少々取り乱してしまった。
改めて、ウソップさんの手当てを優先しながら事情を聞いた。その際、お2人が色々な意味で”白”だと納得したら穏やかな気持ちになれた。
カヤさんによると、彼女はお昼の一件で3年間猫を被ってきたキャプテン・クロことクラハドールに疑惑を抱いていたらしい。家族も同然に接している偽執事への疑いは心を疲弊させ、具合が悪い振りをして簡単な会話すら避ける程だった。
そんな時に、ウソップさんが乱暴に窓を叩いたのだ。
『あの執事は、この屋敷の財産を狙って忍び込んだ海賊だったんだ!! 3年前からずっと執事のふりをして、お前の財産を狙ってた!!』
ウソップさんが血相を変えて放った言葉に、カヤさんは自分でも驚くほど動揺してしまった。
そんな訳がない。この疑いは一時的なものだと自分に言い聞かせ、信じたくないと耳を塞ごうとした。
『そして、明日の夜明けに仲間の海賊達がおしよせて、お前を殺すと言ってた!!』
だけど、ウソップさんの必死の叫びは、カヤさんにそれを許してくれない。
ウソップさんのいつもの嘘だと信じたくて、信じきれない。本当なのか嘘なのか、どうしても判断がつかないまま、決めきれないまま、ウソップさんと偽執事を天秤にかけてカヤさんは苦悩した。
どちらも信じたいのに、今は、どちらも信じきれない。
だけど、と。カヤさんは決意する。
もしも、ウソップさんの話が”本当”なら、事は自分だけの被害にとどまらない。
意を決したカヤさんは一度窓から離れると、急いでコートだけを羽織って身を乗り出し、ウソップさんに手を伸ばした。
『私は、クラハドールを信じたい……!! でも、ウソップさんも信じたい……!!』
『……!』
『だから、もしこの話が嘘だったら、軽蔑するわ、ウソップさん!!』
『……これは、おれの誇りにかけて嘘じゃない!!』
『っ、なら、私を連れて行って……!!』
そうして、2人は手をとりあいお屋敷から逃げだした。
(……ッ!! 駆け落ちか!!)
ギリィ、と自分の拳に爪が喰い込んでいく。
おのれっ。真面目な話なのに、想像しただけで羨ましさに胸が焦げ付きそう!
その際、お屋敷にいたまっとうな執事さんに腕を撃たれてしまったが、カヤさんが事情を説明して自分がいない事は偽執事に隠し通して欲しいと伝えた。
もしも、これがウソップさんのいつもの嘘で、明日の朝に海賊が来ないなら、もう二度とウソップさんと会わないと約束して。
「……おれは、ウソつきだからよ。ハナっから信じてもらえるわけなかったんだ。おれが甘かった」
完全に日が沈んだ海岸で、ウソップさんが項垂れている。
カヤさん以外に信じて貰えなかったことに、色々と思う所があるらしい。
……まあ、カヤさんも半信半疑でしたけど。……でもあれは、愛されている事と日頃の行いが悪い方向に転がった悲劇というか……逆に信用されていたというか。
(……どう、伝えれば良いのかな?)
村人さん達の心情も分かるのか、ウソップさんを見つめるカヤさんの瞳は複雑そうだ。
そしてカヤさんは、私達の話を聞いて偽執事が元海賊の悪人だと信じてくれた。
今はショックが大きすぎるのか、私の腕にすがりついてポロポロと涙を零している。
(……あいつ、絶対に許さない)
唇を噛んで、私はウソップさんを見つめる。
彼は、何故か村人さん達への注意喚起に”待った”をかけたのだ。これには私やナミさんも驚いて、理由を聞いているところだ。
「……甘かったって言っても事実は事実。海賊は本当に来るわよ」
「ああ、間違いなくやってくる。でもみんなはウソだと思ってる!! 明日もまたいつも通り、平和な一日がくると思ってる……!!」
ウソップさんは、手当てしたばかりの包帯をぐっと握っている。そして、チラリとカヤさんを見て「だから」と、ルフィさん達に宣言する。
「おれは、この海岸で海賊どもを迎え撃ち、この一件をウソにする!!!! それがウソつきとして おれの通すべき筋ってもんだ!!!!」
……! 驚いた。
それが、どれだけ無謀な事なのか、彼はこの中の誰よりも分かっている。
それでも、ウソップさんは決めたのだ。
銃で撃たれても、村の人達に信じて貰えなくても、ホウキを持っておいかけ回されても、この事実を嘘にする事で、もう二度とカヤさんに会いに行けなくなっても。村人さん達の心まで救おうとしている。
(……ああ、そうか。……あの偽執事、本当に村の人達から一定以上の信用をされているんだ)
計画の遂行の為に、計算高くそれをやれてしまうからこそ、ウソップさんの見立てでは、私やナミさん、ルフィさんにお嬢様をくわえても、証拠の無い証言だけでは信じて貰うだけで朝になりかねないと、そう計算したのだ。
(……村の住人であるウソップさんがそう判断したのなら、こちらには何も言えない)
すでにタイムオーバーだと。必死に説得を重ねて信じてくれる数人を逃がすより、全てを助ける為に彼は戦う事にした。
「おれはこの村が大好きだ!! みんなを守りたい……!!」
自分の口から放った真実を、ただの愚かな嘘にするんだと。ウソップさんは声を震わせる。
「こんな……わけもわからねェうちに……!! みんなを殺されてたまるかよ……!!」
「ウソップさん……」
嗚咽交じりに、怯え、顔を両手で覆い男泣きするウソップさんは、悔しいほどに格好良い。……そして、そう感じているのは私だけじゃない。
「とんだお人好しだぜ。子分までつき離して1人出陣とは……!」
ゾロさんが感心した様に言うと、ずっと離れたところで聞き耳を立てている少年達が声をあげる。
「そうだそうだ!!」
「水臭いぞキャプテン!!」
「おれ達だってキャプテンの力になれるんだ!!」
「だから帰れって言ってるだろがお前らっ!!」
あ、ウソップさん、今怒鳴ったら泣き顔を子供達に見られますよ? ……うーん。格好悪いのに格好良いって、ずるくありません?
感心していると、ルフィさんが声をあげる。
「よし、おれ達も加勢する」
「言っとくけど、宝は全部私の物よ!」
「え……」
1人きりで戦うつもりだったウソップさんは、唖然と顔をあげる。
「皆さん……!」
カヤさんも驚いている。……やっぱり、ナミさん達もウソップさんと同じぐらい格好良い。
「お前ら……一緒に戦ってくれるのか……!? な……何で……」
戸惑うウソップさんを、ルフィさん達はまっすぐに見ている。
「だって、敵は大勢いるんだろ? あと、お嬢様には船を貰うからな!!」
「怖ェって顔に書いてあるぜ。あと、謝礼として酒もたらふく貰えそうだしな」
「新しい船と海賊のお宝!」
「正直者かお前ら!? あ、あとおれは怖がってねェよ! 大勢だろうと何だろうとおれは平気だ!! なぜならおれは、勇敢なる海の戦士キャプテン・ウソップだからだ!!」
うん、とてもナミさん達らしい理由だ。
そんな彼らに、膝の震えがちょっとだけ治まり、少しだけお昼の調子に戻ったウソップさん。カヤさんはその様子に安心した様に笑い、意を決した様に涙をぬぐって口を開く。
「ウソップさん、聞いて……!」
「カヤ?」
カヤさんの震えた声に、皆の視線が集まる。
「……私は、皆さんへ贈ると決めた船以外の財産を手放しても良いと思ってる」
「な、何言ってるんだ……!? お前の両親が残してくれたものなんだぞ!?」
「いいの! だって、ウソップさんや村の皆の命の方が大事だもの!」
にこりと笑って、それに、と目を伏せる。
「クラハドールと、話がしたいの……」
「……あいつは、屑野郎だ」
「分かってる。……ナナさんのおかげで、ちゃんと分かってるの。でも、お願い……!」
「……! 分かった」
その悲壮な決意に、胸が詰まりそうになる。
カヤさんが決めた事とはいえ、あの男はきっとカヤさんを傷つける。……カヤさんが信じてきた3年間の絆に、無慈悲にとどめをさす。
(会わせたくない。……でも、あんな奴。カヤさんから素行不良でクビにされて、退職金無しの方がお似合いだ……!)
そう、自分に言い聞かせる。
「……」
「ナミ?」
さあ、明日はカヤさんを守りながら、私だってあの偽執事に一言でも二言でも言ってやる。
スッと動きだすナミさんに、そろそろ具体的な作戦に入るのかと皆の空気が切り替わったところで。
「ナナ」
ナミさんに呼ばれる。
「え?」
ゴッ!! 振り向く直前、凄まじい、衝撃に襲われて(!? ――!? ――――………っ)意識が、おちていく。
なん、で?
「ナナさん!?」
「……!」
「おいナミ、何してんだよ!?」
「な、なんだ!? 仲間割れか!?」
「……。過保護な訳じゃないわ。だって、私たちの為だもの」
ナミ、さん……?
……――――ぅ、う。
「それに、ナナは私たちの……お客さんですもの。戦いに巻き込む必要は―――――」
――――…………。