、暗い響きだった気がする。
ナミさん……やっぱり海賊が怖いのかな? 要領が良くて根性があってお宝への執念が凄くてか弱くもしぶとい彼女は、やはり年頃の魅力的な女性だ。少しでも恐怖心がまぎれれば良いと、繋いだ手を握りなおす。
うん? またギリギリってされて痛いすごく痛い骨が軋んで無表情も相まって可愛いけどご機嫌が悪いんですか!?
(……っ、そして、ゾロさんはいつまで私を肘置きにしているんだろう? いえ、いいんですが。……人の腕ってこんなに重いものだっけ? 筋肉がつまっているのかもしれない)
そうやって、3人で変にじゃれ合いながら海岸までの道を行くと、子供達の声が聞こえてくる。
「えーっ!!」
「カヤさんが殺される!?」
「村も襲われるって本当なの!? 麦わらの兄ちゃん!!」
「ああ、そう言ってた。間違いねェ!!」
ウソップさんを慕っている子供達が、ルフィさんの傍で騒いでいた。
話を聞くに、どうやら子供達は必死の様子で駆けていくウソップさんに何かあったのだと勘付き、追いかけようか迷ったけれど速すぎて見失ったので、原因がありそうな海岸の方に来たらしい。そこで、崖下で寝ているルフィさんを発見、事情を聞いたらしい。
「やっぱり、あの羊悪党だったんだ!!」
「どーりで感じ悪いハズだっ!!」
「催眠術師もグルだったんだ!!」
「え……?」
あのサングラス男が、どうして催眠術師だと知ってるんですか? 慌てて子供たちに話を聞くと、なんとゾロさんも目撃者で、ジャンゴという男の能力をふんふんと脳に詰め込む。
「……そんなにも簡単に眠らされるなんて、厄介としか言えない能力ですね」
「! もしかしたら、ルフィも眠らされたのかもしれないわね」
「なるほど。それで見逃しちゃったんですね」
ルフィさんほどの人を無力化するなんて……催眠術の脅威に怯えている横で、ナミさんが子供たちに声をかける。
「ほら、あんた達! 今度は私達も一緒に証言するから、夜逃げの準備をしてなさい! 遅れたらおいて行かれるわよ!」
「そうか! それもそうだ!! じゃおれ達も早く準備しなくちゃ!!」
「そうだ!! 大事なもの全部整理して!!」
「……貯金箱とおやつと……! 船の模型とそれから……!!」
急げ!! と声を荒げて走っていく元気な子供達を見送り、今夜は村人さん達の大移動で騒がしくなりそうだ。それに、元凶でもあるキャプテン・クロに一番狙われているのはカヤさんだ。
彼女の笑顔を思い出して、絶対に傷つけさせないと自分の心を奮い立たせる。
あと、ルフィさんが「肉屋が逃げちまう!!」と叫んでいますが、食料は緊急事態として村人に分配されそうなので、もう買えないと思います。
「「「うおおおおお!!!!!」」」
と、さっきの子供達が雄々しく戻って来る。
……え? どうして?
そして、その後ろには、ウソップさんがいて(―――はい!?)その腕の中には、カヤさんがいる。
「やだ、お嬢様じゃない!」
「へぇ……!」
「あっはっは! やるなーあいつ!」
腕から血を流し、必死の形相で駆けてくるウソップさん。その姿を見ていると胸に熱すぎるものがこみ上げてくる。
「お、お前ら、まだ逃げてなかったのか!?」
「ナナさん……!」
ホッとした顔で笑うカヤさんは、お昼の格好にコートを羽織っただけの薄着で、驚いた顔のウソップさんにお姫様抱っこされている。
私は、その様子に、どういう展開なのかさっぱり分からないけれど、心の中で歯ぎしりする事にした。
ウソップさんめ……ッ!!!!