「ナナさんは、トレジャーハンターだし動きやすさが大事ね」
「じ、自称ですが」
「ナナさん、ダメ。ちゃんと脱いで」
「――――!!??」
「はい、良い子。上着がこれで、下はキュロット風だけど生地が厚くて、ポケットも多いの。上下セットで、デザインも可愛いわ」
「あ、あわわわわ!?」
なにこれなにこれなにこれ!?
「あとは、最新式の鞄も取り寄せてみたの。隣町で手に入って良かったわ」
「あ、あああの!?」
「……大丈夫だから、落ち着いて」
「は、はははい!!」
頑張って落ち着こうとするけど無理で、カヤさんに微笑まれる。
で、でも、気がついたら、お風呂でいっぱい泡々に洗われて(すごく力が抜けて不思議だった。お風呂って力を吸いとるんだな……)優しく髪を拭かれて、ぴょんっと跳ねた髪もちょっと切られて、気づいたら全部真新しい衣類で着飾られて、分不相応すぎるとオロオロしてしまう。
「……あ、あの。でも私は、前の服で充分ですよ?」
「……ナナさんの服と鞄は洗濯しているの。ほつれたところも直しておくわね」
「……は、はい」
カヤさんは、どこまでも優しく微笑んでくれる。
……でも、どうして親切にしてくれるのか分からず、指先をもじらせていると、カヤさんがぴとりと私の頬を撫でる。
「……ふふっ」
カヤさんは、ふわふわと嬉しそう。
なんだか、お風呂で私を洗っている間もずっと上機嫌で、にこにこしている。
「……ねえ、ナナさん」
「は、はい!」
「……ナナさんは、とても優しい人ね」
「はへ?」
カヤさんは、私の前髪に触れる。
「戸惑っていても、全然嫌がってない。……何をしても、やりすぎていると反省しても、全部受け入れてくれる」
前髪がよけられて、カヤさんの綺麗な顔をまっさらな状態で見てしまう。……心臓がざわめいて、ちょっと痛い。
「……心から喜んでくれる。空まわっても感謝してくれる。……そんなナナさんだから、たくさんあげたくなるの」
カヤさんは、そう言ってにっこりと笑う。
でも、私は戸惑って、落ち着かない。
そんな当たり前の事で喜ばれても、何が琴線に触れたのか分からない。カヤさんから貰えるものはゴミでも嬉しいし、カヤさんが私の為にしてくれる事は何でも嬉しい。この時間も、カヤさんとの思い出ができて明らかに役得だし、私は貰ってばかりで何も返せない。
同じぐらい、持っているものを返したくて不安になっていると、洗ったばかりの髪を撫でられる。
「……本当に、ナナさんはお日様みたいな人」
それは、カヤさんの方だ。
ぐぐっと、咄嗟に口をつきかけた言葉を飲み込み、目だけでそれは無いと訴えると、カヤさんはふふっと笑ってくれる。
そして、そっと顔を近づけてきて(え……?)剥き出しになった額に、カヤさんの、くちびるが、ふれる。
「―――――!!??」
瞬間、衝撃は脳を介さず四肢を動かし、カヤさんを強く抱きしめていた。
触れる個所が全部温かくて、柔らかくて、鼻孔を喜ばせる香りに、ドッ!! と心臓が跳ねあがる。
「……私と、友達になってくれてありがとう」
熱い。
カヤさんの唇が触れた額が、焼ける様に熱く感じる。丁度そこは、昨日ナミさんに殴られた個所だったと思い出して、ますます熱く感じる。
熱い。カヤさんを、愛したくて愛したくて愛したくて、嬉しくて、もっと感じたくて愛したくて――――でも、カヤさんとは”お友達”が最善だと、本能的に分かるから必死に押し留める。
「…………ッ!!」
カヤさんの心には、とうに私じゃない小さな愛の芽が生まれている。
育つか、枯れるかは、カヤさん次第だけど。……私には、その芽を摘み取りかねない無体を、彼女にする事はできない。欲望のまま手を出す事を、私は許さない。
……。
私と違って、カヤさんは1人だけだと、分かるから。ゆっくりと、カヤさんから身を離して、深呼吸。
カヤさんは、こんな私を前に、安心しきった顔で微笑んでいる。
どうして、そんな顔するんですかと、情けなく泣きそうな気持ちで、カヤさんに頬をふにふにされる。
「そんな顔しないで、ナナさん」
好きだと口をつきそうで、だからこそ、別の言葉を覆い被せる。
「ありがとうございます、カヤさん。……ううん、カヤ。服も鞄も、船も、全部全部、大切にします……!」
「……うん! ありがとう、ナナ」
そして私たちは、お友達の握手をした。
密かな失恋の痛みは……ウソップさんへ八つ当たりしようと、そう決めた。
「来たわね。へぇ、似合ってるじゃない」
「おーい! 見ろよこの船!! 俺たちの船だってよ!!」
「正確には、ナナの船だがな」
「…………はい?」
どういう事です?
カヤと手を繋ぎながら海岸までの道をゆっくりといっぱいお話しながら辿りついたら、ナミさん達が歓迎してくれた。でも、私の船ってどういう意味ですか?
「お待ちしていましたよ、ナナ様。少々古い型ですが私がデザインしました船でカーヴェル造り三角帆使用の船尾中央舵方式キャラヴェル。”ゴーイング・メリー号”でございます。……こちらが、貴女様の船でございます」
……え?
言っている言葉は分かるのに意味が分からない。特に後半!!
「と、いう訳だから。乗せて行って貰うわよ、ナナ。船長であるルフィが乗る船を、お客さんのナナが貸しているって形ね。……言葉にしたら意味が分からないわね」
「よおし!! ”偉大なる航路”に向けて出発だナナ!! 一緒に冒険しようぜー!!」
「よろしくな」
…………。
えー? 展開についていけず、ぎゅうぅ、とカヤの手を握る。
ただ、分かるのは。
私の友達は、私を助ける事に本気をつくしてくれていた、という事。
(どうすれば、返せる……?)
この気持ちを、心を、貰えた物への感謝を、一緒にいても良い理由を、溢れんばかりの貸しを、プレゼントみたいに与えられて、視界が歪む。
「……ナナ」
カヤが、少しだけ寂しそうに私を見る。
その揺れる瞳に、次の彼女の言葉こそが”それ”なのだと気づく。
「……ナナの服と鞄は、私が責任をもって預かるわ……だから、いつか」
「……はいっ」
「どれだけかかってもいいから、何十年かかっても、お婆ちゃんになってもいいから、取りにきてくれる……?」
「ッ、命に代えても!!」
全身全霊で誓う。
死んで、幽霊になったとしても、私はカヤに会いにくる。
これが最後の別れになんて、絶対にしない!!
「……! お嬢様と、手を繋いでるのに」
「うおおー、ビリビリきたー!!」
「……ふん。良い気合じゃねぇか」
「これは、驚きました。……お嬢様から聞いていましたが、本当に」
ぜったいにカヤにまた会いにくる!
いつになるか分からないし、お婆ちゃんになるまで待たせるのは嫌だ! 私はいつか必ず……っていうか、出航しなければいいのでは? そうだもうこの村に住もう……!!
「「「おいこら!!??」」」
移住の覚悟を決めたら、突然引っ張られてカヤから引き離される。うあああああん、カヤさぁああん。
「ダメだぞ!? 冒険に行くんだからなおれ達は!!」
「ったく、世話の焼ける奴だな……」
「本っ当に、この子は!!」
くすくすと、涙を浮かべながらも手を振ってくれるカヤに抱きつきたくも、何故かルフィさんに襟首掴まれてるし、ゾロさんに腕を握られてるし、ナミさんに手を握られてずるずる引きずられる。
「…………う゛ぅー」
泣いちゃいそうで、涙目になりながらカヤを見つめる。
やっぱり嫌だ。もうちょっとカヤといたい。
それに、私はまだカヤに何も報いていない。大好きな友達に「うわああああああああ」ふあ? 何?「止めてくれーっ!!」って、なんでウソップさんが大きな鞄を背負ってゴロゴロ転がってくるんですか!?
「……ウソップさん!」
「ぎゃあああああああああああ」
そして、何故かウソップさんの後ろにはたくさんの村人さん達がいる。
もう理解が追いつかない。今朝から私の頭で処理しきれない事が多すぎる。村人さん達は皆が皆、カンカンに怒っている様子で昨日みたいにウソップさんを追いかけてきたらしい。
「この嘘付き坊主が、何しとんじゃー!?」
「危ない事してんじゃないよ!!」
「おーい! そこの君達、危ないぞー!!」
「お嬢様もいるぞ!? 気をつけろー!!」
「「「ぎゃー!? キャプテーン!?」」」
……んんんん?
ウソップさんの子分さん達もいるし、尚更になんで昨日に引き続き追いかけられていたんですか? 今度はどんな嘘ついたんですか?
「何やってんだ、あいつ?」
「とりあえず止めとくか。このコースは船に直撃だ」
ルフィさんとゾロさんは片手間、というか片足でドスゥン!! と良い音をたててウソップさんを止める。そして、何故か坂道を降りずこちらを怒った顔で睨んでいる村人さん達に気づく。
「お前、何したんだ?」
「……っ、な、何もしてねェよ!? ただ村を歩いてたら、急に追いかけられて、気づいたらこの数だよ!! 今日はまだ嘘ついてねェのに!!」
「……」
ぐあーっと転がったショックで泣いているウソップさんを見て、カヤは一瞬だけ瞳を閉じて、覚悟する様に「ウソップさん」なんでもなさそうに笑う。
「……やっぱり、海へ出るんですね」
「! ああ、決心が揺れねェうちに、とっとと行くことにする。止めるなよ」
「止めません。……そんな気がしてたから」
「なんか、それもさみしいな」
ニッと笑って、ウソップさんは鞄を背負い直す。
「今度、この村に来る時はよ。ウソよりずっとウソみてェな冒険譚を聞かせてやるよ!!」
「うん。楽しみにしてます」
……むむむ。
カヤとの別れにあっさりしすぎだぞ、この色男めッ。
「お前らも元気でな。また、どっかで会おう」
「なんで?」
ぐぎぎぎ……! さっきから肝心なところでにっぶいウソップさんに、ルフィさんが意味わからん、って声を出す。ナミさんが抑えてくれなかったら、その鼻を引っ張っていたところだ。
「あ? なんでってお前。愛想のねェ野郎だな……これから同じ海賊やるってんだから、そのうち海で会ったり……」
「何言ってんだよ、早く乗れよ」
「え?」
本当に分かっていないウソップさんに、カヤも笑ってるぞ。
「おれ達もう仲間だろ」
まっすぐな声。
ルフィさんらしい、シンプルで飾りの無い台詞が、ウソップさんに誤解なんてさせない。
ウソップさんは「……え」目を見開いて、それから、凄く嬉しそうに顔をぐしゃってする。
「キャ……!! キャプテンはおれだろうな!!」
「ばかいえ!! おれが船長だ!!」
そうして、ウソップさんがメリー号に乗り込んだところで、村人さん達が怒り顔でぞろぞろと坂道を降りてくる。そして、カヤと執事さんの隣にまで来る。
「な、なんだよ? も、もしかして、別れの挨拶とかか? ……ふっ。男の旅立ちに涙なんかいらないぜ」
ウソップさんの面白い台詞に、村人さん達は一斉に石を投げだす。
「こんの、村の恥が!! 外で悪さして人様に迷惑かけるんじゃねーぞ!!」
「二度と帰ってくるな、迷惑坊主ーッ!!」
「すぐ逃げ帰ってくるだろうけど、村の評判を下げるんじゃないよ!!」
「「「キャプテンー!!!!」」」
みたいな事を、ごうごうと叫ばれている。すごいなぁこれ。
「なんでだよ!!??」
ずがーん! ってウソップさんはびっくりしているけど、ルフィさんもゾロさんもナミさんも、カヤや執事さんも、ウソップさん以外、気づいている。
なるほどなぁ。
(……流石、ウソップさんが住んでいた村だなぁ)
男の旅立ちを、涙では無く優しい嘘で激励する。
「…………ぇ」
やっぱり、ウソップさんが村を守った事は、知られているのだろう。
カヤを攫った事がばっちり目撃されていたのもあって、夜も見回りしていたみたいだし。
私が買い物に行った時も、広場にけっこう集まっていた。海賊たちの雄たけびを数人が聞いて集まっていたみたい。
(まあ、ウソップさんの命がけの嘘をばらす訳にはいかないから、知らぬ存ぜぬで通しましたけど)
でも、きっと数人の村人さん達は気づいた。
この村が、嘘つき少年に守られたことを、ちゃんと知ってくれた。
だから、大きな鞄を背負ったウソップさんを見て、旅立ちを悟り、皆で見送りに来た。坂道の上には、お爺さんやお婆さんたちもいて。この村の人達がほぼ全員揃っている。
彼らは、彼らなりのやり方で、ウソップさんの旅立ちを祝福している。
「…………ぁ」
ウソップさんの背中が震えている。
きっと、ウソップさんも愛すべき村人さん達のウソに気づいた。
怒りであげていた拳がほぐれて、村人さん達の優しい罵倒はずっと止まらず、震える手の平が、気づけば思いきり振られている。
「うわああああああん!! 行ってきまぁああああす!! すぐ、帰ってくるからああああ!! だから、みんな元気でなあああああ!!」
…………っ。
私も、ぜったいに、ウソップさんをひきずって、カヤにまた会いにくる……!!
私は、ウソップさんの横でぶんぶんと手をふり、船が遠くに離れても、人の顔が見えなくなっても、島が豆粒になってもずっとずっとウソップさんと2人で溶ける様に泣いていた。
別れに涙は、私達には必要な儀式だった。
書きだめ分が終わったので、のんびり投下に切り替えます。